第24話 しずくも いしになるんだよ
──「その顔、見たくなかった」と言ったら噓になる。
平気なふりして話してるけど、本当は怖い。
でも、やると決めた以上、怖がる様子なんて見せない。
……と決めたのに。
王国の霊廟・ぽっかりと闇を湛える墓の前。大きな声でわたしの名を呼んで、現れたおにーさんに……心が揺れた。
「──ミリア!! 君に聞きたいことが……ヘンリー……!? そこで何してる!」
「あ。」
焦りと動揺。息を切らせて寄る彼に、ひとつ。わたしは思いついたように相槌を打ち、すぅーと大きく息を吸い──
「おにーさーん! ちょっとわたし、底までいって一矢報いてくる〰〰!」
「──は!? 何言ってるんだ! 無理だ! ふざけるな! そこを離れろ!」
手を振るわたしに慌てて駆け出すエリックさん。それに呼応するように、後ろで闇が蠢き瘴気を放つ。
──ああ、これが「引き寄せ」かぁ……
イーサで感じた恐怖より、よほど強烈な悪寒が走り抜け、震える手足に力を込めた。
呑まれぬよう息を吐く。
彼が来るほど、恐怖が増していくのを感じながら。
「スタインが
「──わかんないじゃん」
血相を変え叫ぶ彼を遮った。
「一滴の水だって石になるんだよ。『絶対ないなんてありえない』」
「……ミリア……!? やはり、君は!」
「違うよ、無理しようとしてないよ? 勝算があるから言ってるの。無駄死にするわけじゃない。条件は満たしてる。鉱物の剣だってここにあるし」
「……それはッ……!? ──待て! 待てッ! 頼むッ!」
言いながら引き抜いたのは、わたしの大事な
──さあ、いこう。
モリオン・水晶・天眼石。ブラックオニキス・マラカイト。紫水晶にパイライト。黒曜石にヒスイ。お守りにサーペンティン・スモーキークォーツ・それと鍾乳石。
昔から、ねえさま達が転がした宝石や、愛されてない石を撫でるのが好きだった。くすんで色が悪い子・小さなゴミの入ってる子・色合いがおかしな子。みんな時間をかけて撫でると、綺麗に光を放ったり、艶めいてくれる。
石は、気持ちに応えてくれる。
ずっとずっと愛していくと、すごく煌めいてくれる。
それをここで使うのに、後悔はない。
犠牲になる気なんてさらさらない。
命を差し出すなんて絶対嫌。
でも、可能性を試さないのはもっと嫌。
セント・ジュエルの名において、大地が育みし
「────エリックさん。必ず帰ってくるから!」
生き抜くのなら、貴方も一緒。
すべての可能性を抱えて、わたしは床を踏み切り飛び込んだ。
//
怖い、怖い。何も見えない。見通せない。
落ちてる? 浮かんでる? それもわからない、暗い、
さっきまでの気合いも威勢も吸われたみたいに震えが止まらない。こわい、こわい。なんで? なんでどうして? 気持ちはあるのに体が言うこと聞かない。
落ちゆく中、エリックさんの『無駄だ』が脳に響く。お父様の『追放』が蘇る。
わたしが何してもダメ? やっぱり役になんて立てない? 大好きな人を生かしたいだけ。生きててほしいだけ。
暗澹が囁く。『愚かしい人の子よ』。
記憶が囁く。『地味石みりー』
悍ましいその声は、わたしの奥底に響いて────
「────ミリア! しっかりしろ!」
「──!」
ガクン! とお腹を掴まれた衝撃とほぼ同時、聞き慣れた声と背中を包む暖かさに、わたしは大きく息を吸い込み顔を上げた。
……いま、なにして……?!
焦点の合わぬ目で周りを一蹴、怨嗟飛び交う闇の中であることは代わりないが、さっきより
「──おにーさん!」
「待てと言っただろう! まったく、世話の焼ける!」
肩越しに振り向くと、そこには”いつものおにーさん”。
険しさの中に、挑発と決意を混ぜ合わせながら、奈落を見据え声を放つ。
「”暗澹たる闇を裂き、核を貫くは御影の魂”って言われてるんだよ! 怨嗟を抜けられるのは
「……つまり最初からわたしじゃダ」
「──だから、
「……!」
頼もしい言葉と熱に、胸が震えた。
背中から伝わるあたたかな体温・彼の鼓動。
両掌を包む、彼の手の力強さ。
────ああ、うん、怖くない。
闇の向こうに光が見える。
怨嗟の声だって全然平気。
大丈夫。絶対大丈夫。
生きる。生きる。絶対帰る!
「しっかり握れ! 構えろ! 貫くぞ!」
「────うん!」
闇を裂き、力強く頷いて、持てる全てを、叩き込んだ。
-
夢だったのか覚えてない。
どろっとした頭の中、ぼんやり見えたまぶたの向こう。
おにーさんの、わたしをよぶこえと、おちてきたしずく。
それ かんじながら おもってた。
しってた? しずくも いしになるんだよ
いってきの みずがね いしになってね
なにかをおおきくかえることも あるんだよ
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