7話 ユリウス・シルトという英雄 (アルクス5歳の夏)

 西門から出てすぐの訓練場―――という名の草原。昼食を終えたアルクスはヴィオレッタ師匠による魔術の授業、その続きを受けていた。今は食事を持ってきたトリシャも一緒だ。ヴィオレッタの適性が低い炎と光の属性魔力を見せてもらえるらしい。


「ええっ!じゃあアルはもう属性魔力の”特質変化”ができるようになっちゃたの?」


 驚愕の声をあげるトリシャ。息子が魔力とは何ぞや?を学び始めてまだ2日目だ。いくら何でも師の欲目というやつではないか?という視線をヴィオレッタに向けた。


「そうじゃ。まだまだ不慣れではあったしアタフタもしておったが、ハッキリした形状の炎をおったよ」


「うっそぉ?」


 腹立たしい顔で疑ってくる友人にピキッときたヴィオレッタがアルへ指示を出す。


「・・・・・くどい母御じゃの?アルよ。投げんで良いから息子を信じてやらんこのわからず屋に見せてやれ。さっきの杭で良いぞ」


「ちょ、ちがうわよアル?別に疑ってるんじゃなくてまだ―――」


「疑っておるからそんなことを言うんじゃよ」


 ツーンとした物言いの師と慌てて弁明する母をアルは半眼で見た。この2人は互いを親友と認識しているからか遠慮がない。


 やいのやいのと言い合う2人を尻目に、アルはさっき投げた”炎の杭”をイメージしながら魔力をこねる。


 ボウッ―――!


 すると、あまり間を置かずに”炎の短杭”が掌におさまった。時たまプロミネンス紅炎が波打っている。さっきよりずっと簡単だった。コツを掴めたということだろうか?


 アルが「できた」と言う前に大人2人は魔力に反応して視線を向けた。両者の反応は対照的だ。満足そうな笑みを浮かべてそれはそれは見事なドヤ顔を決めるヴィオレッタに対して、トリシャは目を見開いて驚愕を露わにしている。


「うっそでしょ!?なんでできるのアル!」


「ん~わかんない。前世のおはなしとかから想像してるからじゃない?」


 属性魔力は魔力の扱いを覚える際、最初に詰まるところだ。トリシャの問いに息子はあっけらかんとした様子で答えた。


「想像できても魔力の扱いは別でしょう?詳しいやり方までそのお話に載ってるの?」


「ううん。そういうのはなかったと思う」


 アルはふるふると銀髪を横に振る。


「天才なの?」


 トリシャは即座に親馬鹿を発動させた。が、これは致し方ないことである。這えば立て、立てば歩めの親心というやつだ。


 ただ少々愛と期待が過剰で――歩めば走れ、走れば飛べくらいの精神で、更には息子なら出来ると信じ切っているだけで。


 アルはそんな母に危機感を覚えた。このままではどんどん期待が重くなりそうな気がしてならない。冷や汗を流しながら言い訳のように言葉を重ねる。


「ぐ、ぐーぜんだよ!きっとかあさんの子だから炎が向いてただけだよ!」


 焦るアルの心情を察したヴィオレッタが苦笑しながら助け舟を出した。


「これトリシャよ、落ち着け。優秀な息子に期待しすぎるのもわかるが、汝の重みで身動きがとれぬようになったらどうするのじゃ?子供は自由に羽ばたくのが一番じゃろう?


 それにまだ他の属性を試しておらぬ。アル、やってみぃ。水への適性が低かったということは氷は壊滅的じゃろう。残り5属性をやってみようかの」


「むっ、確かにそうね」


「ほっ・・・やってみます」


 アルは胸を撫で下ろして手を構える。十で神童、十五で才子、二十すぎれば只の人という言葉もあるくらいだ。アルとしては只の人で充分。


 しかし・・・なんだかうまくいきそうな気がする。母からの期待が重くなりませんように。アルはそんなことを考えながら大きく息を吸って集中した。


「はじめは・・・なんだっけ?あ、風だ。かぜ、カゼ、風・・・の、むち?」


 魔力の発露と共にシュルシュルと音をさせ始めるアルの手には何かがている。不可視の何か―――風の鞭が草を押しのけていた。


「できておるな」


「できてるわね」


 なんですぐ握るのだろう?刃型にして飛ばしたって良かったろうに。



 ”属性変化”は教えられずとも魔族の子供ならすぐに出来るようになるのが普通だ。魔力が豊富な種族が多いため、遊びながら覚えるのだ。それ以前に”魔法”を発現させることの方が多い。


 だが”特質変化”は違う。それまでなんとなく魔力を扱っていた8~10歳くらいの子供たちは魔力とは何ぞや?などと考えたりしない。当然理論なども知らない。


 それゆえ―――もどき状態の属性魔力をこねくり回して形を作り、最終的に属性魔力へ変換するという手順がいやに遠回りな気がして難しいと感じてしまい、習得に時間がかかってしまうものだ。ヴィオレッタとトリシャもかつてはそうであった。


 

 いとも簡単にやってのけたアルの方が変なのだ。前世の記憶があるからだろうか?


 2人がそんなことを考えているうちに土の”属性・特質変化”をアルは済ませる。土は簡単だ。泥遊びや砂遊びをしない子供の方が少ないのだから。



 続いて雷だ。アルは午前中見たヴィオレッタの雷を思い出した。ついでにふわっとした前世の稲妻が落ちてくる理論なども記憶から引っ張り出す。


 両掌に乱暴な風を纏い、それを起点としてバチィッとプラズマを発生させた。そのままおっかなびっくりしつつ、やっぱり短杭の形に変える。青白い稲妻を握りしめたアルは前世の神話にこんなのなかったっけ?と呑気に考えていた。


「儂のを見ていたとはいえ呑み込む速度が早いのう」


「ホントに今日はじめたの?」


「・・・ふぅむ。おそらくは考え方じゃな」


「考え方?どういうこと?」


「アル自身の中できちんと筋道を立てた理論があるのじゃ」


 ヴィオレッタは弟子を観察しながら推論を述べる。さっきからアルは己の持っていると思わしき知識や考察を使っていた。


 見たものを己の中で咀嚼して定義し直す。この分だとなんとなくで扱っていたのは炎くらいだろう。要はモノの考え方というものを知っているのだ。



 その証拠のようにアルは動きを止めて、母の方を見た。


「かあさん」


「なあにアル?」


「光わかんない」


「あ、そっか。ヴィーは光の適性ほとんどないもんね」


 トリシャも親友が何を言いたいのか理解する。


「うむ。水と氷は見せておるから、光の方の実演を頼むぞ」


 ヴィオレッタはおう言いながら午前同様土の的を出現させた。トリシャはそれを見て鼻息を荒くする。息子に良いとこを見せようとやる気満々だ。


「まっかせなさい!見なさいアル。光は属性変化をするだけでこうやって光源にもなるのよ」


 トリシャが手に溜めた魔力を光へ変化させると、まばゆい―――白色LEDの明度を全開にしたくらいの光球が出来上がっていた。


「あかるいんだね」


「でしょう。そして飛ばすときは、こんな感じよっ!」


 威勢の良いトリシャの声と共に発射された光芒は墨を引いたような尾を残して的を貫通する。ぽっかり空いた穴の中の表面は朱くなり、ガラスのように変わっていた。


「はやっ!!・・・・・灼けてる。これって、レーザー?」


 タタタッと的に走っていったアルは赤熱化した土を見て、前世の映画フィクションに出てきた光線銃を連想する。光属性魔力って危ないんじゃ・・・?と頬が引き攣った。


「大丈夫じゃよ、アル。あんな威力になるには相当の修練と魔力が必要じゃからの」


 アルの内心を読んだようにヴィオレッタが補足を入れる。明らかにビビっている弟子はそれはそれで可愛かったがそうも言っていられない。


「ほっ、ならよかった・・・・こう?かなぁ」


 むむむっと試したアルが出したのは前世の映画にあったレーザーブレードのようなものだった。込められた魔力はトリシャの放った光球の100分の1もないだろう。


「凄いわよアル。でも――」


「うむ。初めてでここまで出来るとは思わなんだ。しかしじゃの――」


 トリシャもヴィオレッタもアルが一発で”特質変化”まで持っていけること自体は褒められるべきことだと素直に称賛する。だが――――。


「「どうしてすぐ握るのよ(じゃ)?」」


 その答えはアルにもわからなかった。



 ***



 時刻は夕方、ヴィオレッタは授業を締めようと口を開く。結局アルは闇属性魔力以外の扱い方と”特質変化”までを習得することができた。大収穫というより快挙だ。


「あとは反復あるのみじゃ、闇属性魔力はまた練習じゃな。さて今日の授業で何かわからなかったところや聞きたいことはあるかの?」


 アルはうーんと考えた後、希望を言ってみることにした。


「ししょう、”魔法”が見てみたいです」


「なるほど、”魔法”か。しかし儂の”魔法”は見せる類のものじゃなくてのぅ。ぶっちゃけ地味か痛々しいかのどっちかなんじゃよ」


 師は非常に無念そうだ。そこへトリシャが口を挟む。


「じゃあ私が見せたげるわ!お母さんのでもいい?」


「うん、”魔法”がどんなのか見てみたい」


 自身に発現するかもわからないし、魔術や属性魔力でも度肝を抜かれたので興味があったのだ。


「私たち龍人の”魔法”は『龍体化』って言ってね。身体が戦闘形態へ変わる”魔法”なの。使ってる間は魔力を消費し続けるけどすっごく強くなれるのよ」


 アルは母の言葉にハタと動きを止めた。ここ数日の疑問が解ける気がする。


「消費し?ししょう、もしかして―――」


「アルの予想通りじゃ。魔族は魔力量が多いはずなのに魔導師―――儂に教えを請いに来るものがほとんどおらぬ。それはなにゆえか?


 それは魔族が”魔法”を用い、敵にぶつける道具として魔力を扱う者の方が圧倒的に多いからじゃ。生半な術しか知らぬ者達からすればわざわざ小難しい術式を組んで魔力を流すより、属性魔力の一つでも当てた方が手っ取り早いからのぅ。どうじゃ?疑問は晴れたかの?」


「はい、ししょー」


 ヴィオレッタの説明はアルの疑問を見透かしていた。なるほどとスッキリした顔の弟子をヴィオレッタは撫でる。


「ちょっとぉ、二人とも~?私の見せ場なんだけどぉ?」


 トリシャの声で師弟はハッとして視線を向けた。


「じゃ、いっくわよー」


 やっと視線を向けられたトリシャは気合が入ってるんだか入ってないんだかわからない掛け声と共に『龍体化』を発動する。


 

 その瞬間―――トリシャの額の両端から螺旋状の角が2本後ろ向きに伸び、顎先から腕や足までを覆うように龍の鱗がシュウッと生えた。肘にはギュルリと鋭い棘が伸び、手足の爪は肥大化しこれまた鋭くなっている。


 極めつけは翼だ。肩甲骨からせり出した二対の尖った骨に蝙蝠などに見られるような翼膜がつき、火の粉のようなものが噴出していた。


 非常にかっこよくて凛々しい姿だ。少なくともアルにはそう見えた。


「わぁっ・・・!かあさん、かっこいいっ!!」


 駆け寄ってきた息子を引き裂いてしまわぬようトリシャは優しく抱き留める。


「相変わらず美しいのう」


 惚れ惚れするような造形だ。ヴィオレッタは素直に褒めた。


「ふふっ、そうでしょ?」


「あれっ?かあさん眼もちがう」


 瞳が紅いことに変わりはないが、瞳孔は垂直方向に長いスリット状になっていた。指摘した息子を抱いたトリシャは瞳をよく見えるようにしてやりながら正体を教える。


「これは龍眼って言うのよ。動体視力が上がって魔力が捉えやすくなるの」


「へぇ~そうなんだ!」


 はじめての”魔法”にアルはここまで変わるものなのかと驚き、それと同時に気持ちが落ち込むような不思議な気持ちを味わった。


「アル?どうしたの?」


 表情を曇らせた息子へトリシャはすぐに気づいて『龍体化』を解除しながら訊ねる。昨日の夜もこんな顔をしていた。ヴィオレッタもどうしたのだろうかと顔を覗き込んだ。


「ねぇ、かあさん」


「なぁに?」


「どうしたのじゃ?」


「ぼくたぶん”魔法”使えないよね?」


「それは・・・」


 いつか聞かれるであろう質問だ。聡いアルなら早くにその質問をしてくるだろうことも、わかっていた。


「・・・・」


 ヴィオレッタは空気を読んで黙る。しかし続けられたアルの言葉に2人揃って目を剥いた。


「それはべつに、もちろん使えたらいいなぁっておもうけど・・・ぼくにはとうさんの―――にんげんの血が流れてるから。だから使えないなら使えないでもいい。


 そうじゃなくて・・・ぼくが聞きたいのは、知りたいのは―――とうさんはどうして、だれに殺されたかなんだ。同じにんげんに殺されたってどういうこと?」


 トリシャとヴィオレッタは言葉を失う。なぜ知っているのか?誰に聞いたのか?アルが昨日の夜見せた表情や今朝の様子が2人の中ですべてが繋がった。


 一人で悩んでいたのだ、聞くべきか聞かざるべきか。自分の感情とこちらの心情を天秤にかけて。


 アルは小さな体で不安げに、しかしその紅い瞳は逸らさずこちらを見つめている。



 トリシャとヴィオレッタは顔を見合わせて頷いた。もう隠しておけない。聡いアルならいろいろな手段で真相を知ろうとするだろう。


「アルよ、汝の父ユリウスについては明日すべて話そう」


 師の言葉にアルは首を傾げる。


「明日?ですか?」


 なぜ今じゃないんだろう?そんな表情のアルにトリシャが目線を合わせた。


 自分とよく似た紅い瞳。しかし意思の強そうなところは旦那の方に似ている。きちんと聞くまで納得しない―――真っ直ぐな瞳はそう告げている。そんな息子に亡き夫を想起したトリシャは囁くようにアルに告げた。



「アル、明日お父さんのお墓参りに行きましょう」



 墓参り。言われてみれば一度も行った記憶はない。かと言って家に仏壇のようなものがあるわけでもない。目をパチクリさせたアルは潤んだ母の瞳に何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。



 ***



 翌日、空は抜けるような晴天だった。雨期を過ぎたラービュラント大森林はここ最近ではめっきり暑気も抜けてきて夜などは涼しい。季節が変わろうとしているのだ。晴れているのに低くなってきた空は、その証左でもあった。



 アルとトリシャ、ヴィオレッタは他の門より幾ばくかひっそりと備え付けられている南門に集まる。なぜかそこには左頬を腫らしたイスルギ・八重蔵の姿もあった。


「やえぞうおじさん?おじさんもお墓まいりするの?」


 アルの問いに八重蔵はバツの悪そうな顔でガリガリ頭を掻く。


「おうよ。俺もユリウスに挨拶しようと思ってな。共同墓地まではちっと歩かなきゃなんねぇんだ。里を建設した時どれだけ拡張するかわからなかったもんで、あえて墓地はちっと遠めにしてあんだよ。今日はお前さんの護衛も兼ねてんだぜ?」


 そう言いながら鬼人は左右の腰に刺さった大小二振りの剣を見せた。余計な装飾はないが、明らかに実用と思わしき武骨な剣だ。


「なるほど。そうやってペラペラ喋った挙句、あえてまだ黙っていたユリウスの死についても口を滑らせたんじゃな?」


 そう問うたヴィオレッタの声と視線は底冷えするほどに冷たい。八重蔵はビクリと肩をすくませ「あ~、いや、その」としどろもどろになりつつ、やがて観念したようにサッと膝を折った。そして不思議そうな顔のアルに目線を合わせる。


「アル、すまねえ。ユリウスのこと、もう少しお前さんが大きくなったら話そうってみんなで決めてたんだが『うちのと違って見た目の年齢よか随分賢いなぁ』なんて思っちまってつい喋っちまった。うちの母ちゃんにもそれで今日しこたま怒られてな」


 頬が腫れている理由を察したアルは、首を横に振る。ほわほわした銀髪が揺れ――おもむろにその紅い瞳がまっすぐ八重蔵を射抜いた。


「ううん、結局ぼく聞いちゃってたとおもう。やえぞうおじさんがさいごを看取ったって言ってたよね?そのときのこと・・・お墓につくまででいいから、教えて」


 瞳の色こそ違えどその意思の強さを表す瞳は、ユリウスの子供である何よりの証拠だ。八重蔵はアルに亡きユリウスを連想して破顔する。


 『俺に似てたりするかなぁ。似ててほしい、いややっぱりトリシャに似た方が女の子にも~』なんてアイツは言っていた。


 見た目はトリシャ似でも中身はしっかりお前の血を引き継いでるみたいだぜ、ユリウス。お前に似て頑固そうだ。


 八重蔵はユリウスに報告できることができたと喜び、頬のはれぼったさなどすっかり忘れて、


「そんじゃ、行くか!」


 と威勢良くアルの手を引きながら南門をくぐった。



 その後ろをトリシャとヴィオレッタは呆れた目を向けながら続く。


「調子がいいんだから」


「あれでは水葵みずあおいも苦労しよう」


「氷鬼人なのに紅椿べにつばきって子供に名前つけたときもシバかれてたわよ」


「ほんに変わらんのぅ」


 こうして4人はユリウスの眠っている共同墓地へ歩き出した。



 ***



 共同墓地までの道は南門を抜けてすぐの一本道を通るのが最短ルートだ。墓地は墓石に適した石材が取れやすい場所を選び、死者の眠りを妨げないようにと周りには何も建てなかった。


 里の警備や索敵用の監視塔が付近の大森林内にあるのみである。一本道―――と言いつつも最低限の整備しかされていないためアルのような子供には険しい道だ。


 すでにここは大森林の中。魔獣や森そのものが牙をむく可能性がある。アルが目を上げると大人たちが油断なく周りを観察していた。


 自分の足で歩かねばならないことを理解しつつもこれは想像以上にしんどいかも、と今まで墓参りに連れて行かれなかった理由を察し始めていた。


「アルや。ユリウスの死について語るうえで、前提として話しておかねばならんことがいくつかある。多少難しい話じゃが良いか?」


 そこへ師であるヴィオレッタがアルの気を紛らわす思惑もあるのだろう―――話しかける。


「ふぅ、ふぅ・・・はい」


 軽く息が上がりつつもアルはこくこくと首を縦に振った。


「まずは・・・そうじゃな。50年ほど前、戦で大きく数を減らしておった魔族たちは今の隠れ里のような場所ではなく、ラービュラント大森林のもっと人間の国寄りの場所に村のようなものを築いて生活しておった。それで平和じゃった。


 じゃが、およそ30年前に聖国が魔族を排斥する方針を打ち出し、周辺国にもそうするよう圧をかけたんじゃ。帝国と王国の2大国は揃って無視をした。何を馬鹿なことを、とな。


 特に帝国は建国に魔族が関わっておる。むしろ憤慨したじゃろうな。そして帝国と王国、聖国の3大国に挟まれるようにあった共和国もその方針には従えぬと拒否した。


 そんなことがあって10数年経ったある日、宣戦布告もせず聖国は共和国に攻め入り、自分たちの領土にしようと戦を引き起こした。実際は戦などではない。


 共和国の各都市に潜り込ませておいた軍を一斉に起こし、民を人質に各都市の指導者たちを脅したのじゃ。


 これに怒ったのが帝国と王国でな。共和国の領土を不当に占拠するようであれば、こちらが手を組んでそちらに攻め入る、と宣言したのじゃ。


 おかげで共和国領は聖国のが治める聖国領とはならなかった。が、聖国も甘くはない。せっかく占領しかけた共和国を手放す気はなかったようでの。


 また攻めるぞ、と脅しをかけて直接支配こそ成っておらんものの各都市に外交官という名目で監査官を起き属領としたのじゃ。ここまでは良いか?」


「なんとなく」


 とりあえず聖国が酷い国だということは理解できた。そんな感想を抱きつつアルは頷いた。


「ここからが本番じゃ。当時の魔族たちもそう馬鹿ではなくての。時勢を読んで隠れ住むものが増えておったんじゃ。


 儂らもその例に漏れず隠れ住んでおったが、共和国が聖国の属領とされたと聞き安住の地を求めてラービュラント大森林のもっと奥―――つまりは今の隠れ里に当たる土地を探し求めることにしたんじゃ。


 ついでに補足しておこう。帝国が興る少し前まで魔族たちは種族間で戦ばかりしておっての。戦える者たちは死に絶え、戦えぬ者が生き残って細々と種を繋いでいっておるような状況じゃった。共和国が聖国属領となった当時もようやっと絶滅は免れたくらいにしか増えておらなんだ。


 そんなときに聖国はロクでもないことをやりだしたのじゃ」


「ろくでもないこと?」


「魔族狩りよ」


 訊き返すアルにトリシャが苦々しげな表情を隠しもせず即答した。


「そう、魔族狩りじゃ。連中はこちらの頭数が少ないことをよく理解しておった。聖騎士と呼ばれる遺物の力や謎の―――聖国が秘しておる技術を使う連中を頭目とした神殿騎士を率いて討伐隊を各地へ送り込んだのじゃ。


 神殿騎士というのは聖国の教会に所属しておる騎士での。聖国軍の中から選りすぐられた兵士共のことを指す」


 トリシャの言を引き継いでヴィオレッタは更に語る。



「儂らは、魔族狩りが行われ始めたと聞くとすぐに今の隠れ里がある地を基盤とするための工事や開拓を行い始めた。すでにマモンは儂らと共におってな。人狼の強みを生かして情報収集や戦える者達を集めてもらう役を任せておった。


 トリシャはその直後くらいから儂らに合流しての。元々知り合いじゃったし似たようなことを一人でやろうとしていたと聞いてすぐ仲間に引き込んだんじゃ。そのあとに八重蔵たちじゃったか。シルファリスを連れたラファル―――シルフィエーラの両親なんかもそのくらいじゃな。


 まぁ朝から晩まで里の開拓を行い協力者を集め、そうやって最低限人の住める環境が整ったらすぐに里への居住者たちを募った。


 たくさんおったよ、魔族狩りを恐れる者、乳飲み子を抱えておる者、種の絶滅にいまだ瀕しておる者。しかし里の居住環境はいまだ劣悪じゃった。体の丈夫な者達から移動して貰ったり、儂ら自身が連れてきたりしておった。


 そんな折じゃ。ユリウスが、隠れ里へ移り住もうとして集まっておる魔族の村に来て『自分は武芸者をしているユリウス・シルトという。人間だが帝国の者だ。今晩泊めて欲しい』と言うて来たのは。


 当初はえらく警戒されたらしくてな、まぁ当然じゃが。隠れ里へこれから移り住もうってときに人間が訪ねてきたってことですぐに儂に連絡が来てのう。


 儂は慌ててトリシャや八重蔵、ラファルたちを引き連れて村へ行ったんじゃ。そこからは、まぁ割愛しよう。とりあえず、ひと悶着はあったが元々さっぱりした明るい奴じゃったから悪意がないことはすぐに理解できたのじゃ。


 話を聞かせると、あやつは魔族狩りに激怒しての。先ほども言うたが帝国建国の折、初代皇帝と魔族は協力関係にあってな。帝国人にとって魔族は種の違いは大きくあれど、友人のようなものと考えられておったらしい。


 その後ユリウスは魔族たちの中で唯一の人間として、魔族の移住を手伝いはじめた。それから数年もせんほどの月日が流れ、里はある程度快適に暮らせるようになった。マモンたち人狼も長いこと里を空ける必要がなくなってきておった。


 いつの間にやらトリシャとユリウスは良い関係になっておっての。まぁ色々あったのじゃろうがそこはトリシャに後で聞くが良かろう。獣人族と人間の組み合わせはあっても、魔族と人間の婚姻なんぞ初めてじゃ。


 それでも儂らは大いに祝福したものじゃ。めでたい、ここから魔族と人間との新しい時代が始まれば良いなとな。


 その1年ちょっと後にトリシャが妊娠した。里への移住者たちは日に日に増えておったし、儂らも保護と里の拡張を進めておった。そして―――」


 八重蔵が急に手を上げてヴィオレッタの話を遮った。


「ヴィオレッタ様――いや普段の呼び方で構いやせんね。里長殿、そこからの話は俺にさせちゃもらえませんか?あいつを看取ったのは俺ですから」


 アルがふっふっと息を切らしながらそちらを見ると八重蔵は見たことがないほど真剣な様子でヴィオレッタへ願う。


「そうか、そうじゃったの。では頼む」


 ヴィオレッタはすぐに察して了承する。



「ええ。トリシャがお前を妊娠して数か月後のある日のことだ。今でもよく覚えてるよ。もうすぐ夏だってのにやたら肌寒い日だった。


 あの日俺とユリウス、ラファルの他にも何人かが里に移住したいっていう村の要請をマモンからの報告で聞いてな。今は隠れ里しかねえが建造中は色んなとこに中継地点を作ってたんだ。一番安全な里に嫁さんたち置いてな。


 『近くに魔族狩りどもが出て初めて移住を決めるくらいなら、最初っから来てりゃあいいのによ』なんて愚痴りながら俺たちはそれぞれの村の規模や移住人数なんかを調べに行ったのさ。


 一番遠い北側の村に俺と数人が。次に遠い南側の村にラファルとマモンが。そんでもってユリウスともう一人が、物資の融通や人間の街から買い出しに行くときなんかに必ず通ってたそこそこでかい村―――里と人間の街との中継地になってたチヒト村って名前の村に行った。


 俺達の方は滞りなく調査を終えた。帰ってきたら里の方が慌ただしくてよ。騒がしい理由は見てみりゃすぐにわかった。


 ユリウスと一緒に調査に行ってたやつがゼェゼェ言いながら足なんか血まみれにして里長殿に縋り付いてたんだよ、涙と血と泥だらけでな。


 そいつが言うんだよ。魔族狩りに村が襲われてる。村の異変に気付いたユリウスが気付かれちまう前に里へ連絡を出すよう自分を逃がしてくれたから急いでくれってな。


 里長殿と俺たちは慌てて武器ひっつかんで走った。あんときばかりは女神に祈って―――呪ったよ。


 チヒト村についてすぐ目に飛び込んできたのは・・・折れた剣構えたまんま動かねえ血まみれのあいつ―――ユリウスだった。


 砕けた盾の革帯握りしめて、神殿騎士どもを食い殺すように睨んでやがった。足元には立派な鎧着てるやつが首真っ赤に染めて事切れててよ。


 神殿騎士どもは完全にビビッてた。後で知ったがその首斬られてたのが連中の頭目で聖騎士ってやつだったそうだ。とりあえず、俺たちはバレねえよう近づいて一気に連中を仕留めた。


 すぐユリウスの方に駆け寄ったが、あいつはもう・・・何も見えなくなってた。辛うじて息してんのが奇跡だった。


 俺たちだって叫んでやっと理解できたみてぇで、俺の腕握りしめて『八重蔵、八重蔵。森に逃がしてる人たちがいる。見つけてくれ。頼む。それとトリシャにごめんって伝えてくれ』って何度も、何度も必死に早口でそう言うんだ。


 他の奴らは生き残ってる連中がいるって聞いて慌てて森ん中探しに走ってった。俺はあいつに『わかったから落ち着け。ちゃんと伝えるから、まず治療が先だ』っつって横たえた。あいつは『ありがとう』って言い続けてた。


 横にしてやったら、他の騎士どもがいないか探り終えて里長殿がすぐこっちに飛んで来てくれたんだ。里長殿の独自とっておきの治癒術なら大抵の怪我は治せる。


 ・・・だが里長殿は何も言わなかった。じっと労わるようにあいつを眺めてんだ。

 俺ぁ頭に来て『何してんだ!?早くこいつを治療してくれ!』そう叫びかけて気づいた。さっきまでか細く『ありがとう』っつってた声が聞こえねぇ。


 見ればユリウスは見えねえ目を開いたまま事切れてた。さっきまで喋ってたんだぜ、そんなことがあってたまるかよ。


 里長殿に頼んだ。『術を掛ければ息を吹き返すことだってあるかもしれねぇ。何とかならねえのか』つってな。でも里長殿は首を横に振って、どっか上の方を見てた。


 ・・・俺にだってわかってたさ、あれが末期まつごの言葉だったってのは。でも認めたくなかった。後にも先にもあんなに納得いかなかったことはねえ。


 悔しかったし、悲しかったし、やってられねえって気持ちでいっぱいだった。


 そうしたら急に紅の奴が出て来てな。身重の水葵の代わりに食糧を交換しに村に来て巻き込まれたらしい。そういう子供たちが他にもいたそうでよ。びっくりして慌てて探したら、里や中継地から来てた子供たちは誰一人死んでなかった。


 聞けばユリウスが命懸けで助けてくれたんだと。村の連中にしても、あいつが来る前に殺されちまったやつらを除けば、ほとんどが助け出されて生き残ってた。村の連中がそう言ってたよ。


 アル、これが事の顛末だ。


 自分は半龍人なのにどうしてみんな当たり前って顔で受け入れてくれるのか、あんなに親切過ぎるのか・・・こないだの質問はそういう意味で言ってたんだろ?


 これがその答えだ。お前があの英雄の息子だからだ」


 アルは紅い瞳を見開いて涙を滲ませつつ八重蔵をまっすぐに見つめ返した。知らなかった真実。異世界の記憶を持っているだけの5歳児には重すぎる。しかしアルは目を伏せない。


 睨み合うように視線を交わす2人をトリシャとヴィオレッタは瞳を滲ませながら神妙な顔で見ていた。

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