35話 頭目決め次戦!人狼との激戦 (虹耀暦1286年7月:アルクス14歳)

 もうそろそろ夏も本格的になるだろうというこの時期、ラービュラント大森林に吹いてくる風はまだまだ涼しい。周辺を原生林に囲まれ、山から吹き降ろしてくる風のおかげで隠れ里の夏はそこまで暑くならないのだ。


 アルクスは濃い緑葉をつける木々を見やった。今日はマルクガルムとの模擬仕合、正直なことを言えば楽しみだ。そう思って隣の人狼族の親友に話しかける。


「マルク、脇腹は大丈夫?」


「一晩も寝りゃあ問題ないっつーの。ったく、あんにゃろう思いっきし刃の部分で殴りつけてきやがったぞ、『人狼化』してなかったら真っ二つだよ」


「それ、普段生身で受けてる俺に言う?」


「そういやそうだった」


 昨日アルとシルフィエーラの対戦後に行われたマルク対凛華の模擬仕合は両者の激しい攻防の末、凛華が制することとなった。


 くの字で吹き飛んだマルクを見て「あれは折れたんじゃ」と思っていたが、耐えきったようだ。頑丈な体が羨ましい。自分ならば上半身と下半身がバラバラになっていただろうと背筋が寒くなったのは内緒だ。


「ま、そういうわけだから遠慮はいらねえぜ?」


 ニヤリと笑うマルク。アルの気にしていたことを理解していたのだろう。その言葉にアルも好戦的な笑顔を浮かべて挑発する。


「そっか、じゃあ安心して連勝させてもらおうかな」


「ハッ、抜かせ。これ以上負けてられっか。親父はともかく母ちゃんとフィーナになんて言われるか」


「存分に叱ってもらうといい」


 負けられないというマルクに勝たせてもらうと宣言するアル。


「ぜってえ嫌だ。ただでさえ最近フィーナが冷たいし、凛華みたいなこと言うんだよ」


 次いで放たれた情けない言葉にアルは呆れた視線を返す。


「それは普段のマルクのせいだよ、構いすぎるから」


「もうそれみんなに言われた」


「言われたんなら直せよ・・・」


 なんで構い続けるんだとツッコミを入れているところへ、昨日と同じくヴィオレッタの『拡声の術』を用いた案内アナウンスが届いた。


「さて!皆の者静まるがよい!今日は二日目じゃ。昨日よりも人が集まっておるようじゃな」


 アルとマルクが見れば、なるほど今日は観客席がほぼ埋まっている。集まるのは良いがちゃんと仕事は回っているんだろうか?


 鉱人と巨鬼の鍛冶師キースと源治など昨日も朝っぱらから酒をかっ喰らいながら観戦していた気がする。


 というかなんだその札は?まさか昨日の今日で賭けか?オッズはどうなっている?


 そう思っていると見知った2人が札を手にしていた。トリシャとマチルダだ。


「「・・・・」」


 アルとマルクは見なかったことにした。


「今日は初戦がマルクガルムとアルクス、次戦が凛華とシルフィエーラじゃ。

 昨日勝ったアルクスが勝ち越すか、昨日の敗北をマルクガルムが取り返すのか!?どちらも優秀な若者じゃが勝者は一人!」


 さぁ張った張った!と続きそうなヴィオレッタの進行に胴元の存在をうっすら感じつつ2人は武闘場の対面に歩いていく。


 別に構わない。賭けの対象にされようが元々は頭目を決めるための模擬仕合。真剣に仕合うとしよう。アルとマルクの眼に闘志が宿った。考えていることは同じだ。


「ほう、二人とも良い顔じゃ。準備は万端というところじゃな・・・・・では、はじめえいっ!!」


 幾分案内アナウンスに慣れたヴィオレッタの開始宣言ゴング。2人は武闘場に突入した。



 突入したアルはすぐさま『封刻紋』を3時まで戻す。昨日の仕合で学んだことだ。戦闘中は思いの外、針を戻す暇がない。特にあの3人はアルを良く知っている。解除前に速攻をかけてくる可能性もあった。


 加えて、マルクは鼻が利く。エーラと同じく、こちらの位置はバレている可能性が高かった。


 アルは灰髪を左右に揺らして気配を探る。エーラは物理的に遠ざかることで気配察知を免れていたが、マルクは人狼族。彼らの得意なものは狩り。それも戦場における狩りだ。


 視線を左右に巡らせながら武闘場の中央まで油断なく移動していたアルはピクリと止まった。


 ――――いる。


 視線を感じるが場所まではわからない。身動ぎ一つしなくなったアルに樹上から気配が迫っていた。影が落ちてくる。


 ギィン――――――!


 葉擦れの音一つさせずに迫った爪をアルは太刀で弾き飛ばしながらズザアッと地を削った。顔を上げたアルとマルクの視線が交差する。


「物騒な挨拶だね」


 好戦的な笑みを浮かべるアルに、『人狼化』したマルクは牙を剥き出しにして笑った。


「まあな。凛華にもこれやってりゃ良かった」


「明日の参考にしとくよ」


「ハッ、そうかいッ!」


 アルの龍眼ではいくら早く姿を眩まそうとこの距離では補足される。それゆえマルクは潔く姿を現して、正面からアルに突っ込むことにした。


 人狼の脚力を生かした急接近にアルは即座に蒼炎で応える。


 ボオッボボボッ―――――!


 突進の勢いを削るようの蒼炎を放ち続けるアル。マルクは毛皮に魔力を纏ってそのまま突っ走ってくる。アルの新しい炎、蒼炎は伊達ではない。着弾地点が爆発するように撃ってくるし、炎それ自体も以前のものと変わらないくらいには強力だ。


 それでもマルクは器用に着弾時の衝撃を逃がしながら爪を伸ばす。


 ―――――間合いまでもう少し!・・・・抜けた!


「うおおッ!!」


 弾幕を潜り抜けた先でアルの太刀とマルクの爪がカァン!と火花を散らしてすれ違う。弾幕を目眩ましにしたアルの一撃と肩先を狙ったマルクの爪撃がぶつかったのだ。


 ピンポイントで蒼炎弾の衝撃を逃がしてくるとは思っていなかった。アルは友の動体視力と頑丈さに眼を細める。


 初撃でダメージを稼ぐつもりだったがアテが外れた。バックステップを踏みつつ両手で蒼炎弾を撃ちまくる。


 優位なのはマルクだ。『人狼化』したマルクはアルより頭一つは背が高く、体格差も大きい。組みつかれて締め上げられるだけでも”魔法”を使えないアルには充分脅威と言える。


 ドドドドドドドド―――ッ!


 このまま蒼炎弾で削りきる。初戦とは真逆の流れになりそうだと考えつつ弾幕の勢いを上げていく。


 無尽蔵に近い蒼炎の弾幕を躱し、耐え、衝撃を逃がしていたマルクの動きが鈍った。


 ――――ここだ!


 右手に魔力を集中。自身の身体を大きく後退させながらアルは巨大な蒼炎弾をゴオッ!と放つ。しかし、アルの目論見はマルクの隠し持っていた切り札によって崩れ去った。


「『雷光裂爪らいこうれっそう』ッ!!!」


 巨大な蒼炎弾が引き裂かれマルクの背後で爆発を起こす。驚愕に目を剥くアル。マルクはニッと笑った。すうっと消えた雷爪にアルが驚かないワケがないのだ。何故なら―――――――。


「『気刃の術』を基礎に―――」


「そういうこった!つってもヴィオ先生に手伝ってもらったけどな」


 アルが創った『気刃の術』。それをマルク用に調整した術が『雷光裂爪』だ。狼爪に魔気を纏わせつついかずちへと変換する。


 原理は『蒼炎気刃』と同じだが、アルと違ってマルクは”魔法”も併用しなければならないためヴィオレッタに頼んで省魔力化してもらっていたのだ。


 結果として燃焼し続ける幅広い刀身を形成する『蒼炎気刃』と違い、格段に破壊力を上げつつもその狼爪を薄っすら覆うだけの形へ留まらせるに収まった。ちなみに凛華戦で使わなかったのは術を組む時間を凛華が与えなかったからだ。


「そんな隠し玉を・・・」


 アルは歯噛みする。あんな術をこっそり用意しているとは。しかも術の完成度を見るに昨日今日で出来上がったものではない。


 遠距離戦で地道になど言ってられなくなった。己の認識の甘さに心中で痛罵を浴びせかけながら、アルは太刀を構える。目つきと雰囲気がガラリと変化した。


 ―――六道穿光流・水の型『雲水』。


「そうこなくちゃな・・・!」


 アルの変化にマルクは逸早く気づき、バッと飛び退りながら慎重に構える。


 結局のところアルが最も得意とする戦闘型バトルスタイルは、先の先を取る―――つまりとことん攻撃を重視する闘い方だ。後の先を取るのは次善の策としてやっているだけ。


 だからこそ最大までマルクは警戒する。拳を軽く構え、脚を踏ん張り過ぎないよう力を抜いた。その瞬間、防御への意識をかなぐり捨てたアルが突喊する。


 『人狼化』しているマルクにすら初動がわからなかった。気づけばアルの太刀の間合い。唐竹に振り下ろされた太刀に慌てて両腕をクロスさせて防いだが、アルは止まらない。


 水の型『雲水』とは妖獣の攻撃をいなす型でもあり、雲や水のように絶え間なく流れ続ける激流を表す型でもある。マルクも狼爪や蹴りで反撃するが、『雲水』は拍子リズムが不定形。アルは拳や蹴りをスルリと紙一重で躱し、マルクの顎をカチ上げた。


「ぐっ・・・!」


 たたらを踏んだマルクにすかさず蒼炎弾が放たれる。しかし、マルクは再度アルに焦りを与えた。完璧なタイミングで放たれた蒼炎弾を見もせずに躱してみせたのだ。


 一瞬アルの拍子リズムがブレる。


 ヒュボッ――――!


 そこへマルクの蹴りが放たれた。人狼の体躯任せの一撃ではない。しっかりと訓練を積んだ鋭く重い、空気を裂くような蹴りだ。


 アルは咄嗟に己とマルクの間に風の障壁を出現させた。しかし、マルクの蹴りはその障壁を鋭く斬り裂いてアルの左肩口を捉えた。


 ゴキュ・・・!


「うっ、ぐ、はっ!?」


 錐揉みしながらアルが吹き飛ぶ。土煙を上げながらも蒼炎弾を口から連射したがその全てをマルクは躱した。


 ―――――左肩が外れてる。


 痛みと痺れを我慢しながらアルは飛び起きる。マルクは間合いを詰めてきていた。


 ―――――距離を取るか?いや、無理だ。人狼の脚から逃げ切れるわけがない。


「『落宑らくせいがさね』!」


 太刀を右手に持たせ、アルは術を多重発動した。マルクが踏むであろう地面に穴ぼこを作りつつ遠距離戦に移行しようとするが、そうはさせまいと人狼が動く。


 周囲の木々を三角跳びの要領で蹴りつけて跳びまわり、アルが急いで作り上げた罠を尽く避けた。


「チッ」


 勢いをつけたマルクの跳び蹴りをスレスレで躱して、アルは舌打ちをこぼす。これでは肩を嵌める時間もない。それにさっきから蒼炎弾が当たらなくなってきている。


 ―――――何かタネがあるはずだ。


 太刀を咥えて、もう一度蒼炎弾を放ちつつ、今度はブーメラン状にした雷をグイっと振りかぶって投げた。


 マルクは蒼炎弾をタン!と跳んで避けながら雷のブーメランもあっさり躱す。だがそれは承知のうえだ。放電しながら枝を落としてヒュンヒュン飛んでいった雷が反転して戻ってくる。その間もアルは絶え間なく属性魔力の短剣をいくつも投げて注意を引きつけていた。マルクの背後に雷が迫る。


「んっ?おっと!」


 しかしマルクはパッと跳び上がり、そのまま枝に摑まって雷を避けた。アルはその様子を冷静に分析する。


 ―――――今のでわかった。


か」


 魔力を感知して避けているのではない。現象が起こす匂いを察知しているのだ。雷に含まれるイオン臭や大気の微粒子を燃焼させる炎の匂い、それらを鋭敏な鼻で嗅ぎ分けている。そう見て間違いない。


 確信を得たという表情を浮かべるアルにマルクが肩を竦める。


「もうバレちまったか」


「まあね。犠牲は大きかったけど」


 ぶらぶらしている左腕に目をやったアルが視線をマルクに向け直した。そこには諦めの色など欠片もない。


 それどころかよく見てきた眼をしている。瞳の色こそ緋色だが、刃鱗土竜を倒した時もこんな強い輝きをしていた。


 ―――――ありゃまずいな。何かする気だ。


 よく知っているからこそマルクは警戒心を引き上げる。


 しかしアルはそれよりも早く動き出していた。地面にザクッと太刀を突き刺し、右手に雷を生み出す。そこに蒼炎弾を。雷と蒼炎が混じり合い圧縮されていく。以前、刃鱗土竜から追われているときに見せた混合魔力だ。


「やらせっか!」


 マルクも見ているだけで終わるつもりなどない。一投足でアルとの間合いを詰めんと飛び出した。しかしアルは圧縮途中でも構やしないと言わんばかりに蒼炎雷を投げつける。バチバチと放電スパークしながら撃ち出される炎雷。


「チイッ」


 ドッ・・・ガアアァァァン――――――ッ!


 慌てて横っ飛びに躱したマルクの背後で蒼炎雷が激しい放電スパーク混じりの大爆発を引き起こした。


「ぐおっ!?」


 込められていた魔力は先ほどまでの蒼炎弾の比じゃない。背中を殴りつけてくる爆風と衝撃、そして耳をつんざく轟音によってマルクは強かに吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がっていく。


「ぐ、う・・・!」


 急いで起き上がるも人狼の優れた平衡感覚が仇となり、グラついてしまった。


 そこに一陣の風と化したアルが一直線に突っ込んでくる。アルは蒼炎雷を投げると同時に太刀を咥え、ことで衝撃から逃れていたのだ。


「ち、いっ!」


 直線に突っ込んできたアルの目に迷いがない。右回転しながら太刀を叩きつけてくる。マルクはなんとか防いでみせたがまだ足元が覚束ない。そこに足払いをかけるように太刀を引っかけようとするアル。


 マルクは咄嗟に上に跳び、その間になんとか術式を組み上げきる。


「『雷光、裂爪』ぉッ!!」


「『蒼炎気刃』!」


 落下の勢いを乗せて振り下ろされる鋼ですら容易に引き裂く雷爪をアルは豪炎を伴った刀身を右肩に乗せるようにして逸らし、そのまま太刀から右手を

 カアン!と己の狼爪で飛ばした太刀にマルクは目を瞠る。


 ―――――なぜここで武器を手放す?


 その一瞬の思考が隙となってしまった。アルは引き抜き、ギュルッと腰を捻る。爆発的に高まったアルの魔力が陽炎かげろうとなって揺らめいた。


「くっ!」


 マルクは急いでアルへと腕を伸ばす。しかしアルの方が早かった。腰だめに溜めていた反動と全霊の魔力を込めた鞘をマルクの鳩尾みぞおちから心臓へ駆けて突き上げるように叩き込む。


 ドッ・・・ゴオオ―――――ッ!


 六道穿光流・水の型『雲水』異説、『妖殻貫ようかくぬき』。


 を通して衝撃を浸透させる、鞘を一直線に突き込む遠当てのような技だ。己を属性に解釈しない―――――六道穿光流の本筋ではないため異説と呼ばれている。それがマルクに突き刺さった。


「ぐ、うっ・・・うぐ、ぐ、があ、あああっ――――てっめえぇぇっ!」


 アルは『妖殻貫き』を硬い人狼の体内に衝撃を通すためだけに放ったわけではない。残有魔力のほとんどを注ぎ込んでを狙ったのだ。


 他者の魔力が操魔核へ大量に叩き込まれればどうなるか?アルとマルクは知っている。


「ぐっううう・・・!」


 マルクの操魔核が一時的な魔力の暴走変換を引き起こした。


 当然ながらマルクとて気門は開けられる。しかし、そうすると暴走した魔力ごとすべての魔力が流れ出し、”魔法”が維持できなくなってしまう。アルの狙いはそれだ。


「ぐっ、う、くっそお・・・・!!」


 荒れ狂う自身の魔力にしばし耐えていたマルクだったが、もう限界だった。堪らず気門を開く。そこから大量の薄く黒い魔力が放出された。同時にシュウウッと人間態へ戻ってしまう。


 ―――――賭けに勝った。


 アルは鞘を突き付けて問う。


「俺の勝ちでいい?」


 魔力切れを起こして膝をつく人間態のマルクと、ほぼ全てを注ぎ込んだとはいえ蒼炎くらいなら放てるアル。勝敗は決した。


「ちっくしょう・・・いいさ、俺の負けだ」


「いよっしゃああ!」


 アルが跳び上がって喜ぶ。マルクは息をつきながら立ち上がった。そこにヴィオレッタの声が響く。


「勝者アルクス!技術と思考の激しいぶつかり合いじゃったな!マルクも途中までは押しておったが惜しかった!二人とも良い闘いであったぞ!」


 歓声が爆発した。健闘を称える声だ。


「ふぅ~。長かったような短かったような。やっぱり手の内を知った相手とやるのは疲れるもんだね」


 アルの言葉にマルクが頷く。


「だな。だからお前も知らねえ手を考えてたんだけどよ」


「ねえ、それなんだけどさ。三人ともそういうの用意してない?今思えばエーラのアレもマルクの『雷光裂爪』と同じだよね?ただ霊気を飛ばすとかよくよく考えたら難しいもん。いつ頃『気刃の術』を覚えたんだよ?」


「さあ、いつだったかなぁ。とりあえず戻ろうぜ。その肩自分で治すよりリリー姉さんに診てもらった方がいいだろ」


「そうだね。ねえ、話逸らしてない?なんか用意してるだろ、ズルいぞ」


 他愛のない会話を繰り広げながらいつもの親友同士に戻った2人は観客席に歩いて行く、嵐に見舞われたような武闘場を整えるために入ってきた森人たちとすれ違いながら。



 観客席に戻ったアルとマルクは激しい攻防を繰り広げたせいか万雷の拍手によって出迎えかれた。そこにトリシャとマルクの母マチルダが駆け寄ってくる。娘のアドルフィーナも一緒だ。


「二人ともいい仕合だったわよ!」


「うんうん。マルクが負けちゃったのは悔しいけどよく頑張ってた!」


 照れるアルに憮然とするマルク、対照的だが似たような心境だ。話を逸らすようにマルクがアルに問うた。


「操魔核の暴走とかいつ考えついたんだ?」


「『雲水』使って攻撃が通らなかったときから。硬過ぎるし、ずーっと考えてたよ。これしかないんじゃないかって。闘気で殴ったって相殺されそうだったし」


「そっちは警戒しまくってたんだけどな」


「はっはー。読み勝ちだね」


 そんなことを話し合う子供たちを微笑ましそうに見るトリシャとマチルダ。そこに癒院のリリーが走ってきた。今回の頭目決めで癒療班として呼ばれているのだ。


「はいはい、見せてね」


 ささっと寄ってきてアルの左肩を触る。


「うん、外れてるだけね。さ、力抜いてー・・・はいっ!」


 コキュ!


「ううっ」


 外れた肩を治してもらったアルがゆっくりと左肩を回しながら調子を確かめた。問題なさそうだ。


「ありがと、リリーお姉さん」


 礼を言って武闘場を見る。次は凛華とシルフィエーラの対戦だ。観戦する気満々の母子2組が空いている席へ座り直そうとしたところでマモンが近づいてきた。


 マルクはすぐに気付いて父に駆け寄る。


「すまねえ親父。負けちまった」


「勝者がいる以上敗者がいるのが道理だ。それに昨日も今日もお前なりに知恵と技術を駆使して闘っていたのはよく知っている。勿論お前の父親としてはお前以上に悔しいが、だからといって責める道理などない」


「・・・おう」


「・・・・・次は勝てよ、マルク」


「っ!・・・ああ!当ったり前だ!」


 マモンは息巻く息子の頭を撫でた。いろいろ言葉を重ねたが、結局のところ最後の一言が全てだ。マモンは決して息子に期待していないわけではない。寧ろ真逆だ。

 表に出づらいだけで、己の息子を人狼族で最も将来性があると一片も疑っていない。マルクより悔しいと言ったがそれは正直な感想だ。


 比較的口下手なマモンにはそう言うので精一杯だった。しかしマルクはそれがわかっているからこそ嬉しそうに気合を入れた。


 だが、やはり悔しい。口の端を歪め、息子の成長に笑んでいるのか敗北に怒っているのかわからない表情を浮かべているとマチルダと目が合う。


 妻は『ちゃんと伝わってるよ』と優しい笑みを向けてくれた。『良かった』と目線で返したマモンは愛息子を連れて妻と娘、友人親子が座っている観客席へと歩いていく。


 ふと吹いた涼風に夏の匂いを感じつつ、子供たちの成長に時の流れを見るマモンであった。

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