6話 ヴィオレッタとの楽しい実践授業 (アルクス5歳の夏)

 帰宅したアルクスは母の帰りを待っていた。その紅い瞳が火のない暖炉の上を見る。割れ目を丁寧に継がれた盾と半ばでぽっきりと折れた直剣―――父ユリウスの遺が埃もかぶらずに飾ってあった。


 剣はともかく盾の方はもうまったく武具としての機能は失われていることくらいは子供のアルでも容易に理解できる。月に一度、母のトリシャが大事そうに磨いているの光景を何度となく見てきた。


 さっき凛華の父――イスルギ・八重蔵に聞いた父の死について、どういう状況だったのかなどは教えてもらえなかった。ただ人間に殺されたとだけ。


 それゆえに尚の事気になってしまう。母に訊ねようか・・・?とも思ったが仕事から帰ってくる母にそんなことを聞くのは酷な気がしてならない。


 

 結局その夜、「ふぅ〜。ただいまアル〜、ちゃんとごはんは食べさせてもらった?もう今日はお母さん疲れちゃった〜」と言いながら帰ってきたトリシャを労るだけで、父については何も聞けずじまいのままその日を終えることことになった。



 ***



 翌朝、アルとその魔術の師であるヴィオレッタは西門を抜けた先の草原―――訓練場にいた。ここ最近は吹いてくる風が涼しくなってきた気がする。イスルギ家の者達とはまた違う艷やかな濃紫を帯びた黒髪を風に遊ばせながら、ヴィオレッタは授業を始めた。


「魔力の”状態変化”について説明しよう。魔力には術式や魔法を行使するために必要なとしての側面と――それそのものをという2つの側面がある。前者については魔術の指導とともにやるゆえまた今度じゃ。


 今日は後者―――つまり魔力の”属性ぞくせい変化”と”特質とくしつ変化”について学ぼう。と、言うてもアルはもうすでにそれがどんなものか知っておろう?――――っとアル?聞いておるかの?」


 昨日は少し聞いただけですぐさま疑問を口にしていた弟子が、今は下を向いて書きにくそうにノートを取り続けている。どうにも元気がないように見えた。


「あっ、はい。えと、聞いてます。ちょっと書きにくかったから集中してました」


 ハッとしたようにアルは顔をあげて、師へ問題ないと告げる。昨日のことが気になってしょうがないせいかメモを取りながら考え込んでしまっていたらしい。いけないと銀髪をぶんぶん振って授業に集中し直そうとする。


「ならばよいのじゃが。体調が悪かったらすぐに言うんじゃぞ?では、続きじゃ。まず魔力の”属性変化”についてじゃ」


 ヴィオレッタはトントンと右足で地面を軽く叩いた。訓練場の地面から人型を模した土くれがにょきっと生える。


 その光景にアルは目を見開いた。これは・・・魔術か?それとも今言った”属性変化”とやらだろうか?未熟なアルには一瞬魔力が動いたのを微かに捉えることしかできなかった。


「”属性変化”とは―――読んで字の如く、放出した魔力を特定の属性へ変換することじゃ。その属性には炎、水、風、土の基本4属性があり、他に氷、雷、光、闇の上位4属性がある。その他はない。大抵今言った属性を変化させたものじゃ。


 また氷属性は水の派生、雷は風の派生、光と闇はそれぞれ独立した属性となっておる。これらは基本4属性に較べて扱いが少々難しいゆえ上位属性扱いされておる。ここまでは良いか?」


「えーと、基本4属性と上位4属性っと」


 ノートへ書き記したアルは理解したというように頭をこくこくと振る。そこへヴィオレッタは注意すべき内容を付け加えるべく口を開いた。


「ただし、我々魔族には種族ごとに使えぬとされる属性がある。例えば儂じゃと炎と光といった属性じゃな。使えぬと言われておるが実際はその属性へのというだけじゃ」


「いちじるしく低い?」


「うむ。”属性変化”には魔力の変換効率というものが存在する。これは魔力の保有可能総量に係るもので――――む?小難しいかの?


 よかろう、百聞は一見に如かずじゃ。アル、指先に炎を灯すつもりで魔力を流してみよ。汝の適性が最も高いのは恐らく火じゃ。トリシャは龍人族の中でも炎龍人という種族じゃからな。魔力感知が出来る以上、体内の魔力は感知できるじゃろう?こう

いうのはやってみる方がわかりやすいというものじゃ」


「やってみます!」


 アルはわくわくしながら体内の魔力を指先に集中して炎をイメージする。イメージしたのは前世のライターだ。指先を睨みつけながらぐぐっと魔力を流すと―――。


 ボッと指先に炎が上がった。ライターというよりバーナーのようだ。燃える指先をアルは感動しながら眺めていたが長くは続かなかった。なぜなら、


あっつぅっ!!!」


 指を火傷しかけたからだ。


「集中しすぎじゃアル、指先の保護を忘れておる」


「ほ、保護?」


 フーフーと指に息を吹きかけていたアルにヴィオレッタは解説を入れる。


「うむ、魔力を炎に変えておるのじゃから扱うなら指先に魔力の膜を張っておかねば火傷するのは当たり前じゃ」


「ししょう、そういうのさきに聞きたかったです」


「こういうのは一度痛い目を見ねば覚えぬのじゃよ、ほれ指を貸してみぃ・・・ん、大事ないようじゃの。さて本題に戻ろうぞ。次は――そうじゃの、先ほどの炎を出した感覚で水を出してみよ」


「・・・はい」


 水なら怪我をすることもあるまい。そう思ったアルは指先から水を出そうと魔力を流す――――が、一向に水が出る気配はない。


 魔力を放出しながら炎を出した時の感覚、おそらくあれが属性変化を行うときの感覚だろう。イメージを蛇口から前世のホースにしてもう一度、指先を睨みつけながら力むも――――やっぱり一滴も出ない。


 魔力量が足りないのかと今度は魔力を流す量を上げて、上げて―――――。


「ふっ、ぐっうぅ~、ふぬぅぅぅ~・・・っ」


 ピチョン。


 自身の魔力を6割ほど流したところで一滴だけ指先から水が落ちた。とてつもない疲労感が襲ってくる。


「はぁっ、はっ、はぁ、ふぅ~・・・・」


 息も絶え絶えなアルを興味深そうに見つつヴィオレッタはに移った。


「今のでわかったじゃろう?我々魔族は種族ごとに属性の変換効率が大きく異なる。汝の母でも鉱人族用の大きな酒樽一つ分の水でも出せば魔力がスッカラカンになるじゃろう。ま、これは炎龍人たち全体がこんなもんじゃ。炎龍人たちは水と氷への適性が壊滅的に低いからのう。


 が、どうやら汝は半分は人間の血を持っておるからじゃろうな。使い果たすまではいかなかったようじゃの」


「とうさんの・・・」


 アルは師の言葉でまた昨日の話に流れかけた思考を慌てて振り払って意識を傾け直す。


「うむ、汝の父ユリウスは人間じゃったからのう。人間たちは認識的な意味で得手不得手はあっても変換効率は8属性すべてに対して一定なのじゃ」


「一定?じゃにんげんは使えない属性はないんですか?」


「その通り。認識での得手不得手はあるがの」


「にんしきでの得手不得手?」


「うむ。アルよ、今炎や水へ属性変化を行うときどのように行った?」


「えっと、前世のライター・・・えっと火をつける道具です、を想像して火を出しました。水はホース―――じゃぐちにくっつけるやつです、から水をこう・・・ふんしゃするみたいな―――」


「そう、そんなふうにしたであろう?」


「はい」


 そこまで言われてもアルにはピンとこない。


「はじめて”属性変化”の訓練をする際、基本4属性はすんなりいくことが多い。言うても身近にあるものじゃからな、簡単じゃ。


 しかし、残りの上位4属性は初めての者が想像するには複雑すぎるし曖昧すぎるのじゃ。水の粒が氷になっていく様をはっきり想像できる者はそう多くないし、雷なんて以ての外じゃ。光と闇に関してもそもそもそれが何だと定義できる者の方が少なかろう。


 要は苦戦するのじゃ。それが難しいという印象となって記憶に残り続け、結果認識による得手不得手が出てくるというわけじゃな」


「あー・・・たしかに光とか闇を出してみろって言われてもどうすればいいかわかんないかも?」


「じゃろう?ま、安心するがよい。汝には儂がおるからの。ちと実演でもしてみせよう」


 そう言うとヴィオレッタは先ほど自分で造った土くれの人形へ右手を向けた。アルは興味津々だ。


「水、風、土、氷、闇、雷の順であれに属性魔力をぶつける。よーく観察するんじゃぞ」


 じいっと固唾を呑んでヴィオレッタと土人形を見つめるアル。


 ヒュッバアアアッという音と共にヴィオレッタの指先から、一本の高圧水流が伸び、的を袈裟懸けに斬り下ろした。



 次いで生えてきた的へ「これが風じゃ」という言葉と共にヴィオレッタはヒュッと指揮棒を振るように指を優雅に横一閃させる。土くれの人形は不可視の刃に膝をスッパリ斬られ、バランスを崩してぐしゃぐしゃと地面に戻っていった。



 ヴィオレッタはまた軽く足をトントンとさせて的を復活させ、今度は指鉄砲のような構えを土人形に向ける。ボヒュっという音と共に圧縮して尖らせた土を人形の頭部へ撃ち込んだ。土の――というか岩の銃弾を受けた的の頭はパアンっと弾け飛ぶ。



 アルが瞬きもせず見ていると、ヴィオレッタは「最後に上位3属性じゃ」と人差し指を的へ向けて弾いた。気負いのない動作だ。ヒョォっと空気を裂くような音をさせた細い杭のような氷は胴体だけ残っていた的の心臓部に突き刺さる。人形の背中から氷が生えていた。



 今度は掌が的の方を向く。何かが。影のような、形容しがたい黒い何か。それは的に衝撃を与えず、当たったところから広がりはじめた黒いシミが少しずつ的を呑み込んで、やがてボロボロの土くれを地面へ還す。あれが闇属性魔力。見ただけではやはり定義など出来ない。



 最後に、もう一度土くれの人形を造り直したヴィオレッタはそこへ向けて手刀を切った。バチバチと鳴っている手から青白いいかずちがビイイッという空気を劈く音と共に迸る。


 訓練場の草原を焼くことなく的まで一直線に奔った雷は、その衝撃で的を爆砕せしめ、熱量で飛散した土をガラス状に変化させた。凄絶な光景だ。



 アルは目の前で展開された光景に放心していた。淀みなく的を破壊していった属性魔力による演舞が目に灼き付いて離れない。


「どうじゃったかの?ちゃんと見ておったか?」


 振り返ったヴィオレッタが見たのは、目をまんまるにして頬を紅潮させた弟子だった。実演は期待以上の効果を上げたとほくほくしていると、放心状態から戻った弟子は高揚した様子でヴィオレッタに駆け寄ってくる。


「ししょー!すごかった!ぼくもやってみたい!」


 紅い瞳をキラキラと輝かせたアルは、わくわくした様子を隠す気もなくそんな風にせがんだ。


「くふふっ、そうかそうか。まぁ待つのじゃ。もう一つを教えておらぬ。”特質変化”じゃ」


「ええ~っ、まだなにかあるんですか?ぼくもはやく―――ん?”特質変化”?」


 見惚れていてすっかり忘れていた方だ。アルはそう思いつつも早く教えてくれと言わんばかりに師の方を見る。


「うむ。さっき言った通り、”属性変化”は基本4属性と上位4属性の8属性じゃ。しかしこの世にはもう一つ属性がある。あるというかそれで研究者たちの意見が割れておると言った方が正しいがの。儂は属性に含める派じゃから一属性として扱っておる」


「ふんふん、それでその属性ってなんですか?」


 勿体ぶるなと言わんばかりのアルに苦笑しつつヴィオレッタは続けた。


「ずばり無属性じゃ」


「無・・・属性?前世の創作物でもあったような、なかったような?」


「ふぅむ。アルの前世には魔術なんてなかったと聞いたが、よっぽど想像力豊かな者達がおるようじゃの。まぁ良い。無属性についてじゃが、さっきまだ教えておらんというた”特質変化”。これを習得するのに無属性が必須なのじゃよ」


「どうしてですか?あ、属性魔力はその”特質変化”ができないとか?」


「いや、属性魔力でも”特質変化”は可能じゃよ。応用に当たるがの」


 じゃあなんで無属性魔力が”特質変化”を修める上での基礎なのか?そう聞こうとした弟子を押し留めてヴィオレッタは言葉を続ける。


「アル、儂がさっきやっておったように的へ向けて無属性魔力を放ってみよ」


 そう言いつつ踵でぽすっと地面を叩く。今度はアルの背丈に合わせた高さの丸い土の的が出てきた。


「えーとこんな感じで。やあっ!―――――あれ?」


 アルが放出した魔力は正しく的へ飛んでいったが的を壊すようなことはなかった。というか何の変化も見られなかった。


「ではさきほどの火を当ててみよ。手に膜を張ることを忘れるでないぞ」


 そう言われたアルは恐る恐るライターほどの火を出して掌に出現させる。さっきの火傷が怖かったのか分厚く手を保護することも忘れない。しゅっと飛ばされたか細火は途中で風の中に消えた。


 あれ?消えちゃった。首を傾げるアルに師がもう一度試すように指示を出す。


「もう一度じゃ」


「はい・・・んぅ?なんできえたんだろ。もうちょっと大きくしてみよかな」


 おっかなびっくり火を大きくしつつもう一度発射する。しかし最初より距離は伸びてもやはり途中で消えてしまった。


 飛んでいく火を見つめていたアルはポンと手を打つ。さっきより大きくしたお陰で消えたところがよく見えたのだ。


「そっか!風で消されちゃったのか!えぇっと・・・じゃあもうちょっとこうで・・・熱ぅっ!うぉぉ、わすれてた。んーとこんな感じ、いやもうちょっとこう!――――できた!よーし、いっくぞーっ!おりゃあっ!」


 ワタワタしながら完成させた炎のしめてアルは今度こそ!と的へ向かって炎を。炎の短杭はあやまたず的を捉え、嘗めるように炎が軽く吹き上がる。


「いやったぁっ!」


「上出来じゃ。自分で答えに辿り着くとは思わんかったぞ」


 ガッツポーズをするアルの頭を撫でながら内心ヴィオレッタは驚いていた。言葉で説明するよりも早くアルが”特質変化”を行っていたからだ。


 母親譲りの感性と前世の記憶がうまく作用しあっているのだろう。そう結論付け、ヴィオレッタはアルが変な事をやらかす前に理論を叩き込んでおこうと口を開いた。


「見事じゃったぞ。炎の玉が飛んでいくじゃろうくらいに思っておったが、まさか特質変化を行って炎の槍、いや杭を投げるとは思わなんだ」


「ありがとーございます!――って”特質変化”?いまのが?じゃあ”特質変化”ってかたちを変えることなんですか?」


「概ね正解じゃの。汝に無属性魔力を放射させたのは無属性魔力はそのまま放射するだけでは物理的効果を発揮せぬ、という結果を体感させたかったからじゃ」


「たしかにぜんぜん意味なかった。ぼくがしろうとだからと思ってたけど―――あっ!ん?そのための”特質変化”?」


 師の言葉にハッとしたアルは、疑問形ながらもなんとなく理解する。先程投げたのは杭というに変化させた炎。つまり――――。


「その読みで合うとるぞ。理解が早いのう、アルは」


 えへへー、と照れるアルを撫でつつヴィオレッタは言葉を紡いだ。


「魔力の”特質変化”とは――魔力そのものの形状や濃度、粘性を変化させることじゃ。圧縮させることもある。


 そして汝が行った属性魔力の特質変化とは―――属性魔力と魔力の狭間にあるの形状と濃度を変化させ、最後に属性を固着させることじゃ」


「なんか・・・ふくざつですね」


「言葉にすればの。感覚で覚えておかねば使い物にはならんが、理論は必須じゃ。理論なくして進化なしと言うからの」


 ヴィオレッタに頭を撫でられながら懐からノートを引っ張り出してメモを取るアル。


「ししょう、粘性ってどういうんですか?」


 ふんわりしたイメージしかつかない。そんな疑問を呈する弟子の顔を、ヴィオレッタは更に実演することにした。


「ふむ。では今度は魔力だけで実演してみようかの」 


「普段の魔力はいわゆる気体のような状態でな、実際の気体とは特性が違うが、まぁそのようなものと覚えておけばよい。濃度と形状を変えることで―――」


 ヒュンッという音と共に、再度生成されていた的へ紫紺色をした魔力のダガーが突き刺さる。ヴィオレッタが投擲したのだ。


「これが”特質変化”。今のは無属性魔力を固形に変化させて投げたものじゃ。粘性というのは――――」


 今度はムチのように細く垂れた魔力を出し、刺さっていたダガー型魔力の柄へピシィッと巻き付けた。


 巻きついたムチとダガーが馴染むように一つの魔力へ収斂した瞬間―――先端部から一気に裂ける。そのままどんどん細かく枝分かれしていき、魔力の糸のように変化した。


 ヴィオレッタは魔力の糸を指先から出して、ヒュンヒュンと軽く腕を振るう。的に絡みついていく魔力の糸はキリキリッと音を出し、ヴィオレッタが最後に掌をグイッと握り込んだことでズパズパと的を引き裂いていった。断面のきれいな拳大の土くれがボトボトと落ちていく。


「今のがそうじゃ。ついでにちょっぴり遠隔操作も含んでおる」


「か、かっこいい・・!」


 男の子心を爆熱させるような技を見せた師を、アルはヒーローを見るかのような表情になってはしゃいでいた。粘性について聞いておきながら理解できたのだろうか?


「ぼくにもできるかなぁ!ししょーもっかいお願いします!あと雷のやつも!」


「これこれ、焦ってはいかんぞ。少しずつ訓練しつづければいずれ必ずできるようになるはずじゃ。男の子はこういうの好きじゃからのう。そんなにかっこよかったか?まったくい奴じゃのぅ」


 アルに乗せられたヴィオレッタが今度は別の技を見せてやろうとバリエーションを変え魔力を放出しようとしたときだ。


「あんた達、はしゃぐのはいいけど訓練場の奥ハゲちゃってるじゃないの。そ・れ・と、昼食の時間忘れてない?せっかく作って待ってたのに全っ然帰って来ないんだもの。料理冷めちゃうから持ってきたわよ?」


 ジトっとした眼で文句を言いながらアルの母トリシャがやってきた。昨日は朝から晩まで一日中仕事だったため今日は休みを貰っていたのだ。


「「あっ」」


 師弟共々すっかり熱中して忘れていた。慌ててトリシャに駆け寄って各々おのおの頭を下げる。


「すまぬの、トリシャ。アルがよくできた弟子でのぅ。つい指導に熱が入ってしもうたんじゃ」


「かあさん、ごめんなさい。ししょーがかっこよかったからつい」


「まーったく、そんなことじゃないかとは思ってたけどね。アルどうなの?ヴィーの授業は?」


 呆れたようにトリシャは言いながら息子へ訊ねてみた。昨夜、初めてのヴィオレッタ師匠の魔術授業はおもしろかったと言っていた割に、なんとなく気もそぞろだったのだ。仕事で疲れていてもそのくらいは一目見ればわかる、愛する我が子のことなのだから。


「たのしい!おもしろい!」


 それが、これである。昨夜のあの表情は何だったのかというくらい息子の表情は晴れやかだった。


「あらそう、ヴィーの授業はお母さんのごはん忘れちゃうくらい楽しかったのね~?」


 なんとなーく腹立たしくなったトリシャは、息子の頬を軽くつねりながら嫌味を言う。ジトッと見ることも忘れない。アルの父ユリウスもこの視線にはすぐに白旗をあげていたものだ。


「ふえっ?ち、ちがっ。かーひゃんごべんなさい~」


 慌てるように降参した息子をぐりぐりしつつ気が晴れたトリシャは、


「ほーら2人ともごはん食べなさい。あ、お昼から私も見てていいかしら?暇してるのよ」


 そんなことを言いながらバスケットに入れていた食事を広げて料理を手渡した。


「ん?もちろん構わぬよ。汝がおれば火や光についても教えられるしの。あむっ」


 昼食を受け取って快諾するヴィオレッタに、


「はぐはぐっんぐっ。えっ?かあさんも教えてくれるのっ?」


 料理をパクパク頬張る元気いっぱいのアル。トリシャはニッコリ笑って頷いた。


「ええ、お母さんに任せなさいな。でもヴィーみたいに優しくはないわよ?」


「えぇ~じゃあやだ~」


 素直すぎる息子の頬を再度つねりながらトリシャも料理を口にする。


 こうして和やかなランチタイムは過ぎていくのであった。

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