第5話 ダイヤモンド(1)
「それで院長が言うわけよ。『こんなに毎朝寝坊して、あなたには神様に対する信仰心が足りません』って」
シオン班の四人は街道沿いをのんびりと進む馬車に揺られていた。
相変わらず御者はアカザで、残りの三人は荷台の上だ。今日は天気が良いので幌も外している。すがすがしい風が彼らの頭上を通り過ぎていく。
彼らは先日の初任務で見事、竜<プレーナイト>を倒した。その後も周辺地域の支援要請を受けて竜の出没地域に駆けつけ、実に多くの竜を討伐してきた。
新人ばかりの班にしては十分な成果だ。竜騎士団団長からもお褒めの手紙が届いている。満足した彼らはそろそろ一度竜騎士団本部に戻ることにした。
ソーヤ王国の国境に近いここからは、首都まで馬車で二週間はかかる。長い旅の慰めは、とりとめのない雑談だ。
生まれも育ちも違う者達の話はお互いにとても新鮮だ。今もユリが竜騎士団に入る前の修道院時代を熱く語っている。
「ネチネチネチネチとほんとまあしつこい!で、私もたかだかちょっとした寝坊くらいで信仰心疑われたんじゃたまらないからさ、『院長が私の信仰心を疑うならば良いでしょう。ならば私は私の方法で神様に対する信仰を示して見せます』って啖呵切ったの」
「それで、竜騎士団に入団?」
「そ。その日のうちに修道院を出奔して、入団試験に申し込んだわ。偉大なる神の力を借りて悪しき竜を倒す……これこそ神への奉仕じゃない?」
「つまりお前は夜更かしと寝坊ができる環境を求めて竜騎士団に入団したと」
御者台から振り返ったアカザが冷静にまとめるが、ユリはかまわなかった。
「大体、修道院の起床が夜明け前ってのが早すぎるのよ。夜中に周りにばれないようにベッドの中でちびちびお酒を楽しんでたら、そんな時間に起きられるわけないでしょうがっ」
荷台をどしんと踏み鳴らし力説する。アカザは「はいはい」と言って前方に向き直った。彼女は不良ではあるが、不信心ではない。それで十分ではないかと、長く旅を共にするにつれ最近は思えるようになった。
ユリの話をきっかけに、話題は竜騎士団に入った理由に移った。
「シオンは初めから竜騎士団に入るって決まってたんでしょ?」
「そうだな」
と、シオン。
ソーヤ王国に代々伝えられる聖剣。これの使い手として選ばれた者は竜騎士団に入団し、竜討伐に尽力するよう義務づけられている。
普段は城の中で厳重に保管されている聖剣だが、持ち主がいないときのその刃は白く濁った色をしている。だが適性のある者が柄を握ると、完全に無職透明の剣となり強い輝きを発するのだ。
王族は全員、三歳の誕生日を迎えると聖剣に触れる機会を与えられる。その中で見事に聖剣に神聖なる輝きを取り戻させたのが、第三王子シオンだった。
「たった一人、聖剣の使い手として認められて誇らしかったよ。俺にしかできないんだって。そう思って将来、竜騎士団に入って竜と戦うために必死で稽古した。だから今、皆で竜退治ができているのがすごく嬉しい」
と、はにかんだ笑みを見せる。
シオンの竜騎士団への思いは純粋だ。他の三人の表情も自然とほころんだ。
「アカザは?」
「俺は正直なところ、成り行きだな。シオンがこんな様子だからさ。いつの間にか当然のように俺もそれについていくもんだと思い込んでた」
アカザが苦笑いする。
彼は子供の頃からのシオンの遊び相手だ。シオンの夢を毎日のように聞かされ、そのための剣の稽古も付き合っていた。今ここにいるのは少年時代の延長線上なのだろう。
「ホタルは?」
にやにやしながらユリが振り返る。彼女はホタルがシオンを追いかけて竜騎士団に入ったことを知っている。さて、恥ずかしがり屋の彼女がどうするか。
案の定、
「……」
ホタルは言葉に詰まった。
「あれ、まただんまり?」
彼女は入団当初よりは格段に口数が増えた。返事は頷きだけでなくちゃんと声を出すし、聞かれたことは単語ではなく文章で答える。だがそれでも他の三人に比べれば無口な方だった。
だからシオンも、
「大丈夫か?言いたくないなら、言わなくて良いんだぞ」
と助け船を出す。
しかし彼女は首を振ってしばし考えた後、
「……さいきょうのくろまじゅつしになるためです」
と言った。
全員の目が点になる。
ごまかそうとしたのだろう、とユリは察した。だがごまかすにしても下手くそすぎないだろうか。
「……えーと、最強の黒魔術師になるために何で竜騎士団に入る必要があるんだ?」
シオンがおそるおそる尋ねる。彼は以前ホタルを驚かせ逃げられた前科があるので、今でも彼女の対応についてはなるべく気をつけているのだ。
「私の師匠がもう自分に教えられることはないから、森を出て修行なさいって言ったんです」
ホタルは入団試験の前まで<果ての森>にいた。
ソーヤ王国の北部に位置するこの深い森は昼間も暗く、この世ならざる者どもが数多く潜んでいるとされている。そのため普通の人間は滅多に近寄らない。皆、命が惜しいからだ。
そこに三百年以上暮らしていると噂される魔女が、ホタルの黒魔術の師匠だった。村一つを呪いで全滅させたとか、過去の王の暗殺に一枚噛んだとか言われる伝説の魔女である。
「強くなるために私は黒魔術師の頂点である師匠に弟子入りしました。その師匠がもう何も教えることは無いと言うなら、今度は別の方法を探すしかありません。それで竜騎士団に入り、世界最強の生物である竜と戦うことで強さを極めることにしました」
アカザが何とも言えない微妙な表情をしている。ホタルの華奢な体格やふんわりとした雰囲気と、方法にかまわずやたらと強さを求める意識とに、どうにも落差を感じてしまうのだ。
だからついこんなことを尋ねてしまう。
「そもそも何で最強を目指す必要があったんだ?」
だがホタルは不思議そうな顔をするだけだ。
「……?強さを目指すことに理由がいりますか?」
「そうだぞ、アカザ。最強というのはつまり真理ということだ。そこを目指すのは極めて自然なことだろう」
隣でシオンが彼女の意見を真顔で肯定している。
「強ければ強いほど良いですね」
「その通り」
うんうん、と頷くシオンに、珍しくアカザとユリは顔を見合わせた。
「出たよ、脳味噌筋肉族」
「まさかホタルまでそのタイプとはね」
ホタルの肩の上でカラスの姿をしたヒッシャが、つまらなさそうにあくびした。
半日ひたすら馬車を走らせて、ジルシオの街に着いた。
ここは隣国ヒガンとの国境付近で最も大きな都市だ。竜騎士団東部方面隊の司令部も置かれている。そのためシオン班はここで旅の物資を調達する予定だった。
「前来たときと雰囲気が違う……なんだか空気がぴりぴりしている」
街の入口で馬車を降りた途端、シオンが眉をひそめた。
「それはきっとあれのせいだろう」
と、アカザが指を指した先には二つの国を分ける山岳の一つ、シー火山がある。他の山々よりずば抜けて高いその山は、山頂からもくもくと煙を吹き出していた。
「そういえば数日前から煙が上がってたわね」
「噴火したんですよね。一週間前に立ち寄った町でそう聞きました。麓の村がいくつも被害に遭ったと」
ユリとホタルが心配そうに話す。
この火山が最後に噴火したのは彼女らが生まれるずっと前のことだ。この災害がどれだけの人間にどれだけの影響を与えるのか想像もできない。
「ああ。それであちこちからこの街に避難民が集まってきている。市民は噴火の被害に対する不安はもちろん、よそ者が街を荒らすんじゃないかという警戒心も抱いている。かなり市内の緊張感が高まっているみたいだ」
そんなことを話していると、向こうから二人の兵士が四人に向かって走ってきた。
「シオン班長!よくぞおいでくださいました」
「隊長がお待ちです」
二人は人波をかきわけシオンに駆け寄る。彼らの表情に浮かぶ喜色にシオンは怪訝な顔をした。
「すまない、僕らは遠征の帰途でここに立ち寄っただけなのだが」
「本部の指令を受けていらっしゃったのではないのですか?」
「ああ。だから全く話が見えなくて」
「それは失礼しました」
二人の兵士の内、年かさの方が居住まいを正す。
「おそらく行き違いになっているのでしょう。ですが重要な案件なのです。長旅でお疲れのところ申し訳ございませんが、すぐに隊長と会っていただけませんか?」
どうやら東部方面隊から本部へ救援要請を出していたらしい。たまたまこの街を訪れたシオン班を、要請に応じて派遣されたものだと早合点したのだ。
「その案件はシー火山噴火に関係しているのか?」
今、ジルシオに配置された王国軍の兵士らは噴火によって故郷から逃れてきた人々の対応に追われているはずだ。対竜専門組織である竜騎士団も例外ではないだろう。
だが兵士は声を潜めて、
「厳密に言えばシー火山にも関係します……ですが、問題はあくまでも竜です」
とシオンに囁いた。
新たな竜の出現を匂わされ、一同に緊張が走る。
「わかった、応じよう」
すぐさま頷いたシオンは他の三人に目配せして、竜騎士団東部方面隊司令部へと向かうことにした。
「端的に言おう。<ダイヤモンド>が現れた」
東部方面隊隊長の執務室。完全に扉を閉ざされた中で放たれたのは、その一言だった。
「<ダイヤモンド>!?」
「伝説の竜じゃないですか!本当に存在するなんて……」
シオン班の面々は一様にぎょっとした。普段から表情に乏しいホタルですら、口に手を当て驚きを隠せないでいる。
それもそのはず。<ダイヤモンド>といえば、1から10まである等級で唯一、等級10を冠する竜。最古にして最強の存在だ。
この竜は王国史の一番初めに登場する。
遙か昔。現在ソーヤ王国がある一帯には森や草原が広がるばかりで、ほとんど人が住んでいなかった。だが人々はこの地域を避けていたわけではない。季候が良く、資源が豊富で土壌も豊かな土地だったのだ。本来ならば多くの人間が集まるはずであった。
彼らが寄りつかなかった理由はただ一つ。
凶暴な竜<ダイヤモンド>の縄張りであったことだ。
<ダイヤモンド>は自分の見える範囲に人間が一歩でも入ろうものなら、逃げても逃げても追いかけ食いちぎって殺した。彼らが家や畑を持っていれば火を吐いて燃やし尽くし、隠していた食料や宝物は根こそぎ奪った。
困った人間達は当時、竜殺しで名を馳せていた剣士ソーヤに竜退治を依頼した。
彼は見事<ダイヤモンド>を打ち倒した。
そして自ら王を名乗り、移り住んできた人々と共にこの土地に何百年と続くソーヤ王国を築き上げたのだ。
「本当にそれは<ダイヤモンド>なんですか?生きている人間は誰も見たことがないんですよ?」
ユリが疑問を呈する。いくら竜騎士団の人間とはいえ、<ダイヤモンド>は物語の中の存在だ。実在すると言われてもいまいちぴんとこない。
「見ればわかる。実際、東部方面隊の人間は皆、あれを見て<ダイヤモンド>だと思った。伝説に描かれた姿そのままなんだ」
四十代半ばの隊長は眉間に深々と刻まれた皺をもみながら、苦々しく言う。
炎のような赤い眼をした強大な竜。全身が透明な鱗でみっしりと覆われ、その一つ一つが光を反射して神々しいまでに輝く。あまりにも凶悪かつ、あまりにも美しい。
その姿が強烈な説得力でもって伝えてくるのだ。「最強」である、と。
「一週間前、<ダイヤモンド>はシー火山の噴火と共に姿を現した」
隊長の言葉にホタルはなるほど、と頷く。
「伝説では、英雄ソーヤはシー火山の火口に<ダイヤモンド>を突き落としていましたよね」
巨大な竜に対し、小さく弱い人間であるソーヤは自然の力を利用することにした。つまりシー火山の頂上へ<ダイヤモンド>をおびき寄せ、まんまと火口へと飛び込ませたのだ。深い、深い溶岩の海の底へ。
灼熱のマグマの中で溺れ死んだものだと思われていたが、どうやら火山の中で生きていたらしい。
「ということは……今回のシー火山の噴火は、<ダイヤモンド>がマグマの中から火口を這い上がる刺激を受けて起こったものということでしょうか」
「その通りだ」
ホタルの分析を隊長が肯定する。一同は互いに不安そうな顔を見合わせた。
英雄ソーヤに火口に落とされて以来、何百年と溶岩の中で足掻いていた<ダイヤモンド>。その人間に対する憎しみはいかほどのものだろう?
「このことは市民には公表していない。目撃した者もいるだろうが、あくまでも事実として認識しているのは竜騎士団の人間のみだ」
「それで、<ダイヤモンド>は今どこに?」
シオンが肝心の質問をする。彼らはまだ一度も彼の竜の姿を見ていない。
「シー火山を挟んだ隣のヒガン王国だ。国境に近い都市フーシンに現れたと情報が入っている。当時はたまたま王女が訪問していて、街を挙げてのお祭り騒ぎだったんだそうだ。あんまり賑やかだったんで、そちらに興味を持ったんだろう。
現在、フーシンはほぼ壊滅状態だ。まだ脱出できていない市民も大勢いるらしい……王女もな」
「!」
ヒガン王国のフーシンはソーヤ王国との貿易の拠点ともなっている、かなりの大都市だ。そんな所が壊滅状態になっている。さらに王族が取り残されているとなると、状況は非常に悪い。
「近隣で最も強力な対竜専門組織を持っているのはソーヤ王国だ。本来、国内の問題は自分達で解決するのが基本だが、ヒガン国王も眼に入れても痛くない娘が危険にさらされているとあってはなりふり構っていられなかったのだろう。真っ先にこちらに支援要請を出してきた」
隊長がまっすぐにシオンを見る。
「相手が<ダイヤモンド>とあっては、聖剣とその使い手であるお前が出るほかないだろう。行ってくれるな?」
シオンは腰に佩いた聖剣を胸の前に持ち上げる。強いまなざしで隊長を見返し、
「当然です。今度こそ<ダイヤモンド>の息の根を止めましょう」
と宣言した。
ホタル、アカザ、ユリがシオンの後ろに並び立ち、彼の言葉にうなずく。彼らもまたシオンと同じまなざしをしていた。
かくしてシオン班の<ダイヤモンド>征伐が始まった。
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