第十三話 関東最高の暗殺者、異世界生徒に偽装する
剣豪と暗殺者。
たとえ『勇者』という天職によって普通の高校生である勇吾の強さが底上げされていたとしても、彼らのような本職(?)にとってそんなものは誤差でしかない。
勇吾にとって有利な点があるとすれば、それはこれから始まる戦いが『勇吾を救出する』という形式であることだろう。
(ちょっと卑怯な感じもするけど、俺がオリヴィアさんの盾になればいい)
少なくともこの段階においては、彼らに勇吾を殺害する意図はない。
よって、『下手なことをすれば勇吾の命が危うい』という人質作戦が有効になる。
「段取りとしては単純な各個撃破です。まず部屋に入ろうとした瞬間に分断型のトラップを複数同時に発動。ここまでに作り上げた『仲の良さ』という関係値を利用して、誰が誰を助けようとするかを誘導し、こちらに有利な状況を作り上げます」
まずは最も危険な
オリヴィアの操る突風が彼を部屋の隅の落とし穴に突き飛ばし、その下には大量の怪物が蠢く『モンスタールーム』という悪質な仕掛けだ。
「確かに、能見は何だかんだで面倒見がいいタイプみたいだけど」
自分に対して尊敬のまなざしを向けながら懐いてくるクラスメイトを簡単に見捨てることは能見鷹雄にはできない。彼は仲間を助けに行くはずだ。
更にその他のメンバーは超一流暗殺者の隠された実力を知らないため、仲間を助けるために協力を申し出る。今回の戦いで絆を深めて強くなった『シナジーチーム』が団体で救助に向かうというわけだ。
「そうなれば相手の戦力は半減。ポイントは『
オリヴィアの言葉を思い出しつつ、勇吾は『そんなに上手く行くだろうか』という疑念を押し殺しながらクラスメイトたちを待ち構えた。
今になって作戦を変更する余裕はない。あとはなるようになれだ。
扉の向こうに感じる気配、集団が立てる物音は大きくなってきている。
どうやら集めたオーブを使って扉の仕掛けを解除しようとしているようだ。
これまで、遺跡に仕掛けられている罠や鍵付き扉などは村上委員長が率先して調べてきた。今回も彼が中心になって『ああでもないこうでもない』と謎めいたギミック(面倒なパズル付き)を突破しようとしているようだ。
とはいえ、十五人もいれば手持ち無沙汰になる者も多い。
『謎解き組』の真剣な相談に混じって、雑談の声も聞こえてくる。
「もうすぐボス戦か~」「天川を人質に取られてたらやばくね? 交渉とかできねえのかな」「拷問とかされてねえといいんだけど」「やめろよ」「けど可愛かったよな、あの女の子。なんかされてるとしてもご褒美かもしれん」「おい」「顔かよ」「顔面は大事だろ。ていうかそれで言うと今井が羨ましすぎる」「まあそれはな」「渡辺と薬師寺と旗野に囲まれてさ~密かに楽しんでそう」「旗野言うほどか?」
(は? は? 最後に発言したやつ誰だ?)
『いよいよ本番』と緊張していた勇吾の表情が別の原因でこわばる。
意識して肩の力を抜こうとしていたはずが、一瞬で全身に力が込められていた。
握りしめた安っぽいつくりの模造剣の柄が音を立てて軋む。
「おいって」「いつもマスクしてっからそれ込みでみたいな?」「後ろから見ると黒髪美人のオーラあるよな」「薬師寺といつもつるんでる補正って感じ」
扉一枚隔てた声がすっと遠くなっていく。
きーんという耳鳴り。
今ここにいる、という現実感が薄れているのがわかった。
『ユーゴさん、あなたには内心を塗り潰す天賦の才があります。あとは、その上に感情の表現を乗せることさえできれば』
直前にオリヴィアが何らかの演技指導をしていた気がしたが忘れた。
隠すとか表現するとかどうでもいい。
これはただ、湧き上がってくる熱でしかない。
「やめとけって、そういうの」「男子ってさー、すぐ女子に点数付けたりすんの嫌な感じだよねー」「自分たちはそういうこと言えるほどご立派なお顔なわけ?」
集団には当然ながら理性や自浄作用もあるのだが、極度の緊張状態に置かれていた勇吾にとってわずかな刺激が劇薬に等しかった。
たしなめているのは勇吾の友人たちのようだったが、だからといって昂ぶりが収まるかといえばむしろ逆だ。勇吾の中で、『あまり親しくない相手』に対するブレーキが効かなくなったのである。
「ユーゴさん、扉のロックが解除されました。準備を」
「 すぞ」
「はい?」
きょとんとした様子のオリヴィア。幾らかの理性を取り戻した勇吾は言い直した。
「ああ、わかってる。やってやるよ」
「まあ、すばらしい! その覇気と殺気、まさしく『闇堕ち』のオーラそのものです! 気合は十分みたいですね。期待していますよ」
何か都合のいい解釈をされたようだ。
関係ない、今の勇吾は思考ではなく衝動で動いている。
漆黒の鎧を身に纏った勇吾は怒りと敵意をむき出しにして剣を持ち上げた。
全て、オリヴィアが用意してくれた舞台衣装だ。
『洗脳された勇吾を友情の力で取り戻す』という演出の説得力を増すための小道具のようなもので、実際にその黒さが勇吾の心を反映しているわけではない。
はず、だったのだが。
「けどさぁ、おれ噂で聞いたんだけど、旗野ってパパ活しまくってるらしい。ウケるよな、あのブス相手にしてくれるおっさんとかいんの? って感じ」
「お前ぇぇ!!」
扉が開くと同時、声が聞こえてきた方に突っ込んだ。
耳元で密かに大気が振動し、オリヴィアが静止を呼び掛けてくる。事前の打ち合わせでは待ち構えつつ勇吾が洗脳されていること、オリヴィアを殺すと勇吾の洗脳が解けなくなってしまうことなどを説明する予定だった。が、全て飛んだ。
激昂し、『許せない敵』に向かって剣を振り下ろす。
刃が振り下ろされた先にいたのは、ひとりの男子生徒。
『旗野マジでブス』『それな』『ちょっと男子サイテー』という複数人の声色を、単一の声帯によって使い分けている■■■■。誰だこいつは。
「能ある鷹は爪を隠す。情報は隠蔽してこそだろう?」
能見鷹雄が、勇吾を見ていた。
「えっ」
軽薄に動く舌と完全に分離した冷徹な視線。
長い前髪の隙間から、全てを見透かすような暗殺者の瞳が見えた。
真冬の夜のような冷たさに、心が竦み上がる。
殺される。ぞわりと背筋が凍った次の瞬間、作戦は完全に破綻した。
激昂した勇吾の一撃を半歩ずれただけで回避した能見鷹雄はそのまま武器を叩き落とし、後ろに回って腕を捻り上げる。
(しまった)
完全に極められており、勇吾は身動きひとつできない。
更にオリヴィアが隠岐忍を分断すべく放った『風のおまじない』も当人が予想以上の機敏さで回避し、失敗時の作戦として用意してあった『上から落ちてくる鉄格子』さえ柳野九郎の『鉄を斬る』絶技によりがらくたと化す。
頭が真っ白になる。勇吾は己の愚かさを悔やむが時すでに遅し。
「もう隠岐にもばれてしまったからな。いい加減、白状しよう。俺のスキルは『爪操作』だ。こんなふうに獣のように鉤爪を出し入れできる」
少年は言いながら片手を広げ、力を込めながら五指から尖った爪を少しだけ伸ばして見せた。破滅の未来において、一瞬で勇吾の首を掻き切った恐るべき凶器。
「というのは嘘で、実際には俺に関する情報を隠蔽する能力。『スキルが爪操作』という情報自体がスキル効果による嘘なわけだ。この爪は単に靭帯と腱で動かしてる。品種改良みたいなものでな、俺の家系の奴は全員できる」
淡々とした説明に感情はない。じっと勇吾を見つめるその瞳はまるで何かを探り出そうとするかのようだ。
勇吾にとってはもちろん初耳の情報である。それを知る機会すら与えられなかった。隔絶した技量ゆえに、勇吾は相手の底を見誤ったのだ。
(俺はなんて馬鹿な、いやでもあんな暴言を許せるはずがない! 違うそうじゃない、それよりこの状況って、つまり能見は俺の気持ちを)
勇吾を含めた周囲の生徒たちから奇異と困惑の視線を向けられる中、能見鷹雄は冷静に拘束した対象と広間の構造、奥にいるオリヴィアを観察していた。
「殺意は本物か。洗脳されていた場合、感情に訴えかけるアプローチが有効かどうかを探るつもりだったが。さっさと捕縛できたのは幸運だったな」
「なにを言って」
能見鷹雄は出し抜けに動揺する勇吾の耳に顔を近づけた。
他の誰にも届かない、秘め事のような囁き。
それも、勇吾の良く知るある女性の声で。
「天川くん。眼球の運動とまばたきの回数、体温の変化と声の抑揚、その他あらゆるシグナルから人間の感情って読み取れるんだよ。誰が好きとか嫌いとかもね」
旗野詩織そっくりの声帯模写。
小石による暗殺や、爪の出し入れどころではない。
能見鷹雄の『隠された実力』は勇吾の想定を遥かに超えている。
「洗脳は表層意識レベルではされていない、か? いや、だがこれは」
相変わらず何かを探るような視線を感じるが、勇吾はそれどころではない。
絶望的な状況だった。分断作戦は失敗。勇吾は安い挑発に乗って早々に捕縛。
更に能見鷹雄は、この状況そのものを怪しんでいるようでもあった。
万事休す、と勇吾の心が諦念に染まろうとしたその時だった。
「闇堕ちルートで行くんならさ、私はこっち味方しちゃおっかな」
無造作に、それでいて軽やかに。
風を裂く音と共に巨大な質量が勇吾のすぐ後ろを通り過ぎて行った。
驚くべき点はふたつ。
ひとつは『あの』能見鷹雄が、勇吾の拘束を解いてまで回避に専念したこと。
もうひとつは、暗殺者に奇襲を仕掛けたのが、華奢な少女であったこと。
「カーくん的にはそれでいいんだよね? ってことで私、裏切っちゃいまーす」
楽しそうに言ったのは、長い槍を軽々と振り回す
背中の背嚢をどさりと床に下ろすと、その中から次々と武器や防具が浮き上がる。
それらは少女に付き従うように周囲に展開していき、生徒たちに切っ先を向けた。
まるで、器物そのものが意思をもっているかのように。
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