8話 英雄の息子 (アルクス5歳の夏)
中天を過ぎた頃アルクス達4人は魔獣に出くわすこともなく墓地に辿り着いた。半ばから魔獣の脅威など忘れ去っていたアルの視界に広がっているのは、木々に包まれた荘厳ながらも柔らかい印象の墓地だった。
木漏れ日にライトアップされた墓石はよく磨き上げられているようで、その間を爽やかな風が吹いてくる。
「ここが・・・お墓?」
「ええ、そうよアル。あそこにお父さんが眠っているの。ここなら気持ちよく眠れそうでしょう?」
「うん」
言葉が出なかった。ここはきっと、父のような人たちが眠っている場所なんだ。だからこんなに綺麗に保たれているのだろう。
「ユリウスの墓はあそこじゃ、行こうかの」
ヴィオレッタの一声でトリシャと八重蔵、その後にアルが続く。
ユリウス・シルトと書かれている墓石は、盾のような形状をした真っ白な墓石だった。花も数え切れないほど多く置かれている。アルは家に置いてある盾にそっくりな墓石の表面に彫られている字を読んだ。
―――多くの魔族を救い、真に魔族と手を取り合った者、ここに眠る―――
「あ―――」
頬を涙が伝う。さっきの壮絶な死を聞かされたときに浮かんでいた聖国の騎士への怒りや八重蔵から伝播したようなやるせなさはすっかりこの墓地の雰囲気で洗い流され―――ただ哀しみと会えないことへの淋しさ、そして花を手向けられるほど認められていた人間の父への誇らしさで胸がいっぱいになっていた。
「アル」
透明な涙をとめどなく流すアルの頬をトリシャは持ってきていた
八重蔵は持ってきていた酒瓶をトンっと置き、懐から酒杯を二つ取り出すと両方に酒をなみなみ注いだ。そして、片方の酒杯を墓石全体へ馴染ませるように振りかける。置かれた花にかかるようなこともなく、酒が真っ白な墓石を濡らした。
「カミさんがいるだろ、怒られねぇようにこんだけにしといてやる」
そう言って、自分の酒杯に入っていた酒をグイっと一息で飲み干す。そして終わったと言わんばかりに下がった。
「
ヴィオレッタは優しい声音で花を置く。ヴィオレッタ自身、あの時急いでいればと何度トリシャに謝ったかわからない。
「あなた、アルクスよ。場所が場所だから今まで連れてこられなくてごめんなさいね。ほら、瞳の色は私だけど、目自体はあなたに似ているでしょう?」
トリシャは微笑みながら花を置き、アルの頬を撫でた。
「アルの番よ」
アルは父の墓石と母たちを交互に見た。
父は自分に前世の記憶があると言ったら、なんて言ったのだろう?アルが魔術の授業を受けている姿を見たらなんて言うのだろう?
母のように手放しでほめてくれたのだろうか?それとも『もっと頑張りなさい』なんて月並みなセリフを言ってくれたのだろうか?
色んな可能性が浮かび―――思考が、疑問が、溢れては消えていく。なのに掛ける言葉はちっとも浮かばない。
浮ばないのは自分の思考に浸って意味のないたらればを考えてるからだ。そんな軟弱な息子でどうする?英雄の息子なんだろ?
やがてアルはたどたどしく言葉を紡ぎだす。
「とう、さん。はじめまして・・・アルクスです。お花もってきてなくてごめんなさい。いろいろ言いたいこととか聞きたいこともあったけど今は――言いません。だからぼくからとうさんに宣言します。
・・・ぼくは父さんみたいな、誰かのために必死で、命がけで守り抜けるような―――そんな優しい人になりたいです。いや、なってみせます。だから・・・とおくから見ててください。かあさんのことはずっと見守っててください」
そこまで言って頭を思いきり下げた。
トリシャもヴィオレッタも八重蔵も、自分たちの視界が一気にぼやけるのを必死に拭う。
そうだった。ユリウスは明るくて、とぼけてて、優しい男だった。アルにはきちんと伝わっていたらしい。
そして振り返ったアルを見て、3人はもう一度目をこすることになった。
強い意思を具現化したように紅い瞳が輝いていたからだ。今までアルがそんな目をしていたことはない。一瞬だが生前のユリウスを彷彿とさせるほどの眼光だった。
八重蔵はフッと微笑んでアルに近寄る。
「じゃあ、帰るか。あ、そうだアル。さっき『お前の親父が英雄だからみんな親切なんだ』みたいなこと言ったけどな。だからってアル、お前に価値がないとかそういう意味じゃねえからな?
お前は良い子、いや男だ。でなきゃ凛華は懐いてねえ。将来ユリウスに負けないくらいの良い男になるぜ?」
八重蔵は鬼歯を見せてそんなことをのたまった。アルはさっきまでの眼光をなくして素直に喜ぶ。
「ほんと?」
「おうよ、まぁ顔が母ちゃん似だから女泣かせにもなりそうだけどな」
「えぇ~ならないよ~」
「ハハハッ、どうだかなぁ。あ、そうだ。凛華が剣やりてぇつってんだけどお前もやるか?こう見えても俺ぁツェシュタール流の大剣術と双剣術の奧伝到達者なんだぜ?」
「つぇしゅたーるはわかんないけど剣はやりたい!かっこいいもん!」
「そうかいそうかい、剣はかっこいいよな。んじゃお前さんが6歳になったら稽古はじめるか」
「なんで6才?」
「凛華にやらせようとしたら、うちの母ちゃんがもうちょっと後からにしろって怒んのよ」
「やえぞうおじさん尻にしかれてるんだね」
「ハハハッ、やかましいわ!あと、稽古中だけはきっちり先生なり師範なり呼ぶんだぞ。メリハリは大事だからな」
「わかった。じゃあせんせーって呼ぶ」
「応よ。無手と弓以外なら任せときな」
「そんなにいろいろ使えるの?」
「昔武者修行であっちこっち行ってたんだよ。ざっと80年くらいだな」
「80!?そんなに色んなとこ行ってたの?」
そんな他愛もない会話をしているアルと八重蔵の前をヴィオレッタとトリシャはクスクス笑いながら歩いていく。
「さっきのキリッとしたアルはどこに行っちゃったのかしらね。まぁあんまり早く大きくなってもらっても可愛がる時間が少なくなっちゃうから嫌だしもう少しあれくらいでいてほしいわ」
「ユリウスの面影が見えたんじゃがのぅ。ま、普段のトリシャを見て育っておればあっちが通常じゃな」
「ヴィー?今のどういう意味かしらぁ~?」
「くくっ、汝は真面目が続かぬじゃろう?」
「あっ、ひどいわよぉ!」
そうこうしている内に墓地の門が見えてきた。
気を抜いていいのはここまでだ。門を抜ければ墓地に張り巡らせている魔獣除けの結界や迷いの術式が切れる。ヴィオレッタとトリシャ、八重蔵は意識を切り替えた。
アルも表情を引き締めて門をくぐろうとしたところで、一陣の風がスウーッと吹き、ふわふわした銀髪を梳くように抜けていく。
思わずアルは目を見開いた。人の手で撫でられたような感覚だったからだ。咄嗟に父の墓石がある方面をバッと振り返る。
――とうさん?
応える者がいないことを理解してはいたが、そう考えてしまった。
――頑張るんだぞ。
再度吹いた風にそう言われながら撫でられたような気がしたアルは「うん」と呟き笑顔を浮かべる。
「アル?どうしたの?」
「そろそろ帰らんと暗くなってしまうぞ」
「どしたー?疲れちまったか?まぁやっぱちと子供には遠いからなぁ」
3人の声に勢いよく振り返ったアルは、紅い瞳を燦然と輝かせて追いつくように走り出した。
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