4話 人狼の友達と魔法 (アルクス5歳の夏)
隠れ里の昼食は、里の中にある食堂やいくつかの共有スペースとなっている広場の煮炊き場に食材を持ち寄ってその場の何人かで摂ることが一般的である。
これは里をつくっていた当時の魔族たちが現場周辺で休憩しながら食事を摂り、またそのまま現場に戻るという流れを連日行っていたところ、そこへその家族が弁当や狩りの獲物などをもって集まるようになり、わざわざ届けて帰ることもないと共に食事をとるようになったことから始まった習慣だ。
種族の関係なくガヤガヤと食事をする風景は隠れ里の象徴とも言える。基本的に単一民族で集まりやすい魔族の中では珍しい光景なのだ。
ヴィオレッタとアルクスはトリシャが今日は里の外まで巡回任務のため食堂で食事を摂ることにした。
「おっ!里長様とアル坊じゃないか!何にする?」
「儂は
「ぼくはそれのあんまり酸っぱくないやつ」
「あいよぉ~」
竜魚とは季節外れの鯉のことだ。脂の良く乗っている魚として知られている。
二人が料理を待っていると、後方から呼び掛けられた。
「おっ、アル」
「ヴィオレッタ様もいらしたのですね」
片方は威勢の良い子供の声で、もう片方は深みのある大人の声だ。
反射的に振り向いたアルは二人を見て、にかっと笑いながら挨拶をする。
「マルクにマモンおじさん、こんにちは」
「よっ」
「ああ。こんにちは、アルクス」
大人――上背のある彫りの深い顔立ちをした筋肉質の男がマモン・イェーガー。そのマモンと似たようなワインレッド色の髪をつんつんさせた、アルより少し背の高い少年がマルクガルム・イェーガー。アルの家とご近所づきあいをしている人狼族の父子だ。
「牙猪の煮物を頼む」
「あいさぁ~」
「今日はヴィオ様もいっしょに食堂か?」
マモンが注文する隣でそう問うてくるマルクにアルは勢いよく答えた。
「そう!今日はししょーの授業をうけてたから!魔術の授業だよ、まじゅつ!まぁ今日からだけどね」
アルの返答はほんの少し尻すぼみになっていたが、午後の授業に思いを馳せているのか上機嫌なことに変わりない。どうやら期待していた通り魔術は楽しいらしい。
「へぇ~、ってことは毎日やってたあの訓練合格したんだな。そのうちおれにかっけー術とか教えてくれよ」
「えぇ~まぁかんがえとく」
「なんか返事がつめたいぞ!たのむって~」
「さっきマモンおじさんがたのんでた
「あっ、きたないぞ!足もと見やがって!」
「あはははっ」
少年2人がやいのやいの言っていると先ほどから子供たちの会話を黙って聞いていたマモンがおもむろに口を開いた。
「アルクス、昨日ヴィオレッタ様から話は聞いた。あいつとトリシャの子だから特に心配はしてないが、何かあったらヴィオレッタ様や俺たちに声をかけるんだぞ?」
「はぇ?うん・・・?じゃないや。はい?」
でいいのかな?というか何かあったら?なんだ転生者ってイジメられたりするのか?そんな表情を浮かべてきょとんとしたアルをマルクガルム―――マルクは横目で見る。
直前の会話にしてもこのアルは今まで接してきたアルと特に変わりないように見える。精々しゃべり方がすこし賢そうになったくらいだ。
そう感じた上でマルクは昨夜ヴィオレッタから話を聞いた時から考えていた最も重要な質問をアルに投げかけた。
「なぁ・・・アルはアルのまんまだよな?」
「あったりまえじゃん。どしたの?」
「そか。そんならいいや!」
心配して損した。そう思ったほど幼馴染の回答は即答を極めていた。どころかおかしなものでも見るような目で見てきた。
このヤロウは・・・。マルクはイラっときたようなスッキリしたような顔で出てきた牙猪と芋の煮物をぱくつき始める。
「あっ、牙猪ひと切れはさき払いだからな」
人の気も知らずに肉をひと切れ寄越せとのたまうアル。
「おい、それはなしだろ。教える時にも絶対なんかよーきゅーする気だろ。竜魚ひと口と交換だ」
「ほい」
アルはつけ合わせの人参をマルクの皿へ乗っけてやった。タンパク質をやる気はないらしい。
「んじゃほらよ」
マルクは予期していたのかアルの皿へ芋を移してやるのであった。
「にゃろう」
「お前が先に始めたんだからな」
ぶーぶー言い出すお子様2人をヴィオレッタとマモンは苦笑しながら眺める。一時はどうなることかと思ったが変にこじれなくて良かった。そんな思いが子供たちに伝わることはない。
アルとマルクの幼馴染コンビは「食べ物で遊ぶんじゃありません」という軽いお叱りを受けるのであった。
***
研究室に戻った二人は食後のお茶を飲みつつ、ややまったりとした雰囲気で午前の授業を再開した。
「午前中に言っておった魔法について解説をしようかの」
握っていたカップをノートと筆に持ち替えたアルはすぐさま質問に出る。
「魔術と分けるくらい違いがあるんですか?えーと、そう、定義に」
「うむ、ある。”魔術”とは―――鍵語や触媒を用いて術式を書くことで望む現象を引き起こす”技術”じゃ、さきほども言うたの」
「はい」
「魔術も魔法も魔力を消費すること自体は変わらぬ。じゃが、”魔法”とは―――我々魔族や一部高位の魔獣や魔物のみにしか使えぬ、種族固有の”特殊能力”のことを指す。人間や獣人族には使えぬものじゃ」
ノートをとっていたアルは師の言ったことをすぐさま書きつけた。そして書いた言葉の意味を理解した途端すぐさま手を止め、師へと問う。
「”特殊能力”って・・・それよりもししょー、魔法ってもしかして半魔族のぼくにはつかえなかったりしますか?」
「正直に言うと―――わからん。これまで前例がないのじゃ。まったく発現せぬか、中途半端に発現するか、はたまた別のカタチとなるか。こればかりは汝がはじめて発現させたときにしかわからぬ」
「いつ発現するものなんですか?」
「種族ごとに違うものでのぅ。トリシャは龍人じゃから”肉体変化”系統の魔法じゃ。”肉体変化”を行う種族は大体汝くらいの年齢から10才くらいまでの間じゃったはずじゃ」
むむむ、まだそんな兆候なんか一切ない自分にはやはり魔法はつかえないのでは?そう思いつつも興味を抑えられずにアルは訊ねた。
「母さんの魔法っていったいなんですか?」
「トリシャたち龍人の魔法は『龍体化』という。肉体に、かつて存在していたとされる龍の鱗や牙、爪、角が生え、身体能力の底上げ、属性魔力の砲撃や魔術に対しての耐性が劇的に上昇する。いわば戦闘形態への移行じゃな」
戦闘形態!?絶対かっこいいやつじゃん!聞かなきゃ良かったなぁ!知らなければ使えないんだからしょうがないか、くらいに思えたのに!なんて迂闊なやつなんだ、アルクス!
アルは心中で己を罵倒した。
「言うておくがどの種族も龍人たちのような戦闘に用いられるような魔法というわけではないからの?地味なのも多々あるのじゃぞ。それにまだ使えぬと決まったわけでもなかろう?」
心から後悔するアルにヴィオレッタは同情するような顔を向けてそう述べた。
「じゃあ使えなくてもぼくバカにされたりしませんか?」
明らかに慰めの言葉である台詞を聞いてアルは軽くいじけながら言う。
「安心せい。汝をバカにするようなたわけ者がおったら儂自らが里から叩き出してやるわい」
ヴィオレッタは可愛い愛弟子の銀髪をくしくし撫でながら不敵な笑顔を向けた。
頼もし気な師を見てアルは少しだけ安心し、持ち前の切り替えの早さと前世の記憶を頼りに決意を新たにする。
魔法が使えないかもしれない自分のせいで師や母が馬鹿にされたりしないよう少なくとも魔術は頑張ろう、と。
紅い瞳をきりっとさせたアルを見たヴィオレッタは、艶然と微笑んだ。聞かなくとも何を考えているかくらいわかる。
「まぁ、今日の講義はこんなところにしておこうかの。明日からは実践と座学を繰り返していくからの。よーく休んでおくのじゃよ」
「はいっ!」
「うむ。まだ日の沈まぬうちに帰るがよかろう」
「ありがとーございましたっ!」
勢いよく頭を下げたアルはノートを大事そうに抱えてヴィオレッタの家を出ていく。里を一直線に縦断する帰路は子供には少し辛い距離だが、アルの足取りは軽いものだった。
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