22話 捜索隊の追跡と異変 (アルクス12歳の冬)

 囮となったアルクスたち4人に逃がしてもらい無事に保護された人虎族の双子――エリオットとアニカの証言を元に4人の親を含む捜索隊は狩猟場の限界線へと辿り着いた。


 『転移術式』を使おうにも森の中では座標計算が複雑だったし、爆風を伴う『飛空術式』は燃費が大変悪く、もし彼らが大怪我をしていた場合ヴィオレッタ独自の『治癒術』が使えなくなるため控えなければならない。


 双子を彼らの父と数名に任せ、捜索隊は最大戦速で限界線に急ぐこととなった。



 狩猟限界線に辿り着いた面々は様変わりしている場所を見つけて急ぎ駆け寄る。樹々の間に張られていたはずの赤帯の代わりに木の根や蔦で網が張り巡らされており、更にガチガチに冰で固められていた。どう見ても障壁だ。


「こいつぁ・・・・里長殿」


 凛華の父である八重蔵が障壁をしげしげと眺める。ヴィオレッタは表面の冰に視線を走らせ、次いで周囲を見渡した。冰にはヒビが入り、その場で何かがのたうち回った痕跡が残っている。


「うちのエーラが”魔法”を使ったようです」


 シルフィエーラの父ラファルが冰漬けの奥を見て冷静に分析した。


「そのようじゃな・・・エーラが木の間に網を張り、そこに水と冰で障壁を形成したのじゃろう。おそらくエリオットとアニカの方に行かぬようこの壁を使いつつ、刃鱗土竜に攻撃を仕掛けて誘導したと見るのが妥当じゃ。すぐそばが焦げておる」


「アルクスの発想でしょう。障壁の近くに濃い雷の臭いが散っています。刃鱗土竜の突進をギリギリで避け、壁にぶつかって動きの止まったところへ雷を叩き込んだと思われますな。刃鱗土竜が怒り狂うほどの属性魔力はまだアルクスにしか放てないはず、あれは固いですからな」


 マルクガルムの父マモンが独特のイオン臭を嗅ぎ取ってヴィオレッタに見立てを報告する。


「そうね、こっちには刃鱗土竜の身体が削った木がいくつもある。あっちに連れてったみたい・・・・私たちがもっと早く出立してれば」


「今は後悔より先に彼らに合流することじゃ、トリシャ」


「ええ、わかってるわ」


 トリシャにそう返しつつもヴィオレッタの心中はトリシャとまったく同じ感情で満たされている。判断を誤った。彼らに何かあれば全て自分の責任だ。


「限界線に沿って南下したようじゃな。儂らも行くぞ」


 口元を引き結んだヴィオレッタは捜索隊の面々を連れて痕跡を追った。削れた木の幹、折れた枝、匂い、属性魔力の余波を探し、着実に4人の軌跡をなぞっていく。これ以上時間の浪費は許されない。


 丁度アルが墓地から慰霊碑を引き抜いている頃のことであった。




 先ほどから激しい逃走劇の痕跡を辿っている。誰も欠けることなく逃げおおせているらしい。しかし捜索隊の面々はどんどん焦りと不安が増していく。


 噛み折られて何本もそこら中に倒れている木々、焦げてガラス状になった地面、時折刃鱗土竜の突進を利用したように凍りついている箇所もいくつもある。


 激しさを増し始めた刃鱗土竜に果敢にも知恵を搾って戦っていることが見て取れた。


 視線を走らせ急いでいる途中、スッパリと切り倒された木々の一層多い場所でヴィオレッタがびたっと立ち止まる。


「里長殿・・・!」


 遅れてマモンが気づく。嗅覚において人狼族は並ぶ種族がそういないほどには優秀だ。しかしその中で一つだけヴィオレッタの方が敏感な匂いがある。


 ヴィオレッタは迷うことなくその根源へ向かった。降り積もる雪を鬱陶しげに風で吹き飛ばす。目当てのものがそこにはあった。


「血じゃ。刃鱗土竜のものではない」


 固まった血が雪に染み込んでいる。魔獣の血液とは匂いがまったく違う。獣臭さがない。


 後ろにいた捜索隊がざわめいた。ヴィオレッタが吸血族だからだ。血液という部分においてだけは人狼族よりも鼻が利くし非常に正確に分析できる。


 エリオットとアニカを見つけたときも泥と少量の血が入り混じった匂いを感じ取って狩猟場の一角を重点的に捜し歩いていたのだ。


「っ!!誰のです!?」


「アルのものじゃ」


 ラファルの勢い込んだ質問にヴィオレッタは即答した。あの4人は稽古が終わったあとヴィオレッタの家に訪問したりする。その中でもアルは”魔法”が使えない特性上細かい怪我をしやすいため嗅ぎ慣れていた。間違いない。


「っ!・・・・・でもこの量なら大怪我では、ないわよね?」


「うむ、どこかの皮を裂かれたくらいじゃろうな。先ほどから痕跡を見て思っておったが、どうやら刃鱗土竜の敵意はアルへのものが最も強いようじゃ。おおかた炎か雷を投げまくって怒らせたのじゃろうが」


 その見立ては正しい。下顎に炎雷、口腔に雷を投げつけているため当然と言えば当然だ。



 人虎族の族長ベルクト・ノワクは族長として捜索隊に参加していた。アルが謝罪しに家を訪ねてきた際にわだかまりはとっくになくなっている。そもそも喧嘩を吹っ掛けた息子のカミルの方が悪いと思っているし、まだぎくしゃくしているのも知っているがいずれ正しい縁を結び直してくれればと思っていた。


 そのベルクトは思わず唸ってしまう。件の4人に舌を巻いていたのだ。特にアルに対しては驚嘆すらしている。


 ”魔法”が使えない子供が刃鱗土竜の敵意を最も引きつけ、おまけにあの障壁や逃走経路がその少年の案だという推測を捜索隊の誰もが疑っていない。見立てを話したのはアルの母トリシャではなくマモンだ。異論の一つもなかった。


 残りの3人にだって十二分に驚いている。何よりもその実行力と胆力だ。結果として同胞のエリオットとアニカをしっかり逃がすことに成功している。息子と従弟の娘ではとてもじゃないがこんな芸当は不可能だろう。


「刃鱗土竜に”魔法”を使わせるたぁ・・・平時なら褒めちぎってたってのによ」


 八重蔵が呟く。刃鱗土竜は頑丈な鱗と自身の体躯を生かして獲物を狩る。移動に”魔法”を使うことはあっても刃尾まで出すことはそうそうない。高位魔獣であるからこそ、そういった魔力を考えた動き方をするのだ。だからこそハッキリと敵だと認識されるほど戦えているというのは褒められるべきだ。しかし、その彼らはここにいない。


「ああ、そうだな。それでヴィオレッタ様。彼等は?」


「ここまで露骨に”魔法”を使われれば高位魔獣じゃと気づいたのじゃろう。また逃走に移っておる。雪が降っておるから少々難しいが血の匂いを辿れそうじゃ」


 ヴィオレッタはそう言うとすぐさま動き出す。更に南の方だ。捜索隊は急いで後を追った。



 痕跡を辿るヴィオレッタ率いる捜索隊は、南西部の森の中でも開けた場所に出た。刃鱗土竜が転がって暴れ狂ったあと、突き抜けて出来た穴をくぐる。4人はとことん高位魔獣を怒らせることに成功したようで怒りのまま木々を折り抜けているように見えた。


 駆け込むように先ほどより広めな空間に出た捜索隊の面々は警戒もそこそこにその場に残されているものに目を奪われてしまう。


「これは・・・!」


 彼らの視界に入ってきたのは巨大な大穴と長大な片刃――刃鱗土竜の刃尾だ。大穴の内部は土が性質を完全に変え、籠る臭気は雪を貫通して立ち込めていた。斬り落とされている刃尾は刃鱗土竜が常に纏い、移動させるための鱗―――上鱗のほとんどを使って形成されているように見える。


「なんだよこりゃあ・・・穴は魔術みてぇだな」


「『落穽の術』じゃな。これも十中八九アルの仕業じゃ。刃鱗土竜を罠に嵌めたか。それにしてもこの規模は・・・・幾重にも同じ術式を重ねたのか。いくらあやつでもごっそり魔力を消費しておるはずじゃ」


「そんな時間・・・・あっ!刃鱗土竜の暴れた跡がアルたちの痕跡からちょっと外れてたのは何かで時間稼ぎをしてたから・・・・・その間に術式を描いたってことかしら?」


「この時期には咲かない花たちが咲いていた。うちのエーラが目潰しでもしたんだろう」


 大人たちは思わず唸った。”魔法”を使われたから策を講じたようだが、尽く刃鱗土竜は嵌まっている。おまけにそこまで距離が離れていない。短時間で策を思いついたということだ。


 そして高位魔獣は本来そこまで馬鹿ではない。目潰しで時間稼ぎと刃鱗土竜の激昂を誘い、突っ込んできたところを大穴へ落とす。理に適っている。しかしこの臭いは?


「ラファルよ、穴の中の臭いは何が原因じゃ?刃鱗土竜の肉体にはおそらくこの段階でも目立った損傷はないはずなのじゃが」


 ヴィオレッタの言葉に、覗き込んだだけではわからぬとラファルが飛び込む。


「しばしお待ちを。これは・・・・ああ、なるほど」


「何だったのだ?臭いがきつすぎて俺には寄りにくい」


 マモンが訊ねたところで、鼻を押さえて穴から出てきたラファルが土に埋まっていた木の燃えカスを取り出した。


「我々が燻製なんかを作るときに使う枝の燃えさしがあった。他にも煙の出る草木の臭いもした。おそらく穴に落とした刃鱗土竜を抑え込むために、こういったものを大量に投下してアルが燃やしたのだろう。湿っていたものを無理に燃やしたからこういう臭いと滓が残っているんだ」


「炎と雷の大盤振る舞いだったようだな。どちらの匂いもする」


 マモンがそう補足する。ヴィオレッタとトリシャ、八重蔵は妙な表情で呻いた。4人共まだ12歳だ。本来であれば高位魔獣を見たら脇目も振らず撤退させるのが常識だ。立ち向かわせてしまった自分たちに歯痒さを禁じ得ない。


「高位魔獣相手に攻勢に出るとは・・・・相当の連携がなくば上手くはいかぬぞ」


「中はここよりもずっと冷え込んでおりました。どうやら炎上させて回ったあと急激に冷やしたようです。おそらくはマルクと凛華のものでは、と。あの子は氷は苦手であったはずです」


 ラファルの言葉にヴィオレッタは驚く。


 ――――大火力で熱した後急速に冷却しただと?ではこの刃尾は――――。


「おいおい、んじゃあいつら逃げながら『どうせ追いつかれちまうから鱗割ろう』って思いついたのかよ。とんでもねえぞ。しかも・・・・うまくやってやがる」


 ヴィオレッタの考えを引き取った八重蔵が魂消たと言わんばかりの表情を浮かべた。思いつくだけなら出来ても、どこの少年少女と呼べる年齢のものが実行できるというのだ。しかし実際の証拠が落ちている。


 子供の上半身以上の巨大さを誇る片刃――刃尾。ごろりと落ちている刃が雪の白さを鈍く反射していた。全員が沈黙して刃尾に視線を注ぐ。


「これスッパリ斬り落とされてるわ。凛華ちゃんが?」


「見してくれ・・・・・・・うちのじゃねえ。断面から血が流れてねえぞ。灼けてやがる。トリシャ、こいつは凛華じゃねえ。アルがやったに違いねえ。刀術――六道穿光流だ」


「え、うそ・・・!」


 アルがやったと聞いて仰天するトリシャ。


「ん?おいちょっと待て、嘘だろ」


 八重蔵は近くにあった長く伸びる溝を見つけて雪を払いのけた。


「凛華のやつヤロウの尾っぽを受け止めたのか?」


 それは重剣が地面を引き摺った跡だ。地面に突き刺して受け止めなきゃこんな深くて長い跡は出来ない。そこで八重蔵はハッとする。場景が浮かんだのだ。


 凛華が受け止めて、一瞬止まった刃尾をアルが灼き斬る。そんな場面だ。そして状況証拠はそれを指し示していた。


「マルクもいっしょに尾を抑え込んだようだ。踏み抜いた地面にあいつのものがある」


 重剣の引きずった跡の近くに自分の息子の――人狼の足跡を見付けるマモン。『人狼化』をしているとは言えそんなことをするとは。しかし―――。


 マモンの言葉で全員が脳内でそのときの場面をほぼ完全に再現した。鱗を脆くするだけではなく、脆くなった鱗を斬り捨てたのだ。


 4人の連携がなければ絶対に不可能。あの歳でやることじゃない。ヴィオレッタでさえしばしの間言葉が浮かばなかった。


 しかし痕跡は続いている。


「とりあえず、まだ終わってないみたいだし急ぐわよ」


 トリシャは中空にある枝葉が折られて出来た穴をジッと見つめていた。全員がその穴を見て辿っていく。


 誰かが吹き飛ばされたような穴だ。そしてどうやら刃鱗土竜もその者を追いかけたらしい。穴の下に刃鱗土竜が移動したと思われる大穴があった。ここから更に激しい攻防戦を繰り広げたようだ。


「誰かが吹き飛ばされたようじゃな」


「行きましょう」


 とりあえず中わかりやすく枝葉が千切れている穴を全員で追う。


「墓地に近いとは思っていたが、こんなに移動するなんて」


 誰かが吹き飛ばされた穴を追う内に墓地にぬけてしまった。少しひん曲がった柵を見て捜索隊の面々は気づく。アレにぶつかって止まったようだ、と。


 その柵のすぐ下に雪から顔を出している鈍い光が見えた。トリシャは目を見開いて飛ぶように走る。


「・・・アルの刀」


 慌てて駆け寄った八重蔵が見たのはトリシャが雪から引き抜いたひしゃげた刀だ。どうやって灼き斬ったのかと思っていたが、炎で無理矢理熱していたらしい。


 ―――――源治の打つ刀がこんなに歪むとは。


 熱量も加えられた衝撃も相当なものだったはず。そして、これでアルが武器を失ったことが理解できた。「畜生」と歯噛みした八重蔵を見やり、ヴィオレッタは呆然とするトリシャに語り掛ける。


「トリシャ、おそらく吹き飛ばされたのはアルだけじゃ。他の痕跡がない。あやつなら刀が曲がろうが仲間の下に急ぐはずじゃ。儂らも急ぐぞ。アルの痕跡を追うのじゃ」


 その言葉にトリシャはハッとした。そうだ。死体があるわけじゃない。アルがここで刀を失ったというだけだ。


 立ち上がってアルが戻ったと思わしき痕跡を急いで辿る。しんしんと雪が降る中、入り組んだ痕跡を何とか辿り捜索隊が見つけたのは、先ほどの数倍の衝撃を与える光景だった。



「あやつら、やりおった・・・・・」



 ヴィオレッタの声が捜索隊の面々の耳朶を打つ。その声は安堵以上に驚愕を多く含んでいた。ここまで呆気にとられたことはない。捜索隊もだ。全員が度肝を抜かれた。


 彼らの目の前にあるのは大きな屍骸だ。左前脚をきれいに断ち斬られ頭に逆さまの慰霊碑を生やした刃鱗土竜の死んでいる姿があった。完全に息絶えている。4人が高位魔獣に打ち勝った――――これはその証明だ。


「慰霊碑が・・・・これは、『念動術』で・・・?」


「それ以外ないだろうな」


「自分がどこに飛ばされたのかわかったから使ったのね。お墓参り、定期的に行ってたから」


「どんなに頑張っても相手は高位魔獣。先に動けなくなるのは間違いなくあいつらだってんで決めちまおうとしたんだろうが・・・・まったく、とんでもねえことしやがる」


 珍しくマモンが口火を切った会話は八重蔵の言葉で一度静寂が訪れる。人虎族の族長ベルクトは開いた口が塞がらなかった。


 ―――――本当に息子と同じ12歳たちのやったことなのか?これでは較べられるカミルたちの方が可哀そうではないか。


「ん?足斬ったのは凛華か。大剣術、土壇場でちゃんと使えたみてえだな。あれ落っことすために斬ったのか――――いや違えなこりゃ。あー・・・・?どういう状況だったんだ?」


 八重蔵はズッパリ斬り落とされている刃鱗土竜の足元に歩み寄り、ツェシュタール流大剣術、第一の型が使われたことを看破する。独特の軸足が重量でズレた跡がその証左だ。だが動きを止めるために斬ったにしてはこの足跡は。止まっている相手を斬ったみたいだ。



 ヴィオレッタは脳をフル回転させて脳内で再現している。


 慰霊碑を落とすために動きを止めさせた。慰霊碑の重さだけで刃鱗土竜本体があそこまで引きずられることはない。何かの力が加わったと見るのが正しいだろう。


 そしてその魔獣からほど近いところから更に奥へ伸びている浅い溝。ヴィオレッタはその跡をなぞるように歩き、見覚えのある切れ端を見付けた。


「トリシャよ。この服の切れ端、アルの外掛けではないじゃろうか?」


「えっ、どれ!?・・・・・あ、確かにあの子のものよ、今年作ってあげたやつ」


 トリシャは青褪めたが、よくよく見れば衝撃で破れ散ったように見える。血がついているわけでもない。


「あやつらはおらず、服本体もなく、そして魔獣から少々離れておる。むう・・・・ラファルよ。慰霊碑の底はどうなっておる?」


 何かに気づきかけたヴィオレッタはすぐさま森人に呼びかけた。


「石碑の底ですか。よっと。おお、これは・・・足跡というか、足跡型の亀裂というかそのようなものですね、二本分あります。慰霊碑の方はエーラの仕業らしき蔦や根がなければ崩れ始めるやもしれません」


「なるほど。助かるぞ、それで合点がいった」


 ヴィオレッタの発言にざわっと視線が集まる。彼らが頼りにする里長の脳内には場景がほとんど組み上がっていた。




 捜索隊の面々が聴く姿勢を取ったところで、ヴィオレッタは脳内の分析データを口に出しながら再生する。


「言ってみれば杭打ちじゃ。慰霊碑を杭に、マルクとアルを金槌に見立てるとわかりやすい。


 まず墓地まで吹き飛ばされたアルが慰霊碑を『念動術』で運び、他3名に刹那の間動きを止めさせた。そこで脳の真上を狙って慰霊碑を叩き込んだのじゃ。しかしながら刃鱗土竜はそこではまだ死ななかった。暴れたのじゃろう。


 そこで今度はエーラに慰霊碑を、凛華に本体を任せてマルクとアルは空に跳び上がった。慰霊碑を土竜にねじ込めるほどの衝撃を出せるよう高く飛んだはずじゃ。そこからマルクが両足で踏ん張り、アルが背中で爆炎を起こして加速したのじゃ。


 そこでまだ動こうとしておった刃鱗土竜の足を凛華が斬り落とし、エーラが杭に集中し、最後にマルクとアルがのじゃ。外掛けの切れっ端はアルがマルクと自分を繋ぐために巻いて、墜ちたときの衝撃で破れたのじゃろう。これが真相・・・で大体は合っておるはずじゃ」


 ヴィオレッタの推測内容は驚くほど正確に状況を分析できていた。


「無事で良かったわ・・・ホントに心配ばかりさせるんだから」


「まったくだ。どれだけ心配だったか」


「でもやりやがった。まだガキんちょだってのによ」 


「その点は大いに褒めるべきだろうな。いつの間にか大きくなったものだ」


 捜索隊の面々はそれぞれ異なった表情を浮かべてはいるが、感心しているという点だけは同じだ。


 ヴィオレッタの状況推理能力と、それを成し遂げた歳若い4人に。


 何としても脅威である高位魔獣を倒して生き残るという覚悟や戦意、そして役目を互いに預けられるだけの信頼と絆がなければ到底不可能。


 彼らの親が緊張を解いている様子を眺めながらベルクトは心中で素直に敬意を表する。


 同胞を救うだけではなく、自分たちさえ誰も欠けることなく脅威を打倒してみせた年若い戦士たち。己の子供たちにもかくあって欲しいものだ。我々とて一度意識を見直すべきだろう。そう考えて顔を上げると、周りの面々も似たような表情をしていた。

 


 どうやら新世代の起こした突風はかなりの規模だったらしい。雪の降る冬場だというのに皆が皆爽やかさと熱気を孕んだ熱風に吹かれたような顔をしている。


「さて、危機は切り抜けたようじゃがあやつらが疲弊しておるのは間違いなかろう。早く迎えに行かねばな」


 指導者の言葉に皆が頷き、一団が動き出した瞬間だった。



 ドゴオオオオオオオオオオンッッッッッッ――――――!



 簡易狩猟場側の上空に轟音と爆炎が上がった。赤々と空を染める炎に面々が真剣な表情へと変わる。


「まだ何かあったってのか!?」


「急ぐぞ!」


 ゾワリ・・・・・・・・・・・・・!


 駆け出そうとした八重蔵とマモンがビクリと足を止めた。


「なんだ、この禍々しい闘気は・・・?」


 ベルクトがそう呟くのも無理はない。異様な闘気だった。まるで魔獣が闘気を使ったかのような感覚だ。荒々しく殺戮の本能のみで構成されているような感覚を覚える。


 そこまで考えたベルクトの隣をトリシャが一気に駆け抜け、『龍体化』を発動させて飛び上がった。


「急に、何を―――」


 ベルクトの疑問には答えず、八重蔵も朱色の隈取を浮かべて駆け出す。見ればマモンも『人狼化』し、ラファルは木々に道を開けさせていた。


 強者たちがなぜここまで急いでいるのか?


「闘気は闘気でも、あれはじゃ」


 ヴィオレッタの言葉はベルクトを含め戸惑った者たちの疑問を氷解させた。この禍々しい闘気が龍気だって?だとしたらそれを発しているのは――――――。


「アルよ、待っておれ」


 『飛空術式』を起動させたヴィオレッタはいまだ赤い残滓が漂う夜闇に身を躍らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る