第二十話 ザ・聖女アワード 理想の聖女? 残念でした!
「思い出した? これで説明の手間が少し省けたかな」
地下室とは名ばかりの、そこは牢獄だった。
鉄格子こそないが、拘束と監視は厳重だ。
こちらを見下ろす
「今井先生ったら、『
神殿の地下は階段を降りると薄暗い通路があり、左右に幾つかの部屋が配置されているというシンプルな構造である。勇吾はいちばん奥にある部屋に押し込まれ、守梨たちに何かの薬を強引に飲まされ、わずかな時間だけ意識を喪失した。
勇吾の体感ではその直後、意識の覚醒と共に記憶を取り戻していた。
それは
「まず今回と前回の起爆スイッチである『アトリンシオリン』のコンビを引き離さなきゃでしょ? 神殿到着前の打ち合わせで今井くんと渡辺さんが担当することにできたから、私たちはあなたとオリヴィアの対処に集中できた」
守梨は
「あとは
「津田さんたちは、記憶を持ったままループしてるんだよな? なんでこんなこと」
「生きて元の世界に帰るためだよ。私の目的はずっとそれだけ」
守梨はふっくらとした頬を歪めて口の端を持ち上げた。
顎を心なしか上向きにして、座り込んでなお頭の位置が高い勇吾を精一杯に見下ろそうとする。他人にそうすることが不慣れな守梨は、勇吾を侮蔑しようとしている。
勇吾はその仕草に愛らしさを感じて戸惑う。
(こんな時に何を、ていうか友達の彼女だぞ)
「そっちは記憶の継承が上手く行ってなかったんでしょ? どうかな、スキルの使い方は思い出した? 正直、それが一番の心配事だったんだ。いつも通り演劇系のツリーを伸ばしたみたいだね。レベルは十分のはずだけど」
「何の話だよ」
「『フラッシュフォワード』が機能するかって話。重要なのはそこだけだから」
なぜ守梨がこんなことをするのか、勇吾には全く理解できなかった。
思い出した『今井先生』の記憶は、確かに勇吾にスキルの概要と感覚的な使い方を伝えてくれた。しかし、だからといって納得できるわけではない。
「最初に話すことがそれなのか? 先生の気持ちは伝わったんだろ? もうこんなふうに誰かを陥れたり、仲違いしたりするようなことはやめよう! 俺があのザマミローって怪物になると危険だから排除しようとしているなら、それこそ危険だ! 俺は死んだ後にあの怪物になってるんだぞ?」
必死に言葉を尽くそうとする勇吾に対して、守梨はかすかに首を傾げた。
「何か勘違いしてない? 私、天川には生贄になってもらおうと思ってるんだけど」
「そういうのを止めようって言ってるんだ! 『
「『指標』の話はしてない。生贄は生贄だよ。天川を使って、召喚の儀式をするの」
「は?」
どういう意味だろう。召喚とは何の話で、何を召喚するというのだ?
思いつくのはせいぜいオリヴィアのことくらい。
勇吾たちは事故で異世界に転移したのではなく、オリヴィアによって召喚されたという話だったから、それと同じことができても不思議ではない。だとしてもどうして守梨が異世界から誰かを召喚をするというのだろう。
「ものによってはね。『召喚者』って聖女だったりするんだよ。村上の話じゃ、神さまとか天使とか王女様とか宮廷魔法使いとか、いろんなパターンがあるらしいけど。とりあえず、この世界のシステムは私にその権利を認めているみたい」
「いや、逆ならまだわかるけど。こっちからあっちに送るため、とか?」
「もう死んでるんだから、単純な送還じゃそのまま死ぬかゾンビになるだけだよ。『
初耳だった。というより、守梨があまりにも事情に通じ過ぎている。
これまでにループを繰り返す中で知識を蓄えてきた、ということなのだろうが、それにしたって守梨はこの世界の異質な法則に馴染み過ぎている。
まるでオリヴィアやカヅェルと同じ『おまじないの使い手』のようだ。
ファンタジー作品の登場人物さながらの立ち居振る舞い。
まるで本当に『位の高い女性聖職者』がそこにいるかのような存在感が今の守梨にはある。勇吾はいちど『本番』をこなしたからこそわかった。
ここは舞台で、守梨はいま聖女という大役をこなす一流の役者だ。
「コピーしてもらいたいスキルは
守梨はそう言って、背後に控えていた四人の友人たちのひとりに視線を送った。
「この子の血肉は極上の呪物で、怪物や神々は喉から手が出るほど欲しいんだって。それこそ、生贄にして食べようとしたり、強引に花嫁にしようとしたり。まあ、なんやかんやあって大事にされて結局は食べないし溺愛されるって流れなんだけどね」
そういう物語内容のクエストということなのだろうが、話の流れが見えない。
悲劇で終わる物語だったなら『友達を救うために勇吾を生贄にする』というのもまだわかる話だ。しかし、どうやらそういうわけでもないらしい。
「リセットでレベルやスキルの状態を持ち越せるのは『完全記憶』の使用者である
「いや、それはわかったけど、何のために? 何をしようとしてるんだ?」
「うん。ちょっとね、異世界から高校生をクラスごと召喚しようかなって」
空気が凍った。
勇吾は守梨の正気を疑ったが、少女の目にはいつも通りの冷えた理性が宿っている。ならば疑うべきはその倫理観や道徳観だろうか。
そんな馬鹿な、と勇吾は疑念を否定した。
津田守梨は善良で正義感の強い少女だったはずだ。
優しく、公正で、弱く傷ついた人には率先して手を差し伸べる善人。
本人は謙遜するだろうが、天職が『聖女』なんてぴったりだと誰もが言うだろう。
「なんでそんなひどいことをするんだよ」
気弱な
「津田はそんなことする奴じゃなかったろ!」
「アッハハ! 笑える、ほんっと馬鹿みたい。天川に私の何がわかるの? 人の外面だけ見て内面まで綺麗って、ちょっとピュア過ぎ。今井先生もだけど、騙されやすい善人って間抜けをオブラートに包んだ表現じゃない? なんか良い感じのこと言ってエモく死んだらいじめ殺した生徒に庇ってもらえるの、両方とも頭これだよ」
喋りながら指先を頭の近くに運び、くるくると回してからぱっと手を開く。
手を何度も開いているのは『花がたくさん』という意味だろう。
「そんな言い方っ」
守梨はせせら笑ってまるで取り合おうとしない。
錫杖の石突で勇吾の身体を突いて、ぐりぐりと押し込んで笑みを深くする。
意地の悪い表情といつもより一段ほど低くなった声。
普段の可愛らしさがそのまま害意に切り替わる。
「今井くんも渡辺さんも戴冠神殿との戦いで手一杯。私が自由に動けるこの瞬間が最大のチャンスなんだよね」
カヅェルの動きやそこに今井が割って入ることさえも計算のうちだったということなのだろうか。守梨は確かに人に対する優れた観察眼を持っているが、そこまでのことができるものなのか。勇吾は戦慄した。この少女の傑出した部分は身体能力や知的能力といったわかりやすいものではない。
「先生がいい雰囲気で死んだせいかな。こういうのってノリで流れが決まっちゃうからほんとに最悪。今井くんも渡辺さんも、なんか天川にごめんなさいしてクラス全員で仲良くやっていきましょう、みたいなこと考えてるみたいなんだけど」
「それの何が悪いんだよ」
「今さらじゃない? どう考えても手遅れだよ。そもそも、その方針には先がない。私たちが『善いこと』をできるのはいいよ? それは大きなメリットだ。けど、それは戴冠神殿にとってどんなメリットがあるの? 私たちを許容する理由はなに?」
言葉を失う。
戴冠神殿側の視点。それは確かに、勇吾が全く考慮していない点だった。
目を見開いて捲し立てる守梨を、勇吾は呆然と見返すことしかできない。
「ねえ、わかってる? 私たちは依然として絶対的強者に生殺与奪の権利を握られている。かろうじて死を引き延ばせているだけで、あっちがその気になれば私たちはいつでも処分されてしまうの」
「いや、でもザマミローが」
「黒化キメラから抽出可能な『ざまぁエネルギー』を呪力に変換するためには『指標』を破滅させた同じクラスの生徒たちに『やり返す』必要がある。前回は天川のハートブレイクが想像を超えたダメージだったから暴走しただけで、今回はまだ制御可能でしょ? あちらが目標としている呪力を捻出できればいいんだから、『ザマミローが私たちを皆殺しにする』以外の呪力リソースを提示できれば取引の余地はある」
口を開けてぽかんとすることだけは何とか自制できた。
それ以外はさっぱりだった。相手が何を言っているのかほぼわからない。
だが、守梨は勇吾より遥かに戴冠神殿側の事情に精通しているようだ。
つまり、彼女はより適切な判断をできている可能性が高い。
「私は戴冠神殿と取引をする。異世界からの召喚を成功させて、戴冠神殿側に私たちを生かしておくメリットがあると認識させるの」
「具体的には?」
真剣な表情で勇吾は質問した。
邪悪な企みを暴く、というような感情は消えた。
守梨はいつも通り合理的で、勇吾より正しい判断を下している可能性が出てきたからだ。その場合でも、大人しく従うつもりはもちろんない。
だが、話し合いや交渉の余地はあるのではないか?
守梨は依然として合理性と理性の塊だ。
「戴冠神殿はオリヴィアを異世界に送り出すことを最優先目標に設定している。『指標』とザマミローを利用すれば必要最低限のエネルギーは確保できると踏んで、前回は破滅的な策を実行した」
そこまではわかる。
予想と違っていたのは、必要なエネルギーの量だ。
あれだけの惨状を引き起こしてオリヴィアひとりしか異世界に送れないのであれば、カヅェルの言うような異世界への侵略など到底不可能だ。
ということは、あれはカヅェルの嘘ということになる。
(というか、なんでそこまでしてオリヴィアを異世界に送ろうとしているんだろう)
考えても目的はわからない。
勇吾が思考をまとめている間にも、守梨の言葉は続く。
「けどね、戴冠神殿の神官たち自身もちゃんと人格を持った個人なの。欲望がないわけじゃない。彼らだって生き残りたいし、できれば大事なお嬢様と一緒に転移してすぐ近くで守り続けたいと考えている。そのことは、あの兜との会話でおおむね把握できたよ。五人とも、一癖も二癖もあって決して善人とは言えないみたいだけど」
それは勇吾も感じていたことだ。
カヅェルはオリヴィアにずっと甘かった。
態度こそ粗暴で不遜だが、その中には確かに情愛があったように思う。
戴冠神殿は、『大事なお嬢様』をこの上なく愛している。
「『愛しているなら自分の命だって惜しくない』。それってね、嘘じゃないけど嘘なんだよ。だってより良い道が選べるなら、一緒に生きていたいもの」
当たり前のことだ。
そして、それが彼女の動機だった。
「知ってる? 私たちって最後の召喚クラスなの。召喚の力を持っているのはオリヴィアと五人の最高神官だけ。でもね、オリヴィア以外の五人は契約を結んだ特定の世界からしか召喚できない。そして、そこは転移先としては危険なんだって」
破滅的な災厄に襲われ続ける異世界。戦乱が長く続く異世界。人としての形や個人としての意識を保つことができず、自然界にたゆたう『場』や『波』のような精霊に成り果ててしまう異世界。そんな中で見つけたのが勇吾たちの住む世界だったという。楽園とまではいかないが、ある程度の安全が確保可能であり、元の世界であるゼオーティアに近い環境。オリヴィアを送り出すのに相応しい土地。
「瀬川さんが限定的にだけど元の世界に戻ってたでしょ? 私たちの世界と繋がることができるのは、オリヴィアとその世界の出身者だけなんだよ。そしてオリヴィアは、理由はわからないけど私たちを最後に召喚をやめてしまった。心境を変化させる何かのきっかけがあったのか、そこは不明だけど」
不可解ではあったが、それは勇吾にオリヴィアの善性を信じさせる材料になった。
全ての鍵は、やはりオリヴィアにあるのだろう。
あの時、彼女から離れるべきではなかった。
後悔は手遅れになってから訪れる。勇吾は歯噛みした。
「条件を満たした上で召喚能力を持っているのはね、もう私だけなの。他はみんな死んでいるか、『収穫』の時を迎えてしまった。これはある意味では幸運なことだよ。私は自分の有用性を証明し、クラス全員の生存と帰還の権利を勝ち取ってみせる」
「同じことを繰り返すのか。苦しめられる『指標』だけじゃない。友達だったはずの『指標』を踏みつけなきゃいけない人たちを、また作り出すのかよ!」
「そう。そしてザマミローを生み出して、それらにクラス全員を喰わせる。その絶望と呪いを戴冠神殿に渡すの。オリヴィアと一緒に異世界に転移させるためにね。並行して私たちも独自にエネルギーを貯めておく。今井くんや渡辺さんレベルで『この世界への理解』を深めている人が増えれば、交渉を有利に進められる可能性も高まる」
「破綻してる。俺を生贄に捧げたあと、召喚したクラスからまた生贄を見繕うのか? 生贄に適したスキルの持ち主が都合よく現れるとでも?」
「忘れたの? 死んでも蘇生ができるって、見せたでしょ? やり方は幾らでもある。私の『聖女の按手』を使ってもいいから、あの四人は必須じゃない。天川を生贄に捧げて、異世界召喚が成功したらすぐに蘇生させる。必要なエネルギーが貯まるまでそれを繰り返してもらう」
確かに戴冠神殿との戦力差は絶望的だ。
カヅェルと今井北斗がほぼ互角の戦いを繰り広げていたという現実は、相手が総力でこちらを潰しにかかれば絶対に勝てないことを意味している。
そんな絶体絶命の状況で、守梨は『更に多くのザマミローを提供できる』というメリットを提示するつもりだった。
(カヅェルは俺たちを家畜同然に思っているみたいだった。なら、処分されないためには相手に利益をもたらさないといけない。確かに、正しいのかもしれないけど)
「正しくても、それはやっちゃいけないことだろ! 残酷すぎる。
それを聞くと、守梨は堪えきれないとでも言うように噴き出した。
「ぷっ、ちょっと、アッハハ! やだ、笑わせないでよ。皆を守るとか、手を汚すとかさぁ。それに大ちゃんかぁ、確かにあのデカブツはうるさいこと言ってきそう。ウザイのは図体だけにしてよね、天川もそうだけどさ」
「何だよそれ」
「どーでもいいよそういうの。私は自分が無事ならそれで。ま、使える奴は便利だから連れてってやってもいいけどね。後ろのこいつらとか」
仲が良かったはずの四人を錫杖の先で乱暴に示しながら、守梨は侮蔑も露わに勇吾を見下ろした。勇吾が価値を認めているものすべてに対して、心の底から下らないと否定の意思を叩きつけていく。
「そんなこと言うやつじゃなかったろ」
「うざっ。幻想抱き過ぎ。あいつもさぁ、ちょっと優しくしてやったら勘違いして告ってきて最悪だったよね。車いすの奴とか振ったら私のイメージが台無しじゃん。内申点とか人間関係とか有利にするために必要な努力は惜しまないことにしてるから、まあいいけど。社会のお荷物に優しくしてる女子ってイメージいいでしょ?」
「そんなこと、本当に思ってたのか? 違うだろ、それは。言っていいことと悪いことがある! 訂正しろよ!」
「まだそんなこと言ってるんだ。あ、そうそう。取っておきのネタばらし、してなかったよね? 投票の話とかバスの運転手の話とか、知らないでしょ?」
友人に対する暴言への怒りが冷めやらぬ内に、守梨は更なる悪意を重ねる。
これ以上、何があるというのだろう。
『聖女』というイメージは完全に損なわれていた。
暗い地下室ゆえによく見えないが、いま彼女の背に目を凝らせばそこにはきっと『偽聖女』とか『性悪聖女』などのタイトルが浮かんでいるに違いないだろう。
そこまで考えて、勇吾は気づいた。
うっすらと、何かが見える。既にタイトルが発現しているようだった。
当人はそのことに気付けぬまま、悪辣な笑みを浮かべている。
「簡単だよ。天川、あんたを『指標』として破滅させることをクラスで決定するための投票は、私がコントロールしていたの。馬鹿な先生を上手に使って、間抜けなクラスのみんなを騙してね」
「え、でも、それ」
「あのね。可哀想なバスの運転手、
くすくすと意地悪そうに笑いながら、暗がりの中で聖女は嗤う。
明かされたのは衝撃的な事実。
そして勇吾が目にしたのは、更に衝撃的な真実だった。
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