117 魔法の絨毯(じゅうたん)の謎

かつてシルクロードの中央に位置する小さなオアシスの町、ザラフシャンには、「魔法の絨毯屋」と呼ばれる不思議な店があった。そこでは、ただの織物に見える絨毯たちが、見る者によって違った模様や景色を見せるという噂が広まり、交易商や旅人たちがこぞって訪れていた。

店の主人は謎めいた老人で、名前も素性も知る者はおらず、ただ「絨毯じいさん」とだけ呼ばれていた。


ある日、若いペルシア商人アリがザラフシャンに立ち寄り、その絨毯屋に足を運んだ。アリはシルクロードで高価な香辛料や絹を扱うことで評判の高い商人で、常に新しい利益を求めていた。

絨毯じいさんが座っている店の奥に目をやると、色褪せた絨毯が一枚掛けられているのが目に入った。埃っぽいが、どこか異様な魅力があり、アリは思わずその絨毯に近づいた。


「これは売り物ですか?」

と尋ねると、じいさんはニヤリと笑った。


「それは特別だ。これに触れると、遠い未来の自分の姿を見ることができるという代物だ。」


アリは半信半疑であったが、好奇心が勝り、絨毯に手を伸ばした。すると突然、視界が暗転し、周囲の音も消え去った。次の瞬間、彼は見知らぬ市場に立っていた。そこには彼と同じ姿をした男が立っている。だが、その男は老いており、服もぼろぼろ、やつれた顔で彼を見つめている。


「これは未来の私なのか……?」

アリは呟いた。


その老いた姿の男は、疲れた声でこう告げた。

「お前が得た富も地位も、欲深さの果てに全て失った未来の姿だ。この道を進み続ければ、待っているのは破滅だ。」


アリは慌てて絨毯から手を離した。店の薄暗い照明に戻ってくると、じいさんが静かに見つめている。


「今ならまだ間に合う。欲を捨てれば、違う道もあるかもしれんぞ。」


動揺したアリは絨毯を買わず、急いで店を飛び出し、心を入れ替えると誓った。そして、自分の持っている物を慎ましく使い、人々の役に立つ商売に切り替え、裕福さではなく信頼と名誉を得る人生を歩み始めた。


年月が流れ、彼はザラフシャンで家族とともに暮らす立派な老人となっていた。しかし、彼の心には一つだけ疑問が残っていた――あの絨毯の未来の姿が現実に訪れなかったのは、本当に欲を捨てたからなのか、それとも、あの絨毯じいさんが仕組んだ幻だったのか。


その謎を知る者は、シルクロードの果てに消えた「魔法の絨毯屋」だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る