第二十六話 その未来の先へ




 既に舞台の幕は上がっている。

 オリヴィアはふざけた言動からシームレスに演技に移行した。


「ふふ、笑わせてくれますね、聖女マモリ。全てが思い通りになるとでも思いましたか? なんと浅はかなのでしょう! あなたは然るべき報いを受けるのです!」


「え、ええ?」


 いくら守梨と言えど、これに即応するのは困難だった。

 混乱し、困惑し、返事に窮したところにオリヴィアが畳みかけていく。


「とぼけても無駄です。あなたがクラスの生徒たちを先導し、何の罪もない勇者ユーゴを悪人に仕立て上げ、よってたかっていじめていたことは調べがついているのです! あなたのような腹黒な偽聖女が王子様と結ばれる? 冗談はおやめなさい。あなたのような悪女は聖女の位を剥奪され、追放されてしかるべきです!」


「いや、その、おおむね合ってるけど、えっ勇者? 王子様? 何何何?」


 いわゆる断罪シーンである。

 クエストについての知識がある守梨も当然それはわかっている。

 わかっていても反応が遅れた。ふつう、こういう場面でいじめられているのは『乙女ゲームにおけるオリジナルの主人公ヒロイン』であって勇者ではない。

 だが天川勇吾を『指標インジケータ』として追い詰めたのは間違いなく守梨だ。現実と虚構が混ざり合い、守梨の意識が混乱する。

 オリヴィアが想定しているストーリーがよくわからなくなったのだ。

 一方、カヅェルは神妙な表情で唸った。


「なるほどな。それが狙いか」


「え? は? なにが?」


 『こいつ本当に今ので理解できたのか?』という疑いの視線が長身の男に向けられたが、やれやれと溜息を吐くカヅェルの表情は理解者のそれだ。


「いい加減にしろや、お嬢。この期に及んで何ができるってんだ」


 苛立ちと共に、カヅェルの敵意が膨らんでいく。

 これまでにあった甘さが消えつつある。

 殺意こそないが、『少しばかりの折檻』が必要だと考えている顔だった。

 オリヴィアは臆することなく言葉を返していく。


「かつて申し上げた通りです。わたくしたちは第三段階に到達しました。いまはまだ最終目標を実現できていませんが、確実に前進しているのです」


 守梨がわずかに目を見開く。

 戴冠神殿側の事情を調べていく過程で行き当たった、『秘術』の話だとわかったからだ。確かザマミローは第二段階の副産物として生まれた怪物であり、研究はそこから先に進んでいないはずではなかったか?


(そこまでわかっていても、前回の惨事は予測できなかった。私はいつも後手に回らされている。情報を、なんとかして把握しないといけないのに)


 前回までの情報を踏まえて、守梨は状況を分析する。

 天川勇吾キングザマミローというイレギュラーが発生したからこそ、カヅェルたちはオリヴィア生存の望みを破滅的な計画に託したはずだ。

 しかし、オリヴィアの言葉はその状況を覆し得る希望だった。

 守梨の知らない何らかの要因ファクターが影響している。


(けど、なぜ状況が変化したの? 外部から召喚された異世界人は私たちで最後だったはず。これまでの研究が実を結んだ? あるいは、私たちのクラスに天川のようなイレギュラーがもうひとりいたってこと?)


 そんな奇跡のようなことがあったとしても、守梨が把握している生徒の中にそれらしき人物はいない。この状況の全貌を把握していたのは教師である今井星斗いまいらいとを除けば、津田守梨グループ、今井北斗、渡辺麗華、それに多田心くらいだが、オリヴィアと協力していた様子はない。

 元々特殊な存在だった能見鷹雄や柳野九郎だろうか? だが彼らはあくまで暗殺や武芸の達人であり、オリヴィアの秘術に影響を及ぼせるとは考えにくい。

 現在、守梨が行動を把握していない旗野詩織はたのしおり薬師寺花鶏やくしじあとりにしても一般人なのは確認済み。天川勇吾と中学からの知り合いらしい、ということは聞いているがそれだけだ。

 スキルやクエストにしても詩織は『危機察知』で乙女ゲームの主人公タイプ、花鶏は『調合』で錬金術による店舗経営タイプとさほど特別なものではない。

 守梨が混乱している間にも、二人の会話は続いていく。


「知ってるよ、限定的な白化コンパウンドだったか? 半信半疑ってとこだがな。お嬢の研鑽が好調なのはいいことだ。しかしよ、それは計画を止める理由にはならねえ。わかってんだろ、この世界槍だって永遠に運用できるわけじゃねえんだ」


 秘術の最終目標は、オリヴィアの魂を異世界に運んだ上でその地で物理的な肉体に定着させることだと守梨は理解している。

 それをしない限り、一時的に帰還している瀬川莉子せがわりこのように時間経過で存在が霧散してしまう。

 あちらで生き続けるために、オリヴィアは全く異質な世界の人間に生まれ変わる必要があった。ゆえに、研究途中の秘術はオリヴィアを全くの別人と融合し、新たな存在として再構成するようなものらしい。

 

(なら、彼女は既に『合わさってる』ってことなの? 誰と?)


 守梨の疑念と同じように、カヅェルもまた信じるに値せずとほぼ取り合っていない。ならばこれはただの戯言なのか?

 しかし、前回の守梨たちはオリヴィアの言葉を戯言と思い込んで失敗した。

 同じ失敗をしたくはない。どんなに愚かに思えても、オリヴィアの言動には意味があると考えておくべきだ。

 ふざけているようにしか見えない変な女は、堂々と言葉を紡ぎ続ける。


「わたくしの方針は変わりません。このまま第四段階を目指し、赤化リレートによって異世界との断絶を乗り越える。『次元架橋計画』を実現し、この世界槍の全ての魂を安全な場所まで送り届けます」


 オリヴィアが示したヴィジョンは単純なものだった。

 秘術の最終段階。魂の融合さえ超えた、世界と世界の接続。

 それは召喚の儀式さえ必要としない、巨大な橋の構築だ。

 誰もが通過できる回廊。

 世界と世界の細い繋がりを、誰の目にも明らかな物質として具現化する。

 そうすれば、一億の人口を全て救えると、彼女はそう言っていた。


(なんかかっこよく言ってるけど、問題が発生するに決まってるでしょ。大混乱だし下手したら大惨事ハードランディングだよ! いや希望には違いないけどさあ!)


 下手をすると成功してしまった場合の方が大変そうだ。

 そして自信満々なオリヴィアを見ていると、なんだかその『大変』が起きてしまいそうでひどく恐ろしかった。彼女は希望を語っているはずなのに。

 なんだろうかこの、『こいつは味方にした時の方が厄介』みたいな感覚は。

 守梨はとてつもなく嫌な予感がして、背筋がぞわりとした。


「わたくしたちは確かに前進している。それをこの力によって証明します」


 オリヴィアの瞳に迷いはない。

 たとえカヅェルと一戦交えることになったとしても己の意思を押し通すつもりだ。

 それを悟ったのか、男は敵意を受け止めた上で冷徹に断言する。


「無理だな。俺の『お喋り兜』やココロと戦って消耗してんだろうが。もう悪役令嬢ヴィラネスポイントもろくに残っちゃいねえはずだ。稼ぐタイミングもなかったろ?」


「あ、それ実在する感じのポイントなんだ」


 思わず口に出てしまった。

 守梨は慌てて口を押えたが、時すでに遅し。

 オリヴィアの目がキラーンと光った(ような気がした)。


「よくぞ聞いてくれましたね! そう、悪役令嬢ヴィラネスポイントとは、悪役としての振る舞いや『それらしさ』によって蓄積されていく、ヴィラネスのヴィラネスによるヴィラネスのための高貴なるメタテクスト干渉リ」


「これ真面目に聞かないとダメ?」


「適当に流しとけ。そのうち満足する」


「そして悪役令嬢はこのポイントを使って変身ができるのです! もうおわかりですね? 悪逆非道な闇の聖女マモリ! わたくしとあなたの話をしているのですよ!」


「カヅェル、このコ引き取って」


「引き取りてーが大人しくしててくんねーの。逃げ出すんだよこいつ」


 なんだろうこれ。守梨は妙な疲労感を覚え始めていた。

 悲愴な決意を固めてこの場に赴いたはずなのだが、シリアスな空気はオリヴィアによって瞬く間にぶち壊しにされてしまった。

 あるいは、これも守梨に与えられた罰なのかもしれない。


(そんなへんてこな罰は嫌だ)


 反射的にそう考えてしまって、守梨は愕然とした。

 自分はまだ、そんな贅沢な甘えを捨てられていないのか。

 受ける罰を自分で選べるとか、無様さや滑稽さに巻き込まれることなく綺麗に死ねるとか、本当にそんな都合のいいことを思っていたのか?

 自分で自分が嫌になる。胸がじくじくと痛み、思わずオリヴィアから目を逸らしてしまった。そこで別の視線と目が合い、思わず息を呑む。

 新たな登場人物が現れたのである。


「そこまでだ、悪女オリヴィア!」


「今度は何なの?」


 その男は場違いな衣装を身に纏っていた。

 ファンタジー作品か学園祭の演劇に出てくるようないかにもな『王子様』の恰好。

 マントがなびき、肩章や飾緒が揺れる。ホワイトとブルーをベースにした舞台衣装は、天川勇吾に良く似合っていた。


「いわれのない罪で聖女を貶めようとするその暴挙、断固として許すまじ!」


 カヅェルは呆れたような目で闖入者に目をやり、右の手のひらから奇術のようにサーベルを出現させた。

 無造作なアンダースロー。狙いは脚だ。適当に苦しめておき、あわよくば闇堕ちすればいいという算段だろう。


「陰謀を企てていたのはお前の方だろう! だからこそ、俺はここに宣言する!」


 だが、凶刃は強風によって防がれていた。

 横合いからカヅェルの攻撃を防いだのは、片手を前にかざした辺見颯へんみはやてだった。カヅェルは矛先を変えて次々と出現させた刃を投擲していくが、疾風のように動き回る男子生徒に命中することはない。


「速いな。風使い、だけじゃねえ。確かお前は加速能力もあるんだったか」


 オリヴィアと天川勇吾に何らかの策があることは明白だ。

 カヅェルはそれを妨害しようとするが、友人を守ろうとする颯が思いのほか手強い。舌打ちし、まとめて無数の刃を取り出して投擲する。

 強風では揺るがないほどの重さと密度だ。回避が間に合わない。

 だが、迫る死に対して颯は大地に手を突いて対抗した。

 途端、真下からにょきにょきと無数の木々が生えてくる。


「樹木の障壁?! なんだそりゃあ?!」


 樹木に阻まれてカヅェルの攻撃は届かない。

 困惑するカヅェルの前で、辺見颯の背後でタイトルが変質していく。

 吹き荒れる風に揺れるフォントが、静かな枝葉が巻き付いたお洒落なものに。

 記されていたのは、シンプルな一文。


『林のごとく!!』


「そう! ハヤテっちはテニス部なのだ~!」「ギャハハ、説明になってねえ~」


 横合いから奇襲した多田心が一撃を入れて離脱し、その背後から気配を消していた能見鷹雄が小石による狙撃を行う。

 二人とも慎重な動きだ。前のように不用意に接近して敗れることのないような立ち回りを徹底していた。

 そうやって時間を稼いでいる間にも、天川勇吾による『口上』が続いていく。


「陰湿な画策、卑劣な謀略、非道な暴虐」


 それはむしろ、呪文の詠唱に似ていた。

 オリヴィアから伝授された、婚約破棄の極大呪文。

 それは始まりを告げるシーンの再現。


「知らぬふりする厚顔無恥、己が手を汚さぬ狡猾老獪、全ての所業が言語道断」


 あるいは決め台詞。あるいはお約束。あるいはリフレイン。

 本来ならば不発に終わるだけのコミカルな演出。

 前に使用した時には須田美咲すだみさきの心を傷つけるだけで終わった。

 そして、今回もまた単なる『空振り』では終わらない。


「罪と向き合え、耳を塞ぐな! お前が見下ろした者が、ただ縮こまるばかりの弱者であり続けることはない!」


 それは、果たして誰に向けられた言葉だったのだろう。

 素直に解釈するなら、オリヴィアという召喚者の罪に対する糾弾だ。

 多くの人を自分勝手な都合に巻き込んだことに対する罰。

 だが、勇吾はオリヴィアに『耳を塞ぐな』と告げた。

 哀れな『指標』であった天川勇吾はもう弱者ではないのだと主張するように。

 ただ状況に翻弄され、守られるだけだった彼はいない。

 大切な相棒パートナーであるオリヴィアを守る。そのために彼はここにいた。


「オリヴィア・エジーメ・クロウサー! お前との婚約を破棄する!!」


 そして、光が弾けた。

 悪役令嬢ヴィラネスポイントが貯まったのだ。

 すかさずカラフルな玩具を天高く掲げてオリヴィアが叫ぶ。


「マジカルヘアアイロン、ブリリアントチェンジ!」

 

 オリヴィアの周囲に展開された光が変身用の空間を形成していく。

 だがそれを見咎めたカヅェルは、周囲の妨害を振り切って刃を投げつける。

 

「やらせるかよっ」


 颯の放った激しく侵略する火にその身を焼かれ、能見の指弾が腹部に命中し、片手で心の斬撃を弾きながら強引に放たれた掟破りの『変身中の攻撃』。

 圧倒的な力を持つはずのカヅェルは、この場で誰よりもオリヴィアを警戒していた。弱体化しているとはいえ、彼女は本来なら戴冠神殿の頂点に立つ存在だ。

 何かをされる前に止める。カヅェル渾身の一撃は、しかし変身結界に直撃する寸前で撃墜されていた。

 空高くから飛来したとてつもなく巨大な剣によって。

 遅れて大剣の柄尻に着地したのは、小柄な美少年だ。


「静観しようと思ってたんだけどさ、やっぱやーめた」


「しぶといんだよ、てめえは!」


 遅れてやってきた今井北斗いまいほくとに向かってカヅェルが叫ぶ。

 驚くべきことに、少年の制服は血に染まっており、全身には無数の裂傷が刻まれていた。普通に考えれば失血死していてもおかしくない。

 だが、爛々と輝く北斗の目にはかつてないほどに生への執着が宿っていた。


「あの輝きは僕が守るべきものだ。あの勇者は僕の獲物だ。だからお前には触れさせない。あいつを殺していいのも守っていいのも僕だけだ」


 今井北斗は異様なまでに興奮している。

 彼の関心はカヅェルはおろか、オリヴィアにさえ向けられていない。

 たったひとり。主役にポイントを供給するという役目を終えたはずの天川勇吾に粘ついた視線を向け、ギラギラとした感情を滾らせている。

 そこでようやく、カヅェルや守梨たちも気づいた。

 終わっていない。オリヴィアの変身と共に、天川勇吾にも異変が起きている。


「かがやけキューティクル、ホット、カール、ジャンプ!!」


 オリヴィアの台詞と並行して、天川勇吾の両目が強く輝く。

 スキルが発動している。

 彼が今井星斗から受け継いだ『フラッシュフォワード』は、本来なら生徒たちの『成長した後の姿』を映し出し、それを再現して模範とするスキルだ。

 だが天川勇吾はいま、誰のスキルも再現していない。

 彼が見ているのは、己の未来。

 天川勇吾は信じた。今井星斗が最後に信じた、勇吾自身の成長を。


「先生が見せてくれたんだ。限界を超えた、俺のフラッシュフォワードを!」


 スキルの限界突破。

 それは教師が生徒に模範を示すことでしか実現できない。

 ゆえに教師のスキルであるフラッシュフォワードは限界を突破できないはずだった。イレギュラーな現象であるスキルの継承が起きなければ。

 天川勇吾の周囲で光が渦を巻く。

 それはオリヴィアに起きている変身現象とよく似ていた。


「俺は、俺が望む未来を実現する。頑張っている主人公を邪魔したりしない。誰かの物語を壊したりしない。俺の未来は、破滅を乗り越えた先にある!」


 単なる障害としての運命を否定し、その先を望む意思が形になる。

 自己の変容。天川勇吾の四肢が光の粒子となって解けていく。

 存在そのものが、崩れて消えていくように。

 その光景を見たカヅェルは愕然としていた。


「馬鹿か?! そんな無茶な変身のやり方があるか! 今の自分からの変化幅がデカすぎる! 二度と元に戻れなくなるぞ!」


「戻れなくたっていい、オリヴィアと共に戦えるなら」


 それはあまりにも凄絶で悲愴な覚悟だった。

 主人公だらけのクラスにおいて、彼は最弱のかませ勇者でしかなかった。

 そんな彼が戦いの場で何かを成し遂げるためには、相応の代償が必要になる。


「俺は、勇者だ!」


 不退転の決意を固めて、天川勇吾は望む未来を具現化する。

 己の未来に待ち受ける破滅、フラッシュフォワードのその先へ。

 最初に予告された危機を乗り越える、物語の主人公のように。 


「ふわりと見下ろす気高き悪女! ヴィラネスロイヤル!!」


 変身が完了し、くるくると回りながら絢爛に登場する悪役令嬢。

 そして。

 ほぼ同時に天川勇吾の周囲にあふれていた光が一点に収束。

 天川勇吾という名の長身の男子生徒を構成していた魂の情報が霧散し、渦を巻き、新たな形へと新生を開始する。

 誰もが呆然と、生まれ変わった天川勇吾の姿を凝視する。

 不敵に微笑むオリヴィアと、愉快そうに含み笑いをする北斗を除いて、作戦を聞かされていた颯たちでさえ慄然としていた。


「馬鹿な。こんな、こんな勇者がいるのか? これまでこんな奴は一人も」


 歴戦の猛者であるカヅェルでさえ目の前の事態に狼狽している。

 この世界槍の中で様々な転移者を見てきた彼は、『指標』がこのような変化を遂げた事例を知らなかった。

 だが天川勇吾はそれをやった。

 ゼロから思いついたわけではない。

 オリヴィアと出会ったことで得た経験が、彼にその発想をもたらした。


「やったな、勇吾」


 友を守り切った辺見颯が呟く。

 慄きながらも変容した友人を見て少しだけ楽しそうに笑った。

 それを最初に打ち明けてくれたことが、馬鹿みたいに誇らしかった。

 天川勇吾の変身。

 そう聞いて、まず思い浮かぶ姿は何だろうか?

 いつだってクラスの中心で華やかに立っていた、王子様のように整った容姿の男子生徒。成績優秀でスポーツも得意。時に優しく時に頼もしい、理想そのもの。 

 そんな彼が変身するのだ。

 強く、大きく、常に勝ち続ける勇ましい英雄?

 あるいは、荘厳で神々しさすら感じさせる美の化身?

 違う。そうではない。

 天川勇吾は、そんな未来を望まなかった。

 彼の周囲を舞っていた光が去っていく。

 そうして、真実がヴェールを脱いだ。

 いつの間にか後方に現れていた吉田竜太よしだりゅうたが腕を組み、さして熱を込めたわけでもない表情のまま口を開く。


「行け」


 ぴょこん。たっぷりとボリューム感のある尻尾が上向きに立つ。

 くるん。カールした尻尾の先はキュート。

 きょとん。くりくりした目は純真無垢。

 よちよち。小さな手足はいつだって一生懸命。


「ゆ~しゃ、ゆ~しゃ」


 よいしょ、よいしょと同じイントネーションでそれは鳴いた。

 そう、それは鳴き声であり、同時に語尾でもある。

 颯爽と登場したのは、もふもふとした毛並みをしたぬいぐるみ感のある小動物。

 リス? とかハム? とかこう、そういうニュアンスの? 実在生物ではないような気がするが、いわゆるクレーンとかで釣れそうな、とにかくそんなんである。

 なんか、小さくてかわいい感じの生き物が爆誕していた。

 天川勇吾は、ヴィラネスの相棒パートナーたるマスコットになったのだ。


「ヴィラネスがんばるユシャ~!!」


 頑張って出した感のある裏声が、朝の神殿前に高らかに響く。

 目覚めた生徒たちは、何が起きたのかとその場に集まり始めていた。

 『優等生』、『王子様系イケメン』、『バスケ部のエース』、『クラスの中心』、そんな天川勇吾のイメージに、新たな一文が追加されようとしていた。



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