第三話 また俺なにか(かませムーブを)やっちゃいました?





 風が心地よい。

 落ち着きを取り戻した勇吾は、強いストレスが解消されていくのを感じていた。

 革靴の裏で柔らかな羽毛と確かな筋骨の質感を確かめる。

 巨大な怪鳥の背中で受ける風は荒々しく冷たかったが、窮地から脱したことによる解放感は体感の厳しさを上回っていた。


(いい風だな。面倒な枷から解き放たれた気分はどうだ、勇吾。これでお前は勇者の力を自由に振るうことができる。お前を縛る法も倫理も既に無用の長物だ)


 勇吾は眉根を寄せた。何か、変なことを考えてしまったような気がする。

 というより、これは本当に自分で考えたことか?

 ふと、先ほど演技の小道具として用いたナイフが抜き身のままであることに気づいた。あまりにも物騒だ。ベルトに吊り下げるためのフック付きの鞘はちゃんと腰にある。刃を仕舞おうとした時、ふたたびの違和感。


(足手まといどもが。あの情けねえツラを見なくていいと思うとせいせいするぜ。あいつら文句多すぎなんだよな。俺が声かけて移動を指示するまでバスのまわりでおろおろするばっかだったくせによお。なんでもかんでも頼るくせに何かあるとすぐこっちのせいにしようとしやがる。無能で無責任な連中がよ。食い物の毒見も水の安全確認も死体漁りも怪物殺して捌くのも人任せにしといて、今度は茶番劇の踏み台か。くそったれ、恩を仇で返すどころじゃねえってんだよカスどもが、いっそ一人残らずぶち殺してやろうか。そうだそれがいい。破滅の回避ってんならそれが一番確実だろうが。あいつらが俺を殺そうとするなら、俺だってあいつらをぶっ殺せばいいんだ)


 どろどろとした、黒々とした、煮えたぎるような、胃の中の全てをぶちまけたくなるような、何かに喩えることさえ躊躇してしまうような醜い感情が一気に溢れ出し、言葉となって延々と紡がれていく。

 止まらない、どこまでも続く、憎しみが溢れて全身の血管を循環する。


「さて、天川勇吾。アマカワユウゴ。みすたーゆうご。ユーゴさん? と呼ぶのが適当かしら。発音やアクセントはこれで正確でしょうか?」


 清澄な声で我に返る。

 空の上で『変身』を解除したオリヴィアは、光に包まれたかと思うと一瞬で元の制服姿に戻っていた。見慣れない女子生徒と向き合っているようで違和感があるのだが、オリヴィアはそれが当たり前と言わんばかりの表情だった。それがなんだか奇妙で、すっと気が抜ける。動作の途中で完全に停止していた勇吾は、ナイフを鞘にしまって柄から手を離した。

 

(あれ?)


 途端、真っ黒な感情がふっと消えた。

 思考を埋め尽くすような醜悪な怨嗟が聞こえなくなり、燃えるような怒りも落ち着いている。何だったのだろう、今のは。

 勇吾は自分自身の感情を冷静に分析する。

 今の憎しみはたしかに己の内側から溢れ出したものだ。

 不平と不満。悔しさと悲しさ。憎悪と怒り。

 自分の立場であれば、ああした考えが浮かんでしまうのも無理はない。

 ある意味では正論でもある。殺される前に殺す。野蛮だが自然な反応だ。

 どうせ、向こうはこちらを『殺してもいい相手』としか思っていないのだから。


(それでも、俺はそんなふうには思えない。いや思いたくない)


 友達だと思っていたのだ。

 さほど交流のない相手でも、クラスという身近な環境で共に学び、同じ時間を過ごす仲間たちだと思っていた。

 そんな相手を『殺してもいい』だなんて、勇吾には思えない。


(思えない、はずだ)


 やはり妙だ。自分の思考が信じられない。何かがおかしい。

 原因は不明だが、オリヴィアに尋ねれば何かわかるかもしれない。

 疑念をひとまず脇に置いて、無言で沈黙したままの勇吾を不審そうに見つめるオリヴィアに向き直って言葉を返す。


「呼び方はそれで構いません。オリヴィア・エジーメ・クロウサーさん、ですよね。クロウサーさんって呼べばいいですか?」


「どうかオリヴィアとお呼び下さい。後で説明しますが、わたくしの姓と立場は少しばかり扱いが面倒なのです。それから、もっと気楽に構えて下さい。悪役令嬢に変身していない時は敬語は不要です」


 言いながら、オリヴィアは片手をさっと振った。

 どこからともなく光が生じ、輝きは扉となって開く。

 現れたのは簡素ながらしっかりとしたつくりのひじ掛け椅子だ。少女はごく自然に腰かけると、手で勇吾の真横を示した。いつの間にやらそこにも椅子が出現している。座れということなのだろうが、なぜかこちらは黒と青のカラーを基調とした背の高いつくりで、クッションやリクライニング機能完備、背もたれの両側面が盛り上がっていたりヘッドレストがあったりと至れり尽くせりだ。


「あの、これは」


「ゲーミングチェアです」


「はあ。はい?」


 呆然としながら妙なことに気付く。

 少女の両足は、椅子に座っていても地面に触れていない。

 更には彼女が座った椅子までもが浮遊しており、相変わらず小柄な彼女が勇吾を見下ろすという構図を維持し続けている。


「どうぞ、お掛けになって?」


 勇吾は何かを言おうとして、何を言えばいいのかわからなくなった。

 いわゆる『ツッコミ』という行為に関して彼は素人なのだ。

 いきなり高度過ぎるボケに対応できるわけがない。

 しかしもっと恐ろしいのは、これはボケでなかった場合だ。

 考えたくなかったので、勇吾は厚意を受け取りつつ話を進めることにした。


「ええと、じゃあオリヴィアさん?」


「はい。ユーゴさん」


 淑やかに微笑む少女の顔だちは可憐だった。

 強いて言えば全体の印象が少しきつめで、大きな目も愛らしいというよりはつり目がち。シャープな印象の鼻先も見る角度によってはどことなく傲慢な印象を与えることだろう。つまりは『高慢な悪役』にぴたりと嵌まる。

 これで主演に正統派ど真ん中の若手俳優でも据えれば完璧だろう。

 勇吾が見たところ、オリヴィアは己の顔立ちを上手に使いこなしている。

 先ほどの『悪役令嬢』の演技は誰からも好印象を抱かれる美少女にはできない、絶妙な芝居だったように思う。

 それがどうだろう。幕が下りたあと、リラックスした様子で微笑む彼女の表情ときたら、冷え冷えとした高所の空気が一気に暖かくなるような朗らかさだ。

 『役』と『役者』はひと揃いだが、その人格は別個のものだ。

 演技の過程で近づけることはあるだろう。憑依するかのように融け合うことも方法論のひとつである。しかし、それでもけっして同一ではない。

 悪役令嬢。もしかすると、オリヴィアという少女の本質は。


「さて、何からお話したものでしょうか」


 思考が遮られる。勇吾は散漫になりがちな意識を集中させた。

 今はオリヴィアから情報を集める時だ。


「この窮まった状況について、異世界について、わたくしの素性について。順を追って説明したいところですが、その前にまず明確にしておくべきことがあります。我々の今後の方針についてです」


 オリヴィアは指を三本立てた。親指と人差し指と中指。

 勇吾が三を表現する時は真ん中の三本を使うから、なんとなく文化の違いを感じてしまった。日本語を話しているが、彼女は明らかに日本人ではない。


「わたくしとあなたには共有可能な目標が三つあります。互いの利害が一致する点において、人はどれだけ好ましからざる相手であろうと、信頼不能な危険人物であろうと、一時的な休戦や同盟関係を結ぶことができます。わたくしが最初にはっきりさせておきたいのは、わたくしたちの『関係性』です。よろしくて?」


「わかった。あなたがどういう相手でも、利害が一致する間は共闘する」


 勇吾の答えにオリヴィアは頷きを返し、間を置かずに言葉を連ねていく。


「わたくしはあなたに『生存』『元凶の打倒』『元の世界への帰還』という三つの目的を達成するための同盟者になってもらいたいと考えております。それ以外の点で利害の不一致、見解の齟齬が発生するかもしれませんが、これら三つの目標を共有できている限りにおいて、わたくしたちは同じ陣営の者としてふるまうことができる」


「こっちからお願いしたいくらいだし、明確でいい」


 気になる点はあったがひとまず頷くと、オリヴィアは物分かりのよい生徒に対するように満足そうに頷いた。


「ご理解いただけたようでなにより。ではひとつずつ確認をしていきます。ひとつめ、『生存』について。これは短期目標であり、常時発生し続ける問題に対処するための共闘によって達成されるでしょう。まさに先ほど、わたくしたちが辛くも難を逃れたように」


 オリヴィアは中指を折って最初の目標を提示した。

 生き残ること。破滅を回避すること。それは当たり前といえば当たり前のことであり、異論を差し挟む余地はない。


「この世界は『パーティーメンバー』という『ゲーム用語』で定義される関係性の構築を前提としてデザインされております。わたくしとあなたは『悪役令嬢一党』となり、迫りくる破滅やこの世界にあまた存在する怪物との戦いを乗り越えるために互いに協力するものとします。この関係性に同意していただけますか?」


 若干気になる表現はあったものの、いちいち引っかかっていたら話が先に進まない。勇吾は短く同意を示した。


「もちろん」


 神妙な表情で頷いたオリヴィアは人差し指を折り畳む。


「ふたつめ。『元凶の打倒』について。これは中期目標であり、怪物との戦いや破滅フラグの回避とはまた違った問題になります。要点だけを述べれば、あなたに『かませ勇者という運命クエスト』を与えた元凶がおり、彼らを打倒しなければ破滅の運命は際限なくあなたに降りかかり続けます。先ほど述べた『生存』を目的とした短期目標はその場しのぎでしかありません。元を絶たねば意味がないのです」


 その情報は勇吾にとって衝撃的なものだった。

 しかし、少し考えれば納得のいく点は多い。

 あまりにも作為的なクエスト。洗脳。異様に偏った破滅の矢印。

 その全てが、誰かの手によるものだとすれば?


「なら、だれがクエストを決めてるんだ?」


「職分け帽子の持ち主。召命の神殿の管理者。『クエスト』の設定者。そして、現在この異世界を運営している集団。それが『戴冠神殿』と呼ばれる組織です」


「たいかん、しんでん」


 『かんむりをかぶせる、という意味です』と直後にオリヴィアが補足説明してくれたので、字面はすぐにイメージできた。

 意味としては『王の即位』だが、おそらくそれを含めたすべての『天職』を与えるものという意味なのだろう。

 そして、それを行うのは神殿らしい。

 勇吾の認識だと、それは寺院や教会よりも古い響きの宗教施設だ。

 ならばその元凶とやらは何らかの宗教団体、ということだろうか。


「英語風の対応ルビが、ええと『テンプル・オブ・インヴォケイション』でしたわね。この世界のほぼ全域を支配する王侯貴族のようなものとお考え下さい。彼らはとある古い血族集団、エジーメ・クロウサーに連なる者たちです」


 職分け帽子がとある血族に信頼と敬意を植え付ける意味。

 オリヴィアが洗脳を解除したことで彼女への疑念が生まれたという事実。

 そして、先ほどやたらと念押ししていた『利害が一致する限り危険な相手でも共闘できる』という前置き。

 オリヴィア・エジーメ・クロウサーという名乗りを考えれば、自ずと状況は見えてくる。勇吾はひとまず話の続きを聞いてみることにした。


「彼らは召喚された異世界転移者集団の中で容姿、人格、リーダーシップ、文武などの面で総合的に優れた者を『指標インジケータ』と呼んで生贄に選びます。その上で、それ以外の者たち全てに試練クエストを課し、生贄となる『指標インジケータ』役の屍を乗り越えさせることで効率的な成長を促しているのです」


 思わず絶句する。

 指標と言われた。勇吾が生贄に選ばれたのは、いわば集団にとっての目標、規範として適格であったからだ。

 それを名誉だと喜ぶ余裕は彼にはなかった。

 『お前は優秀なので全体に奉仕して死ね』と言われているに等しいからだ。


(馬鹿げてる)


 勇吾の内心の声が聞こえていたわけではないだろうが、オリヴィアの表情はやや暗く沈んでいるように見えた。少女はそのまま親指を仕舞って、拳をぎゅっと握った。


「みっつめ。長期目標であり、我々にとっての最終目的は『元の世界への帰還』です。わたくしもあなたも、この異世界から脱出して元の世界に戻らねばなりません。そのためには、階層構造をなすこの世界の最下層に到達し、『制御盤』を操作する必要があります」


 三つの目標を聞いた時点で薄々予想はしていたが、やはりオリヴィアにとってもこの地は『異世界』らしい。立場としては勇吾たちとほぼ同じ。とはいえ、持っている情報の量と質に関しては天と地ほどの差がありそうだが。


「制御盤? ここは何かの機械的な建造物ってこと?」


「超巨大な艦船のようなもの、とお考え下さい。より厳密には世界、宇宙、次元を航行可能な空間穿孔型の文明保持機構。構造としては幾つもの小さな世界を丸ごと保存した円筒状の巨大な宇宙ステーションやコロニーをイメージしてください。何世代にもわたって持続可能な循環型の生活圏が折り重なり、先端部分には制御盤が配置された操縦室がある、というような」


 そう言われてもすぐに呑み込むのは難しい。

 あまり詳しい分野ではないが、どこかSF的な雰囲気すらある。

 しかし、不思議な力で異世界に転移するのも未知の超科学でワープするのも、空想的で理解不能という点では同じだった。


「ここは『世界槍イスート・シュロード』と呼ばれる古代機械の内部です。かつて、別次元への移住と滅びゆく文明の保全を目的とした『播種計画』が存在していました。古代文明の崩壊と共に凍結された計画ですが、何かのきっかけで再起動し、重大な事故が発生。わたくしは世界槍ごと元の世界から弾き出され、どのような世界ともつかない『次元の狭間』を漂い続けることになりました」


「つまり、オリヴィアさんにとってもここ、ええと、そのイスート・シュロード? っていう機械の中は異世界みたいなものってこと?」


「万人にとって、です。現在、この機械仕掛けの異世界はあまたの次元を穿ち、世界をつなぎ合わせるという機能を暴走させています。様々な異世界から転移者を招き寄せてしまうのは恐らくそれが原因でしょう。オーバーテクノロジーゆえにわたくしにも容易には止められませんが、最下層にある制御盤に到達できれば可能性はあります。わたくしの生体情報と、もうひとつの『鍵』があれば、上位者としての権限をもって次元移動の行き先を指定できるかもしれないのです」


「権限があるってことは、オリヴィアさんが管理者だったとか?」


「その末裔の一族です」


「話が繋がってきたな。つまりエジーメ・クロウサーっていう家は異世界を移動できる艦船の管理者で、あるとき事故で装置が暴走してしまった。オリヴィアさんの一族はこの中に囚われている状態。俺たちは機械の暴走に巻き込まれてると」


 ここまでの状況をまとめた勇吾は『この理解で合ってる?』と目で問いかける。

 問題ないと頷くオリヴィアはどこか苦しそうだった。

 責任を感じているのだろうか。

 彼女は事故と言った。その言葉を信用するなら、勇吾たちがこんな状況に置かれているのは予測不能な不運によるものだったのだろう。

 エラーをゼロにすることはできない。

 それでも、もし管理者たちがより完璧であったのなら、という仮定を思い浮かべずにはいられなかった。


(やめよう、何の解決にもならない)


 オリヴィアと管理者一族の責任を追及することはもちろん可能だが、今はそれよりも優先すべきことがある。

 それを理解しているからこそ、オリヴィアは謝罪よりも先に行動しているのだ。

 頭を下げようが謝意を表明しようが、人の命は救えない。


「みっつ、問題があります。管理者の末裔はわたくしひとりではないこと。血統の証たる認証キー、『玉璽レガリア』がわたくしの手にないこと。わたくしが血族に裏切られ、力の大半と共に『玉璽』を全て奪われてしまっていること」


「それ、俺たちがこのまま最下層の制御室に行っても意味がないってコト?」


 オリヴィアはその通りだと頷きを返した。どこか悲しそうに。

 『裏切られた』なんて、どこかで聞いたような話だ。

 微かな共感。空の上、風で乱れる髪を押さえたオリヴィアは少しだけ寂しそうに見えた。それはきっと、彼女が今の勇吾と同じようにひとりだからだ。

 ここにはひとりとひとりがいる。

 自分の居場所だと思っていた元の世界。

 『みんな』と一緒の安心できる時間。

 そこから弾き出されてしまったものたちは、何に縋ればいいのだろう。


「わたくしの大切な部下、エジーメ分家の者たちとは幼い頃からの付き合いでした。朴訥で忠実な奉公人、軽薄で粗野だけど頼もしい護衛、友人でもあった優しい従姉妹、風に舞いがちな幼いわたくしをしっかりと繋ぎとめてくれた乳母、そして敬愛すべき偉大な師。わたくしは最初、彼らと共にこの世界の最下層を目指して脱出するつもりでした。しかし方針の違いから袂を分かつことになったのです」


 忸怩たる思いを滲ませながら、忌まわしい過去に思いを馳せるオリヴィア。

 勇吾にとっての傷は未来にあるが、オリヴィアにとっての傷は過去にある。

 既に取り返しがつかない破滅を勇吾は想像した。

 血の繋がった人たち。小さな頃の思い出。写真と共にアルバムに閉じ込めた懐かしい記憶が、もしある日突然、すべて壊れてしまったら。

 それは、どんなに大きな傷になるだろうか。


「暴走する世界槍は各層の居住区域や生態系が破綻し、極めて危険な場所に変貌しています。最下層への道のりは予想以上に困難でした。わたくしたちは最終手段として、世界槍の異変に巻き込まれた被害者の方々に協力を呼び掛けることにしました。問題はその方法です」


「そうか、それが『指標』となったひとりを生贄にするっていう方針?」


「はい。彼らはそれが最も手っ取り早く戦力を増強する手段だと確信している。安易であり、倫理に反しており、何よりも高貴なる者としての誇りがない」


 傷を抱えながらも、オリヴィアには迷いがなかった。

 痛みに耐えながらも、悪役令嬢は後悔を抱かなかった。

 己に対する確信。

 彼女は、舞台の上と同じように胸を張って生きているのだと思った。


「食料。衣類。住居。文明を構成する全て。あらゆる生命は己以外の何らかを踏み付けながら生きています。どんなに慎重に振る舞おうと、強者は弱者を踏みつける。そのことを理解していればいいというものではない。ですが私は高みに立つ者として、責任を果たすべきであると考えます。なによりも、己の誇りのためにです」


 馴染みのない傲慢さ。面食らうような不遜も、ここまで毅然としているとある種の美しさを感じる。それは貴族というものを知らない勇吾の幼稚な感情でしかなかったが、この瞬間に彼が抱いた好感はどうしようもない。


「誇り高さとは居直ることでも開き直ることでもない。悪びれずに被害を許容し続けるのであれば、それは惰性であり腐敗です。高貴なる者としての誇りは失墜する」


 オリヴィアは美しい。

 容貌が、ではない。心の在り方が、でもない。

 目を奪われるのは、それらを表現するための技術。

 この少女は、きっと姿勢がいいのだと勇吾は思った。

 『それっぽいことをそれっぽく聞かせる』ための方法論。

 好印象を作り出す立ち居振る舞い、一挙手一投足の全てが綺麗で、どれだけ眺めていても一向に飽きない。

 恋ではない。愛でもない。

 勇吾は過去の経験に照らし合わせて己の感情の性質を確信していた。

 きっとこの瞬間、彼はオリヴィアのファンになっていたのだ。

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