第十一話 勇者の力は万能でもないです
勇吾の知らない所で起きていたクラスの異変。
注目すべきポイントは幾つかあったが、特に勇吾の胸をざわつかせたのはあの場に不在だった四人のことだ。
(無事で良かったって考えるべきなのか? それとも、俺の破滅に直結しかねないパターンの『別行動ルート』に入ってることを恐れるべきなのか?)
不確定要素ゆえにこの先どうなるかが読めない。
『それにしても』と勇吾は別行動している四人の顔を思い浮かべながら考える。
(なんかこう、『華がある』感じのメンバーだよな。そういうとこも『主役っぽい』っていうか。今井と渡辺さんとはそんなに絡みないけど、『あの二人が主人公です』って言われれば確かに納得できる)
(あれ、何だっけ、これ)
思考がぼんやりとしてまとまらない。
何かがおかしいのだが、その何かの正体が判然としなかった。
(それから、あの二人組。アトリはまあいい。俺が心配しなくても勝手に生き残るだろうから。それより心配なのは旗野さんだ)
『ごめんなさい。その芸能人? よく知らないの』
『そう? 天川くんとはそんなに似てないと思うけど』
こんな世界に来る前までは一日に何度も思い返したって飽きずに幸福感に浸れたくらいなのに、今は忙しさのあまり意識することさえしてこなかった。
いつもの勇吾なら、きっと真っ先に彼女の安否を確認しようとしていたはず。
(なんでだっけ。最近の俺、どうかしてるな)
■■。まだそんなことを言っているのか?
馬鹿げた疑問だ。
理由は明白。彼女の顔を思い出すたびに、結末を直視してしまうから。
『悪いけど、あなたに興味無いの。さようなら、勘違い勇者さん』
『勇者の力か。悪いが俺には通用しない。諦めることだ、哀れな運命の奴隷よ』
黒曜石の美貌。漆黒の騎士。揺るがず折れぬ絶対的強者の振るう黒刃が光を裂く。
傲慢な刃は折れ、虚飾の心は砕けた。
去っていく姿が目に焼き付いている。
殺す価値すらないと、彼女の世界から自分が消えた瞬間を覚えている。
それが、『三十九回目』だった。
(作られた『
決定的な破綻。
その瞬間がどの時点であったのかと言えば、それはきっと。
「予想外の展開、というより『正規ルートの無視』。姿を消した生徒の中に『原作知識タイプ』がいるのならこの流れは必然でしたか。やはり難しいですね」
オリヴィアの呟きが聞こえて、ふと我に返る。
どこかに飛んでいた意識が戻り、とりとめのない思考が急速に形を整えていった。別行動している四人については考えても仕方がない。対処は後回しでいいだろう。
「そんなことより、いま考えるべきは『救出チーム』と『クエスト対処チーム』にクラスが分断されてることの方じゃないか? これで俺たちはクラス単位でまとめて解決することができなくなった」
この事態が勇吾にとって吉と出るのか凶と出るのか、今のところは判断のしようがない。少なくとも不確定要素は増えた。なにせ、勇吾のあずかり知らぬところでクラスメイトたちが様々な動きを始めているのだから。
「おそらくカヅェルが干渉した結果でしょうね。まず間違いなく、彼の精神体が器に選んだ『宿主』がこの中にいるはず。流れを変えた『聖女マモリ』とカヅェルの兜を連想させる姓の『コウ・カブトヤマ』あたりが要警戒でしょうか」
オリヴィアは『聖女』という珍しい天職を得た津田守梨に注目しているようだ。
確かに守梨の動きは特筆すべきものだったが、勇吾としては疑念を抱くほどではなかった。第三者の入れ知恵などなくとも、『津田守梨ならあれくらいやるだろう』と思っていたからだ。
「津田さんはどうかな。前からあのグループのまとめ役って感じだったし、生徒会執行部の書記とかやってて、ああ見えて凄いアクティブな人だったから。あのくらいはできて当然って感じもするけど」
天川勇吾と津田守梨は『間接的な友人』とでも言うべき間柄で、端的に言えば『友人の彼女』である。守梨は勇吾と同じバスケ部に所属していた元センターの男子生徒と交際しており、二メートル近い男子と百四十センチメートル程度の女子という目立つ組み合わせゆえに校内でもかなり有名なカップルだった。
(初めて話した時は、けっこう警戒されてた感じはあったけど)
友人が怪我で退部する前後の時期にはそれなりの頻度で色々な話をしたし、人となりもわかっているつもりだ。
校内で恋人の車椅子を押しながら歩く守梨の姿はよく目立っており、ある種の同情と奇異の入り混じった視線を向けられても毅然とした態度を貫ける彼女を、勇吾は密かに尊敬していた。
「あと兜山が何をしたっていうんだ。どっちかっていうと、『刀匠』で『武器会話』の多田さんがいかにも怪しいと思ったけど。いつもはもっと大人しい感じなのに、いきなり強くなってるし」
「ああいう露骨過ぎるのはたいていの場合ミスリードと考えるべきでしょう。彼女は単純に異世界に来てハイになってる元からの変人に違いありません。こういうのは意外な人物、それもあなたにとってショッキングな友人というのが定番です」
『定番って何だよ』と内心で思いつつ、勇吾は真剣に考えこんでしまう。
親しい相手に裏切られる、という未来は何度も経験した。
破滅が既定路線なら、その可能性も考えておくべきだろう。
「だとすると、竜太か辺見か? 須田とか太田、瀬川って可能性もあるけど」
「少し気になったのですが、あなたは名前呼びのハードルが高い人ですか?」
突然、話題がすり替わる。
じっとこちらを見据えるクリアな瞳にどきりとして、勇吾はなんでもないような顔で即答した。早すぎた、と直後に後悔に襲われる。
「いや、そんなことないと思うけど。特別に仲が良ければ呼ぶよ、名前で」
「なるほど、ずいぶんと高いようですね。かえって露骨なくらい」
反論しようとしたが、すぐに無意味だと気づく。
オリヴィアは疑問の答えを得ようとしたわけではない。
勇吾の心に波紋を広げようとしただけだ。
「オリヴィアさんのことは名前で呼んでるだろ?」
「ええ、そうですね。いずれにせよ、『絆深まりイベント』のわかりやすい達成目標があるのはこちらとしてもわかりやすい」
「なにそれ」
「破滅ルートの多くは『追放イベント』を契機として展開していきます。わたくしは先手を打ってその流れを改変し『あなたの誘拐』によっていわば『逆追放』とでも言うべき状況を作り出しました。『あなたの救出』と『クラスの合流』により深まる絆。感動するユーゴさん。はいここでお友達の名前呼び」
「助けてくれてありがとな、辺見。いや、これからはハヤテって呼んでいいか?」
「という感じで敵対フラグを折っていきましょう」
自然に台詞を口にしてしまった勇吾は、『オリヴィアとのやり取りに慣れつつある』というやや不本意な事実を認めざるを得なかった。
(いや別にオリヴィアさんが嫌いとかではない。それはそれとしてなんか嫌だ)
「もうひとつやっておくべきことがあります。それは『タイトルの改変』です」
「タイトルってあれ? なんか文字がばーんと出てくるやつ」
言いながら『もしかして自分の後ろにも出ているのか?』という不安に襲われる勇吾。もちろん確認する勇気はない。鏡がこの場に無くて良かったと思いつつ、そういえばオリヴィアの背後にタイトルが見えたこともないと気付く。
「あれはその人の魂の在り方、すなわち『
「こっちの都合のいい感じにタイトルを変えるってコトか」
「長期連載のテコ入れとしてのジャンル変更。作者の中でのテーマ掘り下げが窮まった結果としての作風の変化。周囲からのアクションによって、そうした大きな枠組みや作品を取り巻く文脈は自然と変化していきます。ひとまず、遠くから彼らのタイトルを確認してみましょう」
「そういうことできるんだ。というかあれってどうやったら出てくんの?」
「気合です。いい感じに決めたシーンやクライマックスなどが出しどころですね。例外的に『戴冠神殿』の長たちは転移者たちの状態を把握しています。権限の大半を奪われたとはいえ、わたくしにもタイトルの確認くらいはできますよ」
オリヴィアは周囲に置かれた水晶玉のひとつをふわりと浮かべて、その周囲の空間を撫でさするように手のひらを動かした。
燐光を放つ水晶が遠くの光景を映し出す。
勇吾たちのいる廃城を目指す『救出チーム』の姿が次第に鮮明になり、オリヴィアが指を軽く振ると映像がズーム、ひとりの男子生徒が拡大表示される。
「村上委員長だ」
眼鏡の少年、
広げた地図は広大な遺跡を自動的に写し取り、どのように進むべきかを彼に教えていた。幾つもの格子に分割された地図上に浮かぶ光点は救出チームの人員を示しており、よく見ればそれぞれに数字やアルファベットが割り振られているようだ。
(思ってた以上に使い勝手良さそうだな)
素朴な感想を抱いた瞬間、ふと記憶を刺激するものがあった。
目の後ろあたりに痺れるような鈍痛が走る。
息が止まる。時間がゆっくりと流れる。この衝撃には覚えがある。
こことは違う未来の光景。瞬時に脳裏で再生される忌まわしい破滅。
「P1、ポイントg5へ。P4が突出しすぎているな。B1はフォローに回りポイントd3まで後退。そのまま引きつけろ。今だ、B2とN2は右翼から側面を叩け!」
彼にとって全ては盤上遊戯。
現実をコンパクトな平面に押し込めた『地図』を見下ろしながら、大地の全てを掌の上に載せた知略の王。
かつて最弱の落ちこぼれとして蔑まれていたひ弱な少年はもうどこにもいない。
彼はどん底で泥を啜りながら、足手まといと切り捨てられていった者たちを掬い上げ、人の真価を見出す慧眼で個々の才覚を伸ばしていった。
全てはこの瞬間のため。
腐敗した権力と結託して横暴の限りを尽くす『享楽の勇者』天川勇吾に立ち向かうための準備だったのだ。
(えっ、なんか俺すげー遊んでるみたいに思われてる?)
やたらと目立つ金ぴかの鎧を着た天川勇吾はとても悪そうな顔をしており、ワイングラスを片手に(高校生飲酒じゃん)豪勢なソファに背を預けていた。左右に露出度の高いドレスを着た須田美咲と太田結愛を侍らせ(うわ胸揉んでるなんかごめん二人とも)、己の指揮する軍勢の勝利を疑っていない様子だ。しかし、現実は予想もしなかった展開を見せる(いや絶対負けるだろこれ)。
「馬鹿な、俺の指揮するクアーマ聖騎士団が落ちこぼれどもに劣るわけがない! あの程度の連中にこちらが負ける要素など皆無だったはずだ!」
「その慢心。きみの悪い癖だよ、天川君」
敵陣に単身乗り込んできた男の姿を見て、勇吾は愕然とする。
かつて『取るに足りない』と切り捨てた者がここにいるという異常。
指揮官自らが姿を現すという愚行。
その両方を否定すべく、勇者は聖なる剣を引き抜いた。
「調子に乗るなよ三下! 俺が勇者としての力を振るえばっ」
圧倒的な力で瞬く間に相手を追い詰める勇吾。
劣勢にもかかわらず、ぼろぼろの少年は笑みを浮かべる。
「何がおかしいっ!」
「いや、一番強い駒が、俺なんかに夢中でいいのかなって思ってさ」
相手の狙いが足止めだと気付き、勇吾はその場を離れようとする。
だが圧倒的な弱者であるはずの少年は譲らない。
勇者の刃をその身に受けながらも、突き刺さった剣を抱え込むようにして固定している。更にこの時のために用意されていた罠が二人をまとめて拘束した。
捨て身の作戦に、勇吾の表情が青ざめる。
「馬鹿な、命が惜しくないのか?」
「そんなもの、最初から勘定に入れてない。俺は、俺たち全てが勝つための要素のひとつにすぎないんだからな」
「信じられない、どうかしてるぞお前!」
冴えわたる智謀。人の才覚を見抜く目。膨大な戦術の知識。
そんなものは、彼の力のほんの一端に過ぎない。
彼の本質はその根底にある、もっと異質で異常な『何か』。
精神性の怪物。
『それ』は世界から外れてしまった、天空の俯瞰者。
異端者の名を、村上誠司といった。
『全ての大地は我が手にありて』
ばばーん、とタイトルが表示されたあたりで勇吾の意識は現実に戻ってきた。
このあと勇吾は死んだらしいが、重症の誠司はちゃっかり生き残っているあたりが主人公とかませ勇者の差ということなのだろう。
釈然としないものを感じつつ、勇吾はいまの村上誠司を観察した。
『救出チーム』の中心として周囲を励ましながら廃墟となった市街地を歩く少年は、少しだけ元気がないようにも見える。
もしかすると津田守梨との一件が尾を引いているのかもしれないが、未来での自信に満ちた表情を思い出したばかりだから違和感が強い。
と、そこでオリヴィアの「えい」という声。ふわりと風がそよぎ、水晶玉の中に変化が起きる。誠司の頭上、というか水晶玉の上に文字列が浮かび上がったのだ。
それは、こんなタイトルだった。
『サポート役にも意地がある!』
(じ、自信を喪失している!)
思わず衝撃を受ける勇吾。
オリヴィアは「ふむ」とうなずいてから言った。
「聖女マモリを見て色々考えてしまったのでしょうね。なんとか負けん気を保ちつつ、今の自分にできることを見つけようとしているあたりはとても好ましい」
「同感だけど、俺たち何もしてないのに」
「手間が省けました」
「う、う~ん? 良かったのか、これ?」
生き残りたい勇吾にとっては好材料のはずだ。
だというのに、なんだか心にはもやもやしたものが残っている。
破滅を回避するためにはクラスメイトたちのクエストを改変し、『ざまぁ展開』を起こさないように誘導する必要がある。
だからその過程で『彼らが歩むはずだった物語』が否定されるのは仕方ない。
それがどれだけヒロイックで痛快な物語であろうと、世界をより良くする意義ある行いであろうと、勇吾は破滅したくないのだから。
(でも、なんかこれ)
わかっている。迷うまでもない。
だが、なんだからしっくりとこない。
勇吾はこの奇妙な迷いをどう解消すればいいのかがわからないまま、ただ『その時』が来るのを待つ。
勇者の力は強大だが、どこまで行っても自分のためのものでしかない。
誰かの願いまで救いたいだなんて、高望みもいいところだ。
オリヴィアはそんな勇吾の迷いを理解していたのだろうか。
透明な視線にゆらぎはない。静かに宣言する。
「では、これから彼らの
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