幕間回想:ライト
「結局、『ざまあ』されるのはどちらか、って話だったんだ」
破局を撒き散らす渦の中心で、閃光が前に進んでいく。
世界槍イスート・シュロードの破滅は既に決定的だった。
全てが闇に包まれていく中で、それでも彼は未だに希望を胸に抱き続けている。
迫り来るのは全てを呑み込まんとする憎悪の怪物。
「ザマミロォォォ!!!」
その猛攻を、『障壁』を展開し続けてぎりぎりのところで止める。破壊されたそばから『状態復元』で一時的に復旧し、『嫉妬』と『強欲』の重ね掛けで防御力を累積強化。『調教』によって使い魔にした美徳七鳥に生徒たちの護衛を任せた上で『斬撃射程拡張』によって長く伸びた光の刃を振り下ろす。
全く歯が立たない。
弾かれた仮想光刃は砕け、じんじんと痺れる手は呪いに蝕まれていく。
「先生!」
止めようとする生徒たちの声を振り切って、男は再構築した光の剣を握り直す。
『道具箱』から取り出した『聖水』を使って両手に解呪を施し、ワープゲートの始点を現在地に、終点を剣の位置に固定。
光の翼を広げて高く跳び、大きく怪物の巨体を越えていく。
ワープゲートの軌跡が空間を断ち切り、頑強な巨大怪物の全身が分断される。
再生。即時に繋がっていくが、『糞便利用』『花火』『調合』の同時使用で生まれたありったけの火薬を体内に叩き込み、爆発させた。
「光よ、あるべき未来に導け!」
衝撃が炸裂するのと同時に意識を変性させる。
目の裏側に激痛。構わずにスキルと重ねて発動させたのは『邪視』と呼ばれる神官たちが秘していたはずの力だ。スキルの解釈を拡大し、本来の在り方から逸脱させる。ルールからはみ出した力がわずかに先の未来を教えてくれた。
男は現れた未来のヴィジョンを引き寄せ、具現化した。
巨体が爆発によって引き裂かれ、壊れないはずの闇の塊が飛び散っていく。
この世界のルールを逸脱したザマミローたちは通常のスキルでは傷つけられない。
必要なのはルールの裏側にある力だ。だがそれとて万能ではない。細かな黒い断片はゆっくりとではあるが、少しずつ集合して再生しようとしていた。
「完全再生まで時間がある、みんなは今のうちに退避を!」
叫びながら、『地図作成』で広域に意識を伸ばす。脳内に広げた地図はあらゆる箇所を同時に拡大し、現在の状況や人の配置、地形だけでなく家屋の内部など細部まで把握することができる。いわばリアルタイムで使用できる
「津田! 位置を送信するから、取り残されてる生徒を集めて避難を! 佐々木を中心に可能な限り『完全記憶』のスキル効果範囲内に集めてくれ!」
「でも、先生!」
「先生はあれを止めに行く! どの道、それしか方法はないんだ! 皆を頼む!」
次々と現れては攻め立ててくる無尽蔵の闇を、『怠惰』で自動化したスキル群が無意識のうちに迎撃してくれるが、その処理能力にも限界があった。
消耗し続ければ先に終わりを迎えるのはこちらだ。
男は飛翔し、世界の惨状を見下ろした。
果てなき異邦の地。かつてあった広大な自然と築かれた文明圏は虚構の舞台でしかなかったが、それでもそこには確かな人の息遣いがあった。
その大半は、既に闇の中に沈んでいる。
そして、漆黒が最も色濃く揺蕩う中心部。
山のように聳える、とてつもなく巨大な『それ』は。
「キィィングザマミロォォォ!!!」
全ての怪物たちを統べる、墓底から蘇りし王。
この世界で切り捨てられ続けてきた『
「天川。いま、そこに行くからな」
虹色の軌跡を描いて、闇に染まった空を駆けていく。
そうして二年一組のクラス担任、
その背に浮かぶタイトルを、彼自身は知らない。
だが、生徒たちの大半はその在り方に導かれてここまで生き残ってきた。
それだけは確かな事実だった。
『先代勇者の異世界教室~受け持ちクラスごとゲーム風異世界に転移した担任教師ですが、ゲーム序盤のお助けキャラ『先代勇者』になってしまったので全力で生徒たちを鍛えてやろうと思います~』
天地を覆い尽くす闇に、無数のスキルで立ち向かう。
それは生徒たちがやがて辿り着く到達点。
『フラッシュフォワード』が示す未来の『
「この結末は全て、先生たちが背負うべき罪だ。オリヴィアさんを信じず、三十九回も君を切り捨て続けた僕たちの。だから僕は、教師として責任を取ろうと思う」
巨体に向かって語り掛けるように言葉を紡ぐ。
山の如き巨体は四方八方に触手を伸ばし、配下のザマミローたちを送り続けていた。おそらくは星斗以外にも生き残った転移者たちが戦いを続けているだろう。
そうした者たちにも聞こえるように、星斗は声を張り上げた。
「傲慢な悪役を、逆境に叩き落された主人公が再起して打ち倒す。悪役は報いをうけて『ざまあみろ』ってことでハッピーエンド。それが正しい物語だ」
かませ勇者・天川勇吾のスキルは『傲慢』だ。対峙する相手の力に応じて己の能力が増大するという恐るべきスキルだが、『油断』『慢心』『増長』という精神汚染型の状態異常に必ずかかってしまうという重い反動があり、リスクが極めて大きい。
「そうだよな。きっと、それが本当にあるべき形なんだ。悪いことをしたら、罰を受けなきゃならない。『ざまあ』って言われるべきなのは、僕たちだ」
最強の復讐者として覚醒した『キングザマミロー』が行使する『傲慢』スキルにはその制限が存在しない。無尽蔵の自己再生、自己進化、自己増殖を繰り返し行う憎悪の永久機関。膨張し続ける闇は、いずれ誰も届かぬ究極の怪物に成り果てるだろう。その先に在るのは、万物の破滅。
「だけど、それでも。生きる意志は善悪の判断を超えるんだ」
この世界に存在するのはかませ勇者だけではない。
『時の権力者に危険視された勇者』『陰謀によって失脚した勇者』『本物の勇者に命がけで庇われてその遺志を継いだ偽勇者』『未覚醒の勇者』『長年の努力の末に上り詰めた勇者』など、様々な『主人公の勇者』が存在している。
星斗もそのひとりだ。
「報いを受けるのは僕だけでいい。『生徒を守る教師としての責任』という言葉を使って、天川を守る責任を放棄した僕だけが、最低の罪人だから」
『かませ勇者』とは異なり、真の意味で主人公足り得る指導者タイプ。
影の勇者とも呼ばれる、教え子の成長と活躍にも主眼が置かれた物語類型。
天職は『先代勇者』。スキルは『フラッシュフォワード』。
教職専用スキルであり、自分と生徒たちのみを対象として『
「全スキル解放、最終段階までのヴィジョンを展開!」
生徒たち全員の上位互換にして、最終的には型落ちの下位互換となるスキル。
星斗は、自分の限界をわきまえていた。
彼自身の力には上限がある。不可能を可能にする力は、彼にはない。
「みんな、死にたくなかった。あのまま破滅するわけにはいかなかっただけなんだ。だからどうか、次の機会では彼らを赦してあげてほしい」
『スキルリセット』と『昆虫変身』の同時使用を繰り返して破壊された肉体を常に作り変えながら、星斗は相手の『全ての攻撃に対する適応変化』という自己進化能力に対抗すべく新たな戦法を生み出し続ける。
想像力を限界まで振り絞り、肉体を甲殻で覆いながら超人への変身を実行。
ふと、脳裏をよぎる声があった。
『光と闇の力を併せ持つ変身ヒロイン・ヴィラネスファイブが揃わなければ、やがて目覚めるであろうキングザマミローに対抗することはできません。今井先生、どうかあなたからも生徒たちへの説得を!』
変身するヒロイン。存在としては知っているが、あの時は意味不明な与太話として切り捨ててしまった。星斗だけではない、説得されたほぼ全ての生徒はオリヴィアの『悪役令嬢』だの『ザマミロー』だのという言葉を戯言だと思って信じなかった。
『馬鹿じゃね』『ふざけるな』『こっちは命がかかってるんだぞ』『意味不明』
誰もがオリヴィアを否定した。半信半疑で付き合ってみた者も、理不尽としか思えない歌とダンスのトレーニング、過酷な演技のレッスン、遊んでいるとしか思えない言動に付き合いきれずに見放していった。
ただひとりを除いては。
「ああ、そうか。それは確かに『ヒロイン』だな」
星斗は内心で少し笑いたくなった。
彼の常識では、変身するヒーローと言えば昆虫をモチーフにした有名な特撮番組だったからだ。オリヴィアを馬鹿にしていた自分が、今は昆虫に変身しながら戦っている。これはなかなか皮肉な構図だ。
「オリヴィアさん、どこかで戦っているのか? 聞いていたらでいい、謝らせて欲しい。正しいのは君だった。僕たちは道を誤ってしまったんだ」
それしか生き延びる道はないと信じ、生徒たちの背中を押した。
その責任を負ったのは星斗だ。
戴冠神殿の掲げる『
「ハッハー! 来い、スーパーザマミローども! 今度こそ決着の時だぜ、お嬢!」
「マジカルヘアアイロン、ブリリアントチェンジ!」
無数の怪物が跋扈し、数多の転移者たちが奮戦を繰り広げる戦場のどこかで、ひとつの死闘が繰り広げられている気配を感じた。
変身の掛け声。幾度となく目にしてきた、煌めく姿。
あれはいまにして思えば悪質な冗談などではなく、本物の希望だったのだろう。
全てのクエストが始まった場所。
召命の神殿で、オリヴィアは何度も勇吾を攫いに来ては『破滅の回避』を試みた。
そのたびに失敗して、けれど心折れることなく彼を救いに現れる。
何度も。何度も何度も。茶番と言われても、嘲笑されようとも。
記憶処理とリセット、洗脳と再スタート。
そうして何度も『かませ勇者』は破滅を繰り返す。
「破滅はこれで最後にしよう。天川。今から君は、真の意味で
光に包まれた刃を巨体の頂点に突き刺す。
激震が空間を震わせ、凄まじい絶叫が大気を震わせた。
離さない。己の全存在をかけて、星斗は闇を直視した。
その先に、光に満ちた世界を築く。
「
目の裏が痛む。破裂しそうなほどの激痛。限界に至れば星斗は光を失ってしまうだろう。これが『引退した先代勇者』の限界だ。
「僕は正しい希望を示すことができなかった。天川を含めた全員を救うと言えなかった。教師としての責任も、天川を切り捨てた罪も、背負うべきは僕だ。だからどうか、憎しみは全部ここに置いて行ってくれ! 次は君が、正しい『勇者』としてみんなを導いていくために!」
もう二度と、天川勇吾が誰も憎まなくていいように。
星斗の瞳が強く輝く。目の裏側で破裂した激痛が致命的な終わりを告げる。
それでもいいと、わずかな未練を断ち切ってあるべき未来を具現化した。
闇に染まった世界を、光に満ちた世界で上書きしていく。
「ザマ、ミロォォ?」
憎悪を振り撒き続けていた異形の動きが停止する。
全方位に向けられていた無差別攻撃の勢いが減じて、戦いを続けていた数多くの転移者たちはその原因を理解した。
星斗は遠い声を聞いた。生徒たちの声。この世界で知り合った仲間たちの声。幾度もぶつかり合った宿敵たちの声。そして、唯一無二の光。
それが星斗の罪だ。何をしてでも彼と共に生き残りたかった。
自分がいなくなれば世界でひとりぼっちになってしまう、ただひとりの大切な人。
「ごめんな北斗。後は頼む」
呟いて、全てを終わらせる。
手から剣を伝って光の奔流がザマミローに滴り落ちていく。
それは魂の移譲。星斗の存在を闇の中にいる天川勇吾に引き継がせる儀式。
命と引き換えの秘策だった。
「天川、今から僕は二つのスキルを使う。阿部の『ワールドリセット』と佐々木の『アカシックレコード』。『世界のやり直し』を実行した後でも記憶や状態を維持し続けるための裏技だ」
今井星斗はスキルの併用によって三十九回の『ループ』を実行してきた。
それは世界槍の状態を登録されている人間の情報を含めてある時点まで疑似的に巻き戻す、『時間旅行』のような現象だ。
この力には幾つかの例外がある。
戴冠神殿の頂点に立つ管理者たちの情報は変更できないし、『二週目特権』を獲得するに至った一部のトップ転移者たち、そして『完全記憶』のスキル持ちは巻き戻しの影響から逃れることができるのだ。
「この意思を光に乗せて、みんなにも伝える。きっと理解してくれるはずだ」
クラス内で言えば今井北斗と渡辺麗華、そして佐々木美記を擁する津田守梨のグループ五人が『天川勇吾を陥れた』事実を共有している。そこにカヅェルのお気に入りである多田心を加え、星斗たちは何も知らない天川勇吾を破滅させてきた。
これから星斗はその特権を手放す。
そして、天川勇吾に譲り渡すつもりだった。
「成功するかどうかは賭けだ。失敗して穴抜けの記憶になるかもしれない。スキルの継承は不完全になるかもしれない。それでも、僕が思い描いたもっといい未来に君が辿り着けるように、希望を託すよ」
そして今井星斗は、未来のヴィジョンを見た。
破滅ではなく、希望に満ちた光。
『フラッシュフォワード』には不可能なはずの、限界を超えた『フラッシュフォワード』を使いこなして仲間たちを救う、真の勇者の姿を。
彼が最後に目にしたのは教師として最も望んでいた光景。
今井星斗は、光に満ちた世界で幸福な夢を見ていた。
ほんのわずかな、永遠の中で。
『怠惰』は自動化のスキルだ。たとえ使用者が寝ていても勝手に移動し、生活し、戦闘まで行ってくれる。その究極は自主的な行動の放棄。天職やスキル、クエストさえ他者に譲り渡すことが可能であり、全てを他者に委ねることがその奥義だ。
今井北斗は既に『怠惰』スキルを有していない。
だが、彼は既にその先に到達している。ゆえに彼はスキルを使用するまでもなくスキルの恩恵を受け続けていた。
「大丈夫。僕は平気だよ」
崩壊し、リセットされていく世界。
合流さえできないまま闇に押し流され、いつの間にか姿を消していた渡辺麗華を探すことを放棄し、今井星斗の遠い声と光を感じ、そして間に合わなかったことを知った。伝わってきた大切な人の心に触れ、その遺志を確かに受け止める。
運命だ、と北斗は信じた。
何故なら、運命の支配こそが彼のスキルの本質だから。
「託されたんだ。僕が言いつけを破ったこと、一度もなかったでしょ? ずっといい子でいつも助かるって、言ってくれたもんね」
全てのスキルには秘密がある。最終段階のレベル九に至った先に、『限界突破』という隠された領域が存在しているのだ。『フラッシュフォワード』はそこに生徒たちを導くことを目的としたスキルだが、原理的に『フラッシュフォワード』そのものは限界を突破できないようになっている。
全てを自動化し、放棄さえしてしまう『怠惰』の限界突破スキルは『運命』。
何かをするためのスキルではない。
ものごとの『流れ』がどのように運ばれるかを理解し、干渉さえ可能にする力だ。
「あのオリヴィアとか言うやつと天川を守ればいいんでしょ? やるよ。やってやる。けどさ、もしそれでも上手く行かなかったら、いいよね?」
今井北斗は理解していた。
星斗は生徒たちが救われる未来を望んだ。
だが、失敗した時に全員が共倒れになることを望んだわけではない。
慎重で抜かりのない彼のことだ。安全弁は必ず用意してある。
「僕たちは対だ。『勇者』と『竜王』が争うことはありえない。だけど、その役割は絶対的な『物語の枠組み』として決まっている」
『勇者』と『竜王』は互いが互いを天敵としており、相手の運命に『ゲームクリア』か『ゲームオーバー』を与えることが可能なクエスト条件を持っている。
不滅の呪いと化した天川勇吾を『真の勇者』という枠に押し込めることには意味があった。それは闇に対する枷であり、封印でもあるのだ。
「僕は『
北斗の存在は、全てが失敗に終わった時のセーフティとして機能する。
勇吾がまた変貌した時には、北斗が『勇者であるキングザマミロー』を倒し、強制的な『ゲームオーバー』という認知を相手自身に理解させる。
天川勇吾の中にある今井星斗の魂が、対存在である北斗と呼応して内側から『敗北した』という認知を生起させるのだ。
北斗にはその『運命』を確実なものとして形にすることが可能だった。
「これで僕を殺せるのは君だけだ。そして次も同じ結末になった時、君を殺すのは」
オリヴィアが失敗すれば、北斗は勇吾を抹殺するだろう。
それまでの間、彼は勇吾を監視する。試し続ける。その心が闇に堕ちるのか。それとも光に向かって諦めずに進むのか。
「ああ、ちゃんと言いつけは守るよ。あいつを殺したりしないから。だからさぁ」
願うくらいは許されてもいいだろう。
北斗は祈る。救われた天川勇吾の心が砕け散ることを。
守りながら願う。絶望したザマミローが再び世界を滅ぼすことを。
自分と共にある生ではなく、生徒のために気高く死んでいった男を愛おしく思いながら。激しく憎みながら。焦げ付くような嫉妬に悶えながら。
「みんなが不幸になりますように」
『
今井北斗は、光なき世界で滅びの夢を見ていた。
永劫にも思えるような、巻き戻しの刹那の中で。
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