七瀬真弓と云う女

◆ 七瀬真弓、少し過去の話 ◆


 七瀬財閥の一人娘として生まれたわたくしは生まれながらにして勝ち組で、小さな頃から『あれがほしい、これがほしい』と言えば何でも手に入りました。何一つとして不自由はなく、容姿にも恵まれて金の髪に美しく整った顔立ちはまるで人形のよう。何事も自分が一番ではなければ気が済まず、勉学もスポーツも、全ての分野でわたくしは頂点を取り続けて目立ってきました。自分が輝いている、特別な人間だということを周りに思い知らせ、羨望の眼差しを向けられるのが心地よかったのです。彼女が現れるまでは。


 竜胆天音。わたくしが中学生になった時、彼女に出会いました。


 竜胆天音はわたくしのように文武両道を地で行く方で、成績は常にわたくしに一歩及ばずといったところ。しかしわたくしのほうが上だというのに、周囲の目は竜胆天音に向いていたのです。

 黒髪のショートボブ、整った中性的な顔立ち、少し低めの優しい声、そして彼女が優しいのは声だけではなく心根も優しく、誰に対しても分け隔てなく接してとても気が利いて、まるで、まるで…………王子様のようで。わたくしは――――嫉妬しました。


『――――以上、今年のスキー合宿の日程はこの様になっていますので、事前の準備をお忘れなきよう――――』


 わたくし達の通う中学校では、1年生の時に1週間ほどスキー合宿が開かれます。わたくしはスキーも当然嗜んでいて、合宿に参加するまでもない……と思ったのですが、これはチャンスであると思ったのです。竜胆天音より自分のほうが何でも出来ると、優れている女だと見せつけるチャンスだと。竜胆天音はスキー初心者だと周囲に話していました。わたくしが華麗に優雅に滑っている様を見せつければ、わたくしに視線が向くはず。そう思って、参加することにしたのです。




◆ ◆ ◆




「それでは、班分けの通りに分かれてください。経験者は各班のインストラクターのサポートに入って、初心者の子を助けてあげてくださいね」


 わたくしと竜胆天音は同じ班でした。この班にはわたくし以外に経験者がいないから、当然わたくしが色々と教えなければならない立場。嫌々ではありましたけれど? しかし教えられないと思われるのも癪に障るので教えて差し上げました。

 まずは止まり方、どうしても駄目な時は倒れ込むようにと倒れ方を、そして滑り方に続いてあれやこれやと…………。


「――――わあ、真弓様に教えて貰ったおかげで、上手く滑れるようになって来ましたよ!」

「あ、あら、そう」


 教えているうちに、竜胆天音はいつの間にか上手に滑れるようになっていたのです。初心者用コースを危なげなく滑りきれるようになり、中級者用コースも軽々と……。わたくしの闘争心に火が点いた瞬間でもありました。


「わたくしは、上級者用コースでも滑れますもの! 見ていなさい!」

「で、でも上級者用コースは先生が駄目って」

「そっちは行っちゃ駄目って言ってましたよ真弓様!」

「危ないですよう!」

「お黙り! わたくしが出来るってところを、見せて差し上げますわ!」

 

 これがいけなかった。これが全て、これがわたくしの人生で、最大の失態の始まりだったのです。


「…………あ、あら? 風が出てきましたわね……」


 上級者用コースへと進んでいく内に、徐々に風が強くなってきたのです。しかし事前のチェックでは天気は良好の予定。風も静かでとても良いスキー合宿になるという情報でした。ですから、これは一時的なものだと思い、わたくしは上級者用コースで滑り始めました。

 滑り始めは良好でした。ジャンプ用の段差も綺麗にジャンプして、そしてそのまま、すいすいと下って…………下って…………。


 ――――突如視界が、真っ白になってしまったのです。


「…………こ、困りましたわ。これでは上からわたくしがちゃんと滑れているか、見えないではないですの……」


 この時はまだ夢にも思っていませんでした。このコースから逸脱した場所に行かないように張られているはずのネットが他の利用客の転倒事故によって外されていたことなど。わたくしが、全く異なる場所へ滑っていたことなど。ましてや今わたくしが、道に迷っているなどと……。


「…………さ、寒い…………あっ……!」


 滑っても滑っても下に到着せず、挙げ句スキー板が先程のジャンプで一部破損したことに気が付かずにスキー板が完全に破損して転倒、この雪山でわたくしは……移動手段と現在地点の確認手段を失ってしまったのです。

 そしてそのことに気がついた瞬間に――――恐怖。風の勢いは増すばかり、横殴りの雪は猛吹雪へと変わり、わたくしは雪山で一人になってしまったのです。


「……だ、だれか、だれか……!!!! いっ……?!」


 呼べど叫べど声が届くはずもなく、わたくしの声は猛吹雪の中に消えるだけ。そして先程の転倒で運悪く雪に埋まっていた鋭く大きな石に右足を打ち、右足が膝下から全く動いてくれない。この状況にわたくしは、青ざめることしか出来ませんでした。


「――――あっ!! 居た、真弓様!!!」


 そんなわたくしのところに、来てくれたのです。王子様が。白馬は連れてきて居ませんでしたけれど、雪で真っ白になった王子様がわたくしを、探しに来てくれたのです。


「風が強くなって見えなくなって! 追いかけてきたんです、こっちに滑っていったのを最後に見たから、こっちかなって……あ、足、動かないんですか?」

「う、るさい……! うごけ――――きゃあっ!!」

「無理に動かないで、きっと怪我してます……。ここは、このまま居ちゃ不味いから、さあ、掴まって!」

「…………っ」


 屈辱でした。一番見下したかった相手に、竜胆天音に、見下されている気分がして。それでも、動けないよりは……ここにいるよりはマシ。このままこの王子様に下まで連れて行って貰おうとして、周囲を見て……。自分が置かれている状況にようやく気が付きました。


「もうどっちがどっちかわからなくて、でも確か上から見た時にこっちのほうに、小さい建物があった気がしたんです。まっすぐ進めているかわからないですけど、きっとこっちに……」


 白い。白い。白い。木。木。木。木…………。ここがどこなのか、どちらが下なのかすら、何もわからない。急速に積もった雪で地形が変わり、景色は見えず、方向感覚も狂って。この時初めて、完全に遭難していることにようやく気がついたのです。


「あ……! あった、ありましたよ! きっと誰か、居る……はず……」


 そんな中、竜胆天音の記憶通りに進んでいって、本当にありました。小さい建物が。それを建物と呼んで良いのかわからないほどにボロボロな、木の小屋が。


「…………これは、コースから出ないように仕切る、ネット……? ここは、予備の資材置場……ですね……」


 そこはスキー場の資材置場。扉は外れて無くなっていて、中は雪が入り込んでいて電気もなく暗い。そして何より、汚い。掃除も整頓もされているようには見えず、入り込んだ雪の下にも資材が埋まっていて足の踏み場がない。


「ここで、救助が来るのを待ちましょう」

「い、嫌よ、汚いですわ……いっ……」

「その足で他の場所まで行くのは無理ですよ。足、見せてください。怪我の多いスポーツをしているので、応急処置の知識ぐらいはあります」

「…………」


 嫌だった。何もかも。何もかもが嫌で嫌で嫌で、喚いて逃げ出したかった。

 良いところを見せつけるために上級者用コースで滑ったのに、無様な姿を晒して、それもわたくしよりも人気で、とっても輝いている王子様の竜胆天音に、応急処置まで……? とてもじゃないけれど、耐え難い苦痛でした。

 でも、竜胆天音という女は、わたくしのそんな気持ちなんて無視して……わたくしの右足の状態を診始めたのです。悔しいけれど、抵抗する気力がありませんでしたわ。


「…………こっちの打ってぶつけた方はまだ大丈夫そう……でも足首は、大きく捻ってますね……。この足首の腫れ方、もしかしたら足首が折れてるかもしれないです。ここで座ってて下さい。使えそうなものを探してきますから」

「つ、使えそうなものって、ここのものを……?」

「そうです。あ、あった、養生テープだけど……固定だけしておきましょう。そこが腫れてるのって、大体捻挫どころじゃ済まないやつです」

「や、だ、汚いわ、そんな…………いっっっ……!!!!!!」


 わたくしの言葉を無視して、竜胆天音は足首にテープを巻いて固定してくれました。痛くて、惨めで、寒くて、汚くて、もう、何もかもが嫌で…………。


「――――わたくしを助けて、本当の王子様にでもなったつもり!! 気に入らないの、あなたが!! 嫌いなのよ、あなたが大嫌い!!!!! わたくしより目立って、みんなが天音さん天音さんって!!!!! わたくしのほうが、わたくしのほうが上なのに!!!!!!!」


 遂に、爆発してしまった。日頃から思っていたものを全部吐き出して、助けてくれた恩人に最低な言葉を叩きつけて。ありったけの感情をぶち撒けてしまった。


「――――完璧過ぎるから、みんな近寄れないんですよ。有象無象の星々が私達だとしたら、真弓様は太陽なんです。唯一無二で、絶対的で。ああ、あんなに輝いてみたいなって思っても足元にも及ばない。だから、まだ近づけそうな私に。みんな私で妥協するんです。私は、あなたの妥協なんですよ」


 なのに、竜胆天音は平然とそう言って返した。その瞬間わたくしの中で何かが滅茶苦茶に壊れて、溢れて、歯止めが効かなくなって。


「――――ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!! うわぁぁぁあああぁぁぁああああああああああああぁああああああああああ!!!!!!!!」


 子供みたいに、本気で泣きじゃくってしまったのです。その時、竜胆天音に抱かれながら頭を撫でて貰った記憶が、とても鮮明で…………。今でも、忘れられない。




◆ ◆ ◆




 わたくしが泣き疲れて泣き止んでも、吹雪は止まない。刻一刻と時間だけが過ぎ、恐らくもう日没後。寒さはこれからもっと厳しくなって行くはず。それなのにわたくし達を包んでいるのはスキーウェアのみ。それも、運動後の……汗で湿ったスキーウェアから温度が奪われ、体温が下がっていく。


「真弓様」

「真弓……。真弓で、いいわ」

「じゃあ、真弓さん。寒くないですか? 汚いけれど、無いよりマシですから。これらを羽織りましょう」

「…………あなたが、そうすべきだって言うなら」

「天音って、呼んでください」

「天音、さん……の、好きにして頂戴……」


 この資材置き場から使えそうなものを天音さんが探して引き出してくる。ボロボロの布きれ、ネットを折りたたんだもの、何かの機械にかけてあったホコリまみれの薄手の毛布、できる限りのものを集めて持ってくる。できる限り、綺麗に払ってから。


「二人分は厳しいですから、こうしましょう」

「え、あ、ちょっと……!」

「この方が、温かいはずですから」


 天音さんはわたくしに覆いかぶさるように、後ろから抱きしめる形で毛布などを掛けてくれました。自分の着ていたスキーウェアの上着もわたくしに着せて。わたくしのスキーウェアが汚れるからって。


「…………救助、来ると良いですね」

「ええ、そうね……」


 先程のこともあって余りの気まずさに最初は全く会話が続かなくて……。でも、何かと天音さんはわたくしに話題を振ってくれて、気がつけばわたくしは饒舌に自分語りを始めて……。


「――――だからわたくし、言いましたの! 七瀬財閥は新事業への参入に怖気づいていると! まったく、お父様はわたくしのことなんて!」

「――――皆を乗せた大船ですから、慎重なんですよ」

「――――お嬢様はヴァイオリンを弾いているイメージが付きすぎて、そのせいでわたくしは苦手なヴァイオリンも上手に弾けないといけなくなりましたのよ! 周囲からのイメージが崩れるからと! 本当に、もう!!!」

「――――あっははは、それは大変だわ」


 時間も忘れる程、わたくしは天音さんとお話をしました。足が痛むのも忘れてしまうほどに。


「……どうしてもっと早く、天音さんと打ち解けられなかったのかしら」

「こうしたキッカケがあったからこそ、だよ。今日打ち解けられて良かったって、前向きに考えよう?」

「そうね、そうですわね……ねえ? あーちゃんって、呼んでもいいかしら……?」

「あ、そんなに急接近して来るの? いいよ、じゃあ私は真弓って呼んじゃおうかな」


 そして、この吹雪の積雪に耐えられず、天井が崩れ始めていることにも、気が付かなかったのです。


「ええ、よくって……? あら……? 今上から何か降ってき――――」

「真弓!!! 頭を下げて!!!!!!」


 それがわたくしとあーちゃんの、最後の会話。その後は何も。何も覚えていません。




◆ ◆ ◆




「――――竜胆天音さんは未だ意識が戻りません」


 先に目が覚めたのは、わたくしでした。あの後吹雪が止んですぐに捜索隊が出動し、わたくし達の最終目撃地点から近かった小屋に避難している可能性に賭け、押しつぶれた小屋の中からわたくし達を救助してくれて病院へ運んで下さったのです。


「……大丈夫、ですわよね」

「わかりません、こればかりは……」


 あーちゃんは、崩壊した天井の木材に頭を打って意識不明。わたくしが目覚めた遭難から4日後の時点でも目が覚めず、こうして毎日お見舞いにやって来ても眠りの中。


「また、来ますわ……」


 ――もう、一ヶ月が経つと言うのに。


「ええ、またいらっしゃってください」


 医師に見送られ、あーちゃんの病室を出る。あーちゃんのご両親からは『七瀬財閥のご令嬢を守ってくれて、うちの娘が役に立ってくれて本当によかった』と言われました。ええ、本心でないことはわかっています。当然です、自分の娘がこんな状態なのにどうしてお前が助かるんだなんてわたくしに言えるはずがない。きっと、きっとわたくしを、心の底から恨んでいる。殺されてもおかしくない。


「…………」


 心に大きな、とても大きな穴が空いたようで。人生で初めて友人と呼べる存在が出来たと思ったのに、その瞬間に失った。虚無。すっぽりと心から抜け落ちた、虚無。

 この何倍も、何十倍も何百倍も、ご両親は心に穴が空いているはず。どの面を下げてわたくしはお見舞いに来ているんだろう。ワガママだ、わたくしはどこまでもどこまでもどこまでも、ワガママな――――


「ま、真弓お嬢様!!」


 ――――突然、先程の医師から大きな声で名前を呼ばれた。慌てて振り返ると、医師の顔には薄っすらと笑顔があった。もしや、と。


「天音さんが、意識を取り戻しました!!」

「い、今行きますわ、きゃあ!?」

「大丈夫ですか?!」

「自分で、歩けますわ!! このぐらいっ!!」


 そのもしや・・・は的中しました。あーちゃんが、あーちゃんが目を覚ました。骨折していた右足のことも忘れて駆け出して転びながらも、慌ててあーちゃんの病室へと戻ると……そこには、あーちゃんが。あーちゃんが目を覚まして……こっちを見て…………。


「あ…………。真弓…………? 真弓、だ。良かった、生きてたんだ……」


 わたくしの名前を呼んでくれた。それだけで、胸がいっぱいになって……つい、泣き出しそうになって――――


「――――お前、俺達の顔は忘れてて、真弓お嬢様だけは覚えてるのか……?」

「天音、お母さんの顔が、本当に、思い出せないの……?」

「ごめ、なさ……。すみま、せ……で、でも、本当に、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


 一転して、驚愕。そして、絶望。


「天音お嬢様はまだ、混乱していらっしゃるご様子ですから、今はどうかご安静に……」

「…………あ、ああ。また、暫くしたら来る」

「ええ、ええ……はい……」


 あーちゃんは、わたくしのこと以外誰も……。誰も、覚えていなかったのです。




◆ ◆ ◆




「あーちゃん、バレー部辞めてしまいましたの?」

「え……。あ……。うん……。なんで、バレー部やってたんだっけ。えっと、向いてないかなって……思って……」

「そう、ですの。そうだわ、ご両親からあーちゃんを暫く頼むと言い預かってますの。今日から、うちにいらっしゃいな」

「うぇ……? う、ん。あの人達・・・・と居ると、ちょっと、気不味くて……。真弓と一緒のほうが、えっへへ……落ち着くかな……」

「そう! わたくしも、あーちゃんと一緒に居ると落ち着きますわ。そうだわ、高校の進学先は私立鹿鳴寺学園でしょう? 進学して暫くして落ち着いたら、学園寮に移ると良いですわ。少しずつ、自分のことを自分で出来るようになっていきましょうね」

「う、ん……わかった……」


 ――――あの日、竜胆天音という王子様をわたくしは、殺した。これがわたくしの人生で、取り返しのつかない唯一無二の大失態。


「ね、え」

「どうしましたの?」

「…………ずっと、親友で居て、くれる?」

「……! もちろん、もちろんですわ! 絶対に!」

「えっへ、これからも、よろしくね……?」

「ええ、よくってよ!」


 竜胆天音は人が変わったように暗く、内気で、陰気な性格になってしまった。両親に関する記憶も戻らず、挙げ句に『これはウチの娘じゃない』とまで言われて。まるで捨てるかのようにわたくしへ押し付けて来た。こうなったのはわたくしの責任だから、全ての責任を取ってくれと。ご両親へ多額の慰謝料を払い、竜胆天音を引き取ると約束した途端――――彼らは姿を消した。情報屋によれば、今は海外で贅沢にのんびり暮らしているらしい。

 竜胆天音にはもう、わたくししか居ない。わたくしがしっかりしなければ。わたくしが、七瀬真弓が支えなければ……。七瀬財閥は苦しい状態、このままでは竜胆天音を……あーちゃんを支えていけない。変えなければならない。


「…………わたくしが、ずっと。支えてみせますわ」

「う、ん……? なにか、いった……?」

「いいえ! 自分に言い聞かせただけでしてよ!」


 この日から、わたくしはワガママな令嬢を辞めた。本気で七瀬財閥の経営に向き合い、これまで以上に、何もかもに本気になって挑むようになった。必要であれば他者に助けを求め、自分よりも遥かに上を行く識者の知恵を借り、そして――――高校進学と共に、七瀬財閥は再建を超えて頂点に躍り出るまでに、成長した…………。




◆ それから暫くして、ある日…… ◆




 ――――この事業が落ち着いたら、あーちゃんとゆっくりする時間を作ろう。


「お嬢様、失礼します。こちらの資料を――――あ」

「…………これは?」

「し、しし、失礼しました!!」

「これは何かと、聞いていますのよ」


 そう思ってたのに、また追加の案件……。と思ったら、何か……。ゲームのようなものの情報が一部混ざっていました。キャッチコピーは『メルティスの地で自由な冒険を、貴方に』。自由、自由ねえ……本当に手に入れられるなら、欲しいものだわ。


「ら、来週リリースされる、メルティスオンラインというオンラインゲームでして……」

「これがあるってことは、PVなども見ているのでしょう? わたくしに面白く聞こえるように説明して頂戴。同期の社員だとでも思って」

「…………これは凄いんですよ、何が凄いってそう! オープンワールド! 見えるところは全部行ける、全部遊べる、広大で膨大な異世界を探検出来るんです! そして従来のオンラインゲームでは再現の難しかった五感へのフィードバックも調整され、全身で異世界を自由に満喫出来るんです! 旅してヨシ、戦うのもヨシ、食べ歩くのもヨシ、無数の選択から自由に自分をカスタイマイズして、自分だけの冒険を手に入れることが、出来るんです!!!!!」


 こいつ、この会社に入ってプレゼンしたほうが良いんじゃないかしら。うちの商品を紹介するよりよっぽど向いている気がするのだけど。あ、こいつの今の部署より良い場所あったわね。ゲーム開発部。


「あなた、ゲーム開発部に異動する気はない?」

「え?!?!?! い、いいんですか!?」

「じゃあ、そうしてあげるわ……。これ作ってるよりそっちのほうが向いてそうだもの」

「ありがとうございます!!!!!!!!!!」

「うっるさ……」


 それにしても、メルティスオンラインね……。あーちゃんと一緒にやってみようかしら? どうやってプレイするのかし――――え゛っ゛!? プレイ利用権、半年待ち???!!!! 嘘でしょう?! あーちゃんとの冒険、半年待ち?! いいえ、いえ! わたくしの権力を使えば、きっと半年もかからず…………。あーちゃんにどうやってダイブマシンを渡せばいいの? え? さすがにプレゼントよ~って最低数十万するものを渡したら、ドン引きされる……と思うのよね。


「ねえ、その前に一つだけ聞いてもいいかしら? これにいいアイディアが出せたら、さっきの話を通すわ」

「は、はい!」

「…………友人にVRダイブマシンをプレゼントする方法、なにかない? 私からのプレゼントじゃ駄目なのよ。絶対受け取ってもらえないの。どんな手でも使うわ」

「…………何かこう、くじ引きとか、懸賞で当たったことにするとか」

「そんなベタな…………いえ待って、そうね……なるほど……よし、異動よ」

「ありがとうございます!!!!」


 あーちゃんは、そう。ゴスロリが大好きだったわね。GOTHIC & LOLITA社の雑誌も買ってたわよね。あそこのデザイナーに、あーちゃんが欲しがりそうなデザインの懸賞をいっぱい作らせて応募させて、一等が当たりましたーーー!! みたいな感じで行けばいいわね。2ヶ月ぐらい掛かるかしら、このゲームに先にわたくしが慣れておいて、後からあーちゃんが来る……。完璧じゃない?! 完璧だわ! これよ、これしかないわ!


 さあ、やるわよ! あーちゃんの為に、わたくしの自由時間の為に! 今日も全力で働くわ!


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