Memory of Luteola. part1
◆ 過去・ルテオラ聖王国 ◆
北・東・西が鉱山という恵まれた地形、大自然が生み出した山岳要塞に囲まれし王国、ルテオラ聖王国。ルテオラ聖王国は豊富な金属資源と金属加工技術で発展し続けてきた国である。この国を治めるのは代々聖王と呼ばれる王族達で、聖なる力を宿した者がそれを聖メルティス教会に認められ、王として君臨し続けてきた。
聖王マテオ・ルテオラ。ルテオラ聖王国の11代目、氷の11世と呼ばれた彼には四人の息子と一人の娘が生まれた。それぞれが強い魔力を持ち、誰が聖王として選ばれても不思議ではなく、王子達の王位継承権争いは熾烈なものになるだろうが、見事誰かが王位に手を掛けたとすれば、その王は氷の11世を超える強い王になるだろうと囁かれていた。
「――――あ、やっべ」
そんなある日、西の鉱山街付近に現れる盗賊団を処分せよと王命を受け、それをいとも容易く葬り去ったものの『期限まではまだ日数があるしな~』と、暇な日々を潰す為に遊んでいた騎士が居た。この騎士はとにかく遊ぶことに情熱を燃やしており、手頃な小盾を飛ばして遊具のようにして遊ぶ、行商人から奇天烈な魔道具を買っては部下と遊ぶ、長期休暇とあれば南の国へ赴き釣りを楽しむ、とにかく彼は遊ぶことが好きだった。遊ぶためならば職務を出来るだけ短期間で終わらせる、そんな男だった。
――――パリーン……。
「うっわ~……。やってしまったぞ……。しかもここ、貴族の屋敷じゃないか……? 俺、終わったかもしれん……」
彼はいつもどおり小盾を飛ばしては戻ってきたものをキャッチするという遊びをしていたが、この時突如として強い風が吹き、その小盾は貴族の屋敷へと飛び込み――――窓のガラスを割ってしまったのだった。やってしまったものは仕方ないと、彼は恐る恐る屋敷内へと足を運ぶと……そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。
「――新手!? 情報と違うぞ!」
「見られたからには殺るしかない!」
「え??」
「助けてください!!!!!」
屋敷の中庭にて粗末な装備で応戦する令嬢、令嬢の周囲に転がる騎士の遺体、そして黒ずくめの凶器を構えた男達……恐らく暗殺者だろう。騎士は何が起きているのか詳しくまではわからなかったが、とりあえず『美しいお嬢さんが暗殺者っぽいのに襲われているし、助けない理由がない』と、令嬢を助けることにした。
「死ね!!」
「ほらよ」
「わ――ぶっ……!?」
真っ直ぐに突っ込んでくる暗殺者達の顔面目掛け雪をぶつけての目潰し、騎士らしからぬ攻撃に面食らった暗殺者は顔を拭ったが、この一瞬の隙が命取りだった。
「は、速――――」
「なーんだ、大したことねえじゃんお前ら。どこの連中だ? あ? どうした、仲間が一人死んだらだんまりか~? さっき死ねとか殺すとか抜かしてたなァ、お前。どうしたね? しゃべる元気がありませんか~?」
「ち、畜生……こいつ! 言わせておけば、調子――――」
「ああすまない。俺はね、戦場で俺よりおしゃべりな奴が大嫌いでね」
一瞬顔を拭った、怒りの余り余計な口を開いた、仲間の死に怖気づいて逃げようとした、その一瞬、一瞬、一瞬……。ほんの少しの動作の間に、一人、また一人、また一人と暗殺者達の首が落ちる。何が起きているのか、暗殺者達には理解が出来なかった。ただ、今この瞬間から、自分たちは狩る側から一転して狩られる側になってしまったこと、もはや逃げ場などどこにもなくなってしまったことを、仲間三人の死をもって理解させられた。そして、自分たちの首がいつの間にか刎ねられていたことも、その一瞬後に理解させられたのであった。
「――――怪我はなかったかい?」
「い、いえ。感謝します。貴方があの窓を割ってくださったのでしょう? 外に逃げろと、一瞬の隙を突いて……!」
「え? あ、うん……。そうかも……」
これが、暇を持て余していた騎士と、暗殺者に狙われていた令嬢の出会いだった。そしてこの令嬢こそが……王位継承権を放棄し、ひっそりと貴族の令嬢として身分を偽り暮らしていた【コルダ・ルテオラ王女】であり、そして暇を持て余していた騎士が……ルテオラ聖王国最強の聖騎士【フリオニール・ゴルゴラウダ】、その人であった。
コルダはこの出会いをきっかけになぜ狙われているのか、自分が何者なのかと正直にフリオニールに話し、フリオニールは真っ直ぐなコルダ王女の眼差しを信じ、身分を隠して暮らしていたコルダ王女を『聖騎士見習い』として騎士団に編入して匿うことにした。
「――――で、街で出会って気に入ったお嬢ちゃんを勝手に騎士団に連れてきたってわけだ、我らがリーダーは」
「口のきき方に気をつけろグスタフ。それに、さっきまでコルダ王女……んんっ! ……ダルクさんが作ったメシを美味い美味いと食ってたのは誰だ?」
「いや、それはそれ、これはこれだろうが!」
「二枚舌。甲斐性無」
「あ……!?」
「リーダーが面倒を見るというのですから、何も問題はないでしょう? 私達13人が14人に増えただけのこと」
「「そうそう」」
「……認める」
「問題児集団に問題児が増えただけでしょぉぉおぉぉおぉぉ!? きゃっははははは!! よろしくぅぅぅ!!!」
「まあそうとも言うが」
コルダ王女は【ダルク】と名を変え、フリオニールが率いる騎士団で暫く苦楽を共にすることにした。最初こそ一部で反発があったものの、一人で大体のことが出来るようにと生活していたコルダ王女は、この騎士団に決定的に足りていない家事・炊事能力を持っていた。これが決定打となり、コルダ王女はフリオニールの騎士団を支える存在となり、騎士団の一員として受け入れられることとなった。
「――――王命である。国中から魔晶石を集めよ」
「……如何程の量を、でしょうか」
「総て。クズ魔晶石から最上に到るまで、総てだ」
「しかし、それでは民が暖を取ることが出来なく……」
「捨て置け。新たな時代に不要なゴミだ」
「…………」
「行け。王命である」
「…………はっ」
しかし、そんな生活は長くは続かなかった。氷の11世、マテオ・ルテオラが突如として暴政を始めた。国中からの贅沢品の没収、金銀財宝の没収、騎士以外の武器の所持を禁止、冒険者の国外追放、行商人の入国規制、重税、食料品の配給量を削減、暴政は徐々に悪化し続け……ルテオラ聖王国からは、次第に生気が失われていった。
このままではいけない、このままでは国が死ぬと危機感を抱いたフリオニールは、密かに国外から食料品を仕入れるルートを確保し、最低限モンスターなどから身を守るための武器防具を自警団に与え、他の騎士団と連携を取り国民の命を繋ぐための策を立て、実行していた。そしてフリオニールはいつからか誰からも『リーダー』と呼ばれるようになっていた。
「――――お兄様達のマナを、感じないのです……」
ある日、コルダ王女がフリオニールに呟いた。助けを求めるように。フリオニールはその言葉を聞いた瞬間、まさか……と青ざめた。強いマナを持つ兄弟姉妹は、お互いのマナをぼんやりと感じることが出来る。それが感じられないということは、ほぼ間違いなくコルダ王女の兄達の死を意味していた。血縁のマナに関して知っていたフリオニールは、だからこそその言葉で青ざめたのだ。
「エル、イル、お前達に大事な話があるんだ、ちっと聞いてくれるか?」
「「何~? リーダー」」
最近、マテオ・ルテオラはフリオニールだけでなく、騎士や貴族達を誰も宮殿に近づけようとしない。マテオの周辺には常に聖メルティス教会の僧兵達が身を固めており、騎士団の役目を奪うように宮殿を闊歩していた。ここ最近はそれが顕著であり、騎士団は一切宮殿から締め出されてしまっていた。
「これからお前達に……
「「良いよ」」
「エルが行く」
「イルが伝える」
「おいおい、これは命令じゃないんだ、聞かなくても」
「リーダーがするべきと思ったなら」
「イル達もするべきだと思う。それに王様、ずっと変」
「待て、嫌な予感がするんだ。エル、くれぐれも気をつけてくれ。そして死にそうになったら、俺達のことなんて考えずに逃げろ、これは命令じゃない。俺の身勝手なお願いなだけなんだからな」
「リーダーのお願いなら、尚更。エルは絶対にやり遂げるから、待ってて」
双子の偵察騎士、エルとイルが宮殿の調査に出た。強要ではないフリオニールの願いに、最後まで聞かずに快く調査に出発した。そのことがフリオニールにとってはとても嬉しかったが……同時に、嫌な予感もしていた。失敗は死を意味している。フリオニールは覚悟を決め、部下にもこの事を伝えた。
「――俺様も気に食わねえ、今すぐ僧兵ぶっ殺してよ、王様にどうなってんだーーってインタビューしたいところだぜ」
「奇妙、異常という次元の話ではなくなってきている。ここで立ち上がらなければ、俺達も死ぬしかなくなる」
「伝達。国民、総決起」
「今なら、まだこの国は立ち上がれます。まだ我々は牙を抜かれていません。リーダー、立ち上がるべきは今なのでは?」
「待て待て、エルの偵察の結果を聞いて、それから――――」
「エルが、消えた……?」
「「「「「…………!!!!」」」」」
「エル、エル……? エル、どこに、行ったの……? あ……あ…………!!!!!」
「眠れ、良い子……。スリープ」
「――――」
フリオニールの悪い予感は的中してしまった。エルとイルは双子であり、双子の血縁のマナは非常に結びつきが強く、その中でもエルとイルは特に強い。エルが遠くで怒ればイルもイライラしてくるし、イルが遠くで喜べばエルも嬉しくなる……。そしてエルが――――もしも、死んでしまったのなら…………。この後、イルが目を覚ますことはなかった。エルの死に、イルの精神が耐えられなかったのだ。
「――――リーダー、コルダ王女が、居ません」
「なんだって……?」
双子の死という最悪の事態に打ち拉がれたフリオニールの元に、更に追い打ちを掛けるかのように飛び込んできたのは、コルダ王女が消えたという報告だった。コルダ王女の部屋は綺麗に掃除がされ、全てが整えられ、そして机の上には一通の書き置きが残されていた。
『フリオニール様、そして騎士団の皆様へ。黙って勝手に居なくなることを、どうかお許しください。私は、コルダ・ルテオラは、これ以上父マテオ・ルテオラの暴虐を見過ごすことが出来ません。あの時フリオニール様に救って頂いたこの命、この命はきっと、父マテオ・ルテオラの暴虐を止める為に生き長らえたのだと。私、コルダ・ルテオラは…… (大きく間隔が空いている) マテオ・ルテオラを討ち、この国を、氷の11世の呪縛から解き放ちます。必ず、この手で……この力で』
それはまるで、遺書のようであった。
「リーダー、俺様はあんたが死ねって言えば死ぬ。どこでだって、どの戦場だって、付いていくさ」
「俺達はリーダー、あんたに救われたんだ。みんな形は違うが、エルとイルだってそうさ。あんたを恨んだりなんかしてない。見ろ、イルの奴……お前から貰ったお守りを大事に握ってたんだぞ。イルは信じてる、リーダーがエルの仇を、必ず討つと」
「決断。反逆」
「既に、多くの民が死を覚悟して立ち上がっています。リーダー、ルテオラを……。私達の未来を、そしてコルダ王女を、救わねば!!」
「あたい等達は今この瞬間から問題児集団のフリオニールの騎士団じゃぁあ、なくなるっ!! ルテオラ解放軍、あたい等はルテオラ解放軍として、立ち上がるんだよリーダーァァアアア!!!!」
「ルテオラ解放軍のリーダーは、あんたじゃなきゃ無理だ。何年だ? あんたがこの国を延命したのは、あんたに感謝してない民はいない。立てよ、立たなきゃ、エルとイルの死は犬死にだ!! 好きな女のケツも追いかけられねえ腰抜け野郎だったかよ、おめーはよぉ!!! なあ、リーダー、なぁ……!!」
そして、その書き置きを遺書にしたくない者達が、次々と立ち上がった。外からもフリオニールを呼ぶ声が、ルテオラ開放の掛け声が聞こえ始めた。
「――――行くぞ。全員装備を整え、武器を持て!! ルテオラを、氷の11世から解放する!!! 総員出撃!!!」
「っしゃああ、行くぞぉ!!!!」
「ああ、行くぞ」
「出撃!」
「教会の僧兵は法術を使います。対魔術用の装備では太刀打ち出来ません。全員、私の付与を受けなさい。対法術付与を掛けます」
「きっひひひひひひ!!! ひゃああああああああ!!!! 数年我慢したこのフラストレーーーーーーーーーーーーーーション!!!!!!!! ルテオラと一緒に解放だぁああああああ!!!!!!!」
「はしゃぎ過ぎて真っ先にやられるなよ。お前は俺と一緒に、いつもの盾チクで蹂躙だ」
そして、彼らは立ち上がった。この瞬間から、フリオニール達は聖騎士率いる騎士団ではなく、ルテオラ解放軍としてルテオラ聖王国に反旗を翻した。
「――フリオニール様! 聖メルティス教会の枢機卿、ミザリと申します……! 我々保守派は強硬派に追い出され、内部分裂をしております!!」
「フリオニール様、これを! これが強硬派が企む、天使食らいの儀式の内容です!! 追い出される時に、盗み出してまいりました!」
「どうか我らの教会を、正しきメルティスの崇拝を取り戻したく!!」
「てめーらが仲間同士で起こした問題だろうがぁああああ!!!! リーダーの手を煩わせるんじゃねえ!!!!」
「ひぃいい!!?」
「待て。これは、本当か……? だとしたら、コルダは……!」
氷の11世が座する宮殿には、聖メルティス教会の強硬派なる僧兵達が待ち構えている。そして天使食らいの儀式……。恐ろしい名前のその儀式は、氷の宮殿にて執り行われている。コルダ王女はこの宮殿に一人で向かってしまった。さあ、立ち上がり給え。ルテオラを解放する為に、明日の朝日を拝む為に、明るい未来を掴むために。武器を取り、立ち向かう時は、今だ。
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