第十八話 クラス転移は二度目です




「今井?! 渡辺さんたちと一緒にいるんじゃなかったのか?」


 委員長の村上が全員の意見を代弁してくれていた。

 今井北斗いまいほくと

 四人だけで別行動しているグループのひとり。

 誰もが困惑する中で、状況は動き続ける。

 突如として現れた少年は勇吾と鍔迫り合いを演じ、いつの間にか倒されていた本物のカヅェルが即座に飛び起きて叫ぶ。


「てめえかホクト! トルフィの馬鹿、しくじりやがったな」


 男の手が命じるままに一振りの剣が射出され、直前まで北斗がいた空間を通り過ぎて行った。素早く飛び退った少年は身軽に動き回り、カヅェルが次々と撃ち放つ刀剣をものともしていない。


「あの暗殺者なら渡辺さんが抑えてるよ。能見くん相手に特訓した甲斐があってさ、前にやられた時のリベンジできるって張り切ってた」


 少年はそう言いながら横目で呆気にとられている勇吾を一瞥した。

 冷淡な瞳。直感的にわかった。勇吾は彼に嫌われている。


「ふうん、これでまだ堕ちないんだ。初手でアレと引き離したのは正解だったのか失敗だったのか、微妙なとこだね」


 彼に何かをした記憶はない。そこまで険悪な関係性ではなかったはずだ。

 だがそれも『わかっている限りでは』というだけの話だ。


「今井、お前なにを言って」


「やっぱ殺すのはまだナシ。あんな感じの、ザマミローだっけ? あれになったら始末してあげるね」


 それは嫌悪と殺意を向けられていた勇吾にとっては朗報だったが、北斗にとってはそうではなかったらしい。どこか悔しそうに、だがその感情を隠そうとするように何でもないふうを装っている。勇吾の目にはそう映った。


「だから意味がわからないんだよ! 何なんだお前は!」


「後で津田さんとかに教えてもらって? 僕、いまちょっと忙しいから」


 甲高い音がしたかと思えば、その時には既にカヅェルと刃をぶつけ合っていた。

 目にも留まらぬ速度で振るわれる男の両手と連動して、そこら中にばらまかれている無数の武具が四方八方から連携して少年に襲い掛かる。

 飛び散る鮮血。防ぎきれない斬撃が北斗の四肢や胴を切り裂き、制服が赤く染まって真下に血だまりを作っていく。


「出血大サービス、どうもありがと」


「ちっ」


 直後にカヅェルが飛びのいて、北斗の周囲が赤く染まる。

 滴り落ちた鮮血が強く発光し、少年の全身が神秘的なオーラに包まれていった。

 光が変じた漆黒の鎧がかちゃりと音を立てて小柄な体に馴染む。更に細身の剣が真っ赤な血液で覆われ、そのサイズが劇的に変化していく。身の丈を遥かに上回るような赤い刃の大剣を肩に担ぎ、黒い鎧を身に纏った北斗は視界の邪魔をするフルフェイスの兜を邪魔そうにぽいっと脱ぎ捨てた。


「このかっこ嫌いなんだよね。強いけどさ、ぜんぶ黒の鎧とかいくら何でも中二すぎない? あっ、ごめん天川の衣装ディスっちゃった。でもダサいよそれ」


「暗黒騎士か。てめえ開幕ダッシュで階層スキップしやがったな。この短期間で上級職に転職してんじゃねえよ、RTAやってんじゃねえんだぞ」


「別にスピードランはしてないよ。NG+ならこんなもんじゃない?」


 北斗とカヅェルがよくわからない会話をしている間に、離れた場所にいた多田良心が走り出している。樽型兜だけを被った状態で踏み込み、たったの一歩で信じがたい距離を詰めていく少女が狙うのは二人分の遺体。

 死亡している能見鷹雄と柳野九郎の二人を両手で担ぎ上げ、身体が汚れるのも厭わずに他の生徒たちの方に走り出す。

 一連の動きを見咎めたカヅェルが制止しようとするが、振り下ろされた大剣の重みを受けてその場に釘付けにされてしまう。


「とりあえず、あそぼっか? 竜覚戦技・『威力オルゴー』!」


「恵んでもらった力でイキってんじゃねえぞガキが」


 小柄な体躯と細腕からは信じられないよな剛力で軽々と大剣を振り回す北斗は、恐ろしいことに一撃の重さでも手数でもカヅェルを圧倒していた。

 能見や柳野と比較しても明らかに異常な戦闘能力。

 だが勇吾にはその強さの質に見覚えがあった。

 暗殺者と剣豪、それに刀匠は最初から強かったという例外だ。それは天職やスキルを極め、クエストを進めて『主人公』としての物語を完遂した者の強さではない。

 その点で言えば、あの三人はまだ他の生徒たちと同じ初期の段階、未熟な水準レベルであったといえるだろう。


(けど、今井は違う。あいつは、もう既に完成された強さだ)


 まるで、既に『指標インジケータ』を踏み台にして自分の物語を終えてしまった後のような。そこまで考えて、それが十分にあり得ることだと気付く。

 なぜなら、勇吾が知る破滅は未来ではなく過去だ。

 ザマミローの存在がそのことを証明している。

 すると、むしろおかしいのはなぜか弱体化して記憶を失っている他の生徒たち、ということになるのではないか?

 そこまで考えた勇吾の思考は強制的に中断させられた。

 カヅェル本人は北斗が足止めしてくれているが、敵が従えている空中の武具や地を這う屍たちがゆっくりと包囲を狭め、勇吾たちに迫ってきていたのだ。


「みんな、こっちに!」


 しゃん、と錫杖が鳴る音がした。

 途端、呻きながら近づいてくる動く屍や浮遊する武具の動きが目に見えて鈍くなった。聞き覚えのある声。振り返ると、そこに立っていたのは期待通りの姿。

 クラスで最も小柄な女子生徒、『聖女』の津田守梨つだまもりが姿を現したのだ。彼女ひとりではない。両脇にはもう二人、女子生徒がいた。

 守梨のグループにいるおとなしめの女子、佐々木美記ささきみきと、勇吾たちのグループの最後のひとり、瀬川莉子せがわりこである。


「みんな! ゲート開いたから急いで入って~!」


 その莉子の背後に、何やら巨大な円形の『風景の歪み』があった。

 カヅェルが作り出した異常な空間に開いた穴の向こうには、見覚えのある『召命の神殿』の景色と、心配そうにこちらを覗き込む『クエスト対処チーム』の生徒たちの姿があった。


「莉子!」「リコ、助けに来てくれたの?!」


 仲の良い須田美咲と太田結愛の二人が感極まったように涙ぐんで左右から瀬川莉子に抱き着く。照れているのか、こんな状況にもかかわらず頬を赤くしてにへら、と緩い笑顔になる莉子。


(何だあの丸い、ゲート? あんなの見たことない)


 勇吾の知識にもあんなものは存在していなかった。

 瀬川莉子は活発ながらややマイペースなテニス部員だ。KPOPや韓国コスメ、韓国料理などが好きで、良く遊びに行く街は新大久保。「お金を貯めて韓国旅行したい」と日頃から公言しているほど。


(確か、異世界韓流ブームがどうとかで大儲けするんじゃなかったっけ? 世界一の豪商に成り上がって、アイドルグループプロデュースしまくって、俺は超過酷なアイドル界の競争に敗北して恥かいて『ざまあみろ』みたいな記憶があるんだけど)


 そんな彼女の天職はクラス唯一の『商人』で、スキルは『道具箱アイテムボックス』というものだ。確かいつでも出したり消したりできる上に、いくらでも中に収納できるという性質のスキルだった。『要するに四次元ボックスね』とは本人の談。


「ドアの方も持ってたわけ?!」


「内緒にしててごめん。けどあそこまで便利じゃないかな。実はこの箱が『扉』ってかワープゲートみたくなっててぇ」


 結愛と莉子の会話を遮って、守梨が鋭く叫んだ。


「説明はあと! 全員、中に入って! 安全な場所に移動するよ!」


 委員長の村上を始めとする生徒たちが『ゲート』の向こう側に退避する中、数人の生徒だけに少しだけ待つように指示をする守梨。彼女は二人分の遺体を担いできた心の到着を確認すると、隣にいた佐々木美記に声を掛けた。


「状態は?」


「大丈夫。死亡直後だから場の灰色が濃い状態。記憶の精霊はまだ八割くらい残ってるよ。これなら記憶や人格に障害は残らないはず。ただ、蘇生を試みるならこの場でじゃないと。『扉』で移動したら場の精霊が離散しちゃう」


 肩の上までの黒髪を指でいじりながら、普段おとなしい印象のある佐々木美紀は平然と遺体を検分している。無惨に胸部が破壊された能見と頭蓋が砕けて中身が飛び出している柳野の姿は凄惨すぎて誰も直視できずにいたのだが、意外なことにこの少女はそうしたものを見慣れているかのようだった。


「わかった。阿部くん、伊藤くん、貝吹くん、杭川くん、ここに集まって! 多田さんはそこの地面に二人の遺体を並べて! 少し時間が欲しい。美記、迎撃できる?」


 守梨の指示は有無を言わせぬ気迫を伴っており、男子たちは文句も言わずに即座に集まってきた。一方で美記は心底から嫌そうな顔で呻く。


「正直きついけどなんとか。もうっ! 今回はわけわかんない試験勉強しなくていいと思ったのに~また地獄なんだけど~!」


 勇吾の記憶が正しければ、佐々木美記という少女のスキルは『完全記憶』だったはずだ。下の階層に存在する中華風の帝国で科挙じゃないが科挙っぽい官僚登用試験を受験し、初の女性合格者(なお初の女性官僚となった転移者が多いため職場の風通しは良い)として活躍していくはずの、戦いとは無縁の少女。

 しかし、現実はまたしても勇吾の知識を凌駕していく。


「『図書館ライブラリ』の索引インデックスに接続。検索、第四前世『剣聖王アルフレート』。該当一件。記憶の再生を開始。来たれ浄化の聖剣!」


 美記が謎めいた呪文を唱えた直後、その背後で光が膨れ上がる。

 誰もが驚愕した。冠を被った壮年男性の半透明の映像ヴィジョンが少女の姿と重なって見えたのだ。更に彼女は手のひらから黄金の装飾が施された細い剣を引き抜く。


(その身体から剣引き抜くやつって流行ってんの?)


「やあああっ!」


 斬撃と同時にまばゆい光が放たれ、群がるカヅェルのしもべたちを片っ端から蹴散らしていく。不思議な力だけでなく、その剣の扱いも恐ろしく熟達していた。勇吾の素人目から見ると、柳野九郎とどちらが優れているのか判断がつかないほどだ。


「まずは阿部くん、死体に対してリセットを。貝吹くんは状態復元で肉体の修復ね」


 佐々木美記が時間を稼いでいる間に、守梨は迅速に指示を飛ばす。

 男子たちはとりあえず従うのだが、意味があるのかわからず戸惑っているようだ。


「いやでも、俺の回復って一定時間で効果が切れちゃうんだけど」


「その状態でのレベルアップ全回復は試してないでしょ」


「えっ、そんなんできんの?」


「杭川くんは蓄えたスキルポイントを変換して遺体に添えて。伊藤くんは花火グリッチで死んだ二人の強制レベルアップ! 急いで!」 


 急かされるままに四人の男子は守梨の命令を実行した。

 するとどうだろう、完全に死亡していた二人の肉体的損傷が元に戻り、更には息を吹き返したのである。守梨は即座に二人の頭に手を当てて、致命傷を防ぐ『聖女の按手』を実行した。それから錫杖を構えて『癒しの術』を構える。

 ちょうどそのタイミングで貝吹が使用していたスキル『状態復元』の効果時間が終了した。元に戻っていた能見と柳野にカヅェルが与えた致命傷のダメージが加わる。


「あれ、死んでない?」


 目の前で発生するであろう惨事に身構えていた貝吹は不思議そうに呟く。

 能見は胸から、柳野は額から血を流しているものの、死んではいない。

 その負傷を守梨が癒していると、ゲートの向こうに退避していたはずの村上委員長が顔だけをひょっこりと出して口を挟んできた。


「そうか、レベルアップで最大HPが上昇したから、さっきの即死ダメージを喰らった状態まで戻っても上昇分のHPだけミリ残しされるのか!」


「何だよテメーは」「解説好きのオタクがよ」「役立たずなんだから安全地帯いけ」


 散々な罵声を浴びせられてしくしくと泣きながら戻っていく委員長。

 男子四人はまだ気を失っている能見と柳野を担いでゲートの向こう側に退避していく。一方、守梨はその場から離れようとしていた心の手を強引に掴んだ。


「でも」


「細かい話はあとで。美記、蘇生作業は成功したよ! 撤収できそう?」


 心の背中を押しながら守梨が声を掛けるのと、無数の刃が一人で戦う美記の全身に直撃したのはほぼ同時だった。勇吾は思わず美記に声をかけようとしたが、鋭い切っ先が全て硬質な音と共に弾かれたのを見て絶句する。


「いったああああ! ちょっと、防護の聖剣なかったら死んでたよいまの! 守梨ぃ~バフ剥がれたぁ~! 巨人階梯の邪視でも防げる障壁って嘘じゃん~!」


 異常に頑丈な少女は背後で錫杖を構えている友人を恨めしそうに睨んだ。

 その間にも巨大な鉄槌が脳天に直撃しているが、少女はびくともしていない。


「普通の巨人ならって話! あっちにも『聖女の加護』が上乗せされてるから、干渉力が異常なの! ここは今井くんに任せて、私たちも撤退しよう! もうすぐ敵側の転移者たちも来るはず!」


「やば、逃げよ逃げよ。えーと、こういうときは烈風の聖剣!」


 美記が新たに取り出した緑色の剣を一振りすると、凄まじい暴風が巻き起こって波濤のような敵の群れがまとめて遠ざかっていく。

 その隙にゲートの向こう側に退避する少女たち。

 成り行きを見守る事しかできなかった勇吾も、自分を急かす吉田竜太と辺見颯に引っ張られて退避することになった。

 もはやそれ以外に選択肢はない。

 だが、この場に対する未練のような感情がまだ胸の底に沈んでいる。

 

(何をしてるんだ、俺は)


 自分という存在の不確かさを知った。

 縋ろうとした希望は最初から存在していなかった。

 積み上げたものといえば張りぼての嘘だけ。

 今しがた勇吾自身が嫌悪し、否定した虚構。


(信じていたものに、裏切られた。俺は、また)


『友達が信じられないの?』


 繰り返し反響する痛みと問い。

 得たと思ったこたえが手をすり抜けていく。

 ゲートの向こう側に足を踏み入れ、神殿内部に降り立つ。

 ふと振り向けば、戦場に取り残されたオリヴィアが見えた。

 勇吾の凶行により落下した少女は地面の少し上に『浮遊したまま着地』している。腹部の穴を手で押さえたまま動かない。

 不思議なことに、血は一滴も流れていなかった。

 俯いた顔が、弱々しく上を向く。

 視線がぶつかった。


「勇吾さん、わたくしは」


 弱く頼りない声が途切れる。

 ゲートが閉じていた。

 もう、そよ風が耳をくすぐることはない。

 


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