第2話 艶ですね






 ──《鍾乳石》。洞窟や地下に生えてる石で、結晶が固まったやつだ。

 ダイヤや水晶のように透き通っていたり、角度で色が変わることもない、地味な石である。


 宝石の国・宿り石でカーストが決まる国で、そんな地味石を宿したわたしの身分扱いと言ったら、説明するまでもない。誰に見せても恥ずかしくないぐらい、雑な扱いを受けていた。


 

 が、そんな石でも石は石。

 それなりに大切に育て(?)、こんにちまですくすくと大きくなったのである。


 …………わたしが。



 それらの秘密を、ざ────っと。

 鍾乳石を誂えたペンダントを渡して説明するわたしに、顔面美麗カラットのおにーさん・エリックさんはというと──呑み込みが早かった。


 門外不出の鍾乳石を、手元でころころ。

 じっくりと見つめて、



「……鍾乳石……、へえ……これが……聞いたことはなかったな……」

「だよねえ、地味だもん。ダイヤモンドやサファイアは有名だよね。それには到底、美しさも華やかさも魔力も劣るんだけど、わたしの大事な宿り石いしだからさ、それなりにちゃんとやってきたんだよ?」


「魔力? 魔防壁だけじゃなくて?」

「退魔の力が宿るのとか、幸福な気持になれるのとか、それなりの効力を持つ石を宿す人が、可愛がられておりました。わたしは論外でございました」



 疑問にスン顔で答える。

 ジワリと哀れみを醸し出されている気もするが、そこはスルーである。


 あまり、可哀そうと思われるのは好きじゃないのだ。

 別にわたしは自分の扱いを理解していたし、自分的ランキング「役に立たない石宿いしやどり王女NO1」として、堂々と、やることはやってきた。

  

 ──そう。

 やることはやってきた。

 言いつけだって守ってきたし、ちゃんと大人しくしていた。

 洞穴の自室で石を数えたりしながら、お城の中に居たのに……っ!


 も──────っ……!


 思い出し、ふつふつとむくれるわたしの前で、エリックさんは平静だ。一通りペンダントを見つめた彼は、それをこちらに手渡すと、口元を押さえ目線を巡らせ、考えながらモノを言う。



「……「ちゃんと」……か。そうか。……セント・ジュエルの公務など、俺には想像もできないけど……なにをしてたんだ? 祈祷したり、力を放ったり?」

「んっ?」



 固まる。

 えーと。なにって──……



「…………──いやっ?」



 首をかしげた。

 祈祷とかしたことないね?



「? え?」



 それに眉をひそめ首をかしげる彼。

 走り抜ける疑惑の空気。

 滲み出る「それじゃ仕方ないだろ……」な雰囲気に、わたしは、手をそえて、説明、した。



「「そこに、存在していた」」

「……いただけ?」


「──…………だって特に何にも言われなかったし……おうぞくだし……お外でないし……」



 ぼそぼそと答えた。

 言われてみれば「ちゃんとやってた」とは言えないかもしれないという思いが沸き始める。


 ……でも、「出るな」とは言われたけど、他に特に何も、そういうの無かったし……なかったんだもん……



 ──そんな声が、滲み出ていたのだろうか。

 つんつん指を突くわたしに、おにーさんの、じとっとした視線と声は降り注ぐのである。

 


「……役に立てていたと言えるのか…?」

「あ! あ! そういう目で見る! わたしだって特技あるもん! ありますし!」



 言われ、胸を叩いて言い返した!


 そう思われても仕方ないことは仕方ないが、おにーさんの『怪しいんだけど』な顔は心外だ! わたしだって! 特技ぐらいあるもん!


 それを証明するべく、わたしは勢いよく彼に聞く!



「石! その辺にふつーの石、無い? 石!」

「──石? 外で拾って来いよ。ごろごろしてるぞ」



 心底興味の無さそうな返事をしり目に、ベッドから這い出て急ぎ小屋の外へ。若干ふらつく足は無視。適度な石を拾って砂を落とし、はい!


 ──じゃじゃ~ん!


「──はいっ! 本日ご用意致しましたは「普通の石」でございます。種も仕掛けもありません~」


「……曲芸でも始めるのか?」

「はぁい、よく見てくださーい? くすんでいますね? これにわたくしミリアの真心と愛情を添えて」

「………………」



 あきれ顔はスルー。

 ここは「押し切れやり切れ見せつけろ」。

 にっこにこ笑顔で、はい、見てください!



「ぎゅってしたら出来上がり! はいみて、艶が出た! ねっ? 艶でた!」


「…………艶、出たな。」

「艶、出たでしょ?」


「…………艶、出たな。」

「────艶、でるんです。」

「艶ですね」

「つやです」


「「……………………………………」」


「──ねえその全力で「だから何だ」って語るのやめてくれないっ? 地味に傷つく! 特技なのにー!!」

「……別に、そんなこと言ってないだろ」



 落ちた沈黙が耐え切れず、勢い良く物申すわたしから顔を反らし息を吐く彼。

 くう! ほら、ちょっとこっちみて!



「これ! 純度の高い子ならちょっと動かすことぐらいできるんだから!」

「へえ。そうですか」

「やろうか!?」

「危ないから結構だ」



 スッパーンと却下され、拳をぐーにした。


 こ、こいつ……! こいつっ……!

 わたしの「秘儀・つやつや変化」をみても顔面彫刻のまま微動だにしないなんてっ……!  今までみんな褒めてくれたり驚いてくれたのにッ……!


 ああっ、無駄につやつやになった石が悲しい。

 無駄につやつやしてる。

 ねえ、このいたたまれない気持ちをどうしたらいいのっ? たすけて艶の石っ!


 つやぴかの石に、うるうるを送るわたしの隣を、さらっとするっと通り抜けて。少しばかり距離を取ったエリックさんは、言うまでもなく平静なのである。


 呆れ眼でこちらを一瞥いちべつすると、そのまま溜息を吐き、顔に渋みを押し出して言うのだ。



「……病み上がりなのに騒がしい姫君だな」

「役立たずじゃないもん。」


「泣くかむくれるかどちらかにしてくれる?」

「女の子の感情は忙しいんですっ」


「……「女の」?」

「うっさいうっさい! オトナだけどいいじゃん別にっ! もお!」



 呆れと小ばかにしたのを混ぜないで頂けますこと!?

 もう! もう! この人空気読まない! ぼくねんじん! 冷静! れいこく! 冷たい!


 「わあ、すごい!「って心の底から感動しろとか、「女の子だよな、可哀想に。よしよし」しろは言わないけど、もうちょっと! もうちょっとさあ! 



 ──を、胸の内に。

 彼の「ああ、だから追い出されたのか。仕方ないな、これじゃあな」視線攻撃に震えるわたしを、次に襲ったのは……悲しい、自己嫌悪だった。



「……ま、これじゃ、追い出されても仕方ないかもね~、役に立ててなかったしなあ……」



 先ほどまでの熱量はどこへやら。

 大きく息を吐きながら、ぽそっと言いつつ、石を撫でる。

 艶めいた石は何も言わないが、その艶めきで慰めてくれているみたいで、ほんのり心が軽くなる。


 ……うんうん、石だけよ。わたしを慰めてくれるのは……


 と、感傷に浸るわたしの隣から、厳格な声は──怒りを纏いながら、その場を貫いた。



「──だからと言って、やり方は褒められたものじゃないな。他に身寄りもない娘をいきなり放り出すなんて、王のすることじゃない」



 ……あ。……代わりに、怒ってくれた?

 

 声色に自然と顔を上がる。

 こういうのは、ちょっと嬉しい。

 自分の気持ちを代弁してくれるようなやつ。


 胸に広がる密かな喜びに、唇を巻き込んで。

 そろっと見つめた先、エリックさんは…………怒った顔をしているんだろうと思いきや、気遣いの眼差しでこちらを見つめていた。


 ……うっ……!?


「…………ミリア。落ち込んでる?」

「……え、あ、う、うーん……ゼロではないけど……まあ、もともと、扱いそんなに良くなかったしね。地味石ミリーとか言われて、笑われたりしてきたし」



 問われ、逃げる・・・ように、軽く答えた。


 駄目だ。

 さっきのはいいけど、こういうの・・・・・はどーも慣れないのだ。

 「心を使ってもらうやつ」。

 「気をかけてくれるやつ」。

 どうしていいかわかんなくなる。

 だから、誤魔化す。


 けれど、彼は……寄り添うように言葉を紡いだ。

 


「……そうか。悔しかったよな」

「「うっさい黙れ」って思ってた」

「……フ!」



 たぶん・・・気遣い・・・のそれを、一瞬で散らすわたしに吹き出す彼。

 

 そう、笑われた方が楽でいい。

 こういう方がいい。

 しみったれたのは好きじゃない。

 メソメソ泣くより、腕組みしてご立腹の方が性に合うの。


 それを表すべく、ぷんと唇を立て、腕を組み、じとっとした顔を作ると、はっきりきっぱりと彼に言う。



「……生まれつきどうにもなんないことをクスクス笑うよーな奴らに使ってやる感情は無い」

「……随分、強気な姫君だな?」


「王族、強気じゃないとやっていけないところがあるの。セント・ジュエルだけかもしれないけどね」

「……なるほど……〈鍾乳石〉に、セント・ジュエルね……」



 ご立腹モードで押し切って、流れるように肩をすくめたわたしに、かみ砕いて考えている様子のおにーさん。



 うーん、不思議だ。

 顔から何を考えてるのか全然読めない。

 ここまで呆れとため息と怒り顔しか見てない。


 仏頂面が似合う、顔面美麗カラットのおにーさんに、わたしは目を向けた。

 

 ──そう。

 わたし、彼に言っておかなきゃならないことがある。

 お願いすることがある。


 それらを胸の内、そろりそろりと彼の視界に入り込み、見上げながら──声をかけた。



「──で、あの、いちおー起きれるようにはなったんだけど」

「ん?」

 


 帰ってきたのは不思議そうな黒く青い瞳。

 丸まったそれに、首をかしげて手を合わせる。


 

「……もうちょっとお世話になってもいい? 今「出てって」って言われたら、死ぬ自信ある」



 申し訳なさと苦笑いと、おずおず感で笑って見せた。


 わざとである。

 申し訳なさそうに出るのがポイントだ。


 今までさんざん、いろいろ言ってしまったのだ。

 ここで「まあ泊まるから。よろしく。王族のわたしと共にできるなんて、光栄なことだと思いなさい?」な態度なんてできるわけもない。……しないけど。



 おずおずおねだり こ れ が、彼に効くかどうかはわからないが、──でも。


 今放り出されたら死ぬ気しかしない。

 自分でもわかるぐらいには万全じゃない。

 彼に、わたしを世話する義理など微塵もないが、ここは少し恩情を頂きたかった。



 そんなわたしに、彼は一変。

 顔面美麗カラットの顔を呆れに染め上げると、ため息とともに問いを吐いた。



「……どこの世界に「目覚めたばかりで土気色の顔をした王女様」を放り出す人間がいるんだ? 俺、そんなに冷たく見える?」

「・・・……」



 ……う──ん……



「…………見えないことないかな?」

「──人を見る目を養った方がいい」





☆☆




 顔面美麗カラットのおにーさん、エリックさんとの生活は、意外にも会話に溢れていた。


 はじめはその容姿と威厳を感じる空気に「冷酷」「斜に構えた朴念仁」なんて印象を持ったが、この人……割と世話焼きだ。話題も豊富。話は長い。


 言うなれば、「ああもう」と言いつつ苦労に巻き込まれていく人で、わりとたぶん、優しいのだと思う。


 しかし、その反面容赦がない。


 「匿うのは構わないが、やれることはやってもらうからな?」と、問答無用で狩りたてのウサギを渡してきたときは、どうしようかと思った。

 わたしは王女。

 ウサギなんて、捌いたことがあるわけないのに、死にたてほやほやのウサギさんに、たじろぐわたしにナイフを渡して、「やれるよな? 君ならできると思うんだけど」と挑発的に言うのである。


 無慈悲だ。

 悪魔だ。

 無茶苦茶だ──と思ったが、結論、やった。


 教えてもらいながら、なんとか、ウサギさんを肉にした。

 下手くそすぎて目に余ったらしいが、彼は「君のためだ」って言ってた。

 我が子を奈落に突き落として登らせるタイプだと思う。


 そして、デリカシーはない。典型的な、「痩せたい」と言えば「まずその菓子を食べるな。話はそれからだ」と返すタイプ」だと思う。


 理路整然・理屈思考・情より効率重視。

 けれど、優しさも垣間見せる彼に、「割と優しいよね」とぽっそり言ったら、「ベッド、返してくれる?」と言われた。しかし、実際にベッドから追い出すことはしなかった。意地悪なんだか優しいんだか、よくわからない人である。


 

 この小屋もそうだ。

 彼の住まいなんだろうが簡素過ぎる。

 一通り生活用具は揃っているが、本当に一通り。生活用具が少しと、数冊の本。これもレシピ本と経済学と童話という、不思議な並び。



 レシピ本は役に立った。

 今までやらせてもらえなかっただけに、目新しい情報の宝庫だった。


 聞いたこともない調味料・香辛料。

 切り方なんかもいろいろあって、そのたびに彼に聞いて教えてもらった。

 軽量用具の使い方もわからなかったわたしだが、レシピ本と彼の指導でめきめき上達していった。と思う。

 

 経済学はよくわからなかった。 

 公共政策のなんたらとか経済と政治のなんちゃらとか、開いた瞬間目を細めてページを閉じた。



 ──そして。

 その日、わたしは退屈を持て余していた。

 ご飯の仕込みも終わって、軽くお掃除もして。

 回復した気力が求めたのは、最後の一冊。

 彼の本棚にあった童話・いしずえのしょうじょだった。






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