ステラヴェルチェ王都にて

◆ ステラヴェルチェ砂漠 ◆


 違和感に気がついたのは、エリスさんの一言がキッカケだった。


「…………本当ですね。なんで、モンスターが居ないんでしょう」

「だよねぇ~? こんなに派手に騒いで走って飛んでって繰り返してれば、来るはずだよねぇ?」

「確かに、全く気配がありませぬ……」


 この砂漠に、生き物の気配が全くない。モンスターと遭遇したことが一回もないのだ。どういうことなのかと調べたいのは山々だけど、日没が近いから悠長に情報収集もしていられないし、このままだと暗い極寒の砂漠で遭難しかねない。既に2時間以上どん太に乗って走っているので、気持ち悪いこの現象に気がついたところでもはや引き返すこともままならない。走るしか無いので、とりあえず走ってる。


「…………」


 そしてリアちゃん。最初こそいつもの元気で明るい素直な笑顔のリアちゃんだったのに、今は無言で無表情。それにどこか怒りのようなものさえ感じる。なんだか気がついてみれば何もかもが不気味に感じてしまって、メルティスオンラインってホラー系のゲームだったっけ……? って錯覚するほど。どん太もどことなく嫌な雰囲気を感じているらしくて、いつもなら私に何があるとか何が見えたとか伝えてくるのに、口を結んで黙々と走り続けている。


「見えてきたね、あの河の側にある都市がそうかい?」

「…………そう、です」

「遠くから見えてましたけど、なんだかいや~な感じですよぉ~……?」


 ステラヴェルチェの王都がようやく私にも見えてきた。上空からは既に確認できていたみたいだけど、ローラちゃんの言う通り遠くから見えているこの時点で既に異質さが私にも伝わってくる。なんだか、変だ。ぞわりとした感覚が背中をつ~……と撫でていくような悪寒。ローラちゃんのジョークでも、日没前の寒気でもない。気分が悪い。


「…………まさか」

『ガゥゥゥ……! (嫌な臭いがする!)』

「これは酷い……」

「え? エリスちゃんまだ何も見えないんですけど? どうなってるんですか~?」

「ちょっと、口に出したくないねぇ……」


 これは……。ここに来る前に予想していたステラヴェルチェの王都の様子と、余りにも違い過ぎる……。リアちゃんが青ざめるような光景、どん太が感じた嫌な臭い、千代ちゃんには既に見えている光景。私にも、段々とその様子が見えてきた。


「不完全なはず、なのに……」

「リアちゃん。今これを話すのはどうかなーって思ったんだけど、どうしても今知りたいから聞くね? 過去の話をディティリッヒお兄さんと仲が良くて~……の所、嘘ついたでしょ?」

「あっ…………あの……でも、えっと、あの時は、ああ言わないと、その……」

「大丈夫。リアちゃんのこと、そんなことで嫌ったり拒絶したりしないから!」

「話が見えないんですけど~……」


 こんな状態でなければ、リアちゃんからこれを聞くのは後にするか聞かなくても良いと思ってたけど、今聞いておかないと話す機会がもう来ない気がして。やっぱり、リアちゃんが話せるようになった時にしてくれた話は、一部嘘が混ざってた。あの時はああ言うしかなかったんだと思う。だって本当のことを言ったら、滅ぼされかねないような話なはずだから。


「もう、到着しますね……。まだ日没まで少しありますから、お話します。全部」


 そして今度こそ真実を語るべく、リアちゃんは静かに過去を語り始めた。




◆ オーレリアは真実を語る ◆




 私がこの力に気がついたのは、9歳の時でした。8歳の時に母を亡くし、異母兄弟姉妹から存在を疎まれ、どこにも居場所が無かった私が辿り着いたのは、宮殿の地下にある古ぼけた石の扉の前。誰にも開けることが出来ない封印の間と、そこは呼ばれていました。


「え……? 開いた……?」


 そんな封印の間の石扉に触れると、扉が勝手に開いたのです。私は何が起きているのかわからず、でもここなら誰にも虐められずに隠れられると……入ってしまいました。そこでお会いしたのが、初代ステラヴェルチェ女王のエキドナ様……の、亡霊でした。

 エキドナ様は最初こそ大変驚かれた様子で、しかし私の額を見つめて暫くすると急に穏やかな微笑みを浮かべて、私を実の娘のように可愛がってくださるようになったのです。そして私に身を守る力として魔術を教えて下さったのです。エキドナ様の優しい指導のお陰もあって私は魔術を学ぶのが好きになって、周囲の目を盗んでは此処へ通うようになりました。私はいつしか兄弟姉妹の中で一番強くなり、評価と批判が入り混じり皮肉を込めて魔女姫と呼ばれるようになりました。

 そうして14歳になった頃、私は突如エキドナ様から『これを身につける資格がある』と首飾りを指差され、それを身につけるようにと言われて言われるがままに身に着けたのです。最初はこれが何なのかわからず、しかし初めてのプレゼントに心が踊って嬉しくて……。でもそんな時、誰も入ってくるはずがないこの封印の間に、誰かが入ってくる気配を感じたのです。私は慌てて、エキドナ様に言われるがままに姿を隠しました。そして入って来た人物の姿を見て、息が止まりました。


「これだ、これさえあれば、俺は最強の力を……」


 長兄カシュパ、その人でした。しかしその風貌はいつもとは異なり、目は紫色に妖しく光り、まるで人間ではないような雰囲気に、私は酷く怯えました。そしてカシュパは封印の間から何かを持ち去り、出ていったのです。その時無くなっていたものをエキドナ様が見て、酷く慌てているようでした。

 エキドナ様から話を聞くと、カシュパが持ち出したのは【大蛇の瞳】と呼ばれる紫色の宝石が付いたイヤリングで、それと私が身につけている王家の首飾りを揃えると、過去のステラヴェルチェを滅ぼしかけたと言われる恐ろしい大蛇を蘇らせることが出来るというのです。そしてその方法を記した伝承の書物も持ち出し、それが解読できれば間違いなく私の首飾りを奪いに来るとも。

 私は慌ててこの宮殿から逃げ出すことにしました。エキドナ様も一か八かの賭けに出て『魔神様の下僕として転生してみせる』と、私が封印の間の扉を開けている内に外へと飛び出し、消滅してしまいました……。これは魔神殿が現れてようやくわかったことですけれど、エキドナ様はバビロン様に拾われて見事に転生を遂げていたようです。しかしバビロン様からは『今の世代の問題は今の世代に任せなさい』と、エキドナ様の介入をお許しにならないようで……。


 話が逸れました。私が逃亡することを決めて自室に戻り、護衛の騎士達を集めて宮殿を出ようとしていた時、ふと次男のディティリッヒが部屋を訪ねてきたのです。まだ用意が終わらず、悟られたくなかった私はとりあえず適当に対応して追い返そうと部屋に招き入れて……これが、失敗でした。ディティリッヒは古い言葉に聡く、カシュパが持ち出したものの解読出来なかった伝承の書物を解読することを任されていたようで、その真相を掴んだディティリッヒが一直線にワタシの元へと訪ねてきたのです。


『命が惜しくばそれを渡せ。俺はそれがなんなのか知っているぞ』


 首飾りを渡せとジェスチャーしてくるディティリッヒに、私は拒否の回答をしました。狂気に染まった表情でディティリッヒは私に襲いかかり、私はそれを……撃退して殺しました。そしてその後は、お話した流れの通りです。

 リンネお姉ちゃんのことが理解出来ていなかったあの時の私は、容赦なくモンスターを殺し、死霊を蘇らせるリンネお姉ちゃんが恐ろしかったのです。長兄カシュパのように、邪悪な人間なのではないかと思ってしまって……。それに、兄弟殺しは重罪。そんな私をリンネお姉ちゃんが保護してくれるとは思えず、それにこの力を利用されたくないと思ってあの時は……私に都合がいいように、嘘を吐きました。本当に、本当にごめんなさい……。

 そして今、ここに来て確信しました。カシュパは、不完全な状態で儀式を行って、不完全な大蛇の力を得て、国中を荒らして暴虐の限りを尽くしています! カシュパを止めないと、この国が完全に滅んでしまいます!




◆ ◆ ◆




「ちょっとあたしにわかりやすく要点だけ教えてくれる賢者はいないかい?」

『わうわう! わん? わぅ! わうわ! わうわうわ! わぅん……? ガウゥゥ!!(リアちゃんが魔女のあとつぎ! カシュパ? 悪いやつ、蛇のあとつぎ! エキドナ様、リアちゃんのごせんぞ! なんか揃うと、蛇が復活! でも不完全? カシュパをやっつければ解決!!)』


 清々しいぐらいどん太、大正解……。そしてどん太に理解力が負けるねーさん、嘘でしょ……?! まあうん、確かに話は長かったけど要約すると



・封印の間に入れるのは【魔女】か【大蛇】の継承者

・リアちゃんがエキドナさんに魔術を教わり、14の時に【王家の首飾り】を受け取った

・その後カシュパが【大蛇の瞳】と【復活の伝承】を強奪

・リアちゃんは逃げようとしたが、復活の伝承の解読を任されていた次男が暴走し、現場を発見されてしまった

・なんとか逃げ出したが、カシュパは追跡能力が高いのか森で見つかり、毒殺

・私に起こされた後は省くけど、今のステラヴェルチェ王都はまさに『死屍累々』という状況

・恐らくカシュパが不完全な状態で大蛇を復活させ、力を取り込んだか……?

・エキドナさんはバビロンちゃんにストップを食らっていて、リアちゃんの応援しか出来ないらしい



 こんな。まあ間にリアちゃんが嘘をついていた理由とか入ってたけど……。生き返ったばっかりのリアちゃんが馬鹿正直にこれを話してたら『うわ、面倒くさっ! このクエスト放棄しよ!』って選択に至った可能性は確かに、否定できないかも……。装備だけ貰ってぽいーっの可能性はあったね。うん……。


「は~。すんごいストーリー濃いねぇ……? エリスちゃん、あんなサブクエストにストーリーもなんも無いと思ってたからビックリですよ~?」

「けどさ? カシュパはリアちゃんをぶっ殺した張本人なわけだろう? あの森で殺したなら、なんでその首飾りを持っていかなかったんだい?」

「これ、リアちゃんが咄嗟に埋めたんですよ、地面に……」

「ターラッシュで派手な宝石の腕輪を買ったんです。カシュパは首飾りだってわかってなかったので、それを持っていきました」

「ああ、そのカシュパってヤツは中々に馬鹿な野郎かもしれないね……」


 そっか~。でもやっとステラヴェルチェに関するストーリーが見えて来てスッキリした! なんか色々と時系列がおかしいな~、矛盾してるような気がするな~って思ってたから、どうしてエキドナさんが封印を解かれて魔神殿に居るのかとか、リアちゃんが王家の首飾りを持ってる理由とか、カシュパの謎の追跡能力の高さとか! 色々と説明が付いたような気がする!!  …………まあ、このステラヴェルチェの惨状を見ながらだと、完全にスッキリはしないんだけどね。


「それにしたって、なんだってこんなに死体だらけなのさ……」

「屈強な男性の死体がありません。もしかしたら奴隷にして大穴を掘らせているのかもしれません。大蛇が現れたのは大穴の奥からという伝承だけは皆知っていますから、不完全な力に納得が行かないカシュパはそこに力の根源が眠っていると考えているはずです」

「ああ、伝承の書物を解読出来たのは次男だけなんだっけ? でも、その書物をまた解読すればいいだけじゃないの?」

「その書物、私を襲ってきた時に持ってたので、一緒に魔術でズタズタにしました……」

「「「「あ~~~…………」」」」

『わう~……』


 ん、ま、まあ……。カシュパが不完全な力を手に入れたのと、それに納得が行かずに大穴を掘らせている可能性があるってのは、うん、わかった……。でもどうしようか、まさかこんな事になってると思わなかったから、これじゃギルドハウスを借りるも何も出来ないよね……。


「あ~……。はいは~い、エリスちゃんは良いことを思いつきました~」

「はい、エリスさんどうぞっ!」

「持ち主のない家なんだから、貰っちゃおう。無断ハウス拝借だぁ~!」

「えええええ~~~~」

『エリス・マーガレットがステラヴェルチェ王都にギルドハウス(無断)を借用しました』

『以後、ギルドハウスとして転送機能が使えます』

『このギルドハウスは宣戦布告無しに破壊することが出来ます。注意して下さい』

「よし」


 良くない。いや、うーん……! まあ仕方ないかぁ……!


「あ……。これは、嫌な死臭がする。うち、鎮魂歌レクイエムを歌ったほうが良いかも」

「もしかして、起き上がる……?」

「かもしれないねぇ……。これだけ凄惨な死に方をしたなら、恨みの一つや二つ残ってるだろうさ。野良アンデッドになるよ」

「お、おばけが出るのですか……!?」


 千代ちゃん、出るよおばけ! あ、そうだ! ちょっと脅かしちゃお……。


『フリオニールを召喚しました』

『Σ(´∀`;)』

「出たっ!?」

「千代ちゃんストップ!! おにーちゃん、おにーちゃんだから!」

『(*´ω`*)』

「っく、っくぅ……!」


 いやぁ~……。あのつよつよな千代ちゃんでも、おばけが苦手なの可愛いなぁ~! そんで、こんなことに利用してすみません、おにーちゃん……。でもつい、やりたくなって……。空気が重くて耐えられなかったんです……。

 それにしても、う~ん。日が暮れて、夜になるとNPCがアンデッド化して起きて襲ってくるのか……。外の光景絶対今ホラーじゃん……。でもなぁ、悪いことをして死んだならまだしも、恐らくカシュパにやられて死んだ可哀想な人達なんだよなぁ……。


「ローラちゃん、なるべくここの住人は殺したくないかな。別の解決方法を見つけたいの」

「ん~……。じゃあ、うち……歌うの、やめときますぅ」

「でもどうするんだい? こんなに大量の死者、さすがにリンネでも起こしきれないだろう?」


 確かに、こんなに大量の死体は起こしきれないけど……。でも、なんとか出来ると思う。今はまだ、無理だけど……。カシュパを倒したら、やって見る価値はあると思う!


「その時までに考えておくから!」

「な~る。それじゃあ、とりあえずアンデッドに襲われない内にローレイに戻ろ~? ここも、チャンネル変更出来ないみたいだし~?」

「あ、本当だ……。このストーリーをクリアするまで、チャンネル固定っぽいですね……」

「だねぇ~」


 とりあえず今は、ローレイに戻ろう。それにもう19時! 3時間も砂漠を走ってたのかぁ……。お腹減ったな~とは思ってたけど……。


「とりあえず今回は戻ろう。探索と、攻略は……また次にしよう。リアちゃんも、それでいい?」

「はい……。悔しいですけど、私だけじゃとても、やりきれそうにないです」

「皆で協力しよう。私達は、え~っと……」

『わんっ!! (家族!!)』

「そう、家族みたいなものだからね。え? ペット枠のどん太に家族って言われる主人……え……?」

「ふ、ふふっ……! わかりました。困った時は家族の力を頼りますっ! 今回は、戻りましょうっ!」


 ん~。どん太に言われるとは思わなかったぁ~……! まあ、いいか! とりあえず帰って、家族仲良く晩ごはんタイムにしよう。砂まみれで気持ち悪い~って顔してる女性陣も、ぜひ魔神殿の二階にある大浴場を利用して頂いて……。私もリアルに戻って、ご飯とお風呂と済ませて来ようかな~。


「そうそう、21時からオークションだよ? 忘れてないヨネ?」

「あっ、わ、忘れてないで~す……ヨ?」

「そっかぁ~……! 忘れてたかぁ~! リンネちゃん以外にも便乗して皆売り渋ってたお宝を出品するみたいだから、楽しみだねぇ!」

「本当ですか! 楽しみですね、じゃあ、また後で!」

「はいは~い」


 そうだった! 21時からオークションなの忘れてた! ちょうど色々と済ませてきたら、オークションの時間になるね! あ、レーナちゃん先輩……停電直ったかなぁ? ペルちゃんも帰ってこないし、大丈夫かな? 戻ってこられるかなぁ……? とりあえず今は戻って、自分の用事を済ませないと。心配だけど、心配だ~ってじっとしてて自分のことをやらなかったら、ペルちゃんが来た時に怒られちゃうからね。魔神殿に戻ってログアウトしよ~っと……。


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