田中美咲は、いつも教室の隅に座っていた。目立たないように、静かに、息を潜めるように過ごしていた。それでも、誰かの陰口は彼女の耳に届く。

「ねえ、あの子、ずっと一人だよね。なんか怖くない？」

「そうそう。なんか暗いしさ、近寄りがたいよね。」

美咲は小さくため息をつき、ノートに目を落とした。誰にも迷惑をかけないように、ただ存在を薄めようとするのに、それでも陰口は彼女を追いかけてくる。

家に帰っても、心の中でその声は響き続けた。

「暗い」「変わってる」「近寄りたくない」。

まるで呪いのように、彼女を締め付ける。

「どうして……私が何か悪いことをしたの？」

そう心の中で問いかけても、返事はない。ただ冷たい言葉が頭の中を反響し続ける。

ある日、放課後の帰り道、美咲はふと見知らぬ小さな公園に迷い込んだ。ベンチに座り、沈む夕日を眺めていると、一輪の小さな白い花が足元に咲いているのに気づいた。

「……綺麗。」

彼女はその花をそっと摘んで手に取り、優しく見つめた。その瞬間、背後から声が聞こえた。

「その花は『陰口の花』って言うんだ。」

驚いて振り返ると、見知らぬ老人がベンチに腰掛けていた。彼は笑いながら、美咲の手元を指差した。

「陰口を受けた者だけが、それを見つけるんだよ。」

「陰口の……花？」

「そう。受けた言葉は、そのまま自分に根を下ろす。辛いだろう。でも、君はそれに耐えている。その花は、その証だ。」

美咲は言葉を失った。陰口が、自分の心をこんなにも傷つけていたのに、それが一輪の花を咲かせるなんて、想像もしていなかった。

「どうすれば、この花を摘み取れるんですか？」

彼女は静かに尋ねた。

老人は優しい目で彼女を見つめ、答えた。

「摘み取る必要はないさ。その花は、君が生きた証だ。言葉に負けず、耐え抜いた力なんだよ。」

美咲はしばらく黙っていたが、花を見つめるうちに、少しずつ心が軽くなるのを感じた。陰口は、確かに彼女を傷つけた。でも、その中で彼女は生き抜いていた。

「ありがとう……。」

彼女は小さな声で呟き、花を手のひらにそっと包んだ。

「いつか、その花が咲く場所を見つけられるよ。君が望むならね。」

老人の言葉に、彼女は小さく頷き、再び歩き出した。

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