20 ダムでの別れ


彼はダムの上で立ち尽くしていた。彼女との思い出の場所だった。ここで初めて出会った。ここで初めてキスをした。ここで初めて別れを告げた。


彼女は病気だった。余命はわずかだった。だから、彼女は彼に最後の願いをした。

「私が死んだら、このダムに私の遺灰をまいてほしい」と。


彼は約束した。そして、彼女は亡くなった。彼は悲しみに暮れたが、彼女の願いを果たすために、ダムにやってきた。


彼は骨壷を抱えて、ダムの端に歩み寄った。水面に映る夕日が美しかった。彼は深呼吸して、骨壷のふたを開けた。


すると、突然、大きな音が響いた。ダムが決壊したのだ。

水が崩れ落ちてきた。彼は驚いて、骨壷を手放した。骨壷は水に飲み込まれていった。


「なんてことだ……」

彼は絶望した。彼女の願いを果たせなかった。彼女の遺灰は水に流されてしまった。


しかし、そのとき、彼は気づいた。水が流れる先には、海があるのだ。海につながる川があるのだ。


「もしかしたら……」

彼は思った。

「もしかしたら、これでいいのかもしれない」


彼女は海が好きだった。海に行くと元気になると言っていた。海に行きたいと言っていた。


「もしかしたら……」

彼は涙を流した。

「もしかしたら、海へ行きたかったのかもしれない……」


ダムの決壊には意味があったのだ。


彼女の遺灰は水と一体となって、海へと向かっていった。美しく広大な海へと帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る