第7話 たっぷりと可愛がってやる




 わたしは好奇心旺盛な子どもだった。

 王族としては『はしたない!』と怒られることも、平気で聞いたりやってきた子どもだった。おかげで散々怒られたし溜息をつかれたし、教育係のロウェンはさぞ大変だったと思う。


 けれど、そんな好奇心も、悪いことばかりではない。


 わたしは覚えていた。

 このイーサの町役場は、一番大きな建物だってこと。昔、ここのお姉さんに聞いたから間違いない。


 おにーさんの「訪問記録は街の中枢に集約される」という情報と、わたしの記憶をすり合わせ、わたし達はイーサの奥……中枢を目指した。


 けれど問題は──、その建物までの道順を知らないってことと、町のあちこちで道が塞がれていることだった。


 ずっと見えている大きな建物を目指して進んでいるのに、一向に着かない。

 見えるのに着かない。

 見えているのに着かない。

 案内板も無ければ地図もない。

 人がいれば聞くこともできるが、そもそも人がいない。


 普通の道だと思って進めば行き止まり。

 かつて道だったところも、建物が崩れて行き止まり。

 

 あまりにも道がしていないので、「いっそがれき登る?」とヤケクソで聞いたら「危ないからやめろ」だって。


 ……それは正論なんだけど、正論なんだけど。

 ああもうめんどくさい~!


 ──なんて文句を転がしながら。

 寂れた街を歩きつつ、さっきの剣のかけらをにぎにぎするわたしに、彼・エリックさんの声は、少々ぶっきらぼうに飛んできたのだ。



「なあ、さっきから気になっているんだけど」

「はいっ。なんでしょうかっ?」

「ナイフのかけらなんて拾ってどういうつもりなんだ? そんな爪の先サイズにも満たないもの、どうにもならないだろ」



 勢いよく答えて目を向ければ、不可思議だと言いたげな顔。


 んまあ、確かにそうである。

 砕けた剣のかけらを拾ってにぎにぎするわたしは、彼にとってさぞ不思議な女にみえるだろう。しかし。


 わたしは、手のひらのそれを指でつまみあげると、



「────んー。この子、もとからそんなに元気なかったのかな? って見てる」

「────は……? ………………げ、げんき………………?」



 あ。引かれてる。

 思わず足を止めてしまうぐらい驚いたよ―である。

 

 「あれ? 忘れちゃった?」と、わたしが口に出す前に。おにーさんの、「大丈夫かコイツ」と言いたげな視線は遠慮なく降り注いできた。



「何言ってるんだ? だぞ?」

わたし・・・。石の元気がわかる姫。しょうにゅうせき。そういう力、ある。おにーさん、教えてくれた」

「……エリックだ。……と、言うか……なんで片言なんだよ?」

「そういう、キブン」



 不可思議だと言わんばかりの顔に、平たく固い口調で答える。


 ……なんというか、『自分のしたことは忘れるけど、された方は覚えてる』をまんま体験している気分だ。わたしの鍾乳やどり石には、石の力を引き出す力があると教えて(調べて?)くれたのはおにーさんなのに。


 ……まあ……

 セント・ジュエルで、地味にこーっそり役に立っていただけで、外に出たら何の役にも立たない力であることは変わりないので……。そんなものなんだろう。


 と、心の中で誰かに言いつつ、わたしは先ほど壊れてしまった鉱物の剣の一部かけらを手のひらに置くと、彼に見えるように差し出して、



「ほら。この子、くすんでるでしょ? たぶん元気なかったんじゃないかなって思って」



 同意を求めるように言ってみたが、彼から返ってきたのは心底訝し気な顔。彼はその視線を、石からわたしに向けて言う。



「……君の力は理解しているよ。しかし、この石に・・元気があるか・・・・・・無いか・・・と言われたら・・・・・・、俺にはわからない」

「あ。そか。……伝わらないか、うーん……」

「君が握って見せてくれたあの石のように、見るからに変化があればわかるとは思うけどな。…………ただ」



 わたしの手のひらに目を落とし、唸る彼は、そこで一息。

 そっとかけらを拾い上げ、天にかざして呟いた。



鉱物の剣こいつも、早々と君に預けていたら、失わずに済んだかもしれない……」

「まだあったりする? 鉱物の剣。預かろっか?」



 軽く言ってみた。

 けれど、やっぱりおにーさんは難しい顔で首を振るのだ。



「…………いや、えーと。それはもともと、お守りがわりに持たされていたもので……、軽々しく他者に…………いや……、正……の……が戻った暁には…………」

「ん??? なんて?」



 掌の中でぼそぼそ聞こえてくる独り言に聞き返してみたが、反応は変わらなかった。難しい顔で首を横に振る。「──いや。何でもない」と、それ以上・・・・・を濁す。


 その距離感・・・・・に、わたしはくうを仰いだ。


 ……まあ──、良いんだけどね~。

 わたし、 『人探しに協力する』ってだけで、この先のことも考えてないし。おにーさんともいつまで一緒に居られるかわかんないし。わたしも「とりあえずイーサ行ってみる?」ぐらいの軽いノリでしかなかったし。その先を問われたら『わかんない』の一択だし。


 ──ま、先のことは先でなんとかするとして。とりあえず訪問記録から、彼の〈思い出のあの子〉の洗い出しを……と、考えているわたしの隣から。その声は、唐突に、しかしはっきりと降り注いだのだ。

  


「戻った暁には、たっぷりと・・・・・可愛がって・・・・・やる・・としよう」

 …………う。

「…………ミリア? どうした」


 

 そのトーンに、思わず目が行った。

 不思議そうなおにーさんを凝視する。

 

 石のことだとわかってる──けど。

 言い方。言い方が。言い方が、ね? まるで、あの、『貴族か王族が妾に女の子迎えた時のそれ』でね? 色気と責任感とイロイロ混じったように聞こえて、わたし、今、反応に困ってル。


 ──を込めてみるが、おにーさんには伝わらない。ので、なるべくなるべく平坦に。頬に力を入れて、言葉を選んで、……いざ。



「──や。『可愛がってやる』って、おにーさんが言うと、チョット。アノ。意味が違うって言ウカ。ナンテ言うか。」

「──へえ?」 



 瞬間、小首を引いて嗤う彼。

 すぅ……っと目を細めて、覗き込むようなしぐさでわたしを覗き込むと、悪い顔で笑い、



「世間知らずのお姫様も、そういう知識はあるんだな?」

「ふ、ふうーん? からかいのそーいう顔するんだ? いちおう? おとなですし? 本とか読んでますし? おこちゃま扱いしないで頂けますこと??」



 腕組みで言い返した。

 負けたくない。

 箱入り娘だったしそれ系の経験ないけど、でも、こうやって言われたら反論する一択である。

 しかし、彼はむしろ愉快が増したようで、くすっと顔を反らすと、楽し気な目でちらり。



「──ふ! 虚勢は良くないよ、ミリア王女」

「……しっつれいな……! はい、不敬ー。不敬罪~。はい、処す~。処す~」

「おお、怖い怖い。俺はどんな罪を科せられてしまうのだろうな?」

「〰〰〰〰〰〰〰……っ!」



 完全に小ばかにしているヤツに手をワキワキするわたし。


 …………こいつう!

 かんっぜんに楽しんでる…………!

 やっぱり意地悪。

 やさしーけど意地悪。

 わたしをからかうことに楽しみを見出しているイジ・ワル男。


 ……このやろう…………


 ──はっ! いけないいけない、駄目よ、ミリー! お口が汚いわ!

 わたしはこれでも王女。

 王族として、貴族として、粉みたいな矜持でも、捨てずに日々を過ごさなくてはッ!


 ──なんて、自分を正しているわたしの隣で、おにーさんはというと……打って変わって、真剣な面持ちだ。


 その美麗カラットの顔立ちに『難しさ』を滲ませ、顎を握りながら黙々と歩く。さっきまでの意地悪な色はどこにもない。メリハリがはっきりしているというか、すぐに真面目に戻る人である。


 ……こういうところを見ると、わき腹を突いたり、後ろ首を触ったりしたくなる。えいえいってしたくなる。したくなる……けど。


 それらをぐっと我慢して。

 何考えてるのかな~とチラチラするわたしの視線に気が付いたのか、彼は、ゆっくりと顔を向け、おもむろに言い放ったのだ。



「────君には、君の人生がある」

「なんのはなしですかっ!?」




 突拍子もない彼の言葉に勢いよく返すわたしは、知らなかった。

 この言葉の意味も、彼が背負った背景も。





 ★





 二人揃って呆けていた。

 時計塔と花畑の街、イーサ。

 基本、どんな街でも村でも、訪問履歴や帳簿など街の運営に関わることはすべて、役場か資料庫に保管されているものだ。


 そしてその建物は、一番大きいのだ。昔、お姉さんに聞いたから知っているのだ。


 だから、来れば情報があると思っていた。

 しかし。



「……ごめん、まさか、上しか残ってないなんて……思わなくて……」

「……見事に吹き抜けているな」



 ぽかーんとするわたしの隣で、腕を組んで状況を述べてくれたエリックさんに無音をかえした。


 町役場だったそこは、外壁しか残っていなかった。

 ……まるで、中を繰り出したような壊れ方。

 世界には、こんなふうに建物を破壊できるナニカがあると思ったら怖い。 



「……ねえ……これも化生けしょう世廻よめぐりの仕業……?」

「いや、賊や野党どもの仕業だろう。化生けしょうにこんな、建物を抉り壊す力は無いよ」



 見上げて一歩、踏み出すわたしに答える彼。

 その声色に疲れの色が混じっているのを感じながら、わたしは、それを跳ね除けるように「すぅっ」と息を吸い込むと、

 


「……破壊することないじゃんっ。壊していくことないじゃん~っ!」

「……大方、保管されていた情報と共に金目のものでも盗んでいったんだろ? ついでに壊して楽しむのも奴らの習性だ。……人の皮を被った獣めが」


「う、恨みたい気持ちはわかるけど、語気が強くてドキっとしちゃった」

「────はあ……、馬鹿馬鹿しい」



 その、心底うんざりした様子に、口を閉ざして彼を見るわたし。


 ちょっと、違和感だ。

 おにーさん、今わたしの言葉を流した。

 今までならちゃんと拾ってくれたのに、そこに気が回らないほど、野党や盗賊の行いに腹が立ったのだろうか。

 

 それとも、この状態から探し出すことに馬鹿馬鹿しさを感じた?


 そう、思考を巡らせて見つめた|彼は、彫刻のようなお顔に怪訝と不愉快を乗せ──更に研ぎ澄まされた空気を放っていた。


 …………うーん。まあ。「触らぬおにーさんになんとやら」、だよね。



「……困ったね……、こんなボロボロじゃ、〈思い出のあの子〉の情報出てこないかな……?」

「…………」



 空洞の廃墟に足を踏み入れ、わたしは、手近な紙束に手を伸ばす。


 言い出しっぺのおにーさんは、後ろで腕組みご立腹みたいなので、ほっとく。気分が治ったら探すでしょう、会いたいのはおにーさんなんだから。



「この辺には無いと思うけど~、少しでも見てみよ。〈思い出のあの子〉、〈思い出のあの子〉、〈思い出のあの子〉……、まずこの紙、訪問帳簿じゃないみたい? なんだこれ?」

「────なあ。ちょっといいか」

 


 ばらばら、さらさら……

 持ち上げた瞬間、灰のように崩れ去る、本だったなにかの向こう側から。

 心底「なんでだよ」と言わんばかりの声で呼ばれて振り向くと、やっぱりそこには想像通りの顔。


 さっきまでの怒りや苛立ちとはまた違う「なんで?」で顔を染めた彼は、腕を組み、眉をくねらせ小首をかしげて、



「……〈思い出のあの子〉って……。その言い方はやめてくれないか? 少女趣味な表現だし、まるで俺が、彼女に夢見て恋焦がれているみたいじゃないか」



 え?



「だって好きだったよね? その子のこと」

「────はっ?」


「好きだったよね? その子のこと。っていうか今も好きだよね?」

「はっ? え? ちょ、──はっ???」





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