33話 一年後 (虹耀暦1286年7月:アルクス14歳)
アルクス、凛華、シルフィエーラ、マルクガルムの4人が出郷許可を得て、凡そ1年と少しの月日が過ぎ去った。指導役からここまで出来るようになればまあ里を出ても良いだろうと言われていたラインを4人ともしっかりクリアし、もうそろそろ本格的に出郷準備に取り掛かろうというところだ。
この1年、毎日勉強と稽古づけの日々を送った結果、同世代どころか少々上の世代程度では並び立てる者がいないほどになってしまった。
指導を務めた大人たちは2、3年でも早い方だろうと呑気に考えていたが4人の成長速度を舐めていたことを悟る。
互いに別のことを学んでは教え合い、またその進度に刺激を受けて奮起する。このローテーションを何度も繰り返した結果、たった1年で基準をクリアするという快挙を成し遂げてしまった。大人たちが頭を抱えてしまうのも致し方のないことであろう。
4人はと言えば見た目も歳相応に成長していた。
アルクス・シルト・ルミナスは母に似ていた見た目からもう少し男らしい骨格になり背も随分と伸びた。今では凛華より頭半分は高い。散々いじられていた声も、声帯付近が整ってきたらしく、時たまユリウスに似ていると評されるような高過ぎず低すぎないものに落ち着いてきている。
青黒い髪に赤褐色の瞳、今では住人たちも見慣れたが当時は年下たちにすらかなり心配されたものだ。そちらで慣れてしまったのはあれから一度も『封刻紋』を解除しなかったからだろう。あえて『封刻紋』を解除せず、龍人の血に見合うくらい人間部分も強くなろうと試みているのだが、それが良い効果を生んでいるかは本人をして不明。女神のみぞ知るところだ。
本人の性格や幼馴染を巻き込んで色んなことをしてきたり首を突っ込んだりしてきたせいで里でも顔が広く、訪ねると2人を除く人虎族たちからはなぜか歓待してもらえる、というよくわからない状況になっていたりする。助けた双子――エリオットとアニカがかなり4人に懐いているというのも大きいのだろう。
鬼人族の少女、イスルギ・凛華は非常に美しく成長していた。背も少々伸びたがアルやマルクに負けているのを気にしている。
スラリとしたしなやかな肢体はあまり変わらず、最近は女性らしい骨格が目立ってきた。艶やかな黒髪をアルに貰った白い
当然ながらその怜悧に見える美貌は同族からの人気も高い。
しかしながら、誰からも声を掛けられないのは八重蔵という強者の娘かつ彼女自身も強者になりつつあるというのも一因だが、その青い瞳に映っている男がたった一人しかいないということが主な理由だ。
水葵の
森人族の少女、シルフィエーラ・ローリエもまた愛嬌のある美少女へと成長していた。悪戯っ気のある見た目から元気の良さを強めに成長させたようで、里の年配の者たちから矢鱈と可愛がられている。
乳白色を帯びた金の短髪に、身軽そうな見た目。4人の中では最も背が低い。アルと頭一つほどは違わず、マルクガルムとは丁度そのくらい違う。
右サイドの前髪を編み込みにして、凛華の髪留めが羨ましいとアルにねだった筒状の赤い
胸も母や姉たちと同じように成長してきたらしいが本人が無頓着なため凛華とアルがフォローを入れることもしばしば。
こちらも少し歳上のお姉さんに憧れる少年たちから人気だが、矢張り一人にのみ明確な距離感の違いがあるため遠目に見られている。しっかりと本人に線引きがあるらしい。気付けていないのは昔から一緒にいたせいで鈍くなっている半龍人だけである。
人狼族の少年、マルクガルム・イェーガーは父親のマモンに似て野性味と物静かさの混ざった容貌になっており、がっしりした体躯に上背もある。
アルより少々身長も高い。アルをいじっている内に変声期を迎え、2人して凛華とエーラにいじられたことは記憶にも新しい。
ワイルドな見た目の多い人狼族だが、その歳で戦士然とした凄みを感じさせる者は少なく、同じ人狼族の年上たちからはちょいちょい話題に上がりだしている。その成長具合に最も喜んでいるのは母のマチルダだ。
尚、物静かに見えるのは残りの3人が大抵深く考えない行動を取ったり、平然と無茶苦茶なことをするせいで思慮深くなっていったからである。
4人の中でも随一の苦労人だが結局アルに唆されれて同行してしまうため、そう見られることは余りない。
最近妹のアドルフィーナがマセてきてハラハラしっぱなしだ。「妹に不埒な考えで近づくならまずは俺を通せ」と豪語しているが、それが余計アドルフィーナの凛華化を増進させていることには気づかない割と残念な一面もあったりする。
***
里長の自宅。そこに八重蔵やトリシャたち保護者陣が集まっていた。彼らを呼び集めたヴィオレッタはキリッとした表情で口を開く。
「集まってもらってすまぬ。相談があっての」
「あいつらのことでしょう?」
八重蔵がすかさず返した。うむと頷いたヴィオレッタが告げる。
「当初の予定よりもだいぶ早くなってしもうたが、
「では、」
「うむ。あやつらの出郷日程についてじゃ。ここから帝都にある魔導学院まで、まぁ資金を稼ぎながら行けば1年ほどじゃろう。最年少ではないが、そこそこの若さで試験が受けられるよう出立させようと思うとる」
帝都にある魔導学校、正式名称はターフェル魔導学院という。
およそ14歳以上の者達が試験の結果と面接で合否を判断され魔術を教わる学校だ。6年間のうち3年は共通で魔術を学び、その後自分の望んだ科の授業に出る。
日本で言えば中学校や高校より大学に近い。試験そのものは見習い魔術師くらいの知識でも合格できるため4人からすれば余裕だ。ヴィオレッタがそのように鍛えた。
しかし他の人間はそこまで環境が整っているわけではないため難関と言われている。加えて、この学校には賄賂や貴族位といったものが一切通用しない。人種も問わない。
なぜなら初代皇帝の肝煎り事業なうえ、学院に在籍している魔族は建国に関わった者だからだ。
アルなどは正直力量や実績で言えば魔導師級とも呼べるのにも関わらず、ヴィオレッタがわざわざこのターフェル魔導学院への入学を勧めた理由は2つ。
一つは若い身空でどこともつかない場所をほっつき歩かなければならないという状況を当たり前に不安視したためだ。ヴィオレッタなりの親心である。
そしてもう一つは生徒がほとんど人間であるターフェル魔導学院が魔導具に関する製作技術――つまり刻印術式への造詣が非常に深いためだ。
自然界に存在している理において他の追随を許さない見識を持つのがヴィオレッタならば、誰にでも扱えるものを造るための汎用的な術式の利用方法、ノウハウ、そういった知識の集積場がかの学院なのである。図らずも『封刻紋』をアルが己に刻んだため、より学ぶ価値があるだろうとヴィオレッタは判断した。
「
ヴィオレッタの言に集まった面々は頷いた。
「そこでじゃ。頭目決めに相応しい場として武闘場を使おうと思うておる。森人たちは手伝いを頼む。それらしい場と観戦席を作るつもりじゃ。近い世代たちにとっても良い刺激となるようにのう」
つまり明日は武闘場の改修工事を行うということだ。その言葉に面々は慌ただしい気配を帯び始めた。
「武闘場はどのように?」
「公平を期すため面積の半分は森にする予定じゃ」
「承知致しました。他の者に伝えてきます」
恭しい礼と共にラファルが背を向け、急ぎ足で去っていく。
―――――いよいよか。
早すぎるとは思うがいつか来るであろう雛鳥たちの旅立ち。それが急速に近づいてくる音をこの場にいる全員が感じ取っていた。
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