第十二話 外れスキル持ちが集まったら、なんかシナジー発揮してもアドだけどマイナス部分が同枠で相互上書きされてもアドって感じがする。




 この世界はゲームのような単純なつくりをしているが、広大な世界を各階層の管理者たちが端から端まで完全に把握しているかと言えばそうではない。

 オリヴィアが辺境で『アンチクエストシティ』なる勢力を築き上げているように、ある程度までなら階層構造への介入ができるとのことだった。


「わたくしの天職は悪役令嬢ですが、ダンジョンマスターとしての腕前も一流だと自負しております。運命を変えるにはまず下準備から。ご覧ください」


 オリヴィアの扱う幾つもの水晶玉は占いに使うような『おまじないの道具』であり、遠くの景色を映し出すことができる。

 これらを用いると霧状の粒子を散布した空間に立体的な映像を投影することが可能となり、勇吾たちは遺跡を歩く救出チームの詳細な様子を把握していた。

 チームの中心は地図を手にした村上誠司。

 迷わずに廃城を目指して進んできた一行は、そこで思いがけず足を止める。

 城の門には鍵がかかっており、すぐ近くのわかりやすい位置に台座があった。

 台座の上には幾つかの丸い窪み。その下のプレートには『正しい位置に宝珠を置け』という意味合いの仰々しい文言が刻まれている。


「仕方ない、皆でこのあたりを探してみよう」


 誠司の地図を頼りにしながら一行は遠回りをすることになった。

 それを見ながらオリヴィアが満足げに頷く。


「彼らがこの場所に辿り着くまでにはもう少し時間が必要でしょう。この城の門を解錠するための宝珠は、市街地の各所に置かれた宝箱に隠されていますから」


「もしかしてわざわざ箱の中に入れてきた?」


「ええ。同時に、戦いや探索を有利に運ぶためのアイテムも配置済みです」


 なぜそんなことを、と疑問に思っている間に同級生たちが小部屋に辿り着く。

 そこには大きな箱が二つあり、斥候という天職だった村上誠司は『委員長だし、こういう危険な役割は俺が』と言いながら恐る恐る箱に近づいていく。周囲は何が危険なのかわからない、という表情。


「みんな、中身ごと壊れるタイプだったらごめん!」


 村上誠司はそう叫びつつ護身用の短剣を抜いて箱に突き刺した。

 静寂。

 委員長は短剣を刺したあと、びくびくしながら箱の様子を窺っていた。何も起きないとわかると、おそるおそる箱の蓋を持ち上げる。


「村上どした?」


「癖になってんだ。宝箱殴ってから開けるの」


 辺見颯の問いかけに対し、村上誠司はバツの悪そうな表情で答えた。

 かくして十五人の生徒たちは箱の中身を手に入れたわけだが、入っていたのは門を開くために必要な宝珠(と呼ばれている色付きの石)だけではない。

 禍々しい装飾の大鎌と、立派な装丁の本。

 それらに向かって誠司はむん、と気合を入れながら叫ぶ。


「鑑定!」


「さっきから委員長はなにしてんの?」


 またしても辺見颯が不思議そうに尋ねると、眼鏡の少年はすこし引き攣った笑みを浮かべながら答えた。 


「いやあ、こういうゲームっぽい異世界ならパターン的に手に入ったアイテムが危険かどうかとかわかるかなって。無理だったけどね。笑っていいよ」


「あー、そういやそういうの詳しい系なんだっけ。いやいいじゃん、思いついたことあったらどんどん試してよ。てか俺らの方がむしろ警戒してなさすぎだったかも」


「うおお、フォローがあったけえ」


 わざとらしく泣き真似をする誠司と苦笑する颯の真横をすたすたと通り抜けて、一人の少女が箱の前で屈む。彼女は小声で大鎌と本に話しかけ、なにやら興奮気味に言葉を交わしていたかと思えば、急に振り向いて仲間たちに告げる。


「あの、危険はないみたい、です。お話したらお名前と相性がいい人を教えてくれたので、よければ使える人が使えばいいんじゃないかと」


 多田心の『武器会話』のスキルはなぜか書籍にも適用可能だったらしく、詳細な情報が救出チーム一行にもたらされた。

 心の説明によると、大鎌は天職が『農夫』である畑中大樹はたなかたいきが最も有効に活用可能であり、本の方は兜山甲かぶとやまこうが使うべきとのことだった。


「えと、お名前は、大鎌さんの方が『非常に有害な守護する死神フルグントの大鎌射手の』で、本の方は『デモニックスキルブック<変身>嵐の王の』らしいです」


 心は自信なさげに言った。その場の全員がきょとんとした顔になる。

 村上誠司は少し考えてから、「これローカライズがちょっとその」などと呟いたが、思い直したように「わかるだけマシか」ともごもご言って黙り込んだ。

 映像を見ていた勇吾が思わずオリヴィアの方を見ると、彼女はこう説明した。


「あれは接辞アフィックス。アイテムに特殊な効果を付与するおまじないです」


「あー、『リニューアル』みたいな?」


「その理解で構いません。たとえばあの鎌の場合、特殊効果によりスキルと同属性の防護障壁を装備者の周囲に展開。更に敵を発見した場合、スキルと同属性の『魔弾マジックミサイル』を自動射出。魔弾は前方だけでなく真横と後ろにも放たれるため単身でダンジョンに挑んで囲まれた時でも安心ですね」


「あれ? でも確か畑中のスキルって」


 勇吾は嫌な予感に襲われたが、新しく手に入れた装備をワクワクしながら試そうとした生徒たちを止める術はない。

 『ダンジョン』と化した遺跡を徘徊するグラスエイプと遭遇した畑中大樹は、職分け帽子イマジナリーユーゴによって『臭いんだよクソスキル持ちは田舎に引っ込んでろ』と吐き捨てられた鬱憤を晴らすかのように大鎌を構えて前進した。


 彼に与えられたスキルの名は『糞便利用』。

 天職が農夫ということを考えれば、藁や落ち葉などと混ぜて発酵させることで堆肥として利用可能であることは今時の高校生なら自然に思い至る。勇吾の世代で環境問題や循環型社会についての知識に触れずにいることは難しいし、そもそも歴史的に長く行われていたことなので普通に小学校の課外授業などでも習うことだ。


『おいおい、こんな臭いスキルが何の役に立つんだ?』


 なぜか破滅した未来の勇吾は畑中大樹を見下しながらこう吐き捨てていたが。

 おそらく運命クエストに誘導された結果だと思われる。

 それはそれとして。

 この状況では堆肥を利用して農業に役立てる、ということは不可能だ。そして先ほど説明があった大鎌の性質から、恐るべき現象が引き起こされてしまう。


「う、うわああ、止まらない、なんだこれうんこが止まらないいい!!」


 地獄絵図だった。

 どこからともなく湧きだした黒ずんだ茶色の『それ』は。畑中大樹の周囲に球状の糞便障壁を構築。そこから四方に撒き散らされる糞便魔弾はグラスエイプたちを蹴散らし、更に近くにいた仲間たちに襲い掛かる。

 危険を察知して退避できたのは柳野九郎けんごう能見鷹雄あんさつしゃ、それから多田心とうけんずきのみ。

 咄嗟に辺見颯と吉田竜太が残った女子ふたりを庇ったが、盾になった彼らと他の男子生徒たちは惨劇の犠牲者となった。

 悲鳴。絶叫。罵倒。助けを求める声と蛮行を止めるように求める怒号。

 そして、畑中大樹の絶え間ない謝罪。

 彼は既にこの状況をコントロールできていないのだ。


「どーすんだよこれ」


 最悪だった。このままでは本当に畑中が『臭いクソスキル持ちめ』と嫌われて追放されてしまいかねない。

 責めるような視線を受けたオリヴィアは柔らかく微笑んだ。


「ここで先ほど手に入れた『スキルブック』の出番です。あれは『昆虫変身』用のスキルブックで、カタログの中から選択して今のレベルでは選択不可能な『上位昆虫』に変身することができます」


 本を手にしている兜山は、さきほどから汚れながらも必死に本をめくりながら何かを探しているようだ。図鑑のような絵柄を指でなぞりながら、『これでもないあれでもない』と迷っているようにも見える。


「兜山はたしか、序盤では最強の生命力と素早さを持つゴキブリに変身する道を選んだはずだけど」


 勇吾が見た破滅の未来において、兜山甲は変身の代償として他者との意思疎通ができなくなってしまっていた。更にはクラスメイトたちに気付いてもらえず、全員に追い回されて最後には勇吾によって叩き潰されてしまう。

 奇跡的に生存して逃げ延びたゴキブリ男は地底にある昆虫王国の王女に救われる。様々な出会いを繰り返しながら己を鍛え上げ、様々な昆虫に変身する能力を獲得し、遂には人間に戻ることに成功。最後には巨大なカブトムシに変身し、昆虫王国に攻め入ろうとする邪悪な勇者と対決。見事勝利を収めるという物語だったはず。


「スキルブックのカタログには『全ての糞便を球状にまとめてコントロールする』という能力を持った『スカラベ』またの名を『フンコロガシ』が記載されております」


 オリヴィアの解説に勇吾は思わず顔をしかめそうになった。

 いくら何でもやり口が露骨すぎるというか、個人の自由も何もあったものではない。とはいえ、序盤の有力な選択肢としてゴキブリが用意されているのも恣意的と言えば恣意的なのだが。


「ピンポイントすぎる」


「他にも魅力的な『ヘラクレスオオカブト』や『オオスズメバチ』、『オオカマキリ』や『トノサマバッタ』などがいますが、この状況でそれらを選べるかというと」


「きついだろそれは」


 勇吾は、もし自分が兜山甲という名前に生まれて『昆虫変身』などという特殊能力を与えられたら、『カブトムシに変身して活躍したい』という欲求に抗えるだろうかと考えた。そして、きっと無理だろうと結論する。

 勇吾にも小学生の心が残っている。カブトムシが大好きだった幼い日の衝動が、『昆虫に変身するならやっぱりかっこいいカブトムシだよな!』と言っていた。


(未来の兜山は我慢できたんだ。皆の前で壁になる戦士だから、少しでもタフな方が役に立てるって考えて、あえて攻撃タイプのカブトムシじゃなくてゴキブリを選んだ。そのせいで迫害されるとは思ってなかっただろうけど)


 重要なのは、兜山甲がそういう性格だということ。

 

「うおおお!! 『昆虫変身・スカラベ』!!」


 熱い叫びと共に少年の全身が光に包まれ、瞬時に巨大な昆虫へと姿を変える。

 女子たちが悲鳴を上げるが、人間大のスカラベは素早く畑中大樹に接近して飛び掛かった。光に包まれた節足が暴走する糞便に接触した瞬間、爆発的に拡散し続けていた全ての茶色が一か所に集まり始める。


「負けるかあああ!!! 全てのフンは、俺が支配する!!」


「兜山、お前、俺のために」


 それは何かの物語のクライマックスのようだった。

 当人の気質なのか、熱く盛り上がる兜山とその姿を見てなにやら感動している様子の畑中。周囲の壁や床、他の男子たちの全身にへばりついた糞便までもが不思議な力で巨大スカラベの目の前に集まっていき、その場の全員がスカラベを感謝と尊敬の目で見るようになっていた。


「あっ」


 その光景を唖然とした表情で眺めていた勇吾は思わず声を上げてしまった。

 騒動の渦中にいる少年たちの頭上で、異変が起きていたからだ。


『ゴキブリ転生~嫌われ者になっちゃったけど最強生命力で異世界を生き抜く~』

『鋤と肥料のファンタジー~文字通りのクソスキルだからと追放されたのでのんびりスローライフをすることにしました~』


 兜山甲と畑中大樹。

 それぞれ疎まれる要素を持ったスキルを与えられながらも、懸命にそれらを活かして活躍するはずだった主人公たちの物語。

 そんな彼らのタイトルが、変質し始めていた。


『スカラベ伝説~転がせるフンを無限供給できる農夫の親友と異世界無双~』

『フン使いとフンコロガシの冒険譚~クソスキル貰っちゃったけど相棒がフンコロガシだったおかげで毎日が快適です~』


 そうして、仕組まれた事故から巻き起こった波乱の一幕は終わりを迎えた。

 それはいいのだが、気になるのは二人に起きた変化の性質だ。


「あれ? これって二人とも、お互いがいることが前提のタイトルになってる?」


「気付きましたか? 追放ものは基本的にたったひとりで這い上がるストーリーです。クラスの仲間とは離れて行動することが多い。その流れを、友人同士の繋がりを強くすることで歪めれば」


「クラス全体の結束を強くすることにも繋がる?」


「そう、名付けて『ナイスカップリング作戦』です」


「へえええ」


 素直に感心してしまった。

 少なくともこれであの二人が忌み嫌われて排斥されることはしばらくないだろうし、仮にそうなったとしても一人で孤独に行動するのでなければまた違った未来に繋がっていくはずだ。勇吾が見た破滅からは遠ざかったと言える。


「なんとかなるものなんだな。正直、糞が飛び散った時は意味不明すぎてどうなることかと思ったけど。そもそも人間から糞が出てくるってなんだよって感じだし」


 異常に慣れ始めている勇吾だったが、あの汚物まみれの光景はこれまでとは一風違った『嫌さ』があった。勇吾にとってそれが見慣れないものだったことも大きい。


「そのへんの動物とか怪物とかが排泄してるとこにわざわざ行かないし、あんな大量の糞なんてはじめて見たかもしれない」


 事態が収まって急におかしくなってきたのか、半笑いでそんなことを呟く勇吾。

 そんな少年の横顔を、オリヴィアはじっと見つめながら言った。


「そうですね。牧畜系や内政系のクエストを進めている方であれば、牛や馬といった家畜と関わる過程で目にすることもあるでしょうけれど。わたくしもこの世界に来てからというもの、ああした汚物を目に入れたことはほとんどありません」


 そう言ってから少し沈黙して、少女は勇吾から目を逸らした。

 何か考え込むようにじっと床を見つめ、口を開き、ためらい、ゆっくりと視線を上げて、勇吾の顔色を窺うようにしながら言葉を紡ぐ。

 少し、震えた声だった。


「ユーゴさん。街で食べた料理はおいしかったですか?」


「もちろん。見慣れないものが多かったけど、色々な異文化を感じるっていうのかな。カラフルだったり独特な食感だったりで、楽しめたよ」


「なるほど。そういえば、わたくしと合流するまではどのような食事を?」


「お菓子とか保存食がなくなった後は、その辺の草とか川の魚とかかな。猪とか野兎とかをみんなで狩ったり、野牛っぽいのを仕留めるのが一番大変だったな。危うく大けがするところだったし。『可哀想』って反対する女子の説得もきつかった」


「どうして、そんなに大変な思いをされてまで食事を?」


「そりゃあ、だって食事は文化だろ? 人間らしさを失ったら俺たちは生きていけないじゃないか。元の世界での文化的な生活を思い出せるように行動しないと」


 当たり前の事を確認するオリヴィアを不思議に思いながら、少年は少女の震える瞳を見つめた。そこに浮かぶ感情がどんな色をしているのか、勇吾にはわからない。

 不安。恐怖。苦痛。それはどうしてか、勇吾がいつも抱いている未来の破滅に対する感情にとても似ているように思えた。

 妙な話だ。勇吾たちの食事風景が、オリヴィアに何を想起させると言うのだろう。

 いまの彼女は、糞便が撒き散らされる下品な映像からでさえ不安を読み取ってしまっているようにも思えた。


(まさか。そんなはずはない)


 勇吾は内心で首を横に振る。

 動物が食べたものを消化しきれずに排泄しただけの、たかが汚物だ。

 獣は料理をしない。食事の際の団欒やコミュニケーションといった文化も持っていない。自然界の捕食と排泄のサイクルは人間の食事文化とは根本的に異なる。

 そんなものを、彼女がどうして恐れる必要があるだろうか?

 勇吾にとってもオリヴィアにとっても、そんなものは無縁であるはずなのに。


「失礼。余計な話でしたね。いまは作戦に集中しましょう」


 オリヴィアはその後も遺跡内部のルートを巧妙に封鎖したり罠で分断したりあからさまなアイテムを配置して誘導したりといった作戦で救出チームに試練と報酬を交互に与えていった。


「もちろん、これは一時的な破滅の回避。スキルやクエストは本人の資質や適性が反映されたものですから、何かのきっかけで『軌道修正』されてしまうことは十分にありえます。ですが、いまのところはこのやり方で流れを変えられる」


 誰かの大切なものを歪めてしまった。

 わずかな罪悪感に蓋をして、勇吾はオリヴィアの作戦を手伝って遺跡に用意していたアイテムを運んだり、こっそり罠を作動させたりと忙しく走り回った。

 動き続けていれば多くを考えずに済む。

 全ては破滅を回避するため。それが全ての免罪符になると信じて走る。


(これで正しい。俺は前に進んでる)


 こうして密やかな戦いは着々と進んでいった。救出チームは『攻撃されている』という自覚がないまま、次々とタイトルを改変されていく。


「なんだかんだ、ダンジョン探索で俺らもけっこう強化されたよな? これならあのボスキャラにも勝てるんじゃね?」


 お調子者といった雰囲気の伊藤歩夢いとうあゆむは『花火』というスキルの持ち主。彼が本来背負っていたタイトルはこうだ。


『外れスキル『花火』を祭りで披露してたら何故か神々に気に入られてめちゃめちゃ恩寵授かった件』


 だが、いまは違った。伊藤歩夢の周囲にはクラスメイトたちがいる。


『スキル『花火』を使ったらバグでレベルアップだと認識されてるんだが、この異世界ほんとに大丈夫か? とりあえず修正喰らっても大丈夫なようにスキルリセット屋の仲間と一緒にいることにします』

 

 謎の変貌を遂げたタイトルを背負う伊藤歩夢。

 その隣にいる阿部宗介あべそうすけにも似たような変化が起きていた。


『俺は全てを『リセット』する~追放された最弱転移者が存在ごとステータスを振り直して始原の海から究極生命へと進化するまで~』


「組み合わせが良かったよな。めちゃめちゃ相性いいチームじゃね、俺らって」


 『ステータス再配分』こと『スキルリセット』の力を有効活用できるという発見によりすっかり上機嫌になった阿部宗介。

 彼の背後で新たなタイトルが燦然と光り輝く。


『違法スキリセ始めました~仲間のスキルと謎シナジー発揮した『スキルリセット』使い、スキルポイントだけ荒稼ぎして超強化無双~』


 『レベルアップ』の伊藤歩夢と『スキルリセット』の阿部宗介。

 そこに加わった三人目は貝吹元かいふきげん。彼は治療者として参加していたものの、そのスキルの独特な性質が足を引っ張って仲間の役に立てずにいた。


『一定時間が過ぎると傷口が開いてしまう役立たずヒーラー、過去の英雄たちを自由に召喚できる『状態復元』スキルの真価に気づき無双する』


 己の価値に不安を抱き、疎外されることを恐れる状況。

 そんな時に発見した『相乗効果シナジー』に飛びつくのは当然と言えた。


『外れスキル『状態復元』でスキルリセットした後も元のスキルが使えることに気付いた俺は仲間のリセット屋と組んで脱法スキルポイントで荒稼ぎする』


「むぐむぐ、てかスキルポイントうめえ。戦士のはしょっぱいけど治療者は甘いわ」


 なにやら不定形の燐光とも霞ともつかないものを口の詰め込んでいるのは杭川合くいかわあいという少年で、彼もまた背負うタイトルが変わっている。


『暴食王の魔物三分クッキング~勇者くん、魔王は鮮度が命だよ~』


 全員、よく見るとなにやら恐ろしいことが書いてある感じのタイトルだが、変化した後はむしろ穏当な内容に落ち着いている。少なくとも勇吾にとって安心できるのは変化後の方と言えた。


『万能職のスキルイーター~『暴食』スキルで仲間のスキルを食いまくった落ちこぼれ転移者、究極のオールラウンダーとして覚醒する~』


 特定の組み合わせによって『スキルが更に強化された』と喜ぶ男子たちの絆は深まり続ける。『獅子王の遺跡』と呼ばれる未知の空間を力を合わせて踏破していくことで、彼らは目に見えて仲が良くなっていった。

 はしゃぐ男子たちのやや後方、隅の方でひっそりと目立たないようにしているのは隠岐忍おきしのぶだ。『隠密行動』スキルを持つ静かな男子生徒で、勇吾と同じバスケ部だが控えのポイントガードであり、あまり前に出ていくタイプではない。

 そんな彼にもひっそりと変化が起きていた。


『知らないうちに陰の立役者』


 勇吾とオリヴィアの画策によって、隠岐忍は誰にも知られることなく死の危険に直面していた。彼を間一髪で救ったのは能見鷹雄あんさつしゃである。


『最強クラスメイトの正体に僕だけ気付いてる件~こっそり弟子入りして真の強者になってみせます~』


 勇吾は必死だった。あちこちを忙しく駆け回り、舞台裏で小道具を仕込み、舞台装置を操作し続ける。時に音響、時に照明。演出による強引な展開の盛り上げがドラマを形作っていく。どこぞの自称プロデューサーに連れられて劇場を巡った際に様々な知識を叩き込まれたことも今になってみれば無駄ではなかったと思える。


「いや、忙しすぎだろ! この短いスパンでやるの無茶苦茶だよ!」


 廃城の奥に大急ぎで戻ってきた勇吾は我慢できずに絶叫してしまった。

 短距離を走り回ることには慣れているため体力的には問題ないのだが、慣れないことをしてばかりだったせいか気疲れしている。文句のひとつも出ようというものだ。

 勇吾はじとりとした目つきで広間の奥に設えられた玉座を見た。

 オリヴィアは優雅にくつろぎながら「おかえりなさい」と微笑む。


「ただいま。じゃなくてさ。もうみんなが到着しそうなんだけど。足止めはこれ以上無理だと思う。あと残ってるの何人だっけ?」


「剣豪と暗殺者。それからあなたの親しいご友人ふたり。あとは女子三名、悪役令嬢ルートの改変が残っていますね」


「一番ヤバいやつか」


 よりにもよって、と勇吾は溜息を吐いた。

 すぐに思い直す。ここは直接対決の場面までに半数ほどを『削れた』と考えるべきだろう。事態がどう転んでも、最も危険な柳野九郎と能見鷹雄の二人には特別な対処が必要だった。


(それに、竜太と辺見。須田と太田も)


 勇吾は破滅の未来を視てしまってからというもの、『友達』という言葉の感触を確かめるのがずっと恐かった。

 映像の中で、苦難を共に乗り越えるクラスメイトたちを見てきた。

 自らが茶番の演出を手伝い、生徒たちが絆を深める流れを整えてしまった。

 言ってみれば、友情とはそうやってシチュエーションに酔うことで作り出せる程度のものでしかない。全てはオリヴィアの思惑通り、誘導されるまま『俺たちは最強だ』という全能感を共有しているだけだ。


(極論だけど、クラスメイトなんて同じ場所にいただけの関係だ)


 だから『流れ』が明るいものならいくらでも盛り上がれる。

 同じように『流れ』が暗くなれば、どんなに仲の良い相手でも傷つけられる。

 破滅に導くことはもちろん、直接その手にかけることさえ可能なのだ。


(怖い)


 その感情を認めないわけにはいかなかった。

 勇吾は、親しかったはずの友達と向き合うのが、どうしても恐ろしい。

 あるいは、純然たる暴力を宿した剣豪と暗殺者に対峙するよりも、ずっと。

 それでも時間は待ってくれない。

 彼とは無関係のところで、主人公たちの物語は順調に進んでいるのだから。

 決意さえ整えられないまま、広間の扉がゆっくりと開いた。



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