罪と罰の行方

◆ ステラヴェルチェ王国の過去 ◆


『――――あの砂漠は女神メルティスに見捨てられた地だ』


 動植物がこの地で生きることを拒むかのように黄金色の砂で埋め尽くされ、昼間は灼熱で全てを燃やし尽くすような、夜は骨の髄まで凍りつくような真逆の世界。それがステラヴェルチェ砂漠の全て。人間が近づくべき場所ではない、ましてや住むなどとは考えないことだ……。かつてのステラヴェルチェ砂漠はそう認識されていた。

 そのステラヴェルチェ砂漠を変えたのが、遥か昔『いただきの魔女』と呼ばれていた人物である。彼女の名はエキドナ、この世全ての魔術師の頂点にして最強。彼女に出来ないことはないと敬い慕われ、そして同時に恐れられ崇められていた。


『妾に不可能などない。あの砂漠を人の住まう地に変えてやろう』


 エキドナは『あのエキドナでも、これは不可能だろう』と言われることを嫌っていた。自分よりも上の存在、高みの存在、手の届かない領域、それら全ては超えるべき壁であり、それを超えるためならばどのようなことにでも手を出し、これまで全ての難題を超えてきた。しかしそんなエキドナでも不可能だとされたのが、ステラヴェルチェを人の住む地に変えるということであった。

 当然、エキドナはステラヴェルチェ砂漠に挑戦した。昼の灼熱、夜の極寒、不毛の大地、水の一滴さえも手に入らないこの地を人の住む地にするにはどうすれば良いか、エキドナはこれらに頭を悩ませた。


『この砂漠に水を引く。河を作ってみせよう』 


 まずエキドナが手を出したのは、水だった。この砂漠は年に1度か2度雨が降れば良い方、最悪降らないということだってある。そして砂漠は雨水など容易に飲み込み、その水は決して溜まることなどない。そんな砂漠に河を作ると聞いた人々は『遂に難題過ぎて頭がおかしくなってしまった』と嘲笑った。しかしそれが嘘偽りでもなんでもなく、文字通り河が完成するなど夢にも思っていなかった。


『砂を固めれば砂岩となる。妾の力をもってすれば造作もない』


 エキドナの魔術により砂漠が押しつぶされ始め、砂漠の砂がエキドナの魔力により硬化を始め、次第に次第に砂岩へと変わっていった。一日一日、少しずつ少しずつ、夏は豪雨冬は豪雪春は雪解け水と水害雪害に悩む北の地から、ステラヴェルチェ砂漠の中心に向かって運河が引かれ始めた。そして1ヶ月もしない内に、ステラヴェルチェ砂漠の中心には巨大で美しい湖が出来上がり、北から南へ一直線に流れる運河が出来上がっていたのだ。


『この湖を中心に、妾の国を作ってみせよう』


 ステラヴェルチェ砂漠の水資源問題が解決し、同時に北の大地の水害雪害問題も副次的に解決したエキドナが次に手を出したのは、人の住む建物を作り出すことだった。まずは湖の東側の地を地中深くまで押し固め、沈んだり傾いたりなどしないように強固な地盤を作り出した。そしてその上に魔術で次々と住居を作り出し、自らが住まう宮殿も作り上げた。そして同時に、地中深くまで魔力を通している内にエキドナはあるものを発見した。


『ステラヴェルチェ砂漠は、数々の宝石や金銀鉱脈が眠る財宝箱の蓋ではないか!』


 この砂漠の地中深くには魔力を帯びた金、銀、そして宝石が眠っていることを発見したのだ。この砂漠の地中深くには原初のマナが流れる魔力の川のようなものが出来ていて、その影響を受けた地層は希少な鉱物が生成される地層に変わっていたのだ。エキドナは試しにその地層近くまで大穴を作り掘り出してみると、それはそれは美しく大きな宝石が次々と採掘することが出来た。そしてエキドナはこの宝石を各国の貴族たちに見せびらかし、大いに自慢した……。そう、エキドナは隠し事が苦手であったのだ。


『妾の国に移住したいだと? 良いだろう良いだろう。だが妾は人の法など知らぬ、お前達が妾を納得させられる法を作れ』


 エキドナの自慢の宝石に目が眩んだ人々は、我こそは我こそはとステラヴェルチェに移住を始めた。水はある、住む場所はある、最短距離の街は東に迷わず真っ直ぐ進めば2日程歩けばターラッシュに到着する。すぐにステラヴェルチェには移民が集まるようになり、多くの物がターラッシュを経由して運び込まれ、ステラヴェルチェは移民者の街として栄えるようになった。目的は一つ、エキドナの作り出した大穴から金銀宝石を掘り出し持ち帰ることだ。これが歴史に残るステラヴェルチェのゴールドラッシュである。


『何? 妾の功績を称え、女王にしたい、だと? 良いだろう。だが妾が女王になるからには、妾が納得するような美男美女を侍らせねばな。そうでなくては面倒な役などやりたくもない!』


 各国から派遣された貴族達は力を合わせ、ステラヴェルチェを正式な国として建国させることにした。そして同時にエキドナが初代女王として君臨することとなり、各国からエキドナが好みそうな美男美女が集められ、エキドナは集められた人間達との間に多くの子孫を残した。エキドナは尊大で絶対的な力を持ち恐れられていたが、子供達には分け隔てなく愛情を注ぎ、自らが魔術を教えて子供達を育て上げた。ステラヴェルチェの誕生と繁栄、そしてこの幸せな光景はいつまでも続くであろう――――そう、誰もが思っていた。


『大穴から、魔物が出ただと?』


 大穴が突如崩壊し、中から蛇のような巨大なモンスターが現れた。その報告にステラヴェルチェに住む誰もが震え上がった。大穴で働いていた者たちは全滅し、残された者達はエキドナが大穴をあけたからだと非難した。あまりにも身勝手な言い分だが、大穴を空けたのは確かに自分だと、そのようなモンスターが居ることを調べておかなかった自分にも問題があると、エキドナはモンスターを討伐すべく立ち上がった。


 結果から言えば、エキドナはこの巨大な蛇のモンスターを撃退することに成功した。しかしエキドナは蛇の毒液を全身に受けてしまい、解毒も叶わぬその毒に苦しむこととなった。そんなエキドナに対して国民達は感謝の言葉を…………述べることは、なかった。

 

『エキドナは砂漠の守り神の罰を受けた』

『砂漠の怒りに触れた』

『女神に見捨てられた地に踏み入れた報い』

『今更英雄面をするな』

『あのエキドナが解毒できない毒があるはずがない。自作自演だ』


 元よりステラヴェルチェの民は移民揃い。不忠の民。烏合の衆。金銀宝石に目が眩んだ盗人紛いの人間達……。エキドナの作り出した大穴に恩はあれど、尊大で絶対的強者のエキドナに対して恩よりも反発の方が大きかった。エキドナを心配する人間も当然少なからずいたが、大穴が潰れて多くの死者が出てしまい、生活困難となった人間たちの怒りの矛先はエキドナへと向いた。そして終いには――――


『大穴より大蛇を出したのは、エキドナなのではないのか?』


 これらの事件がそもそもエキドナの仕組んだことなのではないかと言い出す者まで現れるようになってしまった。エキドナは当然これを聞いて憤慨したが、体を動かすことすらままならなかった……。大蛇の毒が体を蝕み、自分の命がもう長くないことを悟っていた。そして密かに用意が進んでいたとある計画も、当然知っていた。

 エキドナは自分の持つ魔力を此処で途絶えさせるのは惜しいと、計画に加担しておらず、自身を最後まで愛し嘆いてくれた末娘に自らの魔力をこっそりと伝承し――――その夜、エキドナは自らの子供達に大広間へと連れ出され、その身を十字架に張り付けにされて、生きたまま炎で焼かれ命を落とした。


『エキドナは偉大な魔女だった。しかし悪魔に唆され、災厄を世に放ってしまった。あの時は辛うじて正気を取り戻し、自らの放った災厄を自らの手で食い止めたようだが、もはやエキドナは我らの愛する偉大な魔女ではない。ここに災厄を放った罪を裁き罰を与え、災厄の魔女は処刑された。これからは私が! 新たな王としてこのステラヴェルチェを導こう』


 ステラヴェルチェ王国を生み出した偉大なる魔女エキドナは、こうして災厄の魔女として子供達によって処刑された。そしてその亡骸を祀られることはなく、エキドナ自らが作り出したステラヴェルチェの王宮の地下空間、宝物庫よりも奥の封印の間にエキドナは封じられたのであった。




◆ 魔神殿・3階 ◆




「えっ、そのエキドナ様って、今この魔神殿にいらっしゃいませんこと……?!」

『ぴんぽ~ん♡ エキドナちゃんなら、今は魔術教官をしてるわよ~? リアちゃんが気になって気になって気になってしょうがないけど、自分から声をかけに行くのはプライドが許さない不器用な子だからぁ、連れてってあげたら~?』


 やっぱり、あの魔術教官エキドナって、リアちゃんのご先祖様じゃないですかぁぁ……!!! リアちゃんも声をかけて良いのか悩んでて、結局声をかけられずに通り過ぎるばっかりだったから、これは私が責任を持って会わせてあげないと……!!! あれ? でも待って? ちょっと気になることが!


「封印、されてたんじゃぁ……」

『その首飾り。本来はエキドナが身に着けてたものよ~? 一緒に封じられてたのに、どうして取り出されてるのかしら~♡』

「誰かが、封印を…………」

『そうよね~? 誰が開けられるんだったかしら、その宝物殿の扉~♡』


 じゃあ、やっぱり、そうなんだ……! リアちゃんがこれを持って死んでいたってことは……。やっぱり何か、嘘が混じっている。リアちゃんは基本的にはとっても可愛い、いい子代表みたいなロリっ子だけど……。時折見せるあの、表情。何かある……。スケルトンから肉体を取り戻すまでに考えついて秘匿することにした、何かが。


「……じゃあ、リアちゃんをステラヴェルチェに連れて行ったら、絶対面白いことになりますねえ!」

『凄いわぁ~♡ どうしたらそこまでぶっ飛んだ結論になるのかしらぁこのイカれ女~♡』

「レーナさんもそうですけど、あーちゃんもたまに話が飛びますわね!?」


 だってリアちゃんが私に内緒でやろうとしてるサプライズイベントだよ?! 面白くないわけがない!! じゃん!!! ねぇ!?

 

「あら……?」

「ん、どうしたのペルちゃん?」

「メッセージが……。あら、あらあら!! レーナさんのお家が、停電してしまったそうですわ!」

「えええ!? 大丈夫なの!?」


 え……!? レーナちゃん先輩が帰ってきたら、一緒にステラヴェルチェまで突っ走ろうと思ったのに、停電!? そういえばまだ大雨が続いてるんだっけ……。大丈夫なのかな……。


「これは……。鴨川の氾濫の件、結構な大事になっているようですわね。一応重大な場合は連絡をするようにとは言ってあるのですけれど、グループ会社の安否確認をしないとなりませんわね」

「あ……。じゃあ、ログアウト……する?」

「ごめんなさいね! そうだわ、これを貸しておきますわね! レーナさんから一応、あの時の未鑑定部品と本は勝手に鑑定しておいてと、高価そうだったり希少なものなら相談させてと書かれていましたわ!」

『ペルセウスから【無制限拡大鏡・残り10日】を貸し出されました(貸出・残り12時間)』

「あわわ、わかった……。心配だけど、私が何かしても……。どうにもならないよね……」

「雨が早く上がるようにと、皆様の無事をお祈りしておくぐらいですわね! 下手に外に出てあーちゃんが怪我でもしたら、それこそ大変なことですわよ! こちらにも大雨の影響が来そうですから、戸締りの確認だけなさって?」

「ん、わかった……! 皆が無事なように、お祈りする……。バビロンちゃんに」

『え~♡ あんた達の世界まではどうにもならないわよ~? でも、何もないと良いわね~。心配になっちゃうわ~』

「心配して頂けて、嬉しいですわ! ではまた、御機嫌よう! バビロン様も、また次回、お手合わせを!」

「あ、ばいばい……ペルちゃんも、気をつけてね」

『気をつけてねぇ~派手女~♡ ばいば~い♡』

『ペルセウスがログアウトしました』


 ん~……心配だけど、私が行ってもどうにもならないし、仕方ないよね……。下手に私が心配して『大丈夫?』とか聞くと、かえって心配をかけてるなーってプレッシャーになったりしたら、嫌だし……うーーー……。ペルちゃんの言う通り、無事を祈ろう!!!


『そうだ、リンネの従者はワタシが生き返らせてあ・げ・る♡ もちろん無料よ~? それっ♡』

「え、あっ! ありがとうございます!」

『どん太が復活しました』

『オーレリアが復活しました』

『姫千代が復活しました』

『トルネーダが復活しました』

『ローレライが復活しました』

『(´・ω・`)』

『あんたは自分で再生しなさい』

『フリオニールが【鎧完全修復】を発動し、【鎧破壊状態】から完全回復しました!』


 お、おにーちゃんだけ自力……。まあ、そうだね。死んだわけじゃないからね……。うんうん……。


『わうっ……。(強かった、何も出来なかった、お腹減ったぁ……)』

「魔術のコントロールを失ったから、跳ね返されたのでしょうか。反省です……」

「片手で止められるとは……。修行を、し直さねば……」

「なんで死んだのかもあたしはわからなかったねぇ! ただ、体が木端微塵になる感覚だけがあったよ」

「こわぁぁぁ…………。うち、暫くトラウマですぅ~……」


 良かった、全員しっかり生き返ってて。レベルも下がったりしてないし、まあ私も上がってないんだけど……。バビロンちゃんの偽物を倒してレベルが上がったりしたら、バビロンちゃんにお願いして偽物倒してレベリングとか、最悪の方法だけど出来そうだもんね。仕方ないっ!


『じゃあ、負けたあんた達は罰げ~む!!!♡』


 え゛っ゛ ! ? 


『わうぅ!?』

「き、聞いてないですっ!!」

「ば、ばつげぇむ……!?」

『((((;゜Д゜))))』

「あたしも聞いてないよそんなの!?」

「うちぃ、罰ゲームやだぁぁ……!」

『じゃじゃ~ん! このルーレットを回して止まった名前の子は罰ゲームでぇ~す♡ ワタシが今決めたんだも~ん♡』

『わうぅぅ!?』

「今っ!?」

「そんな理不尽な……」

「かぁ~~……。いや、仕方ないね。受け入れるしかないよ! 敗者は勝者に従うもんさ!」

「うち以外になれ、うち以外になれぇ……!」


 罰ゲーム、罰ゲーム……! あのルーレット、ちゃっかりペルちゃんの名前も入ってるぅ!? ペルちゃんに止まったら次にログインした瞬間、罰ゲームスタートだ!? しかも何が原因かわからないまま罰ゲーム執行だよ!?


『はい、すた~と♡』


 うわぁ始まっちゃった!! 誰に、誰になるんだ、一体誰が、しかも罰ゲームの内容もまだわからないのに! 誰が突然決まった罰ゲームを受ける羽目になるんだぁ!?


『きゅぅぅん……! (ごはん抜きはいやだっ!!)』

「どうかこれ以上えっちな服を着せられませんようにっ……!!」

「此方もごはん抜きは嫌で御座います!」

「え? 飯抜きなのかい!? あたしだと酒抜き!?」

「うちはぁぁ……!? 焼き鳥ぃぃ……!?」


 回転が遅くなってきた、どん太、リアちゃん、千代ちゃん、トルネーダさん、ローラさん……どん太……? リアちゃん!? 


「あ、あっ……!」


 いや、まだ滑る! まだ動いてる!!! これはっっっっっっ!?


『じゃ~~~ん!! 姫千代、罰ゲームけって~~~い♡♡♡』

「こ、此方の、ごは――――」

『姫千代が別次元に飛ばされました』


 あああああっっっ!!! 千代ちゃんが、床に吸い込まれた! 千代ちゃんが罰ゲーム会場に直行したぁ……!! 安らかに眠れR.I.P.……千代ちゃん……。 


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