第23話 偽物だらけの舞台
赤頭巾のリッリは宣言する。
「ここに王が戻らんや。王座に案内せい」
すると白い布で顔を隠した大臣たちが、僕たちの前に立ちはだかり、
「言語道断だ。王様ならずっとそのカーテンの向こうにいらっしゃる」
と怒鳴り声をあげる。
王座とはどうやらカーテンの向こう側にあるらしい。そして顔を隠した大臣たちはどうしても僕をそこへは座らせないと言う。
「それらは王様がそこのカーテンの向こうにいるというが、気のせいでは?」
リッリが首を傾げると、
ここで僕たちには同調する声があった。
「王様はここにいるのだ。他のどこにいるというのか」
とは、牢屋で僕たちが助けた大臣だ。本物の大臣のお墨付きとなれば、周囲の長老たちも大きく頷くしかない。
これでは顔を隠した新しい大臣は紛糾するしかない。
「何をいうか賊どもめ。ええい引っ捕らえろ。衛兵よ。早く——」
対してリッリは、
「そのカーテンさっさと片付けりや、邪魔」
衛兵に指示していく。
周囲の戦士たちは二人の王様のそれぞれの従者から指示されて、困惑するばかりだった。
大臣が「ここは神聖な場所である。何人も玉座の間に踏み居ることは許されない。神の領域を侵す者は悪だ」と叫べば、
赤い衣装の巫女が、「王様が許可されてり、今日は祝いの日なりや。みんなで騒げや、ほれ」だ。
「やめろ、やめさせろ。衛兵たちよ、その者を捕らえろ」
「衛兵たちも踊れや、ほれ。ワレはイシュタルの巫女なり、ワレが言うのだから神の言葉なや」
「いい加減にしろ。イシュタルはもういない」
「神様は哀れなノウルの民を見捨てたりしないやり?」
「我が神が勝ったのだ。ノウルの神はもうイシュタルなんて古い神ではないぞ」
「ノウルの王にどのような神を信仰するのか聞いてみると良き」
リッリはふいに僕を振り返った。
そうリッリには僕という王様役がついている。
「えっと、イシュタルが神です」
僕はひとつ咳払い。
その瞬間、
「その者は偽物だ」
玉座の前で大臣が叫んだ。顔を白い布で覆う大臣たちだ。彼らは指をさして僕を糾弾していた。
「いやいやそのカーテンの奥のそれが偽物でありん」
リッリも負けじと言い返して——。
「ええい、顔を隠して、王を名乗るとは不届きな輩だ。衛兵たちよ、奴を殺せ」
「大臣が血迷ってりや。衛兵はその男を捕らえりぃ。顔を隠して大臣とは腹立たしいなりや」
リッリが頑なに前に行こうとすれば——、
もうひっちゃかめっちゃかだった。
相手大臣一味が全員で赤頭巾の妖精を捕まえようと動く。だが、シェズとナタが前に出れば、誰もそれ以上は動けなくなっていた。
大臣の息のかかった大柄な戦士だけは勇敢にも剣を振り上げたが、シェズと力比べをしたところで大の男が天井を仰いで倒される始末だ。
「惑わされるな。ノウルの王がこんな異国の戦士に頼ると思うか?」
これが相手戦士の悔し紛れのひと言。
リッリからすれば、もはや決着はすぐだった。
「それらはワレの顔を見忘れたり? ワレはノウルの王から直接任命された巫女なりや」
赤頭巾の下から白銀の光をまとう金の糸を思わせる髪が垂れる、ノウルの民のものではないが、赤い頭巾はノウルの巫女が纏う衣装だ。両脇にはボロをまとった旅装束の護衛が二人。そして医者が二人、商店街の会長やら、長老やらが集まって十人ばかりの集団だ。護衛はともかく、他の者は衛兵たちにとっても顔見知りだった。しかもここでリッリが手にするのは、
剣だ。
「これこそ神器にあたる宝剣なり。これが王たる者の証明でありるところ。これが目に入らぬかや」
リッリが鉄の剣を掲げてみせた。
イザリースではサクロー師匠が愛用していた剣。これまでずっとナタが持っていたが、これを今はリッリが持っていた。僕からすればイザリースで見る一般的な剣であって、使い込まれた分だけ古びている。だが同時に商人の目から見れば間違いなく国宝級の剣だろう。
まず鉄の剣なんてものは高級品であって、ノウルの戦士たちには手の出ない代物だった。中には鉄の剣を持っている戦士もいたが、それは純度の低い模造品。
だから誰の目にも見分けはすぐにつく。
つまり、
「おぉ」
僕を囲む集団が感嘆の声をあげた。
古いなりに手入れをされている剣だ。反射する光には、彼らが見たこともない鋭さが宿る。
ちなみに、
「ワレらはこれを祠に取りに行ってきたまで、これは神から与えられし宝剣なりて、これこそが王の証なりや」
とリッリが調子づいたところで、
大臣は高笑いした。
「神から与えられただと? その神はどんな奴だ。どこに居る? 我々の前に連れて来てみろ。お前たちにはそれができない。それはつまり全部嘘ということ」
「あなたたちだって、神を祀っているじゃないですか?」
僕は思わず言い返していた。王様の役柄が馴染んだわけではないけれど、笑われて黙ってはいられなかった。
相手大臣は、僕の演技が崩れたのを見て顔を歪めただろう。
「我らの神は精神の中に宿る。人間のように実態はもたない。考えてもみたまえ。神が肉をほおばるところを想像できるか? あるいは剣を作っている職人のような姿を想像できるか? 神が剣を作るなど滑稽。そのような剣があれば、それこそが嘘の証明となるのだ」
僕はそんな言葉に、言い返すことができなかった。
こんな時、本当に神様がいるのなら、
「助けてください」とその神様に言いたい。
だけどそんな言葉が神様に届いたことがないことくらい僕も知っている。神様に言葉は届いていると言う人たちもいるけれど、届くのなら、なぜ神は助ける人と見殺しにする人を区別しているのかを聞いてみたいくらいだ。
ただリッリはすこし不思議な話をした。
「それはさっきから神、神、神と言っておりや。それは誰から教えてもらいや言葉りぃ? シュメールとこの土地の古い文献を研究してみたり見識から言えば、全て神から教えてもらった言葉であろ。神から言葉をコピーする歴史しかここからは出てこん。だからこそ、歴史は神と民との約束から始まりや。単純な話、それ以前にそれらは歴史を綴る言葉をもたぬ」
これが何を意味するのか、この時の僕にはわからなかった。
だが、分からないのは相手大臣も同じらしい。
「何を言うか。私が大臣だ。これが事実。王の言葉を伝える者である」
と彼らが言えば、
「王はここにおりん」
リッリが杖で床を叩く。「王の御前でありや」と腕を組んでのけぞると、もはや、それはノウルの巫女そのものだった。
「そんなはずがあるか、お前たちが偽物だというのは分かっている。本物であるはずがない」
「神器をもっておりん、本物の証なり?」
「まずは顔を見せろ。本物ならば顔でわかる。お前たちの王とやらは顔を隠しているではないか」
「それはこっちが言いたきや」
リッリも下がらない。「それらが本物とするのは簡単のこと、そのカーテンをどけてそこに居る王が顔を見せればすみりや」だ。
「いやこれは神聖なヴェールなのだから神以外には触れることかなわぬ。お前たちが顔を出すのが筋というものだ」
「王は顔に火傷を負っておりや。今はそのような顔は見せられぬと言ってチェりる。神器の力は制御が難しいりや?」
赤頭巾がすごみをきかせて言った。だが言い合いは平行線。
堂々巡り。
僕はいつしか一歩引いていた。
突破口はリッリのこの指示だっただろうか。
「それらはまだ理解しておりん。この神器が本物かどうかをご覧にいれよ、疑いなくば、それで事実は決っすりや」
リッリはシェズに剣を差し出した。剣を振るのが彼女の仕事だと言いたいのだろう。
「ん?」
シェズは、「何?」って顔をする。
そこで、ナタが付け加えた。
「めんどくさいから、あのカーテン斬ってしまえよ」
「ああ、そういうことか」
そうしてシェズは剣を持って、ぶんぶん振り回しながらカーテンに近づいていった。
その風圧に後ずさる者はいても、止める者はなかった。
一瞬だった。
布が真横に切れて、床に広がる。
だが王の姿を見るまでもない。
王として座っていた者。それはシェズの剣に気圧されて、椅子から転落していた。短い悲鳴は、ノウル語ではない。
顔を隠していても民族の違いによる雰囲気を消すことは困難だ。それが王でないことは明かだった。
「どういうことだ?」
一同が大臣たちを睨みすえたと同時に、追い詰められた大臣は包帯の僕に飛びかかって、僕のほっぺを掴んでいた。
「痛い」
と僕が手で振り払うまでもなく、
「見よ。これが偽物の証だ」
と大臣が叫んだ。
僕は包帯を解かれて悲鳴を発する寸前の顔をナタに見られていた。この瞬間、「やはい」と思うも、当然ながらそれは周囲の人間にも見られたことを意味する。
「どういうことか?」
戦士団長グングカが僕を横に見て立ち尽くしていた。
「本物の王様は?」
長老が大臣に尋ねるが、こうなると誰も答えは返さない。
長い沈黙があった。
「それらの大臣は本物の王様がどこに居るか知っておりや」
リッリは深呼吸してくるりと回った。「これでもはやワレが指名手配されることもない。あとはノウルの人で解決すればいいことなり」それが終幕の合図だった。
「待ってくれ。どういうことだ?」
戦士団長グングカは改めて、リッリの進路を塞いだ。
「教えてくれ、小さな賢者よ。本物の王はどこに?」
ノウルの誰もが追い求めた謎。
「大臣に聞くのが良いと思われり」
妖精はちらりと偽物の王たちを見やる。「あれらはこちらの王を確認することもなく偽物だと断言しておりやが、それは本物の王を知ることと同じ意味なり」というところに核心はある。
「あ」
一同が一斉に大臣を睨んだ。
衛兵は大臣たちを取り囲み、偽物の王の前で槍を構えた。
すると偽物の王は言った。
「道化師だ。あいつが殺したんだ。我々じゃあない」と——。
それはどんな夢物語か。
続いて偽物の大臣が吐露した。
「ロキの道化師だ。あれが我々に神託をもたらした。王に代わってこの国を治めろと言ったのだ。我々はそうしなければ殺されていた」
「我々だって被害者なんだ」
大臣たちは膝を震わせながら、いつしか床に座り込んでいた。
これより先の顛末は僕たちの知るところではない。ノウルの国が落ち着くのには、数ヶ月から数年はかかることだろう。事件の審判をここにいる者たちだけで決められるはずもなかった。
僕たちにできることがあるとすれば、
「ロキの道化師? それが事件の黒幕ですか?」
僕は犯人一味にボス的な存在がいるなら、そいつを逃がしてはいけないと思った。
道化師と呼ばれる男がこの古城に潜んでいるなら、そいつが逃げる前に僕たちで取り押さえることができるかもしれない。
「教えくれませんか?」
僕は偽物の王様の横にしゃがみこんだ。
だが、話はこれで終わり。
「ロキの道化師だと名乗った以外は何もわからないんだ。悪魔だ。悪魔みたいな奴だった。我々の仲間がたくさん殺された。でもあいつは笑っている仮面をつけていて、顔も見せないんだ」
「その人、今どこにいますか?」
「この古城を襲った後、ふらりと出て行ったまま。いつ戻ってくるのかわからない。でもあいつが戻って来たら、我々は殺されてしまう」
彼は「助けてくれ」と嘆いたけれど、それは僕にはどうしようもないことだった。
それ以上の情報はない。
僕はふと、カンデラの街で出会った占い師を思い出してしまう。笑う仮面なんて非常識な姿はそうそうない。ただあの占い師は優しい声をしていたように感じたし、その人を悪魔だと呼ぶのは滑稽なことだと僕は思う。
だから、
「何を話してんだ?」
とナタに聞かれた時、
「なんかロキの道化師っていう人が偽物の王様の指示をしていたらしいんだけど、もうここにはいないみたい。そいつが黒幕っぽいけど、偽物の王様の言うことだから信用していいかもわからないや」
とだけ状況を報告しておいた。
さて、本来僕たちが問題にする事案は、ロキの道化師のことではない。
「援軍の話なんだけど、どうする? こんな状況でなんだけど、シロの人たちが援軍を待っているから、僕たちそんなに悠長に構えていられないと思うんだけど——」
僕はナタに相談する。
「シロの状況は結構ヤバいからな」
「だよね。でも——」
僕は振り返った。
周囲には大勢の人たち。商人や長老や戦士たちが忙しく歩き回っていた。偽物の王様を拘束し、連れて行く者、いなくなった本物の王様や戦士、大臣たちを捜す者。偽りの王の間を掃除しようとする者、泣く者、絶望する者たちが入り交じっている。
「誰に声をかけたらいいんだろ?」
単純な疑問があった。
「さあ」
ナタも呆然とするしかなかっただろう。
しばらくすると、いなくなった戦士団長に代わって、古城の警備を取り仕切る者が見えてくる。
グングカという外から入ってきた戦士団長だ。
そこでやっと僕たちは、彼と話す機会を得た。
「すいません。僕はヘルメスと言いまして、カナンから旅をしてきた者です」
僕たちはただの旅人ではなく、いまやノウルを救った旅人だった。だからグングカもそのように接してくれた。
この雰囲気なら援軍も期待できるだろうか。
グングカは勇者に跪くようにして、僕に頭を垂れた。
「ノウルの巫女と勇者様には頭があがりません。よくぞ、ノウルを救ってくださいました。挨拶が後れましたが、なにぶん本来の警備を担当する戦士団長が不在ですので場を離れることができず——」
「いえ、いいんです。勇者だなんて、そんなたいしたことしてないですし。それに勘違いされていますけれど」
「は?」
「僕たちはノウルの巫女とは関係なくて、リッリさんとは、偶然一緒になっただけなんです。リッリさんはノウルの王様から巫女に任命されていたみたいですけど、僕たちはいきなりカナンから押しかけてきただけで」
「では一体?」
「だから、援軍の依頼に来たんです。カナンでは今大変なことが起きているんです。ザッハダエルという国が周辺の集落を襲っていて、毎日のように人間が殺されています。僕たちはそのザッハダエルという国に対抗すべく軍隊を集めているんです」
「ザッハダエルなら知っております。西の海辺のほうの国ではありませんか?」
「はい、そこで戦争が——」
「あそこは十年以上も前に、ミツライムとヒルデダイトの戦争に巻き込まれて大変だったと聞いたことがあります。またそのような戦争でしょうか?」
「ミツライムやヒルデダイトと戦争をしているわけではないんです。あの周辺で……」
僕はなんとか説明しようとしたが、
グングカは次のようにも教えてくれた。
「ここからさらに東に行った双子の河でも戦争が始まったと聞きます。我らがノウルでも今日のような惨状。どこもかしこも、どうしてしまったのでしょうか」
「ここから東に行ったところも戦争ですか?」
「はい」
「一応聞いてみますけれど、僕たちは援軍を依頼しにここに来たんですけど、そういうのって可能でしょうか」
「私の一存ではなんとも言えません。ですが、周辺諸国が戦争を始めた中で、今のこの状況です。他国に兵士を派遣するなど到底無理だと言わざるを得ません。勇者様には恩義がありますが、こればかりは——」
「ですよね?」
わかってた。
「勇者様の提案を誰が議論するのかも、私にはわかりません。国が落ち着けば、また対応できるようになるかもしれません。数ヶ月あるいは数年。待って頂ければ、きっと何かしらの力になること、私が約束いたします。むしろノウルを再建する間だけでも勇者様の力添えがあれば、我々も心強いのですが——」
逆に彼らのほうでも人を欲していた。
「それって僕たちにここに滞在してほしいってことですか?」
「ノウルの巫女と勇者様がいれば、どのような敵にも我々は負けない。そのように今日、私は確信しました」
グングカは深々と頭を下げた。
それはたぶん、やはり、神器とされる鉄の剣を見たからだろうか。剣は力の象徴とされる。そんな話を僕はリッリから聞いた気がした。
決して僕が勇者だからというわけではないだろう。
僕はウズメ姫に援軍要請をするように言われて来たけれど、
結局ウズメ姫の期待にすら応えられない冒険者だった。
「すいません、僕たちはカナンに戻らなければなりません。向こうには僕たちの友人たちがいます。こうしている間にも毎日誰かが殺されているんです。援軍が得られなくても、帰るしかないんです」
こうして僕たちの旅は終わりを告げる。
これをくすくす笑うのはリッリだったか。
「何かおかしいですか?」
僕はこのとき、頭が真っ白だった。ウズメ姫にこの事件の顛末をどのように報告したらいいのか。そればかり考えていたと思う。援軍を引き連れて勇者のようにシロに戻るはずだったのに、僕たちは手ぶらで帰ることになって、それはどんなふうにウズメ姫たちを落胆させるか。
だから赤頭巾をかぶったリッリに笑われても、僕は不思議とそれが当たり前のことに思えてしまっていた。
「残念だったりぃ。援軍は断られりや?」
こんな風に僕に話しかけて来た時には、すでにリッリの頭の中は次の歴史探究の熱がほてっていたことだろう。
「援軍は駄目でした。仕方ないですよね。こんな状況じゃあ」
「それは手ぶらで帰りや?」
「手ぶらって、援軍なしでってことなら、そうです。援軍なんて自分で作れるものじゃないですし。どうしようもないですよ」
「ワレと一緒に歴史を捜して旅すりや」
「それはできないと思います。今日のこんな事件を見てもわかりますけど、カナンのほうも酷い状況なんです。僕たちだけでも戻って合流しないと」
「援軍連れて帰るが良きよ?」
「その援軍がないんです」
「ノウルの古城以外にも戦士たちはそこら中におりや?」
「周囲の国も戦争しているらしいですよ。ここで駄目なら同じ理由でどこも駄目じゃないかと思うんです」
「時に、神器の力の凄きことよ。ワレが剣を見せただけで、みな震えておりやら?」
くすくすと笑う赤頭巾の楽しそうな顔に、
僕はなぜかほっとした。
「イザリースの技術は凄いんです」
それは商売人の目から見ても、保証できる技だ。だが、リッリが言うのはまた別の視点からのこと。
「イシュタルの巫女に、神から授かった宝剣よ。ヘルメスはこう思わりぬ? イシュタルが命じれば、ノウルの民は必ず援軍を出してくれようなぁと」
「神器、いや、えっと、神様が直接言えばってことですか?」
「うみゅ」
「そんなことができれば凄いですよ。誰だって従うと思います」
「イシュタル信仰、アヌンナキの神殿はずっと広がりやら。周囲の国が戦争いうてりが全て同じ神を祀ってり。つまりイシュタルが号令すれば、全ての国が従えりぃ?」
「神様が言えばそうなるかもしれませんけど、ううん。それでみんなでカナンを助けるってのもおかしい気がします。みんな困っているのに一つの国、地域だけを助けるって」
「おかしくは無き。軍隊ならば人数を集めるのが常道。動物の世界ではみな同じよ。つまり、散らばった災厄をまとめて相手するより、みんなで集まって一つずつ潰していくのが早道となりる」
「みんなで集まって、大勢でまずはカナンのザッハダエルと戦って、西の次は東にいって、そこの敵と大人数で戦うってことです?」
「理解が良き」
「それ、いいかもしれませんね——」
「神様がいるなら、そうするように説得できりや」
言われて、
僕は目を輝かせていたとお思う。
だが、
「神様?」
問題はそれだった。「神様が居ればってことですよね?」それ無理です。
「そこでワレの研究の旅が役立てり。三種の神器を探せりは、神に辿り着く道なりや? それらはワレに付き従って旅をしやり。さすれば導かれん」
リッリは、ふんと鼻息、得意げだった。
「でもリッリさんの旅は終わりがないですよね? 神様を捜すってどれくらい時間がかかるんでしょうね」
「探すは、神様の関係者でも良き」
「関係者って、子供とか、弟とかですか?」
「うみゅ」
「でもやっぱり、僕はお父さんと世界を旅して回っていましたけど、そういう話は聞いたことないんですよね」
僕は神様の血を引く者がいないことを知っている。
対して彼女の返答は、戦略を変えて、
「勇者がてぶらで帰れり?」
という煽り文句だ。
「もう、それ言わないでよ。狡いよ」
僕は、彼女がわざと「勇者」という単語を振り回すのでふてくされたフリ。
「ふんふん」
とリッリは肘でつついてくるが、
僕はふいにそんなリッリとこれが別れになるかと思うと寂しくもなった。
というのも、この時、夜風が古城の窓から入ってきて、僕の額から熱を奪っていた。人だかりが少なくなって、部屋に籠もっていた熱気もどこかに逃げて行く。
そんな頃合いだった。
シェズがぶらりと城内散歩から戻って来た。
「いやぁ、結構この古城ってよく出来てるな。守るのに都合良く出来てる。弓矢も結構あるし、ここの連中よく訓練されてるみたいだった。感心感心」
だそうだ。
「ところで」というのは、シェズからの催促だ。「援軍はどうなった。何人くらい引っ張れんの?」それを確認しに戻って来たのだろう。
「援軍は無理だって言ってました」
「はあ? じゃああたしの部下は?」
「そんな顔やめてくださいよ。こんな状況じゃあ無理です。それに援軍はシェズさんの部下にはなりませんよ」
「ちょっと頑張れよ」
「僕が?」
「ヘルメスしか頼れる奴いないじゃん。あたし騎士団つくって活躍したいんだけど。そのほうが、あたしらしいって感じだし?」
「シェズさんが誘ってみてくださいよ。僕じゃあもう何も言えませんよ。王様も側近の戦士たちもいなくなって、こんなに慌ててる国に援軍なんて」
「あたしにはあたしでやることはやったし」
「何をやってたんです?」
「偵察。この古城と戦争になったときに、内部を知っておけば役に立つじゃん。あとは戦力とか備蓄とかを把握したほうがいいって勉強した気がする」
「シェズさんの目から見て、援軍出す余力はありそうでした?」
「それはわからないけどさ。こいつらまともに相手していたら手強かったぜ。きっと。あたしでも騎士団で二千人くらいあれば、一〇日くらい? いや一〇日じゃ無理か」
「って、それはそうですよ。騎士団で戦争する話なんてやめてくださいって。他の人に聞かれたら——」
僕は咄嗟に周囲を窺ってみた。
さっきまで勇者と言われていた男が、ノウルの古城と戦争するような話をしていると騒ぎになれば一大事。
そこにナタしかいなかったのが幸いだった。
そのナタは、
「俺、戦ってねえ……」
ちょっと不満な様子。「なんかリッリとかシェズとかヘルメスばかりちやほやされてね?」というのが周囲から見た僕達の状況だった。
「うん、ナタは居てくれただけで安心だもん」
僕ははぐらかしたが、これは次のような展開になる。
シェズ曰く、
「お前の活躍はもうないと思え、ここでの戦争はもう終わったんだからな」だ。これは自慢か。
ナタにしても言われるのは悔しいところ。
「お前さっき、二千人で一〇日かかるって言ってたよな? 一日で終わったんだが?」
煽り返していた。
「え? よく考えたら、あたしだったら半日」
「いや一〇日はかかるって言ってただろ」
ここでも戦争勃発か——。
シェズは言い間違えたとその理由を述べた。
「昨日初めてここに来たときのことを思いだしてみろよ。見上げたところに古城があっただろ。あそこの偽王様と偽大臣を全部捕まえるなんてできると思ったか? これってザッハダエルの城塞を見上げたときと同じだろ。この四人で見上げた次の日にそこの魔王を倒してしまうようなもんだろ。それができたら援軍なんて求めてないじゃん」
「出来てるんだが? 少なくともここでは——」
「よく考えたら、何かおかしい気がしてきたな」
「ああ、なんで、俺たち出来てんだ?」
ナタはそこで僕を見つめてくる。
僕に意見を求めるなら、答えよう。
「えっと、わからないけど、リッリさんの言われた通りにしてただけで、そうしたらこうなってたっていうか……」
率直な意見だった。
シェズはシェズで考えるところがあるだろう。
「そう言えばさ、聞いた事がある。騎士団で一〇日で攻めて落とせない場所をたった一日で攻め落とした話」
「何それ?」
「軍師だ」
「軍師って知恵で解決を図る知将のこと?」
「軍の動かし方とかを熟知している人間が一人いれば、なぜか簡単に敵に勝てるようになるとか、そういう話だったと思う。セアルがそういう参謀を部下にしたいって話してたけど。まさかこれ?」
「軍師」
ナタが目を輝かせるように、振り返っていた。
リッリと目が合った。
彼女は歴史探究の旅に僕たちを引き込もうと様子を窺っていたのだろうが、話の成り行きは逆。
「軍師がいれば、一〇日間が一日なるってことは、一〇倍の援軍と同じ?」
僕が言えば、
シェズはうなずく。
「援軍に換算すると一万人分は優に超えるぞ」
こうなると僕たちに必要なのものが目の前にあるように見えてくる。
「軍師捕まえました」
僕がリッリに抱きつくと、もはや立場は逆。
「なにせり?」
リッリは咄嗟に足をじたばたさせるが、時すでに遅し、
「リッリをザッハダエルに連れて行けば、問題は関係するんじゃね?」
そんなシェズの推測は容易に僕にも想像できた。
「リッリを連れて行こうぜ」
ナタもその気まんまんだ。
「まさか、ワレを戦争のど真ん中につれて行きりゃりや? 地獄へ引きずりや?」
彼女は僕を罵倒するが、それでも僕も必死だった。
「ただの魔王の城だ。頑張ろうぜ」
シェズは一緒に行こうぜと励ますが、言われたほうはたまったものではないだろう。
だから僕は、次のように言い換えた。
「ザッハダエルのほうでもアヌンナキの神殿はいっぱいありましたよ。歴史を探求しに行きましょう」と。
「ふえ?」
リッリはまんざらでもない様子だったと思う。
牢屋破りをしてから王様に成りすまして古城に乗り込む。それは命をかけた僕たちの冒険譚だった。だからこそ、僕たちはその時にはお互いに信頼していたし、お互いを仲間だと言うのに抵抗もなかったのだと思う。
「護衛がワレになにすり? ワレは自分で歩けりや」
リッリがそう言った時、
僕は、
「護衛じゃなくて、僕たちは友達だよ」
自信を持ってそう言えた。
すると赤頭巾の妖精は、
「ふうん」
と満足げに笑ったのだった。
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