第22話 祭りの夜

 僕たちは牢屋を出て、祭りで賑わう街に繰り出した。古城の牢屋周辺にこそ衛兵はいたが、そこから先は夜の下だ。


 祭りの太鼓囃子もあって、僕たちの足音は衛兵には届かないし、彼らの興味はそもそも街に向けられていたのだろう。


 牢屋に閉じ込められていた大臣や長老が解放されると騒ぎにはなったが、それもひとときのことで、祭り囃子にかき消されてどこにも痕跡は残らない。


「さて、ワレらも踊りや。ヘルメスに手伝うて貰うことあり」

 リッリは人混みの紛れると、僕を唆す。


「今のうちにここを逃げ出したほうがいいと思います。朝になったら、きっとあの狼みたいな大臣が僕たちを探し始めるに違いないんです」

 僕はこう訴えたが、


「祭りはこれからが本番りや?」


 リッリは、逃げるなんてもっての他だと言い切った。


 この祭りの顛末は、僕が語るより翻弄された正門の戦士団長あたりが語る体験談のほうが面白いかもしれない。


 ノウルの古城は古い街並みごと外壁で守られていた。その外に広がるのは川沿いに続く農園とフンババなる野獣が徘徊するという森だけ。投獄されていた異国の犯罪者が古城から逃げ出すのは容易なことではない。


「王より牢獄から逃げ出した犯罪者を追えと、たった今通達があった。王を暗殺しようとした犯人だ。見つけ次第に殺して構わない。奴らは仲間を呼ぶ可能性がある。できるだけ早急に捕まえなければならない」


 正門前だった。


 門番が集められたところで。戦士団長のグングカは大声を張り上げていた。いよいよ隣国が攻め込んでくると噂がある中での、大捕物だ。この程度の犯罪者になめられてはノウルの戦士団長の名がすたる。


「どのような連中でしょうか」


 旅人の顔を見た者は少ない。部下が戦士団長グングカに問うのは自然なこと。


 グングカは大声での質問にさらに大声を返す。首筋に力が入った。

 大声を出さなければ声が届くような状況ではなかった。というのも、正門から古城まで続く大通りは祭りの賑わい、大騒ぎになっていたからだ。


「金髪をした子供と青年、赤い髪の女と黒い髪の男だ」


 彼らを捕まえなければ、処罰は自分に下されると思えばグングカも慎重になる。自分で見つけたいところだが、見回してみても、周囲は祭りの群衆で溢れかえっており、その中で特定の人物を見つけるのは困難だった。


 情報は可能な限り共有して戦士団の総力をもってあたらなければならない。


「奴らは必ず正門を通るはずだ。そのような連中が正門を通ったという報告はまだない。つまり、連中は必ずまだ街に潜んでいる。私が正門を監視する。他の者は街へ出て連中を炙り出せ」


 これが命令になった。

 

 だが、グングカが見た周囲の反応はにぶい。


「もう一度お願いします」

「聞き取れませんでした」


 とは、もともとノウルの古城がこじんまりしていたことにある。祭りをやっている城下町は狭く、城壁も近い。衛兵が守備につけば、そこは雑踏の中だ。


 結局のところ、

「今日の夜はさらに盛り上がっているな。何かあったのか? この騒ぎは何だ?」という話を最初にしなければならない。


 この騒ぎ、よく見てみれば昨日とは違う点が多々ある。


「いやあ、めでたい。今日ほど盛大な祭りはないだろうよ」

「あっちでスープが振る舞われているよ。行ってみようよ」


 子供が集まって大通りを走っていく。


 そうなると普段は外に出てこない人間も、寝ていられる状況ではない。


「この騒ぎはなんだい? ずっと耳なりのように騒がれちゃあなあ」

 その男はノウルの衛兵に尋ねたが、隣にいる戦士団長こそがその理由を知りたいところ。


「我々は仕事中だ。極悪な犯罪者を捜している。向こうへ行ってろ」


 戦士がそう言って男を追い返せば、男はふらふらとまた大通りのほうへ歩いて行く。


 通りの端でリンゴ売りの男が値札を半額にして張り替えていた。首をかしげた人間が前を通るならば、この騒ぎの理由を教えてあげたくなるのがリンゴ売り。


「おい、お前も寝ている場合じゃないぞ。王様が帰ってきてくださったのよ」


 そんな話。

 それはグングカの耳にも入った。


 大通りでの素朴な会話だ。


「王様が?」

「ほれ、今まで王様と会えなくなったとかで、旅の人が困っていただろう。あれが実は、王様がお忍びでな、どうやら三種の神器ってものを古い祠に取りに出かけられていたせいらしいんだ」


「三種の神器っていやあ、最近話題になっていたあれか」


「あれだ。そうならそうと言ってくだされば良かったんだが」


「なるほどな、それで王様が今までお隠れになっていたというわけだな」


「王様がここにいないとなれば、周りの国が攻めてくるかもしれないからなあ。王様も苦労されていることだろう。しかし王様は立派に三種の神器をもたれて、さきほど凱旋された」


「凱旋か」


「いやあ、本当にめでたい話だ。祭りを盛大にやるようにと、各所でスープやらパンが振る舞われているらしい。庶民にとっても嬉しい話じゃないか」


「それはめでたいなぁ」


「うちでも、いつもの半額でリンゴを売ることにしたよ。どうだい、ひとつ?」

 それを聞いて周囲の大人たちが笑い始める。歌い始める。もうやりたい放題だ。


 近頃の古城内部の変化については、住民たちも疑心暗鬼なところがあったから、王様の真意がわかったところで皆安堵することができただろう。


「奴らは何を言っているんだ?」


 こう切り出したのは、何も聞かされていないグングカだ。


 王様はずっと古城の中にいて、さきほども自分に王様からの勅命が来たはずだった。


 今王様が帰ってきたとなれば、今までの王様はなんだったのか。


 考えてみると、確かに、自分は王様には直接会っていない。会っていないのは、そこに王様がいなかったからではないか。住民の話では、王様は内緒で城をでていたということになる。確かにつじつまはあう。


 王様の周囲に居るはずの護衛団も大臣もいなくなっているのは、グングカも気になっていたところ。

 

 グングカのところに部下が走りよってきたのはその時だった。


「あらたな勅命であります」


「なんだ?」

「街に偽物の王様が出たということで、偽物の王様を捕らえろと」


「偽物だと?」

 少し考えてグングカは躊躇した。


 偽物の王様を捕まえろと言ったのは、はたして本当の王様であろうか。


「三種の神器をもって帰ってきたというのが偽物の王だと言うのか? それが偽物の王なら、一体ここに何しに来たというのだ。軍隊を引き連れて来たか? 一人や二人でこの国を乗っ取るつもりなら、私が追い返してやる」


 グングカは安心しろと言った。


「しかし王様は偽物を探して捕らえろと」


「捕らえるも何も、王様を名乗っているのなら、待っていれば向こうから城にやってくるだろう。そこを捕まえればいいじゃないか」


「しかし」


「その王様を捕まえるために兵士を出せと言われても、今追いかけている犯罪者たちのことはどうする? 暗殺を企てた者たちがもう一度王様を狙う可能性のほうが怖い」


 これが問題だった。犯罪者を追いかけていたら、都合良く偽物の王様が出てくる。こんな怪しい話がこれまであっただろうか。


 グングカは考えた。

「こう言うときは犯罪者の心理を考えるんだ。犯罪者にしてみれば、守備兵が偽物の王様を探すことに躍起になってくれれば簡単に古城から逃げ出せるようになるだろう。偽物の王様は犯罪者にとっては都合がいい」


 つまり、グングカからしてみれば、偽物の王様の話は偽装に思えて仕方ない。


 となれば、

「偽物の王様の件、みんなで探しにいくこともないだろう。私は王様を知っている。よし、偽物とやらが本物かどうか、私が確かめてこよう」

 部下たちに命令するのはその後でいい。これがグングカの判断だった。


 グングカは走った。


 彼の中にも疑心暗鬼はある。王の姿を誰も見なくなったことに加えて、王の傍にいた老練な騎士や学者がこぞって病気になったり、古城へ連行されたまま出てこない。行方不明になった者も多数いた。自分なりに友人たちを心配はしていたが、ここで王に会うことができれば、その全ての謎が解けるだろう。


 消えた彼らがもし王様の周りにいたら、真相を知らなかったのは自分だけということになる。愚痴のひとつでも言ってやりたいところだ。


「おい、王様はどこに行かれたか」


 グングカは大通りでスープを椀飯振る舞いするところの給仕を捕まえた。給仕は、「王様が戻られた。やれめでたいことだ」と人を呼び込んでいる。


「王様なら、この道をまっすぐ、古城へと行かれましたよ」

 その言葉が嘘だとは思えなかった。


「おお」

 王様が城に戻るのは当然。だが偽物ならば城などに顔を出せるものだろうか。

 

 グングカは念のためにもうひとつ問う。


「王様はお供を連れていたか?」


「巫女と大臣を連れておりました。大臣はひどく窶れて辛そうでしたなぁ。あと、旅のもの二人を護衛につれていましたなぁ」


「それは本当に王様だったか?」


「本当にって、王様じゃなかったら誰だって言うんです?」

「いや、顔をちゃんと見たのかということを聞いている」


「顔は、どうでしたかな。なんでも火傷を負ってしまったとかで、包帯を巻かせていたように思います。でも医者が後を追いかけていきました」


「顔は見ていないのか?」

「周りの人が確かに王様だって言ってるんで、王様なんじゃないですか? 大臣だって居たんですよ」


 それを聞いてグングカは、呼吸をとめていた。結局王様の顔はわからない。


「護衛は巫女と大臣と旅のものだけか?」


 これが敵だとして、それで古城が落とせるはずもない。


 いや、むしろお忍びで出かけられたのなら、納得のいく護衛の数だとグングカは思った。それに古城だ。王様以外の者が王様を名乗って古城に入るなんてことができただろうか。


 そうなると今、グングカの懸念は別のところにある。


「王様を暗殺しようとした連中がまだここにいる。危険だ。こうしてはいられないな。私も護衛に加わらなければならん」


 グングカは、自分が追いかけていた犯罪者はどこに行ったか思案した。彼らがすぐに正門を出て行かなかったのは、なぜだろうか。


 そしてグングカは思い当たる。


「そうか暗殺者は、古城に王様がいなかったから暗殺できなかったということか。そして王様が帰ってきたから、古城から出ていかないのだ。まさに今暗殺者どもは王様を狙っているに違いない」


 いまこうしている間にも犯罪者は王様を殺害するその機会を窺っていることだろう。


「王様は?」

 次にグングカが声をあげたのは、古城の大扉を前にした時だ。門番たちが談笑する姿には警戒感はない。


「ここに王様が来ただろう」

 言うと、大扉の護衛は口を揃えて言った。


「王様は玉座に戻られましたよ」


 そしてグングカが息を切らすのを見かねた右の男がこうも付け加えた。


「王様はとてもやつれていらっしゃった。無理も無い長旅だ。医者が追いかけてきて、すぐに休むように説得していたが、王様は玉座に神器を添えるまでは心が安まらないとおっしゃられた。商店街の会長やら長老やらが皆集まってそれはもう大騒ぎだった。皆、王様を心配している」


「そうか」

 みんなが王様を信じているなら、それを疑うこともできない。ひとつ問うことがあるとすれば、


「集まった民衆の中に怪しい奴はいなかったか?」だ。


 暗殺者はどこから王様をねらってくるのかわからない。

 そうなると後は、王様の傍にいって王様の盾になることが戦士の勤めだった。せめて王様の無事を自分の目で確認したかった。


「みんな突然の招集で疲れでいるだろう。夜勤は私の仕事だ。あとは私が王様を守ろう」


 グングカは古城の中へと急ぎ足で入っていった。



 グングカはその先で。もみ合いになっている現場を見ただろう。顔を隠した大臣や神官たちが、護衛を並べて来訪者を追い返そうとして躍起になっていた。


 対するのは医者や学者、商人たちに囲まれた王様だ。その傍には顔なじみの大臣の姿もある。王様は確かに顔を包帯で巻いていたが、その隣にはノウルの巫女衣装をまとう妖精のような少女もいた。


 どちらが本物なのか。


 ここで僕ことヘルメスの冒険譚に戻ろう。


 僕はと言えば、グングカたち戦士が背後から詰めかけてきたのでびっくりしていた。僕たちが彼らと敵対すれば圧倒的に相手が有利になる。

 言葉ひとつで足止めできるなら、そうしていたかった。


 なので僕は咄嗟に言った。


 低い声でそれっぽく、

「お前たちはノウルの主のわしの顔を見忘れたのか。頭が高い。ひかえおろー」と。


 どう?

 僕は横にいるナタを見る。


「余計なことしゃべんな」

 そう言いたげな視線があった。

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