第九話 刀剣女子ココロは異世界で憧れの刀匠になりました! ~私の武器、神さまに呪われて大変なことになってませんか!?~




 その日、苦難を乗り越えた『落ちこぼれしゅじんこう』たちは目的地にたどり着いた。神殿近くの川沿いを歩き、足場の悪い森林を進み、怪物が行く手を阻む山道を抜け、遂に朽ち果てた廃墟の奥に巨大な廃城を発見する。

 少年少女たちは決意を込めて目の前の光景を見据える。

 集団の中心で、地図を広げた眼鏡の少年が口を開いた。


「帽子からスキルの仕様を聞けて良かったよ。天職と違って個人の性質と結びついてるから、強い意思があれば少しずつ成長するし変化する。正直、最初にスキルが『地図作成』って言われた時はどうしようかと思ったけど、わりとすぐ出番が来たな」


 学級委員長、村上誠司むらかみせいじ

 『地図作成』スキルは何もないところから瞬時に地図を生み出す。そして持ち主である村上誠司が『仲間』と見なしているクラスメイトたちの所在地を地図上に光の点として表示することができた。この集団が迷わずに勇吾を追跡できたのは、ひとえに彼のおかげである。


「間違いない、あの城だ。地図に天川の反応がある」


 集団の数は、天川勇吾を除いた三十九人、ではない。

 破滅の運命をもたらすとされていた十一人に加えて、勇吾と最も仲の良い友人である吉田竜太よしだりゅうた辺見颯へんみはやて、責任感の強い学級委員長の村上誠司むらかみせいじ、そして『剣道部だからクラスで一番強いんだろう』と周囲に思われている柳野九郎やなぎのくろうの四人。

 合計で十五人がこの場に集まっていた。


「残ったみんな、無事でやってるかな」


 強行軍ゆえか、疲労を滲ませながら吉田竜太が呟く。彼は中学時代から勇吾と付き合いがあり、自他ともに認める親友の立ち位置だ。飾り気のないナチュラルなショートヘアと精悍な面構えで、『爽やかな王子様系』の勇吾とは好対照な男子として密かな人気がある。


「大丈夫じゃない? なんたって頼れる聖女ちゃんのバリアがあるしさ」


 すぐそばにいた辺見颯はそれに比べると幾分か余力を残した様子で答えた。こちらは前髪上げアップバングのベリーショートに垂れ目がちで線の細い印象の男子で、甘ったるい声と緩い雰囲気からよく『チャラそう』と女子にからかわれている。

 ちなみに以前は重めのマッシュヘアだったのだが、スマートマッシュの勇吾と『被るからやめた』と言って現在の髪型に落ち着いた。周囲から『そういうとこがチャラい』と評価されて不服そうにしていたが、基本的には友人を気遣うタイプである。


「竜、疲れてるとこ悪いけど、ウチのコふたりがしんどそうだから声かけといて? 結愛の荷物、持ってやんなよ」


 颯の言葉を受けて、やや挙動不審気味に目を逸らした竜太は背後の女子をちらりと見た。クラスの中では最も仲の良い女友達である太田結愛おおたゆあ須田美咲すだみさき。ここにはいない勇吾と神殿に残った瀬川莉子せがわりこを足した六人は、周囲から教室の中心にいる『華やかなグループ』だと見なされていた。

 そして、男女が同じ空間にいれば自然と発生する現象がある。


「いや、別にいいけど。お前は?」


 不安そうに友人の顔色をうかがう竜太の弱気など素知らぬふりで、颯はひらひらと手を振った。


「俺は多田ちゃんポイント稼いできまーす」


 竜太はサッカー部、颯はテニス部でクラスの中では体力に自信がある方だ。

 それでも慣れない悪路を歩くのは高校生たちにとっては過酷な体験であり、ほとんどの生徒が疲労困憊している。例外的に、後ろで束ねたぼさぼさの髪をかきながら欠伸をしている柳野九郎やなぎのくろうと腕組みしながら樹木に背を預けて目を瞑っている能見鷹雄のうみたかお、それから男子たちの周囲をちょこまかと動き回りながらきらきらした目で話しかけ続けている多田心ただこころの三人には疲労の色がない。近づこうとした颯とちょうど目が合った女子生徒はぱっと笑顔になって後ろで一つ結びにした髪房を揺らしながら駆け寄ってきた。


「おっ、辺見くんじゃんちょっと失礼! 君とはお話まだだったよね~イケメンだねえこの軍刀拵えはあっちのコと一緒? デッサ式って言うんだ? 君たちみんなアレンシー工房の作品なの? 護拳の湾曲がエッ、げふんげふん、じゃなくてロズゴール王国との戦争のお話聞きたいな~、あっそうだ刀身触ってもいい? 早すぎ?」


 『イケメン』のあたりまでは笑顔だった颯の表情が硬直する。

 多田心はさきほどから男子の腰付近にひたすら早口で独り言をまくしたてていた。『人間の男には興味がありません』と言わんばかりに彼らの所持する武器に向かって話しかけているのだ。


「ハアハア、かわいこちゃん、いまどんな鞘履いてるの? 見ればわかるけどおじさんに言ってごらん? えへへキモくてごめんね~」


 心の天職は『刀匠』という基本四職に含まれないイレギュラーな職業で、スキルは『武器会話』という何の役に立つのか不明なものだ。

 颯もこの女子生徒が歴史部に所属しており、日本史や古い刀剣に興味があるという話は知っていたが、さすがにこのタイプの女子とはあまり接したことがない。

 が、彼にも彼なりの意地があった。


「多田さんってこういう武器が本当に好きなんだね。何かに真剣になれるのってほんと凄いと思う。良かったら、このサーベルと何の話してたのか聞かせてよ」


「あっ、いえ。辺見さんにお聞かせできるようなことは何もないっす。私のことはそのへんの羽虫とでも思っていただいて結構なので」


 すん、とテンションが急下降し、男子から目を逸らしながらぼそぼそと喋る心。

 極端から極端へ。振り幅が大きすぎて颯が戸惑っているうちに、心のどんよりした雰囲気がまた急に激変する。


「おっ、あっちの方にゴブリンっぽいのいるじゃん! あいつらも武器持ってるんだよね、ちょっと貰ってくる!」


「ちょ、待てって、危ないから俺も」


「いーよいーよ、男子は疲れてるっしょ! 露払いは任せろー!」


 周囲が呼び止める間もなく有り余った元気で疾走し、背負っていた長槍を軽々と振り下ろして小さな猿のような怪物を脳天から潰す。

 殺気立った怪物の集団が爪や棍棒、簡素な斧を振り上げて心に殺到するが、インドア派であったはずの女子生徒は軽やかに猛攻を躱していった。

 槍の間合いの中に入られれば腰から短刀を抜いて相手の首を裂き、多方向から攻められれば槍を薙いでまとめて蹴散らす。

 心は女子の中で最も武器を用いて敵を殺めることに忌避感がないタイプだった。

 というより、刃で敵を斬殺できることを喜んでいる節さえある。


「いえーい! やっぱ君たちは使ってあげないとだよねー!」


 血飛沫を浴びながら生命を蹂躙していく戦いぶりは、ある意味で野武士さながらの柳野九郎よりも異様だ。元々は大人しい少女と認識されていたから、この異常な世界に来て戦いの才能を開花させた、と周囲は解釈するしかなかった。


「勝利~そして戦利品ゲット~! ふへへ、君たちもかわいいねえ、どこ住み~?」


 あっという間に怪物の集団を沈黙させた心はさっそく遺体が握っていた武器を奪って背負っていた大きな背嚢に収納していく。彼女はずっとこの調子で、荷物は凄まじい重量になっているはずなのだが一向に疲れた様子を見せない。

 呆然とする颯の肩を、委員長の誠司が労わるようにぽんぽんと叩いた。

 

「ま、個性強すぎな感じはあるけどいまは頼もしいじゃん? 俺も弓の強さになんとか慣れてきたし、やっさんは相変わらず頼りになるし、これなら天川救出作戦も上手くいくんじゃないか?」


「だな。頼りにしてるよ、リーダー」


 学級委員長の誠司を中心に、アクの強い面々を含む生徒たちはどうにか団結できていた。これも全ては勇吾を救出するという目的のためだ。

 言葉とは裏腹に誠司の表情にはあまり余裕がない。緊張と不安、戦いへの恐れ。

 なにより『自分がみんなを引っ張っていくんだ』という意思に自信が追いついていなかった。彼は学級委員長に立候補するほど積極的なタイプだが、このような極限状況下でも『理想の自分』を貫き続けられるほど強くはない。

 それを自覚しつつ、自虐を交えながらシニカルに笑うくらいがせいぜいだ。


「天川が戻ってくるまでは頑張るよ。俺だとルックスとカリスマが足りないし」


「確かに」


「そこは否定しろよ」


 神殿に辿り着くまで自信に満ちた態度でクラス全体を鼓舞し、分け隔てのない優しさと気遣いで周囲を慰め、断固たる意思で全体の指針を示し、危険な役を買って出るということをやり続けた勇吾の不在はやはり大きかった。

 それでも颯と誠司はわかっていた。自分たちはまだ余裕がある方だと。

 この場で最も不安定なのは、いまちょうど竜太が話しかけている女子の方だ。


「天川、お願いだから無事でいて」


 俯き、祈るように両手を組み合わせる少女がいる。すらりとしたスタイルでショートヘアが活動的な須田美咲すだみさきだ。女子高なら人気が出そう、というより共学であろうと同性から黄色い声で騒がれるタイプのクールな女子生徒だが、今はひどく憔悴した様子だった。


「美咲、きっと大丈夫だって。みんなで頑張ろ? もうすぐ会えるよ」


 もうひとりは対照的に小柄かつ小洒落た雰囲気で、毛先がゆるくカールしたセミロングヘアの太田結愛おおたゆあ。思いつめた表情の美咲に寄り添い、心配そうにずっと声を掛け続けている。

 彼女たちは神殿で帽子から『追放』を言い渡された悪役令嬢であり、クエストという虚構の中でとはいえ、王子である勇吾に婚約破棄を言い渡されるというショッキングな体験をしている。その精神的なダメージはこの場の誰よりも深い。


「ていうか、何度も言うけど美咲はマジで無理すんなよ? 莉子は残ったんだし、こんなヤバい状況で女子が危ない場所に突っ込む必要は全然ないからな?」


 ちょうど竜太は結愛と美咲の荷物を持ってやっているところだった。

 荒事に向いた性格ではないため、結愛は治療者という天職を活かして後方に待機している。美咲は『天職なし』と帽子に言い渡されたため、神殿に保管されていた救急箱や『癒しの水薬ポーション』などをリュックサックで運ぶ役目を担っていた。

 周囲は止めたのだが、二人は『天川勇吾の救出』に拘った。


「気を遣わせてごめん。でも私、天川を待つだけなんて無理だから」


 とりわけ美咲の決意には鬼気迫るものがあった。

 それはただ仲の良い友達を放っておけない、というだけでは説明のつけられない切実さで、勇吾の親友である竜太でさえその感情の重みにたじろいでしまう。

 もともと美咲は女子バスケ部のキャプテンでパワーフォワードという立場から、いざという時の気迫は男子顔負けだった。身長こそ百六十七センチメートルと竜太たち男子よりは小柄だが、普段から大柄な相手と競り合っている経験からか当人の圧力もかなりのものがある。


「そーだよ、うちら友達じゃん? リコもだけど、あの子は『道具箱係』だからあっちでみんなを助けなきゃだしさ。とりま男子の足手まといにならないようにしてるから、怪我したら言えよ。ちゃんとうちらで応急処置してやるよ。有料で」


「金取んのかよ!」


 重苦しい空気を誤魔化すように結愛が冗談めかして言うと、それに合わせて竜太がすこしテンション高めに突っ込む。

 決戦を前にした、緊張と緩みが入り混じった独特の雰囲気。

 その様子を、すぐそばの枝を止まり木とした鳥たちがじっと観察していた。

 厳密に言えば、生徒たちを観察していたのは『使い魔の小鳥』たちの主である。

 廃城の奥。天高く伸びた尖塔の上。

 鳥の視界を映し出す神秘的な水晶玉が幾つも並び、絶えず様々な種類の小鳥たちが行き交い情報をこの場に集約していた。

 水晶玉のひとつを覗き込んでいるのは、勇吾とオリヴィアだ。


「みんな、俺のためにあんなに頑張ってくれてるのか」


 少なくとも『今は』。

 勇吾は心の中で渦巻く罪悪感と不信感をどこにやればいいのかわからなくなりつつあった。友人たちが自分のために頑張ってくれているという事実は嬉しい。だが、その絆はいずれ確実に壊れる程度のものでしかない。勇吾の心に根付いた悲観的な認識は素直に喜びを受け止めることを許さなかった。


「ふむ。予想より人数が少ないですね? カヅェルが何かしたのでしょうか」


 一方でオリヴィアは勇吾の沈痛な表情には構わず首を傾げている。

 彼女の計画では全ての生徒が勇吾を助けに来るはずだったらしい。

 勇吾はオリヴィアの楽観を意外に感じていた。

 何も手を打たなければ必ず全員に見捨てられるということは、張りぼての人望しかないということだ。クラスの半数でも助けに来るならむしろ多い方だろう。

 その上、ほとんどがクエストの関係者となれば、これは当人の意思以外の要因が彼らをこの場に導いたと考えるほうが妥当だ。


「神殿の記録映像を遡ってみましょうか。このところ訓練ばかりで、大まかにしかあちらの状況を把握できなかったのは痛手でしたね」


 そう言って、オリヴィアは別の水晶玉に手招きする。

 ふわりと浮かんでひとりでに少女の手元にやってきた水晶玉が、また新たな景色を映し出し、ノイズ混じりの音声が次第にクリアになっていく。

 勇吾は映像の場所に見覚えがあった。

 召命の神殿。どうやら、リアルタイムではなく記録映像のようだった。



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