34話 頭目決め初戦!耳長娘の秘策 (虹耀暦1286年7月:アルクス14歳)

 アルクスたちの前には突貫工事とは思えないほどの鬱蒼とした森のような武闘場が広がっていた。一昨日のことだ。


 師であるヴィオレッタが告げた。4人で一党パーティを組むだろうし、何より纏まって動く以上頭目リーダーは必要不可欠である。そのため総当たりで戦い、互いの実力を理解したうえで頭目を決めるように、と。



 人狼族のマルクガルムも鬼人族の凛華も森人族のシルフィエーラも3人とも純粋魔族。半龍人のアルも大別すれば魔族だ。


 最初は頭目なんてこの4人の中からなら誰でも良くない?くらいの反応だったが、力試しや闘いの場を用意すると言われれば血が疼くというものだ。殺し合いなどとは違う純粋な力と技術のぶつけ合い。単純にわくわくしていた。



 そして今日はその初日。


「うっわぁ!お父さんたち張り切ったんだねえ」


「武闘場だって言われなきゃわからねえな」


「観客席まであるわよ!アルが前世の歴史にあったって言ってた闘技場コロシアムってこんなんだったんじゃない?」


「森とかはなかったんだろうけど、観客席とか造りの根幹思想は似たようなもんかもしれない」


 エーラが感嘆の声を上げたが、全員が似たような心持ちだ。


「見られながら闘うのか。ってか見えるのか?あれで」


 小規模ではあるが鬱蒼とした森だ。観客席から見える気がしない。至極まっとうな疑問を口にするマルク。


「そこは師匠が何か考えてるんじゃない?」


「ま、どっちにしろ全力で闘っていいってことだよな?これ」


「だね」


 と、そこで凛華がクルリと振り向いて笑顔を浮かべる。好戦的な笑みだ。


「三人とも、手加減はしないわよ」


「手加減して勝てるとか思ったことないよ。ていうか加減しない人に加減したら瞬殺されちゃうじゃん」


「右に同じ。お前が一番加減しないからな」


 即答したアルとマルクに凛華は微妙な表情を返した。


 そんなイメージなの?みたいな顔をしているが単なる事実である。


「アルは『封刻紋』解くの?」


 エーラの問いにアルは首肯する。


「他相手ならともかく、三人が相手なら龍眼がまともに使えるとこまでは解くよ。それ以上はどこでおかしくなるかわかんないからやめとく」


 3時まで時計を戻せば龍眼は使える。しかし龍気と龍焔は使えない。現状のアルの精一杯。それだっておそらくよろしい状態ではないだろう。


「一応今のアルの全力ね。楽しみにしてるわ」


 好戦的な凛華に、


「お手柔らかに頼むよ」


 アルはそう返す。が、凛華はジト目で更に言い返してきた。


「やーよ。そう言って魔術で落とし穴にでもかけるのがアルじゃない」


「それはエーラだよ」


「ちょっと!ボクそんな卑怯な真似しないよ!」


「ひ、卑怯って・・・」


「ほら、やっぱりあんたじゃないの」


 エーラのあんまりな物言いにショックを受けるアル。そんないつものやり取りが行われていたところへヴィオレッタがやってきた。


 4人はすぐさま姿勢を正す。今のヴィオレッタは里長として来ているのだ。


「準備はできておるようじゃの?四人とも」


「「「「はい、先生(師匠)」」」」


「うむ。儂も今更とやかく言わぬ。これが対戦表じゃ」


 そう言って広げられた対戦表には、この3日間で1対1をそれぞれ3回やる旨が書かれていた。内訳はこんな具合だ。


 初日:アルクス対シルフィエーラ、マルクガルム対凛華


 2日目:マルクガルム対アルクス、凛華対シルフィエーラ


 3日目:シルフィエーラ対マルクガルム、アルクス対凛華


「初っ端からボクたちだね!アル、遠慮はなしだよ?」


「もちろん。本気で探さないと見つかんないだろうし」


 なんてったって森人だ。この森林の如きフィールドでは有利だろう。


「では、準備は良いかの?」


 4人は顔を見合わせたあと、勢いよく頷いた。



***



 数十分後。アルとエーラは武闘場を挟んだ真向かいに立っていた。今はもう互いの姿は見えない。


 少し離れたところには観客席に座っている4人の両親や兄弟をはじめとした住民たちがいる。4人の年齢に近い者たちも彼らの闘いを見たいと言って来れる者はほとんど来たようだ。声援が聞こえてくる。


 そこにヴィオレッタの声が響いた。『拡声の術』だ。


「これよりアルクス・シルト・ルミナス対シルフィエーラ・ローリエの模擬仕合を始める!


 皆には見づらい部分もあるじゃろうが、儂の使い魔たちをそこかしこに配置しておる!そやつらの目に映ったものが、そこの『連血水鏡れんけつすいきょう』に映る仕組みとなっておるからくれぐれも武闘場に入ったりはせぬように!」


 中継ドローンの如き使い魔たちをそこかしこに配置してモニターもかくやという大きな『水鏡』に映す形を取ったらしい。


 アルは師の発想力と実行できるだけの技術力に子供のように高揚した。この為に作ったようだが里の防衛や監視にも使えるとんでもない魔術だ。


 わくわくしているアルに気づいたヴィオレッタは苦笑する。


「これアル、後で教えてやるから今は目の前に集中せい。二人とも、準備は良いな?」


 アルは言われてすぐに表情を切り替えた。エーラも似たような面持ちを浮かべる。


 ヴィオレッタは2人が頷いたのを確認し、


「では・・・はじめえいっ!!」


 と闘いの火蓋を切って落とした。



 アルが模擬戦エリアに入った瞬間、風切り音と共に3本の矢が飛来してくるのが見えた。位置を正確に把握して放たれたようで、空と左右から挟み込むような挟撃だ。


「よっ・・・と!」


 アルはよくよく引きつけた上で一気に前進してそれらを躱す。先に避けていても、軌道修正して飛んでくるのが森人―――というか今のエーラの矢だ。


 『精霊感応』と弓術の組み合わせ。ほとんど追尾矢と呼んでも差し支えない。それにしても―――――。


「あの距離でもう見つけてるのか・・・!」


 今更ながらアルはズルいと心中で漏らす。こちらはエーラの居場所など掴めていない。そして彼女は一ヶ所に留まり続けるような間抜けでもない。


 索敵から始めなければならないアルとすでに教えてもらっているエーラ。状況は圧倒的に不利。


「でも、それは予想してたよ!」


 アルは気合を入れるとエーラを補足すべく駆け出した。



 エーラは樹上で歯噛みする。


「うっそ、あれも避けたの!?さっすがアル!」


 初動の3射に加えて既に17射。『精霊感応』で的確に捉えて死角から射貫こうとしているがさっきからギリギリで躱されていた。


 1射ずつなどという生温い射方をせず、基本的には3射セットでタイミングをズラしながら射っているのにかかわらず掠ってもいない。


 『封刻紋』で龍眼を普段使いしなくなったアルは気配察知能力が抜群に上がっている。六道穿光流との相性も良かったのか、とんでもない反応速度で避けて回っていた。目が追いつくより先に動いている。そう形容できるような動きだ。


「やるね!でも!!」


 エーラは木から木へと飛び移りながら洋弓型に切り替えた弓を上に2射、木々の隙間を縫うように4射した。洋弓型に変更した理由は和弓型の飛距離を重視した追尾矢では全く当たらないと判断したからだ。


 速度に重きを置いた上空からの2射にアルは素早く反応した。しっかりと時間差で射られた矢をアルは急ブレーキをかけ、反転して飛び退りながら避ける。


 そこに残りの2射が襲い掛かった。アルは「うっ!」と呻き声を上げながらどうにか上体を低くして躱してしまう。やはり驚異的な反応速度だ。


 しかし避けられたエーラは焦っていない。なぜなら、そこに釘付けにすることこそが狙いだったからだ。


「今!やっちゃって!」


 いつの間にかアルの近くまで寄って来ていたエーラは触れていた木々に呼びかける。その瞬間、周辺の木々がビュゴオッと地面から根や枝を勢いよくアルに伸ばした。


 初めてアルの表情に本気の焦りが浮かぶ。すぐさま太刀を抜き、人の腕程の太さで迫る根や枝を咄嗟に斬り払っていく。だが、これで仕留められるなどエーラは考えていない。エーラの最も警戒している相手はアルなのだ。


 アルは跳躍して根を躱し、降り様に叩き斬る。着地したアルの横合いをが勢いよく殴りつけた。


「うぐぅっ!?」


 強かに殴り飛ばされたアルはなんとか体勢を整え、くるんと着地すると同時に気配を感じた方へ苦無クナイ型の雷を投げつける。だが、エーラは木々の間にスウッと紛れるように消えていった。生木に当たった雷が爆ぜて消える。



 アルは思わず痛みに顔をしかめた。


「いっつつ・・・」


 エーラが『精霊感応』の格が上がったと言っていたがあれがそれか。あんなものが飛んでくるとは予想もつかなかった。


 『錬想顕幻れんそうけんげん』。精霊にこうしてああしてと頼むのではなく己の強固なイメージを伝え、象らせる。厄介で済む代物じゃない。


 ―――――どうする?


 考えている内にエーラの気配が遠ざかっていく。凄い早さだ。アルには想像もつかないが、エーラはツタや枝を蜘蛛の糸のように伸ばして縦横無尽に不規則な動きで飛び回っていた。あそこまで近寄ったのはよりイメージを強くするためである。


「このままじゃ負けるな」


 そう呟いたアルは左掌を心臓に向け、カチカチカチッと一気に『封刻紋』を逆回しに解除する。針が3時を示した。一気にアルの髪が灰色へ、瞳が緋色へと変わる。


 ―――――これで、龍眼は使える。


 アルは躊躇いなく龍眼を発動させ『釈葉の魔眼』も発動させた。ピイッという風切り音と共に飛来した矢を気配だけで避けつつ、周囲に目を配る。


 やるべきことは一つ。一刻も早く彼女を見つけること。


 アルは左手に太刀を持たせ、右手の人差指と中指で刀印を作って鍵語を浮かび上がらせた。


 しかしエーラもアルが何かしようとしていることには勘づいている。させまいと矢が迫ってきた。アルは動体視力の上がった龍眼を向け1射、2射と躱し、死角から飛び出してきた1射を体ごと左回転しながら斬り払う。


 遮蔽のある森へと飛び込み、走りながら術式を組んでは霧散させていく。彼女に辿り着くための一要素ヒントは、いまだ閃かない。



 また避けられた。


「うぅ~、もうっ!」


 エーラは毒づく。先程から何やら術式を組もうとしているアルの妨害をしているが一向に当たらない。龍眼まで使い始めたせいで斬り払いまでするようになった、すべて死角から射かけているというのに。


「ならボクだって秘策を使わせてもらうよ!」


 エーラはそう宣言し、すうっと息を吸って集中。洋弓型の弓を構え、鮮緑に輝く瞳を細めた。


 ヒュッ・・・パアッ!


 矢を2本飛翔させた弓がその形を戦国時代の実戦弓――強弓型へと変える。この弓の新たなもう一つの形。


 最初に狙撃していた和弓型が追尾、遠距離狙撃を得意とし、洋弓型が連射性とほぼ等速の矢勢を放つ扱いやすさに特化したものだとすれば、この強弓型は強力な反動の代わりに速過ぎる矢勢を実現した威力特化の弓形だ。


 この強弓で放たれた矢は風の影響を受けづらく、最後まで引くにはエーラの筋力では足りない。こんなものをマトモに引けるのは筋骨隆々の大男くらいだ。しかしそれで充分。


「『霊気の術』!」


 エーラは弓を変化させると同時に出来うる限り最大まで引き、先の2射に続くようにボヒュッ!と射かけた。


 ヒュウゥ―――――!


 アルの反応も早い。龍眼のおかげで射かけられた2射をサイドステップで躱し、最後の剛射された一矢を斬り払おうとして―――――慌てて叫んだ。


「『蒼炎気刃そうえんきじん』っ!!」


 蒼炎を纏った刃がバッキャアッと音を立てて太矢を叩き割る。アルが慌てたのはその矢勢がとんでもなかったからでも太かったからでもない。その矢が森人の闘気――――霊気を纏っていたからだ。エーラの秘策とは『気刃の術』を用いて霊気を矢に纏わせることだった。


 アルは冷や汗を掻く。左手が痺れていた。


 ―――――独自魔術とっておきを使わなかったらやばかった。


 『蒼炎気刃』。以前まで使っていた『炎気刃』はアルの龍焔を纏った『焔気刃』とも呼ぶべきものだったが、今はそれが使えない。


 だからこそ威力低下を補うべく改良を加えたのがこの『蒼炎気刃』だ。独自魔術とっておきを使わされたアルは、急いでエーラを探す術式を描く。


 ―――――連発されたら押し込まれて負ける。風の流れ・・・だめだ、風はエーラの味方だ。『蒼炎気刃』も何度も使えば魔力が保たない。


 エーラの攻勢と激しい焦燥感にアルは追い立てられていく。脳内は探知に使えそうな要素を探すことに知識を総動員していた。


 脳裏に何かが掠める。前世のレーダーと呼ばれる類のもの。そしてようやく閃いた。


 ―――――そうだ、熱だ・・・・熱源の探知!


 アルは急いで術式を描いていく。もどかしく思いつつもサーモグラフィーをイメージした術式を完成させ、己の左目に掛けた。アルの左目が蛇の鱗のような半透明の片眼鏡モノクルで覆われる。


「どこにっ!―――――見つけた!!」


 言うや否やアルは魔力を真下にぶつけ、更に風で土煙を巻き上げた。そして太刀を構えて疾駆する。


 六道穿光流・風の型、闇の型混成構え『葉隠れ』が発動していた。


「っ!?速過ぎるっ!!」


 エーラは土煙で一瞬見失ったアルがその場から消えていることにぎょっとする。すぐさま精霊たちからの情報を集めるが確認できるのはアルの残影のみ。


「精霊で追えないなんて!」


 それでも様々な方向から情報を集め、脳もパンク状態に近い。そもそもどうして急に疾走しだしたのか?


 強弓の的を絞らせないためか、それともまさか――――――。


「もしかしてこっちを見つけた!?もう!さすがだけどさぁ!」


 アルの実力を疑わないエーラはすぐに正解に到達した。間違いない、先ほどの魔術はこちらを見つけるためのものだ。それにしても速過ぎる。さっきと立場が逆転してしまった。


「いいよ、来なよアル!」


 それならばと、エーラは出来るだけの罠を張る。地面と枝と枝の間に蜘蛛の巣上のツタや根を這わせた。


 ザザ――――――!


 音がする。緋色の残光が見えた。


「そこっ!」


 洋弓型に変化させてエーラが射かけるが影さえ射貫けない。歯噛みしかけたエーラの足元にアルが一気に詰めた。


「シッ!」


 六道穿光流『夜疾風よるはやて』。中伝になったからこそ可能になった剣技。風の型と闇の型の既成混成技ではなく、アルの中で風と闇をそれぞれ解釈した上で出来上がった技だ。


「きゃあっ!?」


 エーラのいたの足元がいつの間にか四閃され、切り倒された。樹上にいる側からすれば堪ったものではない。焦って弓を取り落としながら樹上から落ちてしまう。


「くうっ!」


 エーラはそれでも諦めず、弓の代わりにツタを手繰り寄せて着地。即座にグルリと首を回したがアルの姿は見えない。


「どこ・・・っ!」


 エーラが声を発した瞬間、『後ろ』と精霊が囁く。ハッとして逆手で引き抜いた矢を叩きつけた。だがアルは読んでいたようで軽くいなすように受け止める。


「くっ!」


 エーラも負けん気は強い方だ。受け止められた矢はそのままに、急いでバックステップを踏む。そして手繰り寄せていたツタを鞭のように振り上げた。


 しかしそこはまだアルの間合いだ。


 エーラが蔦鞭を振り回すより先に一足飛びに懐へ潜り込み、エーラの腕を押さえ込みながら引き倒す。


「わわっ!」


 エーラは頭を叩きつけられる衝撃に身構えたが、トスンとゆっくり転ばされた。


「・・・・う?」


 パチパチと驚いたように目を開いたエーラの視界に入ってきたのは、突き付けられたアルの右掌だ。いつでも撃てるぞという意思表示だろう。太刀の方はもう納めている。どうやらエーラに余計な怪我をさせるのを避けたらしい。


「まだやる?」


 ニッと笑う灰髪のアルにエーラは脱力した。


「う~・・・もう、やっぱり強いなぁアルは。ボクの負け」


 使い魔を通してエーラの宣言を聞いたヴィオレッタがすかさず声を上げる。


「勝者、アルクス!エーラもよう粘ったのう」


 悔しさが残るエーラだが優しいヴィオレッタの声と自分を起こすべく手を差し伸べるアルにまあいいかと息をつき手を取った。


「転ばせたのアルなんだからちゃんと払ってよね~」


 ガキガキッと『封刻紋』を閉め直すアルに肩をぶつけながらエーラが文句を垂れる。


「はいはい」


 しょうがないなぁという顔でアルは金髪についた葉くずや土を払ってやった。そのまま連れ立って武闘場の外へと歩いていく。



 場外に出てきた2人を出迎えたのは健闘を称える拍手だった。


「二人とも良い戦いだったぞ!」


「最後のアルは速かったなあ。遠目で見てたのにたまに見失ってたぜ」


「シルフィエーラの弓の腕もあそこまで上がってるとはな!森人として誇らしいぞ!」


「アルクスにいちゃん、はっええ・・・木倒したとき何回斬ったの?」


「エーラおねえちゃんもすごかった!ヒュヒュッって一回で何本も撃ってたよ!」


 里の若い魔族同士の力比べは、その内容もあって世代を問わずかなり好評だったらしい。


「あはは!ちょっと悔しいけどありがと!」


 エーラがニコニコと手を振り、アルも母や知り合いたちに手を振る。そこでまたヴィオレッタが話し始めた。


「健闘を称えるのも良いがあと一戦残っておる。皆の者、始められんから少々静かにするように。それと、さっき闘った二人はちゃんと休んで観ておくのじゃぞ?明日に響いてはならぬからのう」


 観客と化した住人たちは「あ、そうだった!」といそいそ座りはじめ、アルとエーラもそこいらの観客席に座る。怪我そのものはしていないが、やはり全力で闘えば疲れるものだ。


「エーラのあの矢、手が痺れたよ」


「まさか斬られるとは思わなかったなぁ。一発で気絶までもっていこうと思ってたのに」


「霊気まで纏わせといて?気絶じゃすまなかったでしょアレ」


「気づいたの?燃やされちゃうかもと思って用意しといた秘策だったんだよ?」


「燃やす余裕はなかったって。エーラも加減知らずだなぁ」


 たは~と笑うエーラとアルがじゃれ合っているところにトリシャとローリエ家の面々が来た。


「二人とも良い戦いだった。エーラも追い詰められる前の速射は私でも目を瞠ったよ」


「お疲れさまアル。ちゃあんと見てたわよ。かっこよくなっちゃってもう」


 エーラの父ラファルとアルの母トリシャが己が子へ銘々に声をかける。


「えっへへ。そうでしょ~?ふっふん」


「ありがと母さん」


 2人は少しだけ照れ臭そうに返事を返した。こういうところはまだまだ歳相応で安心するトリシャとローリエ家の森人たち。


「エーラぁ~、怪我は無い?お姉ちゃんハラハラしっぱなしだったわよ~」


「もぉ~、ないよぉ」


 抱き着く姉シルフィリアへ嬉しそうな笑みを溢すエーラをアルが見ていると、ラファルが話しかけてきた。


「アル。まさか森の中で我々を見つける術を持っているとは思わなかったよ」


「いいえ、途中で作ったんです。あの矢を耐えるのは無理そうだったから」


「作った?ああ、そういえば『魔眼』を持ってるんだったね。あの土壇場で魔術を創るとは・・・ちなみにどういった術かな?差し支えなければ教えてくれないか?」


「即席ですし、いいですよ。魔獣のいないあの森の中で体温が高いのはエーラだけでした。だから熱を、エーラの体温を可視化したんです」


「体温・・・・なるほど。蛇の魔獣たちの感知技術を応用したのか。いやはや感心したよ」


 ラファルにとってアルは娘の想い人で正直色々思うことはあるが、ユリウスの息子で小さい頃から接してきた親しい少年でもある。


 ここは見守ってきた大人として、褒めるところだろうと髪をクシャクシャと撫でてやる。アルは照れ臭そうにはにかんだ。


 が、しかし娘の想い人である。まぁ正直優良物件であるのは否定しないし、まだエーラにそういう関係は早いんじゃないかと思っているだけでアルに対して悪感情があるわけもないんだがやっぱりまだ―――――


 そんなことをラファルがツラツラと考え出したところで妻のシルファリスがサッと引っ張っていく。どうでもいいことを考え出しているのは明々白々だったからだ。


 そのままトリシャに譲る。息子の隣に腰掛けたトリシャは『よくやったぞー』とふにふに頬を撫でた。されるがままのアルにクスクスと楽しそうに笑いかける。


「強くなったわねぇ、お父さんにも見てほしかったわ」


「うん」


 アルの返答は短いが素直な感情が乗っていた。居たらなんと言っただろうか?答えはわからない。


 雲一つない空は武闘場を照らし、アルとトリシャの髪を撫でるような涼風が吹き抜けている。


「これより、マルクガルム・イェーガー対イスルギ・凛華の模擬仕合を始める!両名とも準備は良いな?では、はじめえいっ!」


 単なる頭目決めのはずがお祭り騒ぎになりつつある武闘場がふたたび熱を帯び始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る