第七話 アタリ枠の『勇者スキル』で最強になった俺がすべてを蹂躙すると思った?




 勇吾とオリヴィアの修行は苛烈を極めた。

 

「そこ! 惰性でブーメランを投げるだけになっていますよ! たまには気障な台詞や小粋なダジャレのひとつも交えてはいかがですか?! 次からはブーメランが戻るまでは踊っているように!」


「無茶ぶりが過ぎる!」


「なんならわたくしのお尻を触ろうとするくらいの蛮勇を見せてもよろしくてよ。ただし、わたくしは不躾な輩を絶対に許しません。セクハラは罪です」


「ダブルバインドやめてもらえませんか。パワハラも罪です」


 グラスエイプの集団にブーメランを投げつける『経験値稼ぎよわいものいじめ』はオリヴィアのよくわからない要求のせいで格段に難易度が上昇し、妙な踊りに集中するあまりブーメランを受け止め損ねたり不意打ちを喰らったりと散々な目にあった。


「次は座学です。あなたには全盛期のわたくしが使えた中でも最大級のおまじない、『オルゴーの滅びの呪文』の詠唱を暗記していただきます」


「じゃあそれを唱えれば凄い力で敵を殲滅できたりするんだ?」


「いえ、それだけでは何も起きません。戦闘中に無意味に呪文詠唱をして不発、という無駄な時間を楽しんでください。節をつけて歌っても構いませんよ」


「なぜそんなことを」


「あと次はグラスエイプを攻撃する直前に相手の全身を舐め回すこと」


「それだけは絶対に嫌だ!」


「わがままを言わない! あなたの命がかかっているのですよ!」


 時には激しく対立し、雰囲気が険悪になることもあった。

 とはいえオリヴィアは決して折れず、最終的にはしぶしぶながら勇吾が無茶な要求を呑むことになるのだが。徐々に形作られていく力関係に頭を痛めつつ、勇吾は努めて表情に嫌悪感を出さないように奇行を重ねていく。


「ユーゴさん、裏拍をちゃんと意識! それから先ほども言いましたが、重心の制御がおろそかになっていますよ。はじめは大雑把に土踏まずの前後だけでかまいませんから、どちらに体重をかけているのかを常に考えること。そうすればほら、膝、骨盤、胸骨、肩までの連動は自然な流れの中で繋がっていくでしょう?」


 それが終わると地下にある謎のレッスン室に連れていかれ、休む間もなく様々な種類のダンスを頭がパンクしそうになるほど叩き込まれる。勇吾の周囲をふわふわと浮遊しながら厳しい指導を加えてくるオリヴィアは手本を見せてくれるのだが、地に足がついていない彼女の踊りは重力から解き放たれたかのような見事さであるがゆえに逆に参考にならない。


「あのさ、重心とか土踏まずとかステップとか、常に浮遊してる人に言われてもいまいちこう、釈然としないというか」


「まあ」


 オリヴィアはびっくりしたように目を丸くして、手で口を覆った。


「確かにそうかもしれません。月面での低重力ダンスの指導に切り替えるべきだったでしょうか?」


「それだと使いどころがないと思うんだ」


「あら」


 うっかりしていた、とばかりに驚いて見せるオリヴィア。

 もしかすると、この少女はちょっと抜けているところがあるのかもしれない。

 カヅェルと対峙した時に感じたが、そもそも彼女は自立した大人というわけではなく、まだ保護者の監督下にある子どもという印象がある。勇吾と同じようにだ。


「そういえば、オリヴィアさんって幾つなのか訊いてもいい? 俺は十七歳だけど」


「三十二歳です」


 少々大げさな言い方になるが、勇吾は仰天した。

 まったくそうは見えなかったが、それほど年上の成人女性が学生服を着ていたり悪役令嬢に変身していた、という事実には強烈なインパクトがある。


「ちなみにわたくしの育った文化圏では『巡節』と言って、そちらの基準だと六か月間隔で歳を重ねます。つまりあなたから見れば十六歳ということですね」


「年下じゃん」


「ええ。ユーゴさんはたまに敬語にしようか迷うことがあるみたいですが、今後は気を遣わず、後輩に対するような口調でもよろしくてよ」


「自分より上手い後輩に指導受けるみたいなの、きつくない?」


 クラスメイトたちが森を突破してくるまでには最低でも数日の時間がかかるとオリヴィアは言った。道中はそれなりに長く、森は危険に満ちている。天職とスキルによって得た力に習熟するまでには時間がかかるが、勇吾を救出する過程で降りかかる苦難はクラスメイトたちにとっては強くなるための試練に等しい。

 それはつまり、どちらにとっても今は特訓の時間である、ということ。

 急激な成長をする未来が確定しているクラスメイトたちに対抗するためには、普通の特訓では到底追い付くことはできない。

 情報と作戦、そして奇抜な発想が必要だった。


「歴史的必然から、乙女ゲームと国盗り型の歴史シミュレーションゲームには密接な関係があります。これはあらゆる参照世界に通底する根本原理です。人類種がどのような『もしもの歴史』を辿ろうと、必ず同じような結論に至ります」


 時には無人の廃墟に籠って謎の知識を教えられることもあった。

 オリヴィアが行う『講義』はたいていが意味の分からない与太話であるように思えたが、しかしそこには彼女なりの信念があるらしい。

 あるいはそう、『信仰』とでも言うべき確固たる拠り所が。


「へえ、そうなんだ?」


「更にはアイテムの調合や合成を行うロールプレイングゲームや無双アクションもここに含まれます。つまり、知恵と工夫を凝らしたものづくりや圧倒的な実力で立ちはだかる敵を次々と打ち破る爽快な物語と悪役令嬢ものは相性がいいのです」


「オリヴィアさんは物知りだよね。本当に勉強になるなあ」


 勇吾はにこやかに笑いながら『俺がわかんないと思って無茶苦茶なこと言ってないかこいつ?』という疑念を押し殺した。

 この場にはブランドが違うという指摘をする者が存在していないため、誰もオリヴィアの牽強付会を止めることはできない。もっとも、たとえ勇吾にそういった知識があったとしても、オリヴィアは澄ました顔で指摘を無視したに違いないだろうが。


「複数存在するであろう『悪役令嬢』の源流のひとつである『ライバルキャラ』もこの流れを汲んでいます。もちろんテニスやホスト、新選組やアイドルグループも忘れてはなりません。その点を踏まえると、あなたのクラスにテニス部員がいるのはいかにもです。歴史、とりわけ日本史に造詣が深い者にも警戒が必要でしょうね」


「なに言ってんのかマジでわかんないけど、ライバルだけならなんとなくわかるような気がする。今は俺に向けられた敵意を、オリヴィアさんが憎まれ役のライバルとして引き受けてくれてるってことだよね?」


「ええ。なので、まずは『割り込み』をかけた女子三名、男子八名に対しての『破滅回避プラン』を組み立てなければなりません。彼らについては先生から聞いておりますが、あなたの見た未来とも情報のすり合わせをしておきましょう」


 職分け帽子にクエストを与えられた時点で勇吾と結びついていた破滅の運命は女子が三人、男子が八人。

 オリヴィアはクエストには幾つかの類型があるのだと語り、おおまかに女子たちは『悪役令嬢もの』、男子たちは『外れスキル追放復讐成り上がりもの』が多い傾向にあるということを説明してくれた。


「後者は長いので省略して『外ス追讐成上』とでも呼びましょうか」


「余計わかんなくなるから少し面倒でもちゃんと全部言って欲しいかな。それか『追放もの』で良くない?」


 オリヴィアはちょくちょく無意味な言動を挟んで話を脱線させたがる。

 勇吾は内心うんざりし始めていたが、我慢してやんわりと相手に軌道修正を促すようにしていた。年下だと判明したので少し寛容な気持ちになったというのもある。


「それもそうですね。では破滅の回避に必要な条件を整理しましょう。ユーゴさんはどうすればいいと思いますか?」


「ええと、悪役認定されたり追放されたりするのがクエストの引き金なんだから、クラスの皆が一緒に行動して、仲良く協調し続けることができればいい、とか?」


「はい。なので、わたくしという悪役を設定するのが手っ取り早い解決策です。そのあとは『全ての元凶』であるエジーメ家の打倒という方向に話を持って行ければ理想的です。当然、カヅェルの妨害が予想されますが」


 今後の方針はこうだ。

 悪役令嬢オリヴィアの魔の手から勇吾を救い出すべく廃城に辿り着いた『二年一組』の生徒たち。彼らは力を合わせてオリヴィアを撃退し勇吾を救出。

 協力して仲間を助けたという体験を通して連帯感を高め、『誰かを悪役にして追放』という流れをうやむやにする。

 更に『囚われの勇者』となった勇吾から優秀であるというイメージを払拭し、『周囲を見下して調子に乗っている勘違い勇者を打ち倒す』ではなく『弱い奴だから守ってやろう』という流れに持って行ければ最善だ。


「というわけで、わたくしがユーゴさんを操っているという『てい』で色々恥ずかしいことを命令して尊厳を破壊します。変なことをたくさんして『かっこ悪い』『情けない』『弱そう』と思われて下さい」


「それ実質的には『ざまぁ』の先取りになってない?」


「ワクチンに似ていますね。弱毒化した破滅をその身に取り込むことで、より大きな破滅に対抗する。レッツ恥晒しです」


「いや、やるけどさ。死にたくないから」


 幸い、オリヴィアとの特訓で恥辱には慣れてきた。

 あとはクラスメイトたちの前で実行できるかどうかだが、こればかりは自分が本番に強いと思い込むくらいしかできることがなさそうだ。

 それでも屈辱は屈辱だ。破滅に対する恐怖も、失われた信頼関係に対する不安も勇吾の中には燻ったまま。馬鹿げた訓練に心を浸すことでどうにか誤魔化せていたが、ふとした拍子に現実に直面すると心の中が真っ黒に染まりそうになる。


(兜山は一年の時から同じクラスでわりと話す方だし、須田と太田はけっこう仲いいと思ってたんだけどな)


 真っ先に勇吾との間に破滅的な運命の鎖が繋がった女子三人と男子八人。

 そのうち太田結愛おおたゆあ須田美咲すだみさきの二人は普段からよく話す間柄だった。特に須田美咲は女子バスケ部のキャプテンであり、男子バスケ部である勇吾とは接点も多い。


(一年の時はポジションのこととかけっこう話して、仲良くなれたと思ってた。友達って思ってたのは俺だけか)


 勇吾と美咲には共通点があった。二人とも『中学時代は部内随一の高身長』ゆえにセンターをやっていたのだが、より高身長の人材が集まる高校への環境変化によってフォワードへの転向を余儀なくされたのである。そこから努力を重ねてスターティングメンバ―に選ばれたという点も同じで、勇吾は美咲に強い仲間意識を抱いていた。

 正直に言えば、未だに勇吾は彼女に『死んでもかまわない』と思われている現実を受け入れることができていない。

 多田心ただこころとはあまり接点がないが、記憶を振り返るとたまに遠くにいる彼女と目が合うことが多かった気もする。


「あの帽子とか兜とかに洗脳されてる、ってパターンは?」


「もちろん、ある程度は誘導されていると言えるでしょう。ですが職分け帽子には対象の心の深い部分や無意識の欲求を読み取って『クエスト』に反映する機能があります。無から生じた悪役令嬢シチュエーションは茶番ですが、おまじないの力はその場に適役を呼び寄せたり、誰かを適役に仕立て上げることで現実に『悪役令嬢が婚約破棄される舞台』を具現化します」


 勇吾はかませ勇者であると同時に『元婚約者の傲慢な勘違い王子』だ。これは女子たちの淡い慕情が深層心理下で勇吾を『王子様役』に選定したことを意味する。


「あなたは『学校やクラスといった狭い世界で選ぶなら』という『とりあえずの選択肢』だったのでしょう。身近な人気者よりは国で一番の騎士、大国の皇太子、絶世の美男子との恋愛を期待する心があなたを踏み台に下降させたのです」


「そりゃまあ、俺と石油王だったら百人中百人が石油王選ぶだろうけどさ」


 残酷な現実だった。

 ただ、断言されてしまえば納得できることもある。

 勇吾にはそれなりに女子からの人気がある、という経験則に基づく自覚があった。

 その中でよく言われるのは『俳優の誰それに顔立ちが似てる』とか『アイドルグループの誰かに雰囲気が近い』とかいった賞賛だ。

 相手が褒めているつもりなのは理解できるので謙遜しつつ喜んで見せたりはするのだが、『本当は芸能人がいいけど下位互換の天川くんで我慢してあげる』という言外のメッセージに心が痛まなかったと言えば嘘になる。


『なんか思ってたのと違ったっていうか』


『バスケ頑張ってるのはわかるけどさ、ちょっと練習試合休むくらい良くない?』


 急に嫌な記憶が蘇ってきて、勇吾は小さく溜息を吐いた。

 回避すべき破滅と、乗り越えるべき障害。

 それらは三十九人のクラスメイトという形をしている。

 浮遊する兜、カヅェルの言葉は今も心の中に楔となって残っていた。


(俺がそう思いたくないことと、現実は別なんだ)


 勇吾が一方的に仲間だと思い込んでいた敵の群れ。

 これから始まる戦いで『回避』すべき運命の名前をその目に焼き付ける。

 オリヴィアが用意してくれたクラス名簿には生徒たちの名前と一緒に天職、スキル、クエストのジャンルが記されていた。


「まずは、この十一人が相手だ」


 己を鼓舞するように言って、強引に闘争心を燃え立たせる。

 絶対に死なないために。

 誰かの悪役にならないために。

 彼らの物語を破綻させて、主役としての活躍をぶち壊しにしてやろう。


『もしかして? クラスのグズどもザマミロ路線に? 既に突入しちゃった?』


 黒い感情と共に、カヅェルの言葉が胸の奥で何度も反響を繰り返す。


(ほんとうに、それでいいのか?)


 それは、天川勇吾という人間のやりたいことなのだろうか。

 誰だって主役でありたい。悪役にはなりたくない。

 中学での最も大きな後悔は今も勇吾を呪縛していた。

 主役の物語を邪魔する障害物にだけはなりたくない。

 『かませ勇者』なんてその願いから最も遠い役割だろう。

 だが、同時に。


(気持ちよくぶっ飛ばせる俺がそうじゃなくなったら。追放されて見返してやるはずの俺がそれを拒否してしまったら)


 彼らが主役の物語は、やっぱり否定されてしまうだろう。

 『かませ勇者』という障害になるか、その運命を拒否する障害になるか。

 勇吾がどちらを選んでも、彼の願いは叶わない。

 まるで、存在そのものを否定されているかのように。

 ダブルバインド。何をやっても行き止まりの無理難題。

 万人を幸せになんてできない。そんなことくらいはわかっている。

 それでも勇吾は、理想の姿から遠ざかる自分が惨めでならなかった。




 名前リスト

 出席番号・名前「天職・スキル・クエストジャンル」部活動・備考(追放理由)


6.太田結愛「治療者・料理上手・悪役令嬢もの」チアリーディング部・暗殺未遂

12.須田美咲「無職・無能力・悪役令嬢もの」女子バスケ部・いじめ扇動

15.多田心「刀匠・武器会話・悪役令嬢もの」歴史部・変人のため結婚相手不在


1.阿部宗介「無職・ステータス再配分・追放もの」弓道部・外れスキル

3.伊藤歩夢「術士・花火・追放もの」英語部(元軽音部)・無能

7.隠岐忍「斥候・隠密行動・追放もの」バスケ部・最弱

8.貝吹元「治療者・状態復元・追放もの」サッカー部・役立たず

9.兜山甲「戦士・昆虫変身・追放もの」陸上部・戦力外通告

10.杭川合「戦士・暴食・追放もの」サッカー部・食費増大

23.能見鷹雄「斥候・爪操作・追放もの」卓球部・ゴミスキル

26.畑中大樹「農夫・糞便利用・追放もの」園芸部・クソスキル

 


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