第二十七話 最弱マスコットとテイマーは絆を確かめるようです。




「来い、『ザマミロー』! 報復ざまあの時間だ! あのちっこいのが余計な真似をする前に、お前の呪いで絶望に沈めてやれ!」


「そうはさせませんわ!」


「ヴィラネスロイヤル、頑張るユシャ! 応援してるユシャ~!」


 その場に集まったほとんどの生徒たちは、信じがたい光景を確かに目撃した。

 次第にざわざわと動揺が広がっていく。


「え、あれ天川なの?」「声ヤバ」「本当だって、村上が真っ先に来ててさ、変身したの見てて」「あかねがスキルで念写してたってさ!」「もうストーリー上げたの?」「うわマジじゃん、てかスマホ使えんのウケる」「天川やっべえな」「もふもふじゃんかわい~」「そうか?」「キモカワ寄り」「なんかのイベント?」「いやガチの戦いっぽい」「どう見ても子供向けのショーだろ」「がんばえ~」「全員で女装した時より気合入ってるじゃん。一生ネタにできるだろ」


 半信半疑、動揺、困惑、半笑い、茶化し、衝撃、好奇心。あらゆる感情が飛び交う中で、最初から遠巻きに戦いを見守っていた少女がぎゅっと手を握る。

 須田美咲すだみさきにとって、天川勇吾あまかわゆうごは夢の世界の王子様のような存在だった。


「天川。ほんとうに、変わっちゃったんだ」


 最初から彼の事が好きだったか言えば、多分そうではない。

 体育館の向こう側。男子たちが練習する光景の中で、やけに目につくな、という小さな違和感が始まりだった。無意識に目で追っているのだと気付いた時。クラスの友人が彼の噂をしている時。ちょっとした会話をするたび、なんとなくその内容を思い返している時。漠然とした好印象は段階的に膨れ上がり、気が付いた時には美咲自身でさえ制御不可能になっていた。気を抜けば暴走してどこかに行ってしまいそう。

 美咲の恋は、風船に似ていた。


(ずっと、この気持ちは百年経っても変わらないんだって信じてた)


 仲のいい太田結愛おおたゆあ瀬川莉子せがわりこは美咲の気持ちを知って応援してくれた。一年の時から少しずつ育んできた気持ちを誰よりも大事にしてくれていたのは、むしろ彼女たちの方だったのかもしれない。


『奈央さぁ、美咲が天川のこと好きなの知ってるよね? なにあれ』


 クラスメイトの冬馬奈央とうまなおとの間にトラブルが起きたのは、決して須田美咲の本意ではなかった。バレー部の奈央とはよく話をする間柄だったし、関係も悪くはなかった。ただちょっとだけ間が悪い出来事があって、友人たちが自分の恋を応援するあまり過剰に反応してしまっただけ。


『なにそれ、いじめじゃないでしょ。感じわる。ってかやり口がずるくない?!』


『まあまあ、結愛ちゃん落ち着いて、ねっ? 喧嘩みたくなっちゃってるじゃん。たださあ、あれはちょっと誤解を生むっていうかぁ』


 結果として冬馬奈央とは疎遠になり、しばらくして美咲の黒い噂が流れるようになった。男子たちは知らないことだが、その一件は深い棘となって美咲の心を苛んだ。

 自分は彼を好きでもいいのだろうか。

 親友たちの厚意が重く、自分の抱えた感情が厭わしく、そして天川勇吾がきっと自分の事を見ることはないのだろうという現実がつらかった。

 

(天川は、きっと薬師寺さんが好きだ)


 少し彼を見ていればそんなことは一目瞭然だ。

 普段は大して気にしていないように見えるだけ。

 親友の旗野詩織はたのしおりと二人でいる所をたまに目で追っているのを知っている。実は密かに世話を焼いていることを知っている。薬師寺花鶏やくしじあとりがしつこい男子に絡まれていた時に助けてあげていたのを知っている。ふとした時に彼女を見る目がとても優しいことを知っている。


(私みたいなの、きっと眼中にないよね)


 暗く、どこまでも沈んでいく感情。

 鬱屈としたものを抱えて、美咲はずっと苦しんでいた。

 だが。あのもふもふを見ていると。


(あれ? なんだろこれ)


 何というか、どうでもよくなってきた。

 もふもふでふわふわ。かわいいのはわかる。

 嫌いというわけじゃないけれど、それはそれ。

 『好き』にも種類がある。


「ユシャ~!」


 すうっと萎んでいく。段階的に膨らんでいった風船は大きくなりすぎて爆発寸前、美咲自身にもどうにもできない。そう思っていたはずなのに、しおしおになっていくと思っていた以上にそれは軽くて薄っぺらい。

 美咲の恋はやはり風船だ。

 夢の世界で巡り合った幸せな物語はおしまい。

 全てのものには終わりがある。

 別に嫌いになったわけではない。いい人だとは思っているし、友達としてならこれまで通り接することはできると思う。ただ、それでも。


「うん、やっぱ『アレ』はないわ」


 落ち着いたら、冬馬奈央に謝罪しようと美咲は決意した。

 許してもらえるかはわからないけれど。

 大事な友達を、ゆるめのキャラの好き嫌いで無くしたくはなかったから。

 かしゃんと、小さな音がした。

 不可視の空想。誰かが幻視した因果のイメージ。

 恋心と情念が絡み合った負の連鎖、反転した暗い熱情がもたらすはずだった天川勇吾への執着と愛憎の萌芽が、跡形もなく消えていく。

 破滅の未来と繋がった、架空の鎖が砕けて消えた。

 



 太田結愛は親友を隣で応援していたいだけだった。

 誰よりも天川勇吾の事を真剣に想っている彼女が報われないなんて悲し過ぎるから、自分にできるサポートは何だってしてあげたい。

 そう思ってその恋にのめり込み、二人の事ばかりを考えていたら。


(事故った。あーあ、私の馬鹿)


 絶対にこの気持ちを悟られないようにしよう。

 特に親友の美咲だけには隠し通す。

 余計なことは考えるな。報われようなんて夢を見るな。

 大切な友達が幸せになれればいい。

 友達の想い人に横恋慕するような愚か者は、ひとりきりで泣いてればいいんだ。


(でも、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、意地悪するくらい許してね)


 一年生の終わり。チョコレートに隠した小さな悪戯。

 たったひとりに向けた、特別な激辛チョコレート。


『ざんねん、天川のは大当たりでした~!』


 でも、文句をいいながらも全部食べてくれたのは計算違い。

 好意とは程遠い、義理丸出しの贈り物だって宣言することで自分の中で区切りを付けようとしたのに、そのせいでますます諦めきれなくて。


(美咲がそんなんだと、私が我慢してるの馬鹿みたいじゃん)


 どうしてあの子はもっと真剣にならないんだろう。

 必死に天川の心を掴もうとしないんだろう。

 邪魔者に対して怒らないんだろう。

 ざわざわとした気持ちはずっと燻り続け、密かな火種となっていた。

 それは、この異常な世界に入ってから次第に焦げ付き始めていて。


「わ~ん! ロイヤル~助けてユシャ~」


 たったいま、鎮火された。

 結愛はふぅと息を吐く。

 胸の中はすっきりしているが、とてつもない虚脱感がある。

 寝台の上、枕を濡らして泣いた日々。

 美咲を想い人と二人きりにしてやったあと、トイレに籠ってじっとうつむき続けた誰にも言えない記憶。

 醜い嫉妬を暴走させて、『抜け駆け』をした冬馬奈央を責め立てた苦い記憶。


(私はなぜあんな無駄な時間を)


 いずれにせよ、もう余計なことを考える必要はない。

 肩の荷は下りた。これでやっと、わだかまりなく親友と向き合える。

 かしゃん。見えない破滅の鎖が壊れる。

 またひとつ、天川勇吾の破滅が回避された。




 勇吾とオリヴィアの戦いが過熱する中、衆目から離れた神殿の裏手でもうひとつの死闘が繰り広げられていた。

 戦っているのは暗殺者・能見鷹雄のうみたかお。彼は危険な気配を察知し、カヅェルという難敵への牽制を放棄してまでこの場を訪れていたのである。

 そうしなければならないほどの相手がそこにいたからだ。


「なんや、ステゴロ大したことないやんけ。関東最強って前評判もあてにならんわ」


「かはっ」


 神殿の壁面に叩きつけられた能見の呼吸がわずかに乱れる。

 目にも留まらぬ拳が叩きつけられ、関東最強と呼ばれた暗殺者を打ちのめす。

 クラス内でも天職やスキルを除いた戦闘能力においては傑出した力を示していた能見鷹雄を圧倒していたのは、特徴のない顔立ちの中年男だった。

 バスの運転手、服部平蔵はっとりへいぞうを名乗っていた人物だ。


「燃えろ!」


 口から火を吐いて牽制、距離を置いて呼吸を整える。

 当然のように攻撃を回避したバスの運転手はにたりと笑った。


「おお、芸達者やなあ。流石は東の高校生名暗殺者や。大層な二つ名は伊達やないってわけやな。面白くなってきたわ」


「貴様、同業者だな。なぜクラス全員を巻き込んだ」


 能見鷹雄は額に皺を寄せて相手を睨みつける。

 きわめて珍しいことだ。

 能見鷹雄は自分でも己の内側で滾る激怒の存在を意外に感じていた。

 中年男はへらへらと笑いながら殺意を軽く受け流した。


「あー、あれな。ターゲットは二人やったんやけど、なんかおもろい奴けっこうおんなーって思ったらつい。悪いとは思ってんねんで? けどまあ、楽しい殺し合いできるかもってなったら手ぇ出してまうこと、あんたもあるやろ?」


「お前と一緒にするな。戦闘狂が」


 吐き捨てた暗殺者の顔には嫌悪感が滲んでいた。

 所詮は同じ穴の狢。

 しかし、だからこそ許容できないものがある。


「なんや噂で聞いてたのと随分違うなあ。気が合うようなら、こっからあの勇者殺して一緒にキングザマミローと戦うのもアリかと思ってたんやけど」


「お断りだ。お前のような男はここで排除する」


「は。お前にできんのか、『東の』」


 中年男の顔が歪み、輪郭が崩れていく。

 文字通り、作り物でしかなかった外殻を脱ぎ捨てながら、男は真の姿とその実力を明らかにした。


「わいは『西』や。正直、どっちが強いのか白黒つけたいと思ってたんや。バスの運転手、服部平蔵は世を忍ぶ仮の姿でしかない。その正体は西の高校生名暗殺者」


 蛹を脱ぎ捨てる蝶のように。

 それは、輝くように降臨した。


「アイアム、ハンジ・ハットリ! ジャパンの暗殺者、思ってたより低レベルデース。これならコミックのニンジャの方がクールね!」


 黄金の忍び装束と渦を巻いた図像が刻まれた鉢金。

 屈強な肉体。頭巾の中からわずかに零れた金の髪房。青い瞳。

 肉体や口調さえも偽っていたその男は、能見鷹雄を圧倒する体術で彼を一方的に追い詰めていた。数々の奇襲、暗器、特異体質さえハンジには及ばない。


「ミーはユーたちのクラスにいる『竜王』と同じ、最上級天職デース。それも表に名前が知られてる『最強の一万人』には含まれていない、スペシャルクラス、ダヨ」


 能見たちと同時期に転移したこの男が最上級天職に到達しているということは、つまり今井北斗いまいほくとと同じ『記憶の持ち越し』が可能な実力者だ。

 それも、今井北斗とは別枠の。


「ごく少数の、より上位の実力者だとでも?」


「イエース! 『影の到達者』は真のアデプトたち。ノーマルなメジャーでは測定不能のアウトサイダー。ミーはこの世界に百万人いるとされる『影の到達者』デス」


「表の一万人より多いのか」


「みんなこっちの方が大好きみたいデスネ」


 一億人の中で百万人なので一パーセントの上澄みではあるのだが、それはそれとして『世に知られていない実力者』が多すぎる。

 己の力を誇示しながら、ハンジは両手を広げて叫んだ。


「ミーはエクストラクラス『デスニンジャ』デス! スキルは『アポート』! 秘伝の『デスシュリケン』を投げた後に回収デキマース! どんなイモータルであろうと、ミーの最強スキルの前では死あるのみダヨネ!」


「それはスキルではなく秘伝の手裏剣が凄いんじゃないか?」


「シャラップ! もうザコに用はありまセーン!」


 絶体絶命の窮地。

 元の世界で戦っていたのならまた状況は変わっていたかもしれないが、『表にいる能見』は毎回全ての天職とスキルの状態がリセットされてしまっている。

 周回前提で力を積み上げてきたハンジとの間には絶望的な格差があった。

 迫り来るデスシュリケン。不死を無効化する脅威の暗殺術が彼の命を奪おうとしたその時、銀の閃光が宙を裂く。


「柳野、お前、俺を庇って」


 滴る鮮血。

 刀を握り、能見の前に立ちはだかったのは柳野九郎やなぎのくろうだった。

 彼は死をもたらす刃を見事に弾き切ったが、その影に隠されていた『透明な手裏剣』によって首を斬られていた。

 致命傷だ。せっかく助かった命が、あっけなく失われている。


「オーウ、余計な邪魔が入りましたネー。デスが、結局は無駄デシタ」


 ぐらり、と能見鷹雄の前で男の身体が揺らぐ。

 思わず支えようとしたが、直前でその動きが停止。

 力を失って倒れるかと思われた柳野九郎が、倒れていない。

 ハンジが目を見開く。能見鷹雄もまた驚きを隠せなかった。


「いってぇ~にゃ~」


 異変。

 それは信じがたい変貌だった。

 柳野九郎の頭部に、三角の耳が生えている。

 更に言えば、首の傷は完全に癒えていた。


「どうしたにゃ? 安心しろにゃ。俺の命は九つあるにゃ。こにょくらいじゃ倒れたりしにゃいにゃん。あのカヅェルとか言う奴にやられた時はいまいち思い出せなかったけど、前世の記憶がようやくはっきりしてきたにゃ」


 おっさんと呼ばれる原因のひとつである良く通る低い声でにゃんにゃんした言葉が繰り出される光景には破壊力があったが、能見はあくまでも平静を装った。


「いや、お前、その耳は一体。というか、命が複数?」


「にゃあ。あんまり闇の世界の事情は外に漏らしたくないにゃんが、お前も闇の世界の住人らしいから特別にゃ。実は俺は生まれ変わりを繰り返してる猫又にゃ」


「いや、闇の世界にそんな妖怪のような存在がいるなんて聞いたことが無いが。そういう信仰を持った特異体質の家系か? 裏の殺刑八家あたりの分家とか?」


「にゃ? なんにゃそれ。聞いたことないにゃ。お前こそ人間のくせに変な体質なのは犬神筋あたりとかにゃん? それともどっかの山の天狗堕ちかにゃ?」


 互いに話がかみ合わず首を傾げ合う。

 それぞれが考えている『闇の世界』が完全に別の業界であると気付くのは少し後になってからだが、今はそういった話をしている余裕がない。

 立て続けに飛んできた手裏剣が柳野九郎の命を奪う。


「ファンタスティック! これがジャパンのカワイイですカー? しかし、弱点を話してしまったのは迂闊デース! 殺し続ければジエンドね!」


「にゃあ。ちなみに、死ぬたびに俺は古い時代を思い出すにゃ」


 硬質な音が響く。

 血がふたたび流れることはなかった。これまでは捌き切れなかった必殺の手裏剣に、柳野九郎の刃が追いつくようになっていたのだ。


「命のストックが戻るまで、俺は死ねば死ぬほど強くなるにゃ。文明の火が弱かった闇の時代。お前はその怖さを知っているかにゃ?」


 柳野九郎の周囲が、じわじわと得体の知れない影に浸食されていく。

 朝日は翳り、光は途絶え、生い茂る草は不気味に揺れる。

 風に揺れる柳の枝が不吉な笑い声を響かせて、三角耳の後ろには青白い火の玉。

 避けられぬ怖気が西洋からの刺客を震え上がらせた。


「はったりデース! そんなものはハットリのデスニンジャには通用しまセーン!」


 ハンジは両手を向かい合わせ、任意のものを引き寄せるスキルを使用した。手と手の間にある大気が超高速で渦を巻き、圧縮された螺旋の弾丸となる。


「ミーの『スパイラルガン』でキルゼムオールデース!!」


 膨れ上がる巨大な殺意は目の前の相手を超えて、全てを巻き込まんとする勢いだ。ここで止めなければ、ハンジはクラスメイトたちに危害を加えるだろう。

 あるいは、この男もカヅェルの精神汚染の影響下にあるのかもしれない。

 だとしても、それを止められるのは今は二人だけだった。

 能見鷹雄と柳野九郎は決意を固めた。

 

「能見、手伝えにゃ。俺は強い奴と戦うのは好きにゃん。けど、ああいう奴は好きになれねーにゃ。クラスの連中とこいつを会わせたくないにゃ」


「同感だ。前衛は任せたぞ、柳野九郎。いや、そうじゃないか。ここは天川に倣ってやっさんと呼ばせてもらうとしよう」


「にゃっさんがいいにゃ」


「え? お、おう。そうか」


 そして激闘が始まる。

 クラスの仲間たちのため、彼らは戦うべき相手を見定めた。

 最初から強者であった二人にとって、力なき者は守るべき対象だ。

 ゆえに、小さくか弱い存在となった天川勇吾を彼らが害することはありえない。

 破滅の鎖は、既に跡形もなく消え去っていた。




 次々と砕けていく破滅の運命。

 マスコットへの変身。

 それは弱毒化された『ざまぁ』の一種という見方が可能だ。

 尊厳を先んじて自ら貶め、『弱者である』という認識を周囲に浸透させ、『強者に逆転する物語』を成立不可能にする『ざまぁワクチン』。


「ヴィラネスはぜったい負けないユシャ! 信じてるユシャ!」


 高校生がやるにはあまりにも恥ずかしい演技。

 だからこそ、それは自ら足を踏み入れる地獄となり得た。

 恥辱の罰さえも武器にする。

 それが天川勇吾の覚悟だった。


「ザマミロー! 勇者様の運命にケリをつけるのに相応しいモンを用意してやったぞ、それを使って奴らを倒せ!!」


 カヅェルの命令に従って、不定形の闇が物質と融合する。

 それは天職とスキルとクエストを生徒たちに与えた『職分け帽子』。

 全ての始まりとも言える、因縁深い道具だった。

 同化した闇は、手足の付いた巨大な帽子となって立ち上がる。 


「ザマミロォォー!!」


「ああっ、大変ユシャ! ああなったザマミローの浄化は、ロイヤルひとりじゃ難しいユシャ~! 誰か、あとひとりヴィラネスがいればユシャ~! チラッ」


「くっ、わたくしは負けませんわ! たとえ孤独に戦うしかなくても、ヴィラネスは最後まで気高く戦うのですから! チラッ」


 わざとらしい言動からの露骨な視線。

 明らかに、それはたった一人に向けられている。


「ひゅっ」


 津田守梨つだまもりは何を期待されているのかを察してしまい、思わず変な息の吸い方をしてしまった。

 直後に訪れた感情は、シンプルな混乱。


(待って待って待って待って)


「ユシャ~! ヴィラネスの資格を持つ誰かがいればユシャ~。いっぱいヴィラネスポイントを稼いでる誰かが~」


(うわこっち来てるやっぱり来てるやだやだやだ心の準備が嘘嘘嘘)

 

「ユシャッ! ヴィラネスセンサーが反応してるユシャ! 見つけたユシャ! 聖女マモリ! ヴィラネスになって、ロイヤルと一緒に戦って欲しいユシャ!」


「えぇーっと、それは、その、でもぉ~」


 目が泳ぎ、らしくない現実逃避をしながら後退りする守梨。

 理性ではわかっている。

 この状況は分岐点だ。

 あるかもしれない希望。そこに賭けられるかどうかの。

 しかし、今の守梨は正常な判断力を欠いた状態にあった。

 背後の友人たちはその理由を知っていたため、『あちゃあ』とでも言わんばかりの表情である。「ゆーしゃ、ゆーしゃ」と近づいてくる小さな生き物から目を逸らそうとする守梨は、しかし衝動に抗えずちらりと見てしまう。


「はうっ」


 くりくりとした『おめめ』と視線が合った。

 これまでの天川勇吾の姿であったなら、絶対に感じることのなかった感情。


「かっ」


「ユシャ?」


「かわっっっ」


 言葉にならない。

 可愛すぎる。

 こんなにラブリーな生き物が現実に存在してもいいのか。

 津田守梨はこういった可愛らしいキャラクターがこの上なく好きだった。

 悶絶している間はまともに思考することさえできない。


(あ~ほおずりしたい抱っこしたいけどこれ天川だよね大ちゃんになんて言い訳すればっていうかこの状態ならノーカンじゃないかないやでもさすがに)


「悪いが、小細工の時間は終わりだ」


 無慈悲な宣告と共に、カヅェルの刃が真横からマスコットの身体に直撃した。

 守梨はゆっくりと視線を巡らせる。

 山の如き堅牢な防御でカヅェルの猛攻を凌いでいた辺見颯へんみはやては無数の武器の檻に閉じ込められて行動不能になっていた。全身に裂傷が刻まれているものの、致命傷はひとつもない。おそらくスキルの効果だろう。

 そう、スキルの効果は強力だ。

 使いこなしさえすれば、はじめから強かった能見鷹雄と柳野九郎を瞬殺したカヅェルの攻撃に対抗できるほどの効果を発揮する。


「何だぁ? 弱ぇオーラしかねぇはずなのに、その硬さは矛盾だろ」


 刃が直撃した天川勇吾の小さな身体には、傷ひとつなかった。

 むくりと起き上がり、闘志を燃やして懸命に強敵に立ち向かおうとする。

 よろよろとしながらも、逆境に負けず健気に戦おうとしているのだ。


(かっ、かわいい! えらい! いい子! 守ってあげたい!)


 守梨の精神状態はおおむね終わりという感じだったが、それを知らぬ天川勇吾は勇ましくカヅェルと相対した。


「俺は負けないユシャ! みんなと一緒に元の世界に帰るために! 応援してくれる友達のために! 絶対あきらめないユシャ!」


 友達の応援。それこそが彼の力の源泉だ。

 守梨は気づいた。天川勇吾と繋がった、形のない絆の存在に。

 それは鎖の形でありながら、破滅とは異なる運命の交錯点。

 小動物を共に戦う存在として認め、友情を築き、その秘められた力を何倍にも増幅するスキル。テイマーと呼ばれる天職が使いこなす、強化の力だ。


「行け、勇吾。俺がお前を絶対に死なせないからな」


 テイマーである吉田竜太よしだりゅうたによって使役された天川勇吾は、これまでの全ての繰り返しの中で一番強い。

 小さなマスコットは、ただひとりの主人公として戦おうとはしていなかった。

 彼には、主人公ゆうじんたちがついているのだ。



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