第二十一話 記憶に残る悪女になるぞ 何らかのポイントが加点されるようです!
衝撃の展開が続きすぎたせいか、勇吾は逆に冷静になりつつあった。
だがそれを悟られるのは良くない。守梨が不審に思う可能性が高いからだ。
勇吾は選ばれし『
そんな中で翻弄されるしかない自分にできることはなにか。
『いいえ、わたくしが見たところ、あなたには天与の才があります』
蘇った記憶の中で、その言葉は何度も繰り返されていた。
彼女が最も伝えたかったこと。
たとえ全てが無為に終わっても、諦めない理由になり得たものがある。
(オリヴィアは、きっとまだ諦めてない)
三十九回の失敗の中で、オリヴィアと勇吾は同じことを繰り返してきた。そのたびに勇吾はクエスト改変に失敗し、演技をミスし、台詞を忘れ、能見が活躍するまでもなくあっさりと敗北していた。
そうして連れ戻された勇吾はカヅェルに記憶を改変され、『傲慢』スキルの暴走によって典型的な『かませ勇者』として振る舞い、茶番の駒として破滅した。
特に初回の失敗。要因は幾つもあったが、最大の原因は勇吾がオリヴィアを信じられずに裏切ってしまったことだ。
最初の時だけ、オリヴィアは自らが召喚者であったことを明かしてくれたのだ。
勇吾の反応は今回と全く同じ。彼女の苦しそうな顔を見たのは、初めてではない。
(だからずっと黙ってたんだ。それを言えば全てが台無しになるってわかってたから。俺を守るために、何度も諦めずに挑み続けた)
回を重ねるごとに状況は少しずつ改善されていった。思うようにいかなかったクエスト改変は徐々に成功するようになり、勇吾のレッスンや演技指導も効率化された。
今回はとりわけ好調だった。
本番までに勇吾が仕上がっていたし、カヅェルが本気で介入する事態にまで発展していた。あれは恐るべき窮地ではあったが、逆に言えばそうしなければならないほどに相手が追い詰められていたということでもある。
(どうしてあんなに必死になってくれるのかはわからない。けど確信がある。オリヴィアが諦めることは絶対にない。だから、ここで俺が諦めるのは絶対に駄目だ)
既に道は示されていた。
状況を支配している守梨に対して、勇吾が持つアドバンテージはひとつ。
「なんだよそれ、意味わかんねえよっ!」
困惑が六割、興奮が四割。勇吾が出力した怒りの感情に対して、守梨は薄ら笑いを浮かべながらこう返した。
「簡単だよ。この世界に来たばかりの頃、バスの運転手さんはどこかから短剣を拾ってきた。そして、夜遅くにそれを使って薬師寺さんを脅したんだ。乱暴されそうな彼女を助けようとした天川は相手と揉み合いになり、結果的に短剣は運転手さんの胸を貫いてしまったの。状況が状況だったし、薬師寺さんの証言もあって、皆が天川を責めることはなかったけど」
「そんなことを、俺が?」
全く記憶にない。ということは、何か超常的な現象が絡んでいる。
そして勇吾には、『短剣』という単語に心当たりがあった。
「そうそう。勇敢でかっこいー。ていうか、そのこともあって私はてっきり天川は薬師寺さんが好きなんだとばっかり思ってたんだよね。須田さんのアプローチもなんか回避してる感じだったし、あの変な子と距離感やけに近いし。前回でザマミローが大爆発したってことは、実際には旗野さんだったんだろうけどさ」
勇吾は思い切り顔をしかめた。あり得ない想像をされていたからだ。
「気持ち悪い予想するなよ。なんで俺がアトリを」
「そういう反応が怪しかったんだけど、どうやら本気っぽいね。クラス内のそういうのを予想するの、けっこう自信があったんだけど。ま、あの仲良し二人組って距離近いから、私が天川の視線とかを読み違えたってことかな」
確かに薬師寺花鶏が刃物を持った暴漢に襲われていたら迷わず助けに行くだろうが、それと恋愛感情を安易に結び付けられてはたまらない。
無条件で誰かの味方でいることは、必ずしも特別なことではなかった。
仮に花鶏が『指標』に選ばれていたら、どれだけ失敗しても勇吾は彼女を助けに行く。相手もそれは同じだろう。当たり前すぎて特に意識するまでもないことだ。
が、そういうことをわざわざ説明するのもどうかと思ったので勇吾は黙った。
守梨は不思議そうに勇吾を見ながら、脱線した話を元に戻す。
「その後の天川はちょっと変だったよ。運転手さんから取り上げた短剣を持ち歩くようになってからは何だか好戦的になって、率先して怪物と戦ったりみんなを庇ったり、危険な役目を引き受けてくれるようになったね」
「それ、カヅェルに支配されてたってことだよな。記憶が無いのもそのせいか」
勇吾の記憶障害には幾つかの複合的な要因が絡み合っている。
「正解。解釈の幅がある都合のいい事件だったよね。『強くてリーダーシップがある』ともとれるし、『人をあっさりと殺してしまえるほど残酷』ともとれる」
「『
守梨は頷いて肯定する。どこか得意げに。そして残酷さを強調するように。
わかってみれば単純な話だ。
勇吾は目の前の少女が悪意を剥き出しにすればするほど状況への解像度が上がっていくのを感じていた。守梨の語り口と振る舞い。その性格と傾向。
何を意図して、こんなにも懸命に言葉を連ねているのかも。
「そうそう。でね、初回のループでオリヴィアは失敗したんだけど、今回と違って『カヅェルの宿った短剣』の所有者は途中から私になってたの。神殿に近づいてくるオリヴィアの気配を察知して、目的が『指標』の奪取だと理解したんだろうね。気付かれて排除されるより、先にクラス内部を掌握することを選んだ」
その理由で教師の今井星斗ではなく津田守梨を選ぶのは、カヅェルの人を見る目が確かだったということだろう。それだけに
「じゃあ、津田はあいつに操られて」
わずかな希望を滲ませて、『本当の津田守梨が善良であることへの期待』を表現する。この期に及んで間抜け過ぎるかもしれないという思考が脳裏を掠めたが、そのくらいでちょうどいいと判断した。ここは津田守梨が天川勇吾に望んでいる
「いや、話し合って方針に同意した。これまでの全ての回で天川とオリヴィアが失敗し続けたのはね、私がクラス全体をコントロールしていたからだよ」
『勇吾の敵は守梨である』ということをたっぷりと印象付けてから、聖女はにっこりと笑って続けた。構図を理解した勇吾は敵意と困惑が混ざった声で問い返す。
「津田さんが、全ての元凶だったのか? 俺を陥れたのも? なんでそんなっ!」
「あんたみたいな顔しか取り柄のないザコの命とこの私の命、どっちが大切かなんて比べるまでもないじゃない? 私がそう決めたらそうなるんだよ。みんなも同意見だと思うよ。前回までは事情を明かして投票とかしてたんだ」
「そんなこと、全員が賛成するわけない! 俺はみんなを信じる!」
純粋が六割、愚鈍が四割。想定する表情は『ありもしない希望に縋りつく弱り切った被害者の虚勢』だ。
「うん、一回目は失敗した。だからとりあえず先生だけ合意させることにしたの。家族愛とか、教師として子供たちを守る義務とか囁けば一発。二回目以降のループでは流言で賛同者をもっと増やせたし、三回目あたりの小細工で八割がた掌握できた感じ。殺人事件の裏に隠された真実を明かしたりとか、色々と大変だったなー」
「真実?」
問い返すと、守梨は急に声を高くして独り芝居を始めた。
「あの事件って実は構図が逆だったの。薬師寺さんを襲おうとしてたのは天川で、運転手の
「一点」
頭の中でカウントするだけのつもりだったが、思わず口に出してしまった。
「私はあいつのやり口を知ってる。薬師寺さんまで毒牙にかけて、その上、罪もない運転手さんを殺すなんて絶対に許せない! みたいな? え、いま何か言った?」
「いや、一点だけ気になるなって。そんな簡単に信じるか?」
言わんとすることは理解できる。
そういう嘘の情報で天川を貶めたということだろう。
『指標』に選ばれても仕方ない人物だという印象を植え付けていったのだ。
だが、いくら守梨の話術が巧みだといってもそれだけで誰もが信じてしまうものだろうか? それこそ洗脳じみている。
「これ、なーんだ」
得意げに守梨が見せてきたのは、携帯端末の画面だった。
思わず勇吾は唖然としてしまう。
「は?」
「答えは、私が天川と吉田くんに『暴力を振るわれてる』動画、でした」
それは守梨の言葉よりもずっと凄惨で、目を覆いたくなるような光景だった。
咄嗟に目を逸らしながら叫ぶ。
「そんなことしてない! ディープフェイクとかだろ!」
「そうだよ。まあ機械学習とか動画編集の高度な技術なんてないから、幻術の応用」
幻術。意味合いはわかるが、なぜそんなことができる?
それもカヅェルが協力していると考えれば筋は通るのだが、続く守梨の言葉は勇吾の予想を裏切っていた。
「私のクエスト初期条件は『聖女を騙る偽者』なんだ。知ってるよね?」
「ああ。でも俺にそういう濡れ衣を着せられた、って設定なだけだろ?」
「そう。だから本来なら『聖女としての資質は本物なのでいずれ報われる』けど、私は意図的にそのレールを外れた。『闇の世界に堕ちていく偽聖女』っていう筋書きにして、ノワールっていうか、裏社会もの? みたいなジャンルに移行した。私はそこで『闇ギルド』っていうのに入って、詐欺師とかカルト宗教の悪徳教祖みたいなことをしてのし上がっていったんだ」
勇吾が使える裏技は、他の生徒にだって使える。
クエストは外部からの干渉や意識次第で内容が変わっていく。勇吾がクエストを改変できるのなら、本人の意思で改変することも可能ということになる。
おそらくカヅェルの助けもあったのだろうが、守梨は自力でクエストの方向性を変更してのけた。そして、おそらくは必要な『経験』を積み重ねたのだ。
「天職もそう。聖女の天職は力を与えてくれるけど、私はそれとは別にマニュアル操作で職業訓練を行った。天職システムのバグを利用して、聖女でありながら別の天職の能力も同時に獲得したってわけ」
それも勇吾がやっていたことだ。
勇吾の演技力や舞台上の本番強さ、そして磨きがかかった『かっこよさ』は、オリヴィアとの馬鹿げた訓練によって『パフォーマンスをする職業』の力を手にしていたからこそ得られたものだ。なおこのゲーム的世界における勇吾の『かっこよさ』の値はクラスメイトとは桁違いの高さだが、特に戦闘能力に影響はしない。
「私が自力で獲得した新たな天職の名は
言いながら、守梨はいつの間にか片手にナイフを持ってくるくると回転させたり器用に指先で摘まんだり瞬時に消したりと小技を見せつける。指先が何本も増えたり、守梨や背後の女子生徒たちが勇吾や吉田竜太の姿に変わったりもしていた。
「じゃあ、その、女子同士で?」
「いや演技だよ。想像すんな変態」
「見せてきたのそっちだろ」
ちょっと赤くなっているあたり、恥ずかしいことは恥ずかしいらしい。
騙すために身体を張ってるのは素直に凄いと思う勇吾だった。
(いやでも、できること多くないか? 俺はまだ自分がピカピカ光る技と動けなくなるかわりにカチカチに硬くなる技しか使えないんだけど。あんま使いどころないし)
やっていたことは勇吾と同じはずなのに、なんというか実用度が段違いな気がしてならない。向き不向きもあるから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
いずれにせよ守梨には優れた観察眼と人心掌握術がある。詐欺師や悪徳教祖というのも、『追放された偽聖女』から移行するには打倒な天職かもしれない。
「あとはまあ、個別面談と口先八丁かな。吉田くんとか須田さんはきっとあなたを最後まで信じるだろうから、逆に利用させてもらった。吉田くんが中学時代は女癖が悪かったって噂は元々あったし、須田さんはいじめ疑惑とかあったからね」
友人たちが自分を信じてくれたことは嬉しい。
だが、それが逆に立場を危うくしてしまったかもしれないということに思い至り、勇吾は強い憤りを感じた。つまり、守梨は怒りを煽ろうとしているということだ。
「それでも論破されちゃうことがあってさ。能見くんとか柳野くんとか、幻術でも見破られちゃうんだよ。だから四回目以降は私も覚悟を決めたよね」
守梨の悪辣な工作はまだ続く。
端末の画面に映し出された動画は、更に凄惨なものだった。
残忍で暴力的な流血沙汰。
そこでは本物にしか見えない勇吾が『聖女様は癒しの力ですぐ治るんだろ』などと言いながら裸にされた守梨の胸や腹を裂いたり抉ったりしていた。
泣きじゃくる守梨。必死に治療するが、目を背けたくなるひどい傷痕が残ってしまう。それを見て残忍な笑みを浮かべる天川勇吾は、ひどく邪悪に見えた。
「優等生の天川にはこんな裏の顔があったんだよ。信じて、これが証拠だよ。ってことで、能見とかもこの傷痕を見せれば流石に信じてくれたよね。我ながら迫真の演技だったっていうか、痛かったの思い出したから本物の感情になってたと思うよ」
守梨は制服をまくり上げて素肌を晒した。
この世界特有の幻術ではない。痛々しい傷痕が、現実に残っている。
予想を超えた光景に、思わず息を呑んでしまう。
「なん、で」
「偽の映像と同じ傷を自分で付けたから。そうすれば、偽動画の信憑性が高まるでしょう? めちゃめちゃ痛くていっぱい泣いたけど、必要だからそうしたの」
普通は思いついてもやらない。
守梨はそこまでしてクラスを掌握したかったのだろうか。
あるいは、自分を傷つけずにはいられない理由でもあったのか。
「二点」
守梨は怪訝そうな表情になった。
勇吾は少し考えてから、こう言い訳をする。
「傷痕、二か所あったよな? 腹だけじゃなくて胸にも付けたのか?」
「は? ほんとに見せるわけないでしょ、何考えてんの最悪」
顔を赤らめてこちらを睨みつける守梨の表情は素に戻っていた。
それなりに可愛げがあったが、そんなことを口に出すわけにもいかない。
不審そうにこちらを睨む守梨は、気を取り直して続けた。
「天川ってさ、ちょっと出来過ぎてるんだよ。そう見えるように意識して頑張ってるなんて、近くでちゃんと見てない人にはわからない。だから『裏の顔』とか見せれば『ああやっぱり』ってなるわけ」
確かにそれはそうかもしれない。
勇吾だって、実は柳野九郎が剣豪だったとか能見鷹雄が暗殺者だったとか、そういう事実を突きつけられてしまえば信じるしかなかった。
それと同じだ。人は目に見えるものを信じてしまいがちだ。
だが人間はそんなに単純ではない。
外面も、内面も、そして貼り付けられたレッテルや浮かび上がったタイトルも。
それぞれがその人を構成する一要素ではあるが、全てではない。
「前回のことがあったし、今回は同じ手が使えなかった。だから数を減らしたの。騙すのが比較的簡単な人だけに絞って、『クエスト対処チーム』に『天川が許せない』って気持ちを植え付けた」
同じグループの
「わかったかな? 天川が『指標』に選ばれているのも、オリヴィアが失敗し続けているのも、お友達がみんな裏切っていくのも、ぜーんぶ私が計画したことなの。このクラスは私が支配していて、誰も私の思惑からは逃れられない」
ここまで念入りに相手を騙そうとしている守梨の策略から逃れることなどほとんど不可能に近い。対象が違えば勇吾でさえ騙されかねないだろう。
「勘違いしないでね、天川。わたし、あなたも生還させるつもりでいるよ」
守梨は微笑みながら勇吾に手を差し伸べた。
さんざん追い詰めてからわずかな希望を示すように。
「生贄として利用するし苦しめるし不本意なことを強いるけど、殺すつもりはない。残ったクラスのみんなで生きて帰るっていう道が最善に決まっているからね」
「方針を曲げるつもりはないんだな」
「そういうこと。状況が変化した時のために、『
ぺし、と力加減を間違った足蹴が繰り出される。根本的に暴力に慣れていないのだろう。慌てたように追加で強烈なキックが鼻に叩き込まれる。思わず仰け反った。今度はやり過ぎだ。自分より背の高い男が鼻血を流して倒れ込んだのを見て、頬を引き攣らせて嘲笑う守梨。『こういうの慣れてねーなこいつ』と勇吾は思った。
「せいぜい私の役に立つことね、家畜の勇者さん。大人しくしていれば、餌くらいは持ってきてあげる」
吐き捨ててその場を離れようとした守梨は、背後の友人たちを睨みつけた。
「要。美記。その不満そうな顔はなに? 私がいないと何もできないグズの分際で、余計なことを考えるな! あんたたちは私の言うことに黙って従ってればいいの。これ以上、天川に同情なんてしたら許さないから」
「三、いや四点かな」
「花音と恵麻もっ! 召喚儀式の準備で手を抜いたりしたらまたお仕置きだからね? いい? あんたたちは私に使われてるのがいちばん幸せなの。それができないなら生きている意味なんてない。利用価値があるうちはいい目を見させてあげるから、ちゃんと私の役に立ちなさいよね」
「これで六点」
守梨は四人それぞれに罵声を浴びせ、強権的な支配者であることを誇示して見せた。勇吾は忘れないうちにわかる範囲でカウントしておく。
いくら何でも露骨過ぎたのだろう。守梨は不機嫌そうに振り返った。
「さっきからなにそれ、あとで仕返しするためのカウント?」
「そんな感じ」
「意外と根暗というか陰気というか。背が伸びる前はいじめられっ子だったり?」
意外そうに、そして意地悪そうに笑う。
その瞬間だけ、守梨は素直な表情を見せていたように思う。
だから勇吾も、少しだけ自分を見せることにした。
多分、それが必要になるはずだからだ。
きっと守梨とは、そういう付き合い方が必要になる。
「そうだな、幼稚園くらいの頃は乱暴なやつによく殴られて泣かされてたよ。ある日我慢の限界に来てやり返したらすごい泣いちゃってさ、お陰で俺は悪者扱いだ。その時は俺の方が小さくて、ずっとたくさん殴られてきたのにさ」
「へえ、意外。そういう目に遭いやすいのかな、天川って」
「あのさ、ひとつ忠告っていうか、予言しとく」
「なに? そんなことしてると報いを受けるとか? そのくらい覚悟の上だよ」
「たぶんそれ、覚悟足りてないよ。津田さんは確実に、想像しているよりずっとひどい目に遭わされる。俺が保証する。後悔して泣きたくなるような結末が待ってる上に、それが延々と続く。逃がしてくれない。容赦なくそれはやってくる」
本心からの忠告だった。
もう手遅れだと確信していたが、勇吾はそれを心から相手に伝える。
本気が伝わったのか、守梨はやや気圧されたように黙り込んだ。
すぐにわざとらしく「はっ」と鼻で笑い、意地悪そうに捨て台詞を残す。
「子供みたいな負け惜しみ。そうなったらいいね。ばいばい、生贄の勇者さん」
しゃん、と錫杖を鳴らして部屋を去っていく。
見張りとして残ったのは佐々木美記と井波要。
そのうち
「あの、天川くん。守梨ちゃんのこと」
「要! 余計なこと言わない!」
「ご、ごめんなさい」
何かを言いかけた要の言葉を、美記が即座に遮る。
身を竦めて謝罪した要はそれきり口を閉ざした。
勇吾はこれも加点だな、と判断する。
「七点」
二人の女子が不思議そうな表情になったその時だった。
照明用の光る不思議な石が、ふっとその力を失う。
扉が乱暴に開く音と、ばさばさと羽ばたく音。
鋭い誰何の声、激しい金属の衝突、闇を裂く火花、それから重いものが倒れたような物音。攻防は瞬時に行われ、すぐに終わった。
照明が再点灯した時には既に美記と要は気を失っている。
恐るべき早業だ。
「勇吾、無事か?!」
「竜太?」
意外なことに、助けに来てくれたのは二人。
そのうち一人は、猛禽を片手に乗せた勇吾の中学時代からの友人、吉田竜太だ。
「見張りはこいつらだけだから、すぐに神殿の外に逃げよう。津田は他の二人を連れて離れてる。今がチャンスだ」
「お前、どうして」
「こっちは成功した! いまから脱出する!」
勇吾の疑問を置いてけぼりにして、竜太は使い魔のトリ吉、というよりその首にかかっているボードに向かって話しかけた。
どこかに通信でもしているかのように。
いや、どこかではない。どう考えても相手はひとりだけだ。
正直、それを期待するしかない状況ではあったのだが、予想とは少し違った展開に驚かされっぱなしの勇吾だった。
「その、竜太。来てくれてありがとう」
「いいって。話はオリヴィアって人からざっくり聞いた。とにかく逃げて生き延びるぞ。味方は俺だけじゃない。だから安心していいよ」
少し泣きそうになった。
こんな世界でも、頼れる相手は確かにいる。
全てが信じられないと思ったこともある。けれど、守梨が事態の全体像を理解させてくれたおかげで、また竜太を信じてもいいのだと思えるようになった。
(そのあたりにも感謝しないとな)
状況は悪意に満ちており、絶望的な窮地であることに変わりはないのだが、勇吾の気持ちは既に切り替わっている。
決意と共にその場を離れようとして、もう一人の助っ人に注目する。
正直、そちらの方が竜太よりもよほど困惑するしかない相手だった。
何しろ、全く見覚えがない人物だったのだ。
「ところで、あなたはその、どちらさま?」
「あら、ボウヤったら、私のことがわからないの?」
アッシュの毛髪が豊かに波打つ。どこかオリエンタルな顔立ちと雰囲気。肉感的な肢体をぴったりとしたライダースーツで覆った美女がそこにいた。
スーツの前が大胆に開いており、豊満な胸元が露になっている。顔に出すほどではないが、年頃の男子高校生としてはやや目のやり場に困る。
勇吾たちより少しだけ年上に見えるが、実年齢は判然としない。
こちらに近づいてくると、匂い立つ妖艶な雰囲気がはっきりと伝わってくる。
謎の美女は妖しく微笑み、こう名乗った。
「ナオミよ」
「いやほんとに誰?」
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