27話 ”成り果て”る危険性 (アルクス12歳の冬)

 アルが目を覚まして2週間と少し。癒院通いの甲斐もあってか骨折はほとんど治り、ここ数日は動いても身体の内部から訴えてくる鈍痛はきれいさっぱり消え失せていた。前世であれば半年はかかっていたであろう怪我がここまで短期間で完治したことからこの世界の『治癒術』がいかに優秀か理解できよう。

「うん、バッチリみたいだね。もう稽古しても大丈夫だよ」

 アルを触診していたリリーの息子、癒者いしゃ見習いのゼフィーが太鼓判を押す。

「ありがとゼフィー兄」

 パッと立ち上がって上着を着ながら礼を言うアル。

「それが僕らの仕事だからね。でもあんまり無茶しちゃだめだよ?僕なんて運び込まれたアルを見たとき、血の多さに失神しかけたんだから」

 ゼフィーは優し気な笑みを浮かべて釘を刺した。将来有望と言われているアルだが、こうと決めたら突っ走る問題児としても非常に有名だ。

 歳を重ねるに連れて出来ることが増えていく代わりにこういった危険性も大きくなっていく。癒者としてではなく、可愛がってきた里の年上としてゼフィーは注意した。

「うん、わかってるよ。怪我はないようにする」

「ちょっと違うんだけどなぁ」

 苦笑するゼフィー。

「じゃあありがとうございました」

 ぺこっと頭を下げるアルに、

「お大事に。気を付けてね」

 ゼフィーは少々心配しながらも手を振って送り出した。アルの表情は落ち着いているというより少々沈んでいる。なんとなく理由を察してはいるが踏み込むのはやめておくゼフィーだった。


***


 癒院からそのまま訓練場へ赴いたアルはリリーとゼフィーに止められていた日課を開始しながら身体を動かしていく。タッタッタッと軽く走りながら水を撒き、魔力が尽きかけた頃に火炎弾を空に向かって放った。

「ハア、ハア、ハア・・・鈍ってる」

 ポツリと呟きが漏れる。久しぶりに動いたせいか心臓がバクバクと音を立てて激しく鼓動していた。

 膝に手を置いて肩で息をするアルの眼が自然と狩猟場に向く。今は新たな苗木を植えられて再生中の森。

 そんなことになっている理由はアル自身のせいだった。3分の2を燃やしたのだ。木屑や灰で半ば更地となっているのを見て愕然としたのが1週間ほど前の話。ここら一帯が大火事に見舞われていたかもしれない。

 何かしなければと苗木を植える手伝いをさせてほしいとラファルに頼んだが、「怪我人は寝ていなさい」と諭され結局手伝えなかった。今はもうアルに手伝えることなどない。

 息を整えながらぼーっと森を眺めるアルに誰かが近づいてくる。気配は大人のものだ。

「よおアル坊、源治のやつが呼んでるぜ」

「キースおじさん」

 がっちりとした体躯に葉巻を咥えた鉱人の鍛冶師。足を引き摺ってわざわざ自分のところを目指して来たようだ。

「森、見てたのか」

 キースはアルが何を考えているのか察した。

 身体が鈍っているだけなら今だって我武者羅に動き回っていたはずだ。

「うん・・・・」

「気にすんなよ。里長殿が誤解のねえよう2時間くらい使って細かく教えてくれたんだぜ」

 屍骸の回収前にしっかりとした状況説明をヴィオレッタは行っていた。アルが大怪我をしていた理由も、狩猟場に広がる森が3分の2も燃えた理由も何もかもすべて。隠すことで生まれる嘘がアルとの溝になってしまうのを嫌ったのだ。

「・・・・うん」

 しかしアルの表情は晴れない。自分を責めているのが手に取るようにわかる。

「ほれ行くぞ」

 気持ちを切り替えるべくキースはアルの背中を押して鍛冶場に連れて行くことにした。日差しが暖かい。しかし身を切るような寒さを軽くしてくれるほどではなかった。


***


 里の北西部、キースと源治が共有している鍛冶場に来た2人に待っていた源治が茶を淹れてくれた。アルは巨鬼のでかい図体からちょこんと差し出された湯呑を受け取ってチビチビ啜る。

「待っとったぞい、ようやくお前さんの新しい刀が出来てな」

「俺が打った凛華の重剣と同じ素材だ」

 新しい刀、そう聞いて少し持ち直すアル。腰に何も提げてないためそわそわしていたのだ。特に命のやり取りを経てからはないと不安になるくらいには落ち着かなくなった。

 ひしゃげた前の打刀は勿体ないからとトリシャが何かに打ち直してくれるよう依頼したので、自宅には打刀の柄を持つ鉄鍋が鎮座している。

「こいつだ」

 源治はそう言いながら朱塗の鞘を差し出した。

「ありがとうございます」

 アルは緊張しつつ受け取る。前使っていたものと見ただけで形状が違うことがわかった。これは打刀ではなく太刀だ。

 柄の方まで反っているし、反りそのものも深い。以前使っていたものより少々重く、刃渡りも柄も長くなっていた。

「打刀の方も打つつもりではおるが八重蔵がそろそろ太刀も扱わせたいって言うてな。先に打ったのがこいつよ」

 打刀と太刀では扱い方が体感でかなり変わる。鍔から反りが始まっていると言ってもいい打刀はその反り自体も太刀より浅く、至近距離で振るっても十全に切れ味を発揮する。対人戦闘にはもってこいの近接武器だ。

 翻って太刀はどうか?柄から切っ先にかけて深い反りがあり、まっすぐに伸ばせばまず間違いなく打刀より長い。振るにはその深い反りを利用した振り、速度、間合いが必要となる。

 前世でも太刀が多く振るわれていたのは馬上だ。十全に威力を発揮できるのがその間合いであった。八重蔵は瞬間的にそれだけの速度を出して間合いを押し広げられる流派――――六道穿光流をアルに学ばせている。そろそろアルが太刀を振るうに相応しいタイミングだと判断したのだろう。

 チッと微かな金属音をさせて鯉口を切ったアルはその刀身を半分ほど抜いた。そして現れた刀身にキョトンとする。

 うっすらと細かい、杢目というよりは鱗のような肌に刃文こそ広直刃で光を返してくるものの地鉄はマイルドな白色をしていた。まるで陶磁だ。

 ―――――鋼ではないのか?

 首を傾げるアルに源治が詳細を語りだす。

「そいつに使われとるのはお前さん方の倒した刃鱗土竜の骨と魔銀鉱石だ。それぞれ混ぜ合わせて調整したもんを心鉄しんがね皮鉄かわがねにした」

 ―――――魔銀鉱石ってなんだろう?

 アルは前世を思い返してみる。なんかそんなようなものがゲームなんかで出てきたような?ミスリルなどと呼ばれていたような気もするが同質同義のものでもないだろう。まぁいいかと思考を破棄した。が、顔に出ていたらしい。

「魔銀鉱石ってのは通常の金属の何十倍も魔力伝導率が高い銀のことでな。単体じゃどんなに叩いても鋼より柔いナマクラにしかならねえが、素材と混ぜて鋳熔かすことでその真価を発揮する。ま、人間の中には魔銀鉱石だけで打った刀剣をありがたがる奇特な奴もいるらしいが、そいつぁ不見識ってやつだな」

 キースの説明に『なまじ変な知識があるせいで自分もありがたがっていた阿呆だったかもしれん』と思いつつアルは刀身を抜ききった。

 しゃらりと抜かれた刀身はしなやかな落ち着きと切れ味の鋭さを示すように照り返してくる。前の打刀とは切っ先の形状すら違った。下側が長いダイヤマークのような鎬造りだった打刀だったのに対し、この太刀は長めな二等辺三角形――つまり平造りになっている。

「おぉ・・・・」

「こいつならお前さんの龍焔にも耐えられる。刃鱗土竜の骨は焦げとったが表面だけでな。こいつは折れず、曲がらず、よく斬れる。今回はそうそう熔けたりなぞせん」

 見惚れるアルに源治は満足そうに頷きながら声をかけた。さすが高位魔獣。我ながら会心の出来だと笑う源治。

「龍焔?」

 とアルは何のこと?と訊き返した。

「おん?気づいとらんかったんか?お前さん炎が得意だろ。トリシャのにはまだまだ届いとらんのだろうが、炎龍人の使う焔を使えとるようだぞ。

 でなけりゃあ刃尾を斬り落とした打刀――――あれを短時間で真っ赤っかにするなんぞ出来ん。打った俺が言うとるんだ、間違いない」

 源治が大きな上背で胸を張る。

「あっ。思ったより簡単に熱くできたから変だと思ってたんだ。あのときの炎、龍焔って言うんだね」

 アルが納得、というような表情になった。八重蔵が頼りにする鍛冶師の打った刀にしては妙に早く赤熱化したなと思っていたのだ。

「龍焔はそこいらの炎なんぞよりよっぽど温度が高えんだ。いつの間にそこまでできるようになったんだか」

 キースは呆れるようにそう言って葉巻をふかす。

「無我夢中だったからできたのかも」

 そんなふうに返しつつアルの目は刀身ばかりを追っていた。どう見ても気に入っているように見える。

 源治とキースは目を合わせて笑った。いい仕事をしたなというキースの視線に、凛華のときは逆だったろう、とでもいうように楽し気な視線を向ける源治。

 キンとやはり微かな響きを立てながら納刀したアルはすうっと息を吸い口を開いた。

「凄い。源治おじさん、ありがとう」

「いいってことよ。さ、訓練なり鍛錬なり行ってきな」

 ぺこっと頭を下げるアルに源治は手を振る。源治としても不甲斐ないと思っていたのだ。無手で刃鱗土竜と殺り合わせてしまうとは、と。

「うん、行ってくる」

 アルは頭を上げてタタッと出て行った。

「多少はマシな顔になったな」

「そのようだの」

 キースの言葉に源治も同意する。さっきまでのしょぼくれた顔は些かマシにはなっていたがやはり瞳に翳りが見えた。

「俺たちに出来んのは打つことだけか」

「それが辛いとこだの」

 心理状態が多少マシになっただけだということは彼等も理解していたが、それでも悩みを吹っ切る一助になればいい。源治は熱い茶を注ぎ直して啜り、キースは煙を吐き出した。


***


 訓練場に戻ったアルは凛華とシルフィエーラ、マルクガルムのいつもの3人に出くわした。

「3人共どうしたの?」

「アルが完治したってゼフィーさんから聞いたから待ってたんだよ!」

 元気のいいエーラに、

「キースおじさんに呼ばれるだろうって思ってたしね」

 と、凛華。背中にはアルの太刀と似たような色をした刀身の重剣。なぜか直剣を手に持っている。

「早速日課をやってたって聞いてよ。また戻ってくるだろうと思ってな」

 マルクは落ち着いた様子でニッと笑った。

「うん、だいぶ鈍ってたしね」

 ふにゃりと笑うアルに3人はやっといつも通りだと胸を撫で下ろす。見舞いには行っていたが、ずっと里の内側にいるアルというのもなかなか違和感を感じる日々だった。要は物足りなかったのだ。

「じゃ、模擬戦でもしましょ!刃ついてるから寸止めね」

 早速と重剣を背から引き抜く凛華。エーラとマルクは苦笑する。

「ええ、いきなり?」

 アルの返答に、

「付き合わされて大変だったんだよぉ」

 と、エーラが泣き言を言う。

「『人狼化』してんなら大丈夫だろって俺は寸止めにしてもらえなかった」

 マルクのぼやきにアルは顔を引き攣らせた。どうやら刃鱗土竜との戦いは凛華の闘争意欲に火をつけたらしい。

「・・・・ふぅ。わかったよ。病み上がりだから加減してよ?」

 アルは納めたばかりの太刀に目をやって了承する。

「そうこなくっちゃ!」

 凛華は嬉しそうにきれいな笑みを浮かべるのだった。


***


 鍛錬場へ向かう4人とすれ違う大人や青年達が言葉をかけてくる。

「よ~う。お前ら戻ってきてすぐ稽古か?実剣みてえだし、ちゃんと寸止めすんだぞー?」

「アルクスおかえりー」

「凛華ちゃんが寂しがってたわよぉ、相手がいないって」

「お前らな、そんな焦んなくていいんだぞ?お陰で稽古が厳しくなってってるんだからな?」

「おぉ今軟弱なこと言ったやつぁ誰だー?お前かぁ?」

「いや、ちょ、なんで俺っ?あいつだって!」

 声をかけてきた全員に4人は律儀に挨拶していった。少し前まではほとんど毎日のように見ていた光景に大人達もどことなく楽しそうだ。

 彼等からすれば積極的に稽古に励み、性格もマトモで純粋に強さを追い求める彼らへ好印象を抱いて当然だった。青年たちを指導する際も歳下に負けちまうぞと発破をかけやすいと言うのもある。

 まぁぶっちゃけその4人で組んで対人戦となったら青年組でも負ける者たちが出てくるだろうがそこは言わない。元から並のコンビネーションではなかったが、この間4人で死線をくぐってきて更に絆は固くなっていると予想された。

 いまだそこまでの経験を積んでいない見習いの青年組では負ける者も多くなっているだろうことは察してはいても、やはりそれだって言わない。指導されている青年たちも決して努力していないわけではない。やる気を削ぐ気はないからだ。



 彼等への挨拶を済ませた4人が雪が溶かされ、踏みしめられた鍛錬場に辿り着くと手前に6人の人虎族がいた。

「あっ!アルクスにいちゃんたちだ!」

 人虎族の双子の片割れ、アニカの声が響く。

「ほんとだ!」

 それに合わせて振り向いたエリオットも反応を示した。この双子は4人にやたらと懐いている。

「むっ、治ったらもう鍛練か。やはり見習わせるべきだな」

「うむ」

 人虎族の族長ベルクトと副族長オーティスもいる。こちら2人の4人に対する好感度も非常に高い。自分より強大な敵へ立ち向かい、庇護すべき弱き者を鋼の意思で守り通した戦士として認めているからだ。

「「・・・・」」

 その2人の子供はなんと言ったらいいのかわからない、といった表情でこちらを見ている。カミルとニナ。従兄妹同士の2人だ。ニナに至ってはちょっと後ろずさった。

 アルに刻まれた精神的外傷トラウマのせいだろう。謝罪は済ませているがいまだに怖がられているらしい。顔を焼かれれば誰だってそうなるだろうし、カミルにも炎弾をぶっ放したらしいし然もありなん、といったところか。

「「こんにちは」」

「「こんちは」」

 銘々に挨拶する4人。エリオットとアニカが駆け寄ってきた。

「アルクスにいちゃんもう大丈夫なの?」

「怪我はもういいの?」

 双子の頭を撫でながらアルは微笑む。

「うん、もう大丈夫だってさ。2人はどうしたの?鍛錬場にいるなんて」

 穏やかなアルに双子は「聞いて聞いて」と喋り始めた。

「ぞくちょーに頼んだの」

「ぼくらも強くなりたいから鍛えてって」

 その言葉に少々驚く。自分なら怖がって戦いから遠ざかっていたかもしれなかったからだ。

「そうだったのか。アニカは『人虎化』できてたけどエリオットももうできるの?」

 持ち直したアルがそう問うと、

「うん、ちょっと前に!」

 エリオットは元気よく答えた。「ええっ!?」と驚いた声を上げたのはマルクだ。アルはマルクが『人狼化』できるようになったときのことを思い出して問う。

「それって結構早いんじゃない?マルクはいつだったっけ?」

「俺は6歳くらいだったからやっぱ早い方なんじゃないか?二人ともまだ5歳だろ?」

 どうだったかなとこめかみをポリポリ掻いたマルクが答えた。

「うん!」

「そうだよ!」

 異口同音で返事をする双子。そこに副族長オーティスが口を挟んだ。

「必要に迫られると”魔法”が早く発現することがある。きっとそれだろう」

 そう聞いたエリオットが”魔法”を発現したときのことを話しだす。

「ぼくもにいちゃん達みたいに強くなりたかったんだ!アニカはもうできるし置いてかれるのやだったから」

 ―――――その感情は己も知っている。けど無理は禁物だ。

「わかるよ。置いてかれるのはやだよな。でも無理はしちゃだめだぞ?俺みたいに寝込む羽目になる」

 アルは双子に注意喚起しておいた。

「うん!」

「大丈夫!フィーナちゃんも昨日できるようになったって言ってたから今度からいっしょに鍛えてもらうの!」

「んへえっ!?」

 元気よく答えた双子の言葉にマルクは先程以上の衝撃を受けてギシッと動きを止める。

 ―――――いやいや、さすがにないって。

「あー・・・・二人とも、フィーナちゃんってのは」

 そう思った願ったマルクが訊ねると、

「アドルフィーナちゃんだよ!マルクにいちゃんの妹の」

 アニカが決定的な一言を返した。

「うっそだろ!早い!早すぎるぞフィーナ!まだ兄ちゃんに守られてていい頃だ」

 マルクが頭を抱えて膝をつく。シスコンだ。

「マルクにいちゃんがカホゴだから黙ってるって約束してたけど言っちゃった」

「言っちゃったね。でもフィーナちゃんだしあとで言っちゃうんじゃない?」

 双子はそんなことを言うが、

「うおお、嘘だろフィーナ・・・・・」

 人狼兄妹の兄は絶望の淵に叩き落されていて聞いちゃいない。

 ―――――可愛い妹が爪と牙を尖らせた人狼になるのか、なんてこった。

 マルクは思わず呻く。

「妹馬鹿はほっといてさっさとやりましょ」

 冷たい凛華の一言にアルが頷いた。

 ―――――紅椿のことでも思い返したのだろうか?

 変に可愛がり過ぎると凛華みたいな危ない子になるぞ、という友への言葉を呑みこみ、双子を撫でて立ち上がる。

「マルク、そんなに可愛がってたらフィーナちゃんが凛華みたいになっちゃうよ?」

 と、エーラがさらっと言った。

 ―――――せっかく黙ってたのに。余計な修飾語を入れなかっただけいいか。

 アルはエーラと凛華をチラリと見る。凛華は非常に実感の籠ったような顔でうんうんと頷いていた。

「そうよ。構ってくるのがだんだん鬱陶しくなってきて、最終的に敵意へ変わるわ」

 ―――――そこまで過激なのは凛華だけだろ。アルはツッコミを入れたい気分に駆られる。

「極端すぎだろ・・・・」

 マルクは更に沈む。凛華化したアドルフィーナ――――想像するだけで手が付けられなさそうだ。ぜひとも凛華とは仲良くしないでほしい。マルクの思いが通じるかどうかは女神のみぞ知るところであった。



 双子は凛華の言葉と今の状況からアルの裾をクイクイっと引っ張って訊ねる。

「「稽古?」」

「そうだよ。離れたところでやるけど危ないから近寄らないようにね」

「「はーい」」

 双子の返事を背に受け凛華とアルは鍛錬場の中央へ歩いていった。

「カミル、ニナ。よく見ておけ」

「エリオットとアニカ・・・・・はもう見る気でいるな」

 良い学びとなろう、ベルクトとオーティスがそう言う。

 エーラも完全に見る体勢だ。『精霊感応』でベンチを作り出し、6人へ「どうぞー」と勧めた。

「「感謝する」」

「「エーラねえちゃんありがとー」」

「・・・感謝する」

「・・・・・ありがと」

 2人が礼儀正しく、2人が元気よく、2人が落ち着きなさげに礼を言う。

「俺は?」

 マルクの問いかけに、

「え?審判やると思って」

 エーラはしれっと返す。

「あ、汚え!ずるいぞ、『精霊感応』その魔法。あいつらの真ん中とか行きたくねえ。炎と冰がドカドカ飛んでくるんだぞ」

 ―――――そんなとこで審判やれってのか?

 顔を顰めるマルクに、

「だからだよ」

 エーラは足まで組んで決定が覆らないことを示してみせた。

「ちっくしょう・・・」

 マルクがとぼとぼと2人の元へ歩いていく。『人狼化』するならまだしも人間態で見てろというのは怖いものだ。邪魔をしないように流れ弾へカウンターで魔力を出すのも緊急時以外はなしと4人で決めている。危ないことこの上ない。



 朱塗りの鞘に左手を添えるアルと重剣をグルグル手元で回転させる凛華。


 アルは龍眼を発動させ、更に『釈葉の魔眼』も発動させた。右眼の虹彩が押し広がり、流星が流れ込んでいく。この魔眼は常に使って馴らしておかなければ、すぐに一時的に失明するエラーを起こすのだ。どうやら術式や鍵語の難度とでも良いのか、それとアルの知識に関連して読み解けたり解けなかったり。いずれにしても使わなければ成長もしないので積極的に使うことにしたのだ。

 家にある魔道具を見たときなどは酷かった。ヴィオレッタの友人の魔導師から貰った贈り物を解明バラして里でも使えるように改造したものらしいが、高度な技術の塊だったようだ。痛みと共に2時間ほど失明状態となった。


 凛華も『戦化粧いくさげしょう』を発動させたが、いつもの朱色の隈取から別の色と模様に変わっていた。薄青紫のアイシャドウに薄紅の唇、肌と同じ色をしていた二本角の先端が淡い露草色に変化する。額にも同じ色で紐のついた華のような紋様が咲いた。アルは「へっ?」と声を上げる。

「それ―――――」

「ふふっ。驚いたでしょ?『異相変いしょうがえ』よ。今までの『無垢むくそう』から要らない部分を除いて戦闘寄りに振った『修羅桔梗おにききょうの相』。この2週間でものにしたわ」

 自慢げに鋭くなった鬼歯を見せて笑う凛華。その青い瞳の中には細い金環が浮んでいた。

「凛華やっぱきれいだね」

 アルはぽかんとしたまま感想を述べる。毒気を感じられない。

「んなっ!?」

 それがわかるからこそ凛華はカアっと真っ赤になった。てっきり『凄い!』とか『かっこいい!』とかだと思っていたのだ。

「そんな反応されたらそうなるよねぇ」

 少し離れたところで見ていたエーラも凛華が驚かせようとしていたことを知っていたのでアルがどんな反応をするだろうと思っていたが、まさかあんなド直球だとは思っていなかった。

 ―――――いやよく考えたら最初凛華が”魔法”を見せたときもあんな感じだったっけ?

 と思い直す。頬と耳を寒さ以外で赤く染めた凛華をくすくす笑う。なんとなくいいなぁと羨みながら。

 凛華は火照った頬を「これは違う、不意打ちしてきたから」だと心中で否定の言葉を並べ、『意識を切り替えろ!』と自分を叱咤する。

「バカなこと言ってないで構えなさいよ!」

 と、アルへ喝を入れるように叫んだ。

「え、うん。構えてるけど・・・ごめん?」

 特に意識を緩めていなかったのに怒られたため頭に疑問符を浮かべて構え直すアル。

 ―――――なんで怒ってるんだろ?かっこいいとかの方が良かったかな?

 と頭の片隅で考えながら、意識を戦闘用のものへと切り替えた。そんなアルに凛華は苛立ち、エーラが苦笑する。

 ―――――あんな心の乱し方をしておいて。

 と2人の思いが一致した。

 アルは刀身を抜かず、静かに鯉口を切ってじっと凛華を見据える。凛華はいまだ火照った頬を冷ましながらブンブン重剣を振り直した。

 マルクが2人の間に立つ。この2人はいつもこんな感じでじゃれ合うので慣れたものだ。そしてスウっと息を吸った。


「準備いいな?じゃあ、はじめえっ!」


 言うとすぐに飛び退く。マルクが飛び退いた箇所も残らず間合いとして凛華が冰柱つららを5本連続でぶっ放した。心を乱した怒りも込めたため、初撃にしては多いし太い。

 アルは迫ってくる冰柱をその僅かなラグを見切って前へと踏み出した。1本、2本をスレスレで躱し、この太刀ならいけるかもと右手を太刀にかける。

 放つ剣技は六道穿光流・水の型『雲水』と風の型『陣風』の混成派生技『流吹断りゅうすいだん騰車のぼりぐるま』。

 3本目の冰柱へ半分ほど抜いた刀身をツッと添え、一気に上昇捻りを入れながら抜き斬る。駆ける勢いと抜刀速度によって冰柱がズパアアンッ!と裂けた。

 それで終わらない。独楽のように回るアルは勢いを落とさず、そのまま4本、5本目を空中で斬り裂いていく。

 アルが5本目を斬り裂いて空にいるところへ、ダンッと泥雪を上げて踏み込んだ凛華が間髪入れずに突進。重剣をヒュッ・・・・ゴオオッ!!と突き入れた。

「はっ!」

 アルは慌てずパッと太刀を左掌に握らせ、『流吹断・颪車おろしぐるま』―――『騰車』の真逆で下降の勢いを利用して回転する太刀を振るう。


 ガッギィィンッ―――!


 太刀と重剣が火花散らした。着地を取ろうとした凛華の重剣は逸らされ、アルはタンッと着地する。

 凛華は突進の残身を行い、アルを通り越した――――ところで逸らされた剣身をグイっと真下に向けた。次いでドンッと左足で踏み留まって、重剣をパシッと逆手持ち替しながらヒュイッと振り抜く。

 アルは重剣の流れに沿わせながら両手持ちにした太刀で受け流し、そのまま右逆袈裟に斬り上げる。

 するりと流れるように返したアルの一撃に凛華も素早く反応した。柄尻に左手をかけ、流れていた重剣を勢いよく地面に突き刺す。

 キィンッ!と硬質な音が響いた。

「ふッ!」

 と吐き出した呼気と共に凛華は柄尻にかけている左手をグイッと引くことで重剣をバッと跳ね上げて斬り上げるように回す。弾いた太刀の感触が軽さから手数で押してくると悟って図体のでかい重剣で牽制したのだ。

 パッと鮮やかに身を引いたアルは即座に左手の指に挟んだ炎杭を3本ボボボッ!と地面に投擲する。炎杭は雪をものともせず凛華の手前で爆発したが、凛華は泥雪を被らないよう重剣に冰の傘を発生させて巻き取るように退けた。

「病み上がりだけど勘は鈍ってないんじゃない?」

「そうらしいね」

「じゃ、そろそろちゃんとやるわよ」

「うん」

 花がほころぶように凛華が笑い、アルがニッと笑みを返す。



 カミルとニナは呻いた。

「・・・あんなのに喧嘩売ったのか」

「・・・・笑ってる。今の本気じゃなかったの?」

 ”魔法”による膂力と龍眼による動体視力の向上。アルと凛華からすればまだまだ遅く、体重も大して乗っていない一撃でも傍目から見れば身の毛もよだつ剣速だった。おまけに実剣。当たればタダでは済まない。だというのに平然と振り抜いていたし、最初の冰柱だって人の頭より太かった。

 防ぐことは自分たちでも出来るだろうが、吹き飛ばされていただろう。では虎爪で斬り裂けるかと言われれば難しい。簡単に対応しているアルがどんな剣技を使ったのか、なぜ斬り裂けたのかがわからなかった。

 それでも斬った。それは理解する。だが、あんな容赦もへったくれもない速度で撃ち出された冰柱を見てなぜそんな判断ができるのか?

 自分たちなら回避一択だ。そして間髪入れずに放たれた凛華の突進。あの冰柱を本気で牽制と目くらまし程度にしか考えていない証拠ではないか。

「すごいねー」

「かっこいいねー」

 双子はキラキラした目で観戦していた。エーラは、

「凛華楽しそうだねぇ。気持ちはわかるけどさぁ」

 と眺めている。そこにマルクがやってきた。まだ掛かるとわかっているからだ。

「ふぅ~、さむさむ。あいつらの武器同じ色してんな」

「みたいだね。刃鱗土竜の骨と魔銀鉱石だっけ?あんなふうになるんだねぇ」

「それにアルの刀、ちょっと変わったな。こう、曲がり方が深めっていうか」

「やっぱ気のせいじゃなかったんだあれ。あとで聞こ」

「そだな」

 そんな幼馴染同士の会話を聞きつつベルクトとオーティスは舌を巻く。マルクとエーラがこんなに呑気なのはあれが当たり前だと認識している何よりの証左だ。

 属性魔力を容易く扱い、実剣なのにあそこまで肉薄する。本当に寸止めできるのか?と問いたいくらいだ。ベルクトとオーティスには剣技とて子供だなどと思えない。



 凛華の重剣、見た目通り重く扱いづらいのは見ればわかる。”魔法”頼りで振っていないことも一目瞭然。寧ろ技巧を凝らした扱い方だ。槍のように扱ったかと思えば大剣のように振り、咄嗟の盾に用いればその大きさを利用した牽制までこなしてみせる。力任せでは決して辿り着けない研鑽が見えていた。


 そしてもう片方、アルクスもだ。動きが非常に素早く読み辛い。そのうえ本人の明らかに感知能力も高い。

 空中で見せた剣技――――あれは魔力を感知していなければ残りの2本は斬り裂けなかっただろうし、その後の凛華の突撃に対してもそうだ。完璧なタイミングで突き入れられた大剣を予想していたかのように別の剣技で迎え撃った。

 そもそも”魔法”をつかっている相手となぜ当たり前のようにあの距離で戦っているのか?彼は”魔法”が使えないからカミルとぶつかったはずなのに。

 最後の炎杭にしてもそうだ。いつ魔力を放出していたのかわからないほど熟達された魔力操作だった。あれで小手調べ。


 どちらにせよカミルとニナにはあれでこれまでの世界の狭さに気づいてほしいものだ。そう思って2人を見ると肩を落として嘆息していた。無謀な喧嘩を売ったことを理解したらしい。

 逆に双子の方は瞳を輝かせている。ベルクトは苦笑した。オーティスも頷く。

 ―――――憧れもするだろう、あんなものを見せられてはな。

 彼らの視線の先では、アルと凛華が先ほどとは明らかに違う速度と規模で戦り合っていた。




 炎杭が冰柱を撃ち砕き、冰傘が炎弾をかき消す。ドンっという踏み込み音が何度も響き、鍛錬場の地面が抉れ、焦げ、凍っていた。

 もう何太刀振るったか周囲も自分たちもわからない。アルは太刀を真正面から重剣に打ち合わせるような愚かな真似をしないし、凛華は速度負けする太刀筋のみを見切って防いでいる。

 そのため時折火花が散るものの、残りは背筋の寒くなる風切り音と着かず離れずを繰り返す際に生じる属性魔力の応酬音のみが鍛錬場に響いていた。

 魔力の消費割合と総量的にアルが優勢だ。凛華がはそれをわかったうえで勝負に出た。

 踏み込みと同時にドォン!と振り下ろす。スレスレで跳び退るアル。凛華は振り下ろした重剣をそのままに放り出し、腰の直剣を引き抜きながら更にタァン!と踏み込んだ。右薙ぎにヒュッオッ!と振るわれた直剣をさすがに速過ぎると判断したアルが鎬の部分を使ってどうにか逸らす。

 ―――――ここ!

 凛華はいなされることも予想済みだったのか、逸らされる直剣に一切頓着もせずに途中で手放した。ハッと目を瞠るアルへ更にもう一歩踏み込み、腕を押さえこみながら足をかけ、もつれ合うように倒れ込む。

 あとは太刀を奪えばこちらの勝ちだ。『戦化粧』を使っている凛華に単純な力勝負ではアルも勝てないはず――――――が、なぜかアルに押し返された。

 ―――――え、なんで?

 体勢的にも膂力的にも凛華の方が今は上のはずだ。

 金環が浮かぶ青い瞳を凛華が見開くのと、アルが素早く太刀を放り捨てて脱力するのは同時だった。

「アル?」 

 押し倒した形で凛華がアルに問う。アルは瞑想するように静かに深呼吸していた。

「大丈夫?」

 凛華の声は不安に彩られている。ややあってアルは目を瞑ったまま頷いた。

「・・・・・・うん、落ち着いた。ちょっと焦ったけど大丈夫」

 無手の凛華から引き倒されたとき、勝手に龍気が巡ってしまった。もちろんアルが意図したものではない。凛華が驚くのと同時にアル自も気づいて即座に何もかも投げ捨てて動くのを止めたのだ。

 凛華の息遣いを聞きながらアルはすうっと眼を開く。龍眼も魔眼も解いていた。

「ほんとに大丈夫?今の・・・使う気なかったでしょ?」

 龍気のことだ。実剣を用いた鍛錬を行うときは闘気まで使用したら大怪我をする恐れがあるから指導者のいないところでは禁止されている。使わないようにしていたのに漏れ出した。それが問題だ。

「うん、なかった。あとで師匠と先生に相談する。大丈夫だよ、凛華。そんな顔しないでも」

 アルは不安に揺れる凛華の頬をふにふにと触れてやりながら起き上がる。

「俺の負けだね」

「・・・・うん」

 思わずアルの服をぎゅうっと掴む凛華に再度大丈夫だと言い聞かせて手を貸しながら立ち上がった。



 パチパチと手を打ち合わせる音が鳴る。どうやらアルの龍気に気づかなかったエリオットとアニカが拍手しているらしい。

「かっこよかったー!」

「すごいねえ!」

 双子は稽古に見惚れていたようで頬を紅潮させていた。駆け寄ってくるエーラとマルクの方はすぐに気づいたらしく心配そうな表情を見せる。アルは2人に大丈夫だと手を振った。凛華はまだ服を掴んだままだ。

「見事だったぞ」

「うむ。最後の対処も含めて、な」

 オーティスは気付かなかったようだが、一度あの状態のアルを見ているのに加えてあの場にいたということでヴィオレッタの推論まで教えてもらっていたベルクトは反応した。が、即座にアルが武装解除して脱力したのでその対処の仕方を褒めたのだ。

「ありがとうございます」

 アルは礼を言いながら太刀を拾い上げて納め、走ってきたエリオットとアニカの頭をあやすように撫でる。

「アル、もう平気?」

 エーラも不安そうだ。そういった雰囲気に一番敏感なのは彼女だろう。

「うん、脱け出さなきゃって思ったら勝手に使ってたみたい。でももう落ち着いたら平気。抜けたしね」

 応えつつ撫でやすい位置にあるエーラの頭も撫でる。なぜかそうしたい気分だった。

 ―――――どうにか早めに対処方法を考えないとマズイ。

「ま、じゃあ今日は帰るか?アルも病み上がりだし」

 アルの見せぬ焦りを感じたのかマルクが皆の意識を寄せるようにわざと大きな声で提案してくれた。親友に感謝しつつ、アルも乗っかる。

「そだね、さすがにあれだけ動けば勘も取り戻せたろうし」

「我らも鍛錬そのものは終わっていたからな。もうじき日も暮れるし帰ろう」

「「はーい」」

 ベルクトの声に双子が楽しそうに答えた。まださっきの興奮の余韻が残っているらしい。


 数分後、思いのほか大所帯になった状態で帰路につくこととなった。

 凛華とエーラもほとんどいつも通りの態度に戻っている。アルは最後尾を歩きながら、漠然とした焦燥と不安にチクチクと心を苛まれていた。

 ―――”成れば、あとは成り果てるのみ”―――。

 アルは己に眠る危険な本能をひしひし肌で感じながら仲間たちと里へ戻るのであった。

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