第25話 援軍大集結?

 夜になれば、シロという名の場所に集まってサムライたちが作戦会議をする。そこに援軍をつれたオーディンが帰還したとなれば、その日はサムライだけでなく巫女たちやウズメヒメまで出てくる大騒ぎだ。


「昼間とは随分違うんですね」


 シロに入った瞬間に雰囲気の違いは僕にもわかった。シェズやリッリも同じだっただろう。僕が喋りかけても冗談さえ返ってこない。


 シェズは身体を切り刻まれるあの感覚を思い出しただろうか。以前のこと、宴会場と勘違いしてドアを開けたシェズは、サムライの殺気に気圧されていたことがある。


 とりあえず乗ってきた馬を繋ごうと、僕が馬房に行けば、


「戻っていたのか?」


 ジンさんが仕事帰りの整理をしているところで、僕たちは顔を合わせた。彼の嬉しそうな顔に、僕は頷く。


「僕たちが居ない間にザッハダエルに変化がなかったかどうか。確かめるためにちょっと行ってきました」


 同じサムライでもジンさんは話しやすい。彼の目は当然僕の背後に妖精のような少女を見ただろうが、


「旅の疲れがあるだろうに」

 ジンさんは僕たちの旅に成果があったことを確信するに留まる。だからねぎらいの言葉だけをかけてくれたのだと思う。


「でも、そんなこと言ってられないですからね。ノウルのほうも戦争になりかけていて、あっちもこっちも戦争をしているって聞きました」


「そうなのか?」

 ジンさんは、「話はみんなが聞きたがっている。ヤシロに行ってろ。俺もすぐに行く」と言って僕たちを急かした。


 僕たちが報告すべき相手は、ジンさんではなく、ウズメ姫やチイ先生になるだろう。


 そんなわけで僕たちはすぐにヤシロに歩いて行った。


 ヤシロの扉を開けるのはこれで二回目。


 びっくりすることもない。


 中にとんでもないバケモノがいるような気持ちで扉をあければ、以前のシェズのようにはならない自信があった。


 両側にある篝火から火の粉が舞い上がり、扉の前でたむろったが、僕が躊躇したのは一瞬。


 ガラガラっと。


 僕が扉をあけると、

 ここでさっきから沈黙していたリッリが、


「ほう」

 と感嘆の吐息だった。


「ウズメ姫」


 僕が見た彼女は外行きの外套をまとって、僕たちを待っていたかのように部屋の奥に座っていた。歌姫とは、歌や舞を神事に披露するというけれど、彼女を見た瞬間に、周囲の火の粉が彼女の歌で踊っているのではないかと錯覚するほどに、彼女は歌姫だった。


 一瞬で世界が変わって、僕は彼女の美しさにうっとりする。


 たぶん、リッリも同じだっただろう。


 さすがに、シェズやナタはチイ先生がいることを想定して力んでいたが、

「みんなが揃うまで、休んでいたらどうだ?」

 そんなふうに言われれば、体勢を崩すことになる。


 やすらぎは束の間、


「援軍はどこだ?」

 少し遅れてシロに参上したサムライの姫は、小屋に上がり込むと門番を兼ねて入り口側に座り込んだ。「ナタが一〇万人くらい連れて帰ってきたと聞いたが?」それはシェズが手柄を誇張するのと同じ言いぐさだった。


 実際に彼女がヤシロにあがれば、そのサムライの前にはぐったりして横になっている僕と赤頭巾の妖精がひとり。


 ナタもシェズもみんな、ザッハダエル城塞の異臭でいまだに気分がすぐれずに居た。サムライ相手に啖呵をきる元気もなく黙り込んだままだった。


「ヘルメス、援軍として集まってもらった戦士たちに挨拶しておきたい。案内してくれ」

 それをチイ先生に言われて、僕はなおさら気分が悪くなった。


 この空気。


「一〇万人?」


 これが頭が重い理由だ。一〇万。僕たちがキイ君をからかうために盛った数字だ。そして一〇万人分ではなく、一〇万人としてキイ君はチイ先生に報告したらしい。


「さすがにナタをいかせただけはあったな。ヘルメス、君を疑っていたわけではない。やれると私は思っていたよ」


「え?」


「そんな意外そうな顔をするな」


「いえ、これはたださっきザッハダエルに行って、その帰りで、まだ気分が悪いだけで」


「早速ザッハダエルに行ったのか。援軍はもうそっちに向かったということか?」


「援軍は——」


「少しくらい私を頼ってくれ。一〇万人ともなると食料だって、どうやって工面するかを考えなければならん。一応、メギド周辺でどれくらい食料が確保できるか見積もりに行ってもらっている。寝泊まりする場所も考える必要があるな。まさか一〇万人ともなるとな……」


「あの——」


 実は援軍は目の前で寝転んでいる赤頭巾一人です。

 と言えたらどんなに良かったか、


 口を開こうとすると、チイ先生の顔が近かった。魂を切り刻まれる気配が近かったということだけはわかってほしい。

 

 抗えたのはナタ。


「一〇万人もいねえよ。そっちはどうだったんだ? 俺がノウルに行っている間に周りの村に声をかけたんだろ」


 その結果はキイから聞いたが、あれが本当のことだとは思わない。


「戦える奴がいない」

 チイは簡単にそう答えた。


「戦わなきゃ、殺されるのわかってるのか?」

「戦う前から死んでいる。この辺りで威勢が良かったのはザッハダエルの連中だけだ。昔このあたりでカデシュの戦いがあったのを覚えているだろう。あの影響でこの辺りの国はそうとう痛い目にあっている」


「そうなのか?」


「メギドまで足を運んだが、そういう事情があって援軍自体は断られた。ここでどんな戦争が起きても手出しはしたくないそうだ。場所が悪い。場合によってはまたヒルデダイトとミツライムの戦争に巻き込まれるおそれもある」


 チイは、「だからと言って、このまま見て見ぬふりをしてカナンの地を見捨てることもできん」とは、ウズメヒメや巫女達が見て居る手前だ。


「好きでこんなところに住んでいる人間はいない。他に行くところがないんだ。なんとかしてやってくれないか?」

 これを言うウズメ姫は優しい女性だった。さっきからリッリを介抱しているのもウズメ姫。


 そんなわけで、

「お前らのほうはどうだ。ナタ? 詳しく聞かせてくれ」

 チイはそれが頼りだとすがるような目をナタに返した。


「ん?」

 ナタはこのような真剣な顔を前にして躊躇した。


「ノウルと言えば、わたしが知るのはギルガメッシュの神話くらいだ。語り継がれる英雄譚。彼の地の戦士はどれほどの腕前か」


 そこまで問われて、


「誰だよ。一万人分なんて言った奴?」

 ナタは内心そう思っただろう。一万人と一万人分では大きく話が違ってくる。さらに桁が違うのでは——。


「あ——」

 と思った時にはもう遅い。


 僕はチイ先生に詰め寄られて、仕方なく横で寝ているリッリを指差した。


「一万人分です」


 それを言うしかなかった。


「冗談だろ?」

 当然チイはそんな目で見てくるわけで——。


 僕はさらに、外から中を窺っていたシェズが横をむいて口笛をふくのを見た。あれは他人のフリというやつだ。


「あいつっ」

 所詮一万人分とはそういうものだった。

 

「あれだけ時間を掛けておいて、援軍は一人か」

 チイ先生が落胆したとき、むくっと起き上がったのはリッリだった。


「援軍の善し悪しで勝負ごとが決まるわけでもなかろ」というのが妖精の持論だ。それは続けて、「それらは本気でザッハダエルの城塞を落とす気がありや?」という提起にもなる。


「やるからには勝つ」

 それがサムライの意気込みだが、


「なれば、まず」

 森の賢者は進言する。「金を用意すべし」と彼女は言った。


「金。銀貨とか金貨か?」


「当然」


「それなら」

 チイ先生がちらっとウズメ姫を窺えば、「これでどうだ」とばかりに金貨が出てくるのがイザリースだ。 


 チイ先生はリッリの前に金貨を一枚叩きつけた。


 金貨一枚で何ができるのかという問いにもなる。


 僕はリッリを見つめた。金貨は用意された。あとは賢者の魔法次第。金貨一枚と言えば、旅の駄賃には多すぎる気もするが、


「全然たらんわり」


 賢者は床を叩いていた。「そこの桶がいっぱいになるくらいの金貨や銀貨を集めてみりょ」というのが本来の指令だった。


「どうする?」

 チイ先生がさらにウズメ姫を窺ったところで、


「これでどうか」とウズメ姫。そこに金貨が溢れるのがイザリースだった。


 これにはリッリもびっくりしただろう。


 ウズメヒメ曰く、

「わたしたちはイザリースから逃げて来た身。イザリースは鉄や黄金の加工技術を周辺諸国に教えていた場所です。ヒルデダイトが発行する金貨も多くがイザリースにありました。そしてこれらは金貨としての価値がなくなろうとも、イザリースの鍛冶職人にとっては重要な資源です。こういうものがあればイザリースは場所を移しても復興できる。そう言って、ケーロンが無理をして運んできていたのです」

 ということだ。


 これには僕もびっくりだった。僕もナタもイザリースの未来を思って金貨など運んだことなどないし、そもそもそんなことを気に掛けたことがない。


「とにかく、これで金貨はそろったぞ」

 チイ先生はもう一度赤頭巾のリッリを見据えた。


 すると、

 リッリは言う。


「あまりに重きや。ワレでは持てりん。ちょっとワレの財布に入れてみてもよかろか?」


 そして金貨を財布にいれると、当然ながらリッリの財布はぱんぱんになった。ずっしりと重いそれをリッリが懐にいれたら、どうだろう?


 これで説明はいらない。リッリは大金持ちになっていた。


「え?」

 僕は唖然とする。


「むう?」


 リッリは顔をあげる。そしてその僕の頭に樫の杖を振り下ろしていた。「その顔はワレを信用しておらなりや」というのがリッリからの天罰だ。


「金をぱくったわけじゃないの?」


「馬鹿者が。ワレはこれでキリーズに出かけりや」


 それがリッリの目的だ。


 賢者曰く、

「海に出れば、諸島にキリーズという街がありき。海洋商人は傭兵団を雇うものであり。とくにキリーズはミツライムとヒルデダイトの交易の要所。そこを狙う海賊は多いと聞いてり。ゆえに傭兵団も活躍せり。傭兵団なら金で雇うことができりや」


 これが現実に可能な攻略法。


 チイ先生も感嘆の声を出す他なかった。


「傭兵団か」


「うむ、今のザッハダエルでは疫病が流行してり兆しあり、それに城塞も半壊してりや。短期決戦で城塞を落とすことは可能とみたり」

 これがリッリの見立てだった。


「そうとわかれば、リッリにはキリーズってところに行って貰うとして」

 ナタは改めて、作戦会議に臨んでいた。「希望は出てきた。俺たちだけで何とかできるかもしれない」それをサムライたちに言ったところで、


「まだ話は終わってなきりや」が来る。


「傭兵以外に何か秘策でもあるの?」

 僕が聞いてみれば、


「明日早速キリーズに向かりやら。それも同行しやりや支度をしとれ」

 それがリッリからの軍師命令だった。


「僕も行かなきゃいけない?」


「敵と戦うには敵をしるや」

 それだとリッリは言った。


「敵って、またザッハダエルのあの場所へ行くの?」


「まぬけ」


「え?」


「それらはザッハダエルが様変わりしたはヒルデダイトの影響ありと言うてりや?」


 リッリは、「だとすれば、知るべきはヒルデダイトの動向。なのになぜかヒルデダイトの動きが見えぬ。さっきからサムライの話を聞くに、それがヒルデダイトの話をしなければ今回の件はザッハダエルの民が勝手に狂ったようにしか見えず」だ。


「そうかもしれないけど」


「もうひとつ。ノウルの事件も連動してりや。裏にヒルデダイトありと見た」


「あれが?」


「ロキという道化師、どこかで聞いたような気がしやりが……」

 リッリはそこで長考した。だが答えはでない。ロキという道化師がノウルの王様を殺して成りすましを指示した黒幕。それ以外に僕たちが知っていることはなかった。


 今のところ、どこがザッハダエルと繋がるのかすらわからなかった。

 

「とにかく、ヒルデダイトの動き、遠い世界で何が起きているのかを知るが先決なり。キリーズには商人が集まりや。つまり情報もあふれり。これを知らずに戦うはからず、ゆうりぃ?」


 リッリはそういうと、ごそごそとさっきまで寝そべっていた場所へと引き上げていく。


 どうやら今日はそこで眠ることにしたらしい……。

 ちょこんと座り直した賢者の背中は小さい。


 ヤシロのそこは一万人が寝る寝床としては少し狭いだろうか。

 僕はふとそんなことを思った。

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