第十四話 転生剣豪と天才暗殺者と身体から武器を取り出す任意の革命的なことをする変な女




 誰が見ても異常な事態が進行していた。

 長い槍を構えた少女の周囲を、幾つもの刀剣や鎧兜が浮遊しながら守っている。

 ただそれだけの光景であれば、異世界という環境ゆえにまだ『あり得る』と言い張ることが可能な範疇だ。


(もっとやばいのは、その危険度だ)


 勇吾を真の意味で戦慄させたのは、無数の武器に囲まれた少女の余裕ぶりだ。

 達人ふたりが、じっと華奢な少女の出方を窺ったまま動けずにいる。

 あの能見鷹雄あんさつしゃ柳野九郎けんごうが揃って多田心ただこころという少女の一挙手一投足を警戒しているのだ。

 つまりかつて巨大な怪鳥を従えて現れたオリヴィアよりも、この少女の方が遥かに危険だと達人たちは判断していることになる。

 ところが、睨まれている当の本人は張り詰めた空気が読めていないかのように無警戒に勇吾に近づいてきた。


「えへへ、前々から天川くんにはこれが似合うと思ってたんだよね~。はいこれ。天川くんのイメ刀。どぞどぞ、お使い下さいな」


「え、あ、はい。どうもありがとう」


 手渡されたのは反りのある刀、いわゆる太刀だ。

 こういったものに詳しくない勇吾でも見事なつくりだとわかる。

 流れるような動作があまりにも自然だったために、勇吾は無警戒にそれを受け取ってしまっていた。己の愚かさに気付いたのは全てが終わったあと。

 彼の指先が刀剣の柄に触れた瞬間、『それ』は始まる。


「ココロ、お前のような女はこの俺の妃としてふさわしくない! 今日この時をもって、お前との婚約を破棄する!」


 それが、令嬢ココロの人生の転機だった。

 サッ=チョーキングダムの王子ユーゴに『刀剣を偏愛する奇人』となじられて婚約を破談にされたココロ。しかしそれは、彼女が『盟約の守護獣ドラゴンホース』が人の世界に遺した聖なる刀、『陸奥守吉行むつのかみよしゆき』に選ばれたことを妬んだユーゴの陰謀であった。


「お父さんとお母さんは見捨てても、みんなは守るからね!」


 家は取り潰され、奴隷として売られる寸前でなんとか逃げ出すココロ。

 身分を変え、男装して流れ着いた先はキョウと呼ばれる異国。

 彼女はそこで新選組と運命的な出会いを果たし、女性隊士として激動の歴史に身を投じていくことになる。


「『和泉守兼定いずみのかみかねさだ』と『堀川国広ほりかわくにひろ』が刀と脇差で揃ってんじゃん激アツ!」


 近藤勇や土方歳三といった隊士たちとの間に育まれる絆。

 その一方、サッ=チョーキングダムを裏から操る『妖術師メイジ』たちは愚かなユーゴを傀儡の王に仕立て、世界の支配を目論んでいた。

 やがて勃発するボシン・ウォー。次々と倒れていく隊士たち。廃されるサムライロード。聖なる刀はエンペラーの手に。

 追い詰められたココロの前に、メイジの邪悪な魔力に支配されたユーゴ(イケメンは闇堕ちすると魅力が五割増しになるのでいつもより美形)が現れる。


「お前の持つ名刀を渡せ。そうすれば俺の側室にしてやってもいい」


「今宵の虎徹は血に飢えている。舐め腐った勘違い王子の血になぁーっ!」


 ココロの窮地に駆け付けたのは、死を偽装していた一騎当千の隊士たち。

 新選組が得意とする集団戦法によりユーゴは囲んで滅多刺しにされて死んだ。


名刀せいぎで切り殺せば勝ぁーつ! ココロちゃんぶい! タイトルがどぉーん!!」


『刀剣と会話する変わり者令嬢は激動の時代でもエンジョイ勢!』


 そこで勇吾の意識は現実に戻ってきた。

 何だ今の。


「なんだいまの」


 思わず思ったことがそのまま口から出てしまうほど意味がわからなかった。

 勇吾が思い出した破滅の未来は改めて想起すると支離滅裂だ。

 独創的に過ぎるイマジネーションは、心に手渡された刀剣から伝わってきた何らかの思念、のようにも思えた。


(本当になに?)


 勇吾の混乱を気にしていないのか、多田心は嬉々として刀剣について語り出す。


「このコは『一期一振いちごひとふり』! 太閤や皇室にも献上された名物だよ! 宮内庁蔵から写し取ってくるのに苦労したよ~!」


「あの、多田さん?」


「これ渡したかったの~! 私ねえ、ピンと来た男子に『イメ刀』を当てはめるのが最近のマイブームなんだあ。あ、イメージ刀って意味ね。イメソン的な? 天川くんはずっと一期一振かな~って思ってたんだけど~、なんか今はちょっと荒んでる感じある? ちょいこじらせダーク感マシマシ? これならワンチャン別の刀渡すのもありっちゃありか? えっ、カーくんは『山姥切国広やまんばぎりくにひろ』派なの? ほうほう? うおお、なんか迷うぞどうしよ」


 心は既に自分の世界に入っているのか暴走した車のように止まらない。

 まくしたてる舌はよどみなく回り、しまいには見えない誰かと会話を始める始末だ。スキルの『武器会話』で実際に誰かと意思疎通をしている可能性もある。

 ひとしきり興奮した感情を発散しきったのか、心はふと落ち着きを取り戻して柔らかく微笑んだ。「それはそれとしてぇ」などと前置きをしつつ、豪快に槍を振るって周囲を威圧して見せる。


「闇堕ち展開なら、私はこっちに味方しちゃおっかな~って。なんせ好みだからね! まさか、演技じゃないでしょ? 本当に心が闇に染まっちゃってるんだよね? 違ったらびっくりだなあ、全部茶番ってことだもん! さすがにないよね~、たとえ『そう』でも本当にしてもらわなきゃ、どっちも大変じゃない?」


 心の瞳は冷徹な暗殺者とは違い、激しい熱を持っている。

 彼女は勇吾の窮地を救ってくれたかに思えたが、そのまなざしが今は恐ろしい。

 あるいはシンプルに状況を解決しようとしていた能見鷹雄よりも、彼女の方が危険なのではないか、と思わせるほどに。


(何が『露骨なのはミスリード』だよ。『定番』どころか、ぱっと見でいちばん怪しい相手が真犯人ってオチじゃないか!)


 オリヴィアは『あれ?』みたいな表情をしている。するな。

 勇吾には確信があった。まず間違いなく多田心はカヅェルに洗脳されているか、あるいは正気のまま結託している。

 その上で『闇堕ち』を強調しながらこちらに味方する意思を示したということは。


(俺が『オリヴィアに洗脳されている』って設定は、竜太や辺見と戦ってから熱い友情の力とか感動的な説得で正気を取り戻す演出の前振りだ。けど、カヅェルと多田さんは強引に割り込んでその演出プランを変えようとしてる?)


 その狙いは、カヅェルが説明したとおりのものだろう。

 堕ちた勇者。クラスメイトを全て殺して破滅を回避するという最悪の結末。

 

(多田さんがそんな計画に同意するか? 騙されてる? やっぱり本当に洗脳されてしまっているのか?)


「どうしちゃったんだよ、多田さん!」


 勇吾を含めた周囲の疑問を代弁するように委員長の村上誠司が叫ぶ。

 多田心は目を細めて薄く笑ったかと思うと、わけのわからないことを言い出した。


「ん~? そうだなあ。別にどんな嘘吐いたっていいんだけど~。こういうのってさあ~、裏で黒幕と繋がってる裏切り者、とか定番じゃないかな? そんな感じでよろ~。あ、だめ? じゃあ信じてもらえなさそうな本心を教えちゃお。実はねえ、私ってば刀とか武器とか好きだけど、それが本来の目的で使われるのがも~っと大好きなんだあ~。あと強いイケメンは美しく血を流しながら感情剥き出しで戦ってほしい」


「ぜんぜんわかんないけど好きな事について早口で話してる時の多田さんは常に真剣だし嘘とか言わないの知ってるから、本当にヤバい奴なんだなってわかった」


 村上誠司の表情はかなり強張っていたし他の生徒たちもドン引きしていたが、心は嬉しそうにはしゃぎ続ける。


「お、いいんちょ理解がはや~い! てなわけでっ! 私はみんなに『もっと争え~』って思ってるのね? せっかくだから~、みんなで闇堕ち、しよ?」


 心の周囲で金属がガチャガチャと音を鳴らし、無数の『動く武器』たちがじりじりと生徒たちに近づいていく。

 不穏なものを感じた生徒たちが一歩下がり、二人だけが前に踏み込んだ。

 直後、甲高い音が響く。


(なんだ、あれ)


 勇吾は目を疑った。

 柳野九郎の刀と多田心の槍が激しく火花を散らしながら切り結んだ、ところまではまだ理解の範疇だ。

 しかし、心が片手を後ろに伸ばして『飛来した何か』を弾いたあの動きは何だ。

 少女の真っ白な手のひら、その中心が水面のように波紋を広げ、ぬるりと現れつつある細長いものは、いったいなんだというのだろう。

 

「は~い、やっさんには大身槍の傑作、『日本号にほんごう』だよ~!」


 ハイテンションに叫びながら、心は手のひらから長大な槍を一振りまるごと出現させ、にこやかに柳野九郎に差し出した。

 誰も、起きていることの意味がわからなかった。

 心の意図もだが、あんな巨大な槍が手から出てくるというのは常識で考えればありえない。そもそも腕の中に収まりきるはずがないから物理的に存在できないはずだ。

 

「日本三名槍と名高い、福島正則ふくしままさのりの愛槍! もう十振り以上写しにチャレンジしたんだけど、これがいちばん自信作! どや!」


 鼻息も荒く宣言した少女に対し、刀を油断なく構えたままの九郎が申し訳なさそうな表情で言った。


「いや、俺は槍の心得はあんまねえんだ。合戦で使ったことくらいはあるがよ。手に馴染むのはこっちだな」


「うぐっ、痛恨のミスマッチ! 戦闘スタイルとイメ槍が噛み合わないよ~!」


 しゅんとなって巨大な槍を手の中にぐいぐいと押し込んでいく心。

 何度見ても仕組みはまったくわからないが、彼女は更に別の武器を手のひらから取り出した。今度は刀のようだ。


「じゃあじゃあ、能見くん! 『同田貫正国どうだぬきまさくに』はどうですか!? 飾り気のない質実剛健! こういうのキミの好みじゃない?」


「お前の見立ては正しいが、俺は自分で用意した得物しか使わない。柄にも毒は仕込めるからな。常套手段と言ってもいい」


「む~、男子ぃ~ノリが悪いゾ~」


 不満そうに頬を膨らませる心。

 

「しゃあない。カーくん、やっさんと共鳴しちゃって。はい、ちゅうもーく」


 槍を持っていない方の手を掲げる。

 周囲を浮遊していた武具のひとつ、樽型の兜が少女の片手に載せられた。


(あの兜は!)


 見覚えがある。他にもたくさん似たような兜が浮いていたのでわからなかったが、こうして見るとかつて相まみえたカヅェルと同じ印象だ。

 『ざざざ』とノイズのような音が走り、兜の中で眼光らしきものが爛々と輝く。

 妖しい光が明滅し、周囲に気分の悪くなるような『耳鳴り』が広がった。

 『何か』が成功したことを確かめた心は、にこやかに柳野九郎に話しかけた。


「やっさんはさ。強者とバトルしたいんじゃない? 思うんだけど~、この場でいちばんやっさんと激熱バトルできる人って~たぶんひとりしかいないと思うんだ~ヒントは姓は能見、名は鷹雄、字は夜刃」


「貴様、なぜ俺のコードネームを」


 反応した能見に、『コードネームとかあるんだ』みたいな視線が向けられる。

 ただひとり、柳野九郎の熱っぽい視線だけは種類が違った。


「そういやそうだ。なんでこんな簡単なことを思いつけなかった?」


 それは、飢えた獣が血の滴る肉を目の前にした瞬間に似ていた。


「ああ、そうだな。お前の言う通りだ。待ってろ、もっと血を吸わせてやる」


 自分が握った刀に向かってぶつぶつと話しかけながら、虚ろな目で一歩を踏み出す。柳野九郎が敵意を向けているのは、既に心に対してではない。

 不審に思ったのか、能見が声をかける。


「おい、どうした柳、野っ!?」


 言い終わるより先に刃が一閃していた。

 回避できたのは、相手が能見鷹雄だったからこそだ。

 容赦なく始まる高速の攻防。

 意識で捉えることさえできぬ閃光の刃と、意識の外から命を刈り取る闇夜の爪。

 呆気にとられる生徒たちを置き去りにして、壮絶な死闘が始まっていた。


「いえ~い、クラス内フィジカルつよつよ男子の頂上決戦だ~! てなわけで残りの男子諸君は私とあそぼっか? で? 天川くんは何してんの? はやくバトル展開やったら? 闇堕ちしたらさ~お友達と悲劇シチュやんなきゃダメじゃな~い?」


 声が冷徹であればまだよかった。

 悪意に満ちているのだとしても、まだ理解の範疇だ。

 だが、多田心は違う。

 彼女は、楽しんでいる。


「はよ。ほらはよはよは~よ! こっろしっあえ♪」


 カヅェルらしき兜が放った不可思議な『耳鳴り』。

 その効果は柳野九郎のみならず、この世界で手に入れた武器や防具を手にした生徒たち全てに影響を及ぼしていた。

 攻撃衝動や負の感情の増幅。洗脳に近い意識の方向付け。即席の催眠状態。

 渡された刀から伝わってくる黒い衝動に心を支配されつつある勇吾は、震えながらこちらに近づいてくる友人たちの姿を見た。

 怒りと憎しみ、戸惑いと悲しみ、殺意と恐怖。

 たぶん、勇吾も同じような顔をしていたと思う。


(ずっと考えないようにしてた。こういう事態を)


 破滅の未来を回避する。

 クラスメイトたちに殺されるのではなく、クラスメイトたちを殺すのでもなく、仲間として絆を深め、全員で生還するのが最善の道に決まっていた。

 その最終目標のために、どうしても除外しなければならない前提があった。

 すなわち、ハッピーエンドを妨げる要因の存在。


(もしクラスにどうしようもなく『どうかしてる』やつがいて、そいつが俺や誰かの破滅を望んでたり、クラスみんなで助かる道を望んでいなかったとしたら)


 柳野九郎や能見鷹雄の逸脱はあくまでも『強さ』だ。

 人格が信用できるのであれば何の問題もないし、和解すれば心強い味方になってくれるかもしれない。

 だが、多田心は。


「え~? 計画とちょっと違う? 趣味に走りすぎ? うっさいなあカーくんは。いいじゃん別に~私が楽しければそれでいいんです~ぷんぷん。そんなにガミガミ言うコなんてココロちゃん知りません。カヅェル、納刀おすわり!」


 からん、と兜が床に落ちる。

 少女は行儀悪くそれを足蹴にしながら、両手を広げて満面の笑みを見せた。


「クラスメイトで遊ぶの、たっのし~!」



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