第25話 地味石ミリーは選ばれない 




「──よし! さよなら、母国!」



 あれからしばらく。わたしは堂々と母国の門を出た。

 少し離れたところには、エリック・マーティンさん。北のスレインの陛下さまで、わたしの……相棒・・だ。



 あの後──気力という気力を使い切ったわたしは、昏々と眠り続けたらしい。真っ暗な闇の中、一筋の光にナイフを振り下ろしたところまでは覚えているのだが、その次はベッドの上だった。

 


 はっきりと起きた瞬間、エリックさんに震えながら抱きしめられた。

 あれも夢だったのかと首をかしげるが、思い出しても血流がよくなるぐらいには現実だった。


 ……頼むから、「まるで愛する人が復活したような勢いで相棒・・を抱擁しないでほしい」。息の根が止まる。

 

 

 それらをぎゅうーっと圧縮して、ぽわぽわする頬に両手で喝。少し離れた場所でお供のヘンリーさんを見送る彼に近寄ると、わたしは──腕を組み〈生意気〉をかたどり彼に言う。



「──っていうか、おにーさんも酷くない? あれほどセント・ジュエルの人だって言っておいて、翻すかな、普通?」



 ジト目で聞くわたし。視線に若干の不満を込めるが、それも肩透かし。

 彼は目を見開き小さく笑うと、ため息交じりに肩をすくめ、



「……「記憶違いだったかも」って思ったんだよ。あと、視野が狭かった。思い込んでしまえば、他が見えなくなるだろ? 考えを改めたんだ」


「おかげさまで振り出しじゃん~、いいの? スレインの政治はいいのかなあ~?」

「……それ、君にもそのまま返してやろうか」

「わたしは追放されたのでいいのですぅ~」



 悪役の笑顔で小首をかしげられ、そっぽを向いた。


 あれから、お父様には「ここにいてもいいぞ」と言われたが、まっぴらごめんだ。散々地味石扱いして笑い者にしてきた挙句、追放した相手にどの口が言うのかという話である。


 瞬間的に蘇ったもやもやを、ため息に乗せて吐き出して。わたしは肩越しに振り向き城門を見上げると、



「まあ、魔防壁に頼りっぱなしだったこの国も、これを機に兵力考え直すっていうし。平和ボケした国にはいい薬だったんじゃない?」

「君がそれを言うのか?」

「わたしだから言うんです。他国の人が言ったら悪口だからムカつくけど」



 くすくす笑う彼に固く答えるわたし。母国に対する評価というのは複雑だ。自分で言うのはいいけど、他人に言われるとたちまちムカつくのは何故だろう。


 そんな複雑を抱えつつ、城に背を向け一歩踏み出そうとして──、わたしは、ぴたりと止まり、彼を見上げた。


 ……この先一緒に行くことにはなったけど。

 でも……本当にいいの?

 迷い、不安な気持ちは、そのまま口から滑り出していく。



「……あの、……おにーさんこそ、いいの? わたし、一緒に行くよ?」

「? なんで?」

「もうわたしに使える要素・・・・・、ないよ? 食い扶持が増えるだけだよ?」



 ──そう。

 彼と一緒に行くことになったが、冷静に考えたら、今のわたしは「ちょっと料理が出来るようになったただの女」だ。剣が使えるわけでもない・武術ができるわけでもない。探し人への手がかりでもない。

 条件を並べ立てても、マイナスしかない。

 不安なわたしに、彼は答えた。



「…………ああ、いいんだ」



 わたしの不安を拭い去るように、穏やかな微笑みを変えずに応える彼。

 そんな表情に心が緩む。迷いのない言葉に胸がときめく。


 ほんわりとした安心と輝きを感じるわたしの前で、彼は青々とした草原を背負い、朗らかにほほ笑むと



「「──どこを旅するかより、誰と旅をするか。人生をどのように彩り、豊かなものにするかは、隣にいる人で決まる」。君と居ると、そう思えるから」

「…………ウ。うん…………」



 優しく言われてに、つっかえながら頷いた。


 ……もう。

 ほんと、期待するような言い方する。

 特別みたいに言わないで。

 もう、ほんと、もうっ。

 ……最初の「君が欲しいもそうだったけど、この人、ずるい人。

 


 ──”とくとく”とウルサイ心を必死に納めるわたしの前で、彼はというと──未来を見据えたような顔で語るのだ。



「……どのみち、俺はそのうち、城に勤めなければならない。それまでに少しでも見聞を広めておきたいし──、それに……」



 穏やかに目を伏せ、一拍。

 その整った容姿に意地悪を乗せ、わたしの顔を覗き込むと、



「──どこの世界に「命の恩人の頼みを反故する」人間がいるんだ? 俺、そんな薄情な人間に見える?」

「────……」



 ためすように問われ、一拍。

 目を丸めるわたしに、信頼と冗談の混ざった眼差しが入り込み──


 ……ふふっ。

「……見えないことないかな?」

「────フ! 言うじゃないか」



 裏に大好きを乗せて笑った。

 吹き出す彼に、わたしも笑う。



「ね、いこ? おにーさん!」

「はいはい、じゃあ、どこに行こうか」


「とりあえず北? 化生けしょうの悪影響の確認したい!」

「スレインに行くか? 本場・・が見れるぞ?」

「うわあ~!」



 軽口をたたきながら、二人並んで歩きだす。






 ──わたしね?

 彼と一緒に〈彼女〉を探すんだ。

 エリックさんが生きる力をくれた人。

 彼をここまで導いてくれた人。


 その人にお礼を言いたい。

 ──「あなたのおかげで、わたしは世界を知れました」って。


 それと……

 一緒に居ればそのうちチャンスが回ってくるかなーって……密かに思ってるのは、わたしだけのひみつ。






☆☆






 ──それは、旅立ちの日。

 彼、エリック・スタイン陛下は、城門の内側でひそかに胸を躍らせていた。


 意識せずとも頬が緩む。

 鼻歌まで漏れ出しそうだが、そこはぐっと堪えて荷物を詰めた。


 まずはどこに行こうかと想いを馳せる彼の、その頭の上から。聞きなれた側近の声は、確認する色で降り注いだ。





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