28話 アルクスの決意 (アルクス12歳の冬)

 病み上がり一発目の稽古、その帰り道。里内は少々慌ただしい。もうすっかり冬支度を整えた住人たちが新年を迎える準備でバタバタしているからだ。


 アルクスはその光景になんとなく疎外感を覚えつつ、訓練場から共に帰っている幼馴染たちと人虎族たちの背中を眺める。アニカから洗濯して返却された首元の防寒布マフラーに顔を埋めて歩いているところへ幼馴染組4人の前に一組の男女が現れた。


「あっ、おかあさん」


「おとうさんも」


 エリオットとアニカの両親だ。父はジャスパー、母はメーガンという。


「おかえり、2人とも」


「「ただいまぁ~」」


「族長、指導に感謝を」


「ああ。二人とも高い意欲で臨んでいる。良き事だ」


 そんな会話を4人は黙って聞いていた。双子を迎えに来たのだろう。アルが何の気なしにそう考えてところ、やにわに夫妻がこちらへと向き直る。


 途端、アルの身体は勝手に反応し、ザッと飛び退ってしまった。夫妻は別段敵意や警戒を示したりなどしていない。ただ向き直っただけだ。


 ―――――最後尾にいたのが幸いだ。


 夫妻以外には見られていない。己に歯噛みしたアルへジャスパーが語り掛ける。


「どうされた?」


 首を傾げつつ、やけに礼儀正しいジャスパーへアルはしどろもどろになった。


「あ・・・いえ、えと、ごめんなさい。急に向かれて、びっくりしただけ、です」


 本当はそうではない。それは自分が一番知っている。


「驚かせたようで申し訳ない。貴兄らに礼を言わねばならんと思っていたのだが、四人で成したのだから四人が揃ったときにしか礼は受け取らんと言われてな。改めて礼を言いに来た次第なのだ」


 ジャスパーの説明で納得した。幼馴染たちは礼を突っぱねたらしい。なんとも律儀な友人たちだ。


「改めて、息子エリオットと娘アニカを救っていただき最大の感謝を」


「感謝を」


 ジャスパーとメーガンが丁寧に腰を折る。アルを除いた3人はピシリと背筋を正して胸を張る―――魔族流の礼の受け取り方をした。


 自己の行いに誇りを持つ者がする姿勢だ。アルは咄嗟に―――胸を張れなかった。所在なさげに立ち尽くしている。


「助けられてから二人とも貴兄らに憧れたようでな。今後とも出来れば仲良くしてやってはくれないだろうか?」


「もちろん!良い子たちだもの」


 凛華の言葉にマルクガルムとシルフィエーラがうんうんと笑顔で頷くなか、硬い表情でぎこちなく頷くアル。


「ありがたい」


 ジャスパーとメーガンは4人へ穏やかに笑いかける。


「ではここらへんで我々は」


「うむ」


 副族長オーティスにベルクトが頷いた。


「さ、二人とも挨拶しなさい」


 メーガンの言葉に双子が元気よく応えた。


「じゃあねー!」


「また遊んでねー!」


 口々に言う双子と遠ざかっていく人虎族たち。


 マルクたち3人は手を振っている。辛うじてアルも手を振り返すことに成功した。



☆★☆



 遠ざかりつつあるアルたちを尻目にジャスパーがベルクトに近寄っていく。後ろを気にしているようで、


「族長、私は何かあの少年を怒らせるようなことを言ってしまっただろうか?」


 と問うた。礼を言ったが終始アルの対応は固かったので不手際があったのかと考えたのだ。ベルクトは首を横に振った。


「いや、お前もお前の家族もかの少年を怒らせるようなことなどしていない。かの少年はきっと礼を言われるなどとは思っていなかったのだ」


「それはなぜだ?おかしいだろう。礼を言われて然るべきだ」


 疑問符を浮かべたジャスパーが抗弁する。自分たちの大切な子供を救ってくれたではないか、と。


「かの少年にとって最大の懸案事項、それを我らが考えているよりもずっと重く捉えているということだ。責任感が強いのが裏目に出たのだろう」


「うむ、一瞬とはいえお前に警戒したぞ。きっとそれだけのことをしたと思っているのだろう」


 オーティスの言葉にそんな風に捉えていたのかと驚くジャスパー。確かにアルは暴走してカミルもろとも双子へ炎を放ったが、それは―――――――。


「馬鹿な。それは里長殿がしっかりと説明してくれたではないか」


 そうだ。実質的な被害者となりえた者たちにはアルの暴走の原因についてもヴィオレッタからしっかりとした説明をしてもらっていた。だからこそ禍根などない。


「ああ。おそらくかの少年――アルクスにもしただろう。その結果彼はきっと己が恐ろしくなっている。だから今日も稽古の後エリオットとアニカをあやした後は一切近づいておらん」


「・・・・・」


 ベルクトはそう締める。稽古前は双子と触れ合っていたが終えた後はあえて近寄っていなかった。


 戦うという行為が龍人の血を本能のまま動かす引き金となっているかもしれない。


「そっとしておいてやれ。かの少年はお前たちの宝を守るため死地へと飛び込む勇気を持っている。きっと切り抜けてくれるだろう」


 沈黙してしまったジャスパーの肩をオーティスがポンと叩いて新居へと向かう。


 願わくはあの少年が己の裡に潜む獰猛な本能に打ち克ち、前に進まんことを。そう願わずにはいられないベルクトだった。



☆★☆



 人虎族たちと別れた場所から自宅までの道はそう遠くない。まずマルクが「じゃあなー」と適当に手を振りながら帰り、次に凛華が帰り、隣に住むアルが自宅に戻り、エーラがそこからすぐの自宅へ駆けこむ。訓練場や狩猟場の帰りはいつもこのルーティンだ。


 今日もそうなるだろう。そう思っていたアルが凛華に手を振ったところで、


「ねね、ちょっといい?」


 エーラが話しかけてきた。


「うん?いいよ、何かあるの?」


 そう返したアルに「ちょっと来て」とチョイチョイ手を動かすエーラ。


 なんだろう?きょとんとしたままのアルはエーラに連れられるがまま、すぐ近くの空き地にやってきた。ここは里の東南端で、公園のようなところだ。幼稚園の運動場くらいの広さはあるだろう。


 今では狭く感じるが小さい頃は大人に見てもらいながら鬼ごっこなんかしていた気がする。二方向に植物が生い茂った防壁があって今でもエーラのお気に入りの場所だ。



 一体どうしたの?アルがそう問うより先にエーラが口を開いた。


「アル、稽古終わってからちょっと変だったよ?」


 気づいてるでしょ?エーラの目が問うてくる。


「うん、身体が反応したみたい。たぶんちゃんと抜けきってなかったんだと思う」


 騙されてくれたりはしない。アルは正直に白状した。身体の裡で何かが鎌首をもたげた、そんな感覚が残っていたのだ。


「そっか、今はもう平気?」


「んー・・・たぶん?」


 だいぶ治まってきているような気はするが、訓練場に行く前のような落ち着きはない。


「そっ!じゃあこの寒い中、来た甲斐があったってもんだよ。さ、こっちこっち」


 なぜかニッコリ笑ったエーラが公園の中央へ歩いて行く。アルも釣られてそちらに向かった。


 降ってくる雪よりも柔らかな白色を帯びた金髪とかすかに照らされた緑の目がどこか幻想的だ。エーラは夢遊病のようについてきたアルの方を振り返り、瞳を鮮緑に輝せた。


「そぉーれっ!」


 両手をふわっと上げたエーラの意に沿って、植物の蔦や茎が雪中からスルッと飛び出してくる。アルが驚いている内に様々な植物のから周りを取り囲まれた。


「そしてぇ~ほいっ!」


 隣にいるエーラは次いでパッチンと指を鳴らす。その合図によって植物たちは眠らせていた蕾を一斉に咲かせ、爽やかな甘い香りや春の森林を彷彿とさせる匂いにアルは包み込まれた。


「すごい・・・」


 植物たちによるパレードだ。アルはその光景にぽかんと見入ってしまう。


「すごいでしょ?この子たちに来てもらったんだよ、アルの為にね」


「俺の?」


 訊き返すアルに、


「そ!この子たちはねぇ、落ち着く匂いとか香りを出してくれるんだ。キースおじさんの葉巻知ってるでしょ?あれにも香料としてちょーっとだけ入ってたりしてるんだ」


 と言いながらエーラが笑いかけてくる。


「あははっ、びっくりした?アルがあんな風に成り易くなっちゃうってヴィオ様から聞いて、少しは落ち着かせられるかなぁってこっそり用意してたんだ~」


 イタズラが成功したときのような晴れやかな笑顔だ。アルは呆けたようにエーラを見て、すうっと大きく香りを吸い込んでみる。


 夕暮れが極端に短いこの時期特有の急激に冷えてくる空気と、神経を解きほぐすような香りが身体を駆け巡っていった。身体の中の険のようなものが洗い流されていくようなささくれ立っていた感覚が治まっていくような感覚だ。


「・・・・ありがと、エーラ」


 アルはすっきりした気分になってふにゃっと笑いかける。


 それと同時にこれから歩む道も定まったと腹を決めた。この1週間と少し、ずっと考え続けていたことだ。真紅の瞳が輝きを強める。


 エーラはアルの中から変な感じが抜けたことを敏感に感じ取って嬉しくなった。

喚んだ植物たちの方へ飛び込む。


「どうどう?落ち着いた?はっはー、ボクに感謝だね」


 そう言いながら楽しそうに笑い、花の群れのなかでぴょんぴょんと舞い踊るエーラ。


 それはまるで――――――――。


「妖精みたいだね」


 アルは微笑んだ。


「へっ・・・!?」 


 妖精というのはこの世界で確認されたことはない。しかし物語や戯曲にはよく登場するイタズラ好きで可憐なキャラクターだ。エーラにぴったりだと思って言ったアルだったが、エーラはびくっと動きを止めた。


「ん?エーラ?」


 顔はこちらに向けていないが耳は真っ赤だ。この寒さの中そんなに動いていれば赤くもなるだろう。


「わかった、寒くなってきたんでしょ?耳まで赤くなってるよ。だいぶ冷えてきたしもう戻ろう?お礼に送るからさ」


 アルは声をかけたが、エーラは一向に動かない。


「エーラ?」


 再度の呼びかけにようやくエーラは「すぅ、はぁ」と息を大きく吸ってこちらを見た。小麦色の肌に頬紅のような差し色が入っている。


「ほらやっぱり冷えてるんじゃん」


 余裕のある時は熱気で手足を温めているアルがエーラの頬を挟んだ。しかしエーラは更に赤くなっただけだった。


 おかしい。寒いときは「やってやって」とせがむことすらあるのに。小首をかしげるアル。


「あ、あはっ!っじ、じゃあ早く行こ!・・・てかこれのお礼が家まで送るだけって、家すぐそこじゃん!見合わないよ?ちゃんとなんかお礼考えないと駄目だからね!」


 エーラは慌てたように早口で喋りながらずんずん歩いていく。植物たちは『またねー』と言っているような動作を見せ、サアっと引いていった。


 やっぱりいつものエーラだと思ったアルは「うーん、お礼かぁ。どうしよ」と呟きながら後を追う。


 エーラが照れていたのは、母シルファリスが父ラファルから「妖精のようだ」と告白されたということをネタにしまくっていたからだった。いわゆる惚気のろけともいうやつだ。


 当のラファルは「今でもシルファリスは妖精のようだ」と言って憚らないこともあり、ローリエ家での愛の告白プロポーズと言えばコレだったのだ。


 エーラの顔が真っ赤になったのも致し方ない、なんとなく気になっている異性からそんなことを言われたのだから。




 エーラを家まで送り届けたアルは自宅の戸を開いた。居間には母トリシャを訪ねてきたヴィオレッタがいる。


 もう夕飯時だ。おそらく共に夕食を摂ることになるだろう。『思ったより早く機会が訪れたな、都合がいいや』と瞳を真紅に輝かせるアル。


「母さんただいま。師匠こんばんは」


「おかえりアル」


「経過の観察も兼ねておったが大丈夫そうじゃな、アル。こんばんはじゃ。邪魔しておるぞい」


 挨拶をしてからすぐ夕飯になった。



 アルは筋を切った肉と葉野菜や玉葱、人参、芋の煮込み料理ブラウンシチューとた蒸麦餅パンをガツガツ食べる。最近はもうトリシャと食べる量も変わらない。ヴィオレッタの食べる量はすでに超えていた。


 ガツガツ食べつつも品が悪く見えないのはトリシャの教育の賜物である。トリシャは自分の手料理をおいしそうに平らげていくアルを微笑ましく見ているし、ヴィオレッタはこれだけ食べられるなら体力もいずれ戻るだろうと胸を撫で下ろす。



 夕食を終え、ヴィオレッタが魔術で手伝いながら洗い物も終えた。


 今はトリシャ淹れた茶を3人で啜っている。まったりとした時間だ。ここしかない、とアルは切り出す。


「母さん、師匠もお願いがあります」


「急にどうしたの?」


「儂もか?」


 母のトリシャだけではなく自分もなのか?と目で問うヴィオレッタにアルは頷き、



「俺が龍人の血、本能をどうにかできてるって判断できる状態になったら―――――里を出る許可を下さい」



 ペコリと頭を下げた。母親と師は仰天してしまう。


 トリシャは緊張した声音を隠せぬまま訊ねた。


「里が嫌になっちゃった?それともお母さん何かしちゃった?」


 ぶんぶんと頭を強く横に振るアル。


 違うのか、ならばと今度はヴィオレッタが訊ねる。


「誰かに心無い言葉でもぶつけられたか?」


 無論、この間の件でだ。これにもアルは強く頭を横に振る。


「里のみんなは優しい言葉をかけてくれました。『大丈夫だったか?』って」


 だとしたら何故だ?トリシャとヴィオレッタが目を合わせたところでアルが顔を上げた。次いで紡がれた言葉は彼女らを更に驚愕させた。


「誰にも責められませんでした。優しるくらいでした。


 でも・・・それは俺が母さんと父さんの子だから、ですよね?マルクたちと一緒にエリオットとアニカを助けに行ったからじゃなくて」


 そういうことか――――――――そう考えたのか、この子は。


 トリシャとヴィオレッタは二の句が継げないとともに納得してしまった。そしてすぐに後悔する。


 里の住民たちにはそれこそ充分すぎるほど事情を説明した。アルが半龍人であるために起こってしまったこと、そしてなぜそれが起こってしまったか。起承転結、因果関係、背景、何もかも伝えた。きっと誰一人誤解していないだろう。だがそれが


 伝わり過ぎて、文句をダース単位で覚悟していたアルには優しい言葉しかかけられなかった。口があまりよろしくない八重蔵やキース達でさえ多少いじるくらいですぐに暖かい言葉をかけてくれたのだ。『もう怪我はいいのか?無理はするなよ』と。


 アルにはそれが辛かった。年下たちに怯えられることもなければ、憎まれ口も叩かれない。かけられるのは温かい言葉だけ。そんなこと普通はあり得ない。


 ではどうして文句を言われないのか?それは里の守役として日々住民を守っている母トリシャが紛れもなく里に貢献している強者であり、里の建造時に己の命を賭して住民を守り通した父ユリウスが英雄である―――――両親の威光があるからに他ならない、と。至極当然の理屈としてアルはその発想に帰結してしまったのだ。


 そんな馬鹿な話はない。自分の功績を棚上げにしているとヴィオレッタは思ったが、アルの眼からは強い光の中に後悔が見える。それを見て悟った。


 アルの中では減点要因マイナスの方が大きいのだ、と。


 目の当たりにしてきたのだろう。木々がなくなってしまった狩猟場を、荒れた地面を。だからこそ余計に責めてほしかったのだ。『なんてことをしてくれたんだお前は』と、そう叱ってほしかったのだ。


 トリシャはアルの言葉を否定しかけたが、次に紡がれた言葉で何も言えなくなる。


「母さんと父さんの子として里の人たちが許してくれたとしたら――――あの時許したのは間違いじゃなかった、って思ってもらえるような人になりたいんです。


 今日もちょっと稽古しただけで龍人の本能らしきものが蠢いてました。たぶん一生付き合っていかなきゃならない問題なんだと思います。それをどうにか御せる方針ができたら、里を出る許可を下さい。


 ただのアルクスとして積み上げてきます。誰でもなかった――――魔族ですらなかった父さんみたいに」


「「・・・・」」


 ヴィオレッタとトリシャは眩暈すら感じた。


 許されているのだと気づいて、きっと愕然としたのだろう。事実は違う、みんな理解してくれていた。許しなど必要なかった。しかし自分で責めて、凹んで、一人で踏みとどまって腹を括ったのだろう。発した言葉そのものは後ろ向きではなかった。


 里で順当に経験を積んでいけばアルの評判だって上がる。優秀な魔術師で上昇志向の剣士、すぐに頭角を現すに違いない。だが、アルはそれを逃げとして蹴り飛ばし、下駄を放り捨てる気でいる。正面からぶつかり合う気でいるのだ、自分半龍人という存在と。


 真紅の眼光が眩い。


『そこまで生き急がないでくれ。あと数年後に言ったって罰は当たらないだろう』


 そんな言葉をどうにか呑み込む。ただ庇護するだけならいい、愛でていればいいのだから。だが違う。一人の意思を持つ個だ。そしてその意思は想像以上に強固だった。きっと檻に入れても蹴破って羽ばたいて行くだろう。それならば出来るだけ高い位置から飛んで行って欲しい。


 ヴィオレッタがトリシャに視線を送ると、彼女は目にグッと力を入れて微笑む。覚悟は決まったらしい。ヴィオレッタはふぅ、と息をつきアルを見据える。


「良かろう、アルよ。己が本能を御して見せよ。さすれば里を出る許可を出そう。じゃが条件がある」


「条件?ですか?」


 どんな条件だという顔のアルに師はキリッとさせて告げた。


「儂が危険じゃと判断しておる聖国及び共和国へ出向かないこと、そしてきちんと定期的に連絡を寄越すこと。最後に帝国にある儂の友人が働いておる魔導学院へ入学することじゃ、試験料は儂が持つ。じゃから成人するまではある程度こちらの方針で動くこと。これが条件じゃ」


「魔導学院?そんなのがあるんですか?」


 アル自身ヴィオレッタの言った条件に近い行動方針で動く予定だった。話を聞けば聞くほどきな臭い国になど近寄らないが吉。そしてトリシャに寂しい思いをさせるのだから心労までかけないよう、どうにか連絡しようとは思っていた。しかし、学院があるとは知らなかった。


「うむ。まあそちらはおいおい説明するとしよう。それで、条件は理解したかの?」


「はい!」


 アルが力強く頷いたところへ我慢できなくなったトリシャが滑り込んできて抱きしめる。


「わっ、もう母さん。そんなにすぐ里出たりしないよ。全然目途は立ってないし、ズルズル何にも解決しないまんまになりそうだったから宣言しとくことにしたんだよ」


「わかってるわ。でもごめんねアル。そんな風に思ってたなんて全然気づけなくて」


「母さん仕事行ってたし、しょうがないじゃん」


「仕事やめるわ」


「「それはダメだよ(じゃ)」」


 トリシャがベタベタとアルにくっついたところでヴィオレッタは再度ふぅ、と息をついて弟子へ苦言を呈する。


「・・・・まったく。アル、食後にそんな重たい話を持ってくるでない。胃がもたれてしもうたじゃろうが」


 その一言でようやく張り詰めた空気が弛緩し、いつものような団欒の時間となるのであった。

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