日常から非日常へのダイブ

◆ 私立鹿鳴寺学園【1-1教室】 ◆


「はい、あ~ん」

「あ~……んっ…………ん、ぇ! こひぇ、はずかひ」

「口に食べ物を入れて喋らない」

「…………っ! これ、はず! …………かし、いんだけど……」

「あーちゃんは、わたくしのものだという誇示行為ですわ。恥ずかしがることはなくってよ?」

「う~~~~…………」


 私立鹿鳴寺学園、1年1組の名物……というか、この学園全体の名物と言ったらこの二人だろう。キラッキラの金髪のお嬢様に、暗く重い雰囲気のお嬢様のツーショット。七瀬財閥のご令嬢七瀬真弓と、そのご令嬢が溺愛する竜胆天音だ。

 この二人が何時からこんな関係なのかと二人の同級生に聞くと、この状態は中学1年生から続いているらしい。尤も、七瀬真弓が学校に来ている時の話だが、揃っている時はもうずーっと一緒だ。仲が良いなんて関係は突き抜け超えている。キッカケは中学校の頃のスキー合宿らしいってことは誰もが知っている内容だが、詳細な内容となると全員食い違った事を話すので、どれが本当の内容なのかわからない。ただ『遭難した七瀬真弓を竜胆天音が見つけ、猛吹雪の中で救助が来るまで竜胆天音が七瀬真弓を庇い続けていた』って話だけは絶対嘘だろう。これだけ現実味が無さすぎる。


「それで、今日はどこに行きましょうか」

「…………寮?」


 それはさておき、竜胆天音は入学と同時に七瀬真弓に寄生する害虫だとイジメグループに目をつけられてイジメの対象になっていた。だが、その関係が逆だとわかったのは、竜胆天音がトイレから帰ってきてずぶ濡れだったのを見た時の七瀬真弓の反応だった。あの時、俺達は鬼を見た。

 七瀬真弓は竜胆天音から事情を聞き出し、更に俺達を締め上げて自身が不在の間のイジメがあったことについて聞き出すと、即座に誰かに電話を掛けていた。そして来るわ、来るわ来るわ、警察、警察、警察車両の嵐……。それから学園中に捜査が回り、竜胆天音に対してイジメを行った犯人は全員連行され、とてつもなく厳しい取り調べの末に全員容疑を認め……無事、新年度早々の1ヶ月ぽっきりで6人も退学となった。

 それから? 当然、竜胆天音に手を出そうなんて考えた奴は誰も居ない。思うことすらない。それに七瀬真弓のこの溺愛っぷり、竜胆天音は七瀬真弓のものだということを本能で理解させられる。


「メル、んんっ……! あっちの話ですわ、あっちの……!」

「あ、そっち……ど、どうしよっか……」

「行けるところまで行きたい気持ちもありますけれど、とりあえず、45は目指したいですわ」

「45、行けるかな……」


 この会話が何の会話なのか、知りたいような知りたくないような……。聞きようによってはなかなかその、センシティブな会話に聞こえなくもない。あっちの話って本当になんなんだ。


「行きたいですわねぇ……。それにしても、あの子の話って本当なのかしら」

「あの子? あー……。なんかちょっと怪しいなーって思うところも、あるよね」

「そう! でも最終的にはあの場所で……。なんだか辻褄が合わないような、もやっとした話ですわ」

「ん~~……。まあでも、とりあえず……。やっちゃえば良いんじゃないかなぁ? 真相よりも、損か得か。楽しいか楽しくないかのほうが、私は……ふっふっふ……」

「そうですわね! やってから考えてもいいですわね!」


 やってから考える……? ど、どういうことなんだ……。っく、混ざりたい……。あの日、イジメを見て見ぬふりをせずに間に割って入って助けていれば、きっと俺はあの美人二人の間に…………くそう、くそう、美人が二人、天使のような・・・・・・美人が二人! 教室に居るのに!


「…………ところであなた、さっきから小声でぶつぶつと喋っているの、聞こえてますわよ?」

「いまあいつ、私達のこと天使のようなとか言ってた……。嫌い……。気持ち悪い……」

「別の所に行きましょう? ね、中庭が良いですわ!」


 き、嫌い……! 気持ち悪い……! 昨日も、すれ違った美人に言われて傷ついたばっかりなのに……。あのデカいウルフに盾も取られて、皆も装備がやられてかなり凹んでるし……。つらい、つらすぎる……。


「おいキモ譲二、装備なんだけどよ、掲示板見てたらここでレンタルしてくれるギルドがあるっぽいんだわ。華胥の夢ってとこなんだけどよ」

「え、マジで」

「ねえ昨日の美人さんにキモいって言われてまーだ落ち込んでんの? キモすぎない?」

「そんな美人さんだったんですね~。私、その美人さんのワンちゃんに二回も殺られてるみたいなんですけども~?」

「ああそれの話でよ、ここでレンタルしてくれるらしいんだわ」

「へぇ~。あ、華胥の夢ってヤバいギルドじゃん! PK常習犯、ローレイって都市を占拠してるとこ!」

「そんなところから借りて、大丈夫でしょうか~」

「まあ、無いよりマシだし、何より払ってくれるなら後から払ってくれれば良いみたいな感じらしいし、最悪持ち逃げでも……」

「最低過ぎないお前?」

「それはサイテ~」

「カルマ値に影響が出そうですから嫌です~」

「ま、まあ最悪の話だから……。払う、払うって」


 はぁ~~……。華胥の夢、ヤバいギルドらしいけど、大丈夫なんかなぁ~……。はぁ~~~~~~…………。




◆ 帰り道 ◆




「あ、真弓……! 見て、来週からクレープ屋さんがオープンするんだって」

「あら、クレープ…………。食べたことありませんわね」

「えっ?! ほ、本当に言ってる?! あれでも待って、クレープって…………どんなの…………えっと…………」

「っ! ほらご覧になって? あのポスターの! いちごクレープが美味しそうですわ!」

「…………本当だ、美味しそうだね。来週、オープンしたら食べてみよう?」

「ええ、そうね。食べましょうね。それにしても、ポスターの絵……。可愛らしい絵ですわねぇ」


 高校に入ってから二ヶ月とちょっと。6月に入って私の周りの環境はガラッと変わった。

 イジメも無くなったし……と言うよりイジメてた人たちが皆退学になっちゃったからなんだけど。私に必要以上に話しかけてくる人もいなくなった。同級生とは言っても、他人と話すのは苦手。だから出来れば真弓以外にはあんまり話しかけて貰いたくない。

 そう、真弓も学校にずっと来られるようになった。仕事で忙しかったのが落ち着いて、今はどうしてもって時はリモートで。後はこうして自由時間を満喫できるようになったんだって。高校生活を満喫出来るようになって良かった。真弓といろんな思い出を作りたいね。


「ポスターの絵…………。あっ……。そういえば、液タブ壊れちゃってたんだった」

「壊れちゃってた……? 壊したのでは、ありませんの?」

「お引越しの時に、画面割れちゃってたみたい」

「…………あら。そう。そうなの。ふぅ~ん」


 あ、怒ってる。この顔と声のトーンはあからさまに不機嫌!


「だだ、大丈夫だよ? 今はアナログで、たまに絵を描ければ良いの……」

「同じものを手配しますわ。明日にでも届くと思いますから」

「そ! そんな、大丈夫だよ?! いつも買ってもらってばっかり、駄目だよ……」

「引越し業者を手配したのはわたくしですもの。質の低い人間を招いてしまったわたくしが悪いのよ? これは買ってあげるのではなく、補填ですわ」

「あぅぅ……ぐぅぅ…………。ありがとうございます……」

「いえ、こちらこそ。今まで我慢させてごめんなさいね? 他に壊れちゃってたもの、ありまして?」


 真弓は怒らせると本当に怖いから、なるべく怒らないで日々笑って過ごして欲しい。私が怒られたことは、ないんだけど……。真弓が怒ると、基本的には嵐が巻き起こるから……。


「ううん、ないよ」

「本当に? 本当に本当? 嘘をついていない?」

「本当、本当だよっ!」

「…………本当みたいですわね」


 私は毎月20万円もあの人達・・・・から仕送りがあるけど……。真弓はいったい、どれだけの金額が自由に使えるんだろう。いや、この答えは聞かないほうがいい。絶対に! きっととんでもない莫大な金額な気がする! なんせメルティスに既に7桁も突っ込んでるらしいし、絶対ヤバい……絶対聞かないようにしよう、そうしよう。




◆ 自宅 ◆



 学園から歩いて10分、真弓からは学園の寮と聞いていたけど正確には『学園に近いマンション』だった。この8階建てのマンションの8階が私の住んでるところ。ちなみに1階から7階は全部七瀬財閥の関係者の方が住んでるらしい。こんなところに、本当に住んで良いのかな……。


「ただい……ま~」


 なんて挨拶を言っても返してくれる相手は居ない。当然静かな自宅が迎えてくれる。靴を脱いで、制服をなんか理屈がよくわからないクリーニングマシンに入れて、スイッチを押して置けば明日も綺麗な制服で学校に行ける。下着とかは…………溜めずに洗いなさいって真弓に怒られたんだった。ちゃんと洗おう……。洗剤はえっと……。多分、これぐらいでいっか。


「おっふろ~♡」


 というわけでお風呂……。毎日ハウスクリーニングの方がお掃除してって、この時間にお風呂がたまるようにしてってくれるからすぐ入れる。ふあぁぁ~~~~~…………。


「(あれ……。私、自分のこと何一つ自分でやってなくない……?)」


 本当にこれでいいんだろうか、私。社会に出たらやっていけるんだろうか、私。絶対ヤバい、そんな気がする……。


「(…………ふあぁぁぁ~~~…………)」


 でもお風呂が気持ちいいからそれどころじゃない。それに関しては、また後で考えよう……。次の機会に反省しよう……。お風呂最高~~……。温か~い……。




◆ ◆ ◆




 ご飯は済ませた。明日の用意もした。え? ご飯はどっから出てきたって? 毎日決められた時間に宅配で届くのを温めるだけ。デザート付き。本当に自分で何もしてない、絶対ヤバい……。でも自分でやるってなったら、まず料理から覚えないと……。うううううぅぅぅぅう…………メルティス!!! メルティスオンラインを、やりまーす!!!


「すっごい、これが本物の現実逃避ってやつね」


 今日は出来れば45レベルまで行くのが目標! 真弓曰く、ローレイの港エリアの東の端にダンジョンがあるらしくって、推奨レベルはちょっと高いみたいだけど十分狩れるんじゃないかって。そこでレベリングしてみようって話になった。


『メルティスオンラインへようこそ――――おかえり~♡ 愛しのバビロンちゃんから、毎日プ・レ・ゼ・ン・ト♡』

『バビロンちゃんからの! デイリーログインボーナス1日目【見習い魔女のほうき(劣悪・コモン・空きスロットなし)】』


 バビロンちゃん、バビロンちゃんバビロンちゃぁぁぁああぁぁぁん!!!!!!! ほうき、貰っちゃった~~~!!! わざわざ普通のほうき見つけて来てくれたんだぁあああぁ!!!! うぅうぅっぉおぉぉぉおおんぉぉんおぉんぉん!!! 推し、最高、アーーーーーー……ッ!!!


「お、こんちゃ~。ログインした瞬間から嬉しそうだねぇ」

『わうっ! (あ、帰ってきた! おかえり! お腹いっぱい!)』

「リンネお姉ちゃん、おかえりなさい!」

「お昼寝さんこんばんは~。ちょっと、良いことが、あって……。どん太元気だねぇ。お腹いっぱいなの。良かったねぇ。オーレリアちゃんただいま~」


 よぉし、早速やってこう。まずはこのほうき! 劣悪! コモン! 空きスロットなし! これは、装備してもしなくても差がないレベルの武器! このまま使えって渡してきたわけじゃあないんだろうから……。昨日の流れからして、やれってことよね! 【アニメイト・フェティッシュ】を!!!


「さあて、やるぞーっ」


 必要なのは【素体】・【死体】・【呪い】の3点! 素体はあるから、死体と呪いがあれば良いのね! 呪いのアイテム、ギルド倉庫に転がってないかな~っと……。まずそれを探そ……。

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