第20話 赤頭巾と狼
石の塔からさらに三日をかけて、山を下ったところにその古城はあった。
日干し煉瓦を積み上げ青く染めた城塞。壁が森を切り開くように街を囲む中、河川に添って人口は集中し繁華街となっていた。全てを見下ろす高い丘には塔が並ぶ、それがノウルの古城。
いにしえの城とは言ったもので、
その街の歴史は古く、ノウルならではの飾り付けで大通りは賑わう。家々の屋根に縄が通され、木製のお守りが縄に通されたところで風に揺られていた、
僕はこの街を、
「神様に繋がる手がかりの街」だと思った。
「本当に神様が居たんだってそんな気分になりません? もし三種の神器を見つけることができたら、神様と会う方法だってわかるかもしれないし」
僕の期待は高まっていた。
ただ、シェズは半信半疑だ。
「ヒルデリアと比べたら悪いかもだけど、田舎じゃねえか。神様なんていてもたかが知れてる」
「でもノウルの王様が大切にしていた神器は確かにあったんだよ」
「それも怪しいと思うけどな。アヌンナキの神殿はあちこちにあったけど、ほとんどが廃墟だっただろ。実際にはいないってことじゃないか?」
「ここ数千年ほどここら辺にはいないだけかもしれないじゃないですか。だから今から探すんですよ」
僕の声はトーンダウン。
しかし、ここには僕を応援する声もある。
「三種の神器、早く見つけようぜ」
とは、思わぬナタの催促だ。
僕とナタ、そしてリッリの三人で三種の神器探索をするとなれば、シェズの意見も通らない。
「お前までどうしちゃったんだよ。まずは援軍の件を王様にお願いしにいくんじゃないのか? シロの連中が待ってるだろ?」
それが終わったらすぐにシロに帰りたい。そんなふうにシェズは呆れた顔をした。
ナタの言い分はこうだ。
「お前は剣を見たくないのか? 俺は凄く気になる」
「剣なんて見ても仕方ないだろ。昔の剣だぞ? どうせ錆だらけだ。それにあたしが使えば、すぐ壊れる」
「すぐ壊れるのは粗悪品だろ。名工が作ったドラゴンスレイヤーが洞窟の奥で見つかったり、遺跡の下から呪いの入った巨人のクレイモアが出てきたこともあるらしい。チイが持ってる奴も普通の剣じゃない。俺もいつかはああいうのを使ってみたい」
「聖剣とか魔剣とかいうやつ?」
「なんだ知ってたのか」
「あれって、吟遊詩人が大げさに言ってるだけじゃなかったのか。信じてるの子供くらいだと思うけど。剣を地面に刺すと、木の根っこがうじゃって出てきて古いお城を森で呑み込んだとかさ」
「そんな剣もあるかもしれないな」
ナタが真面目な顔で言うものだから、
「それだって言うのか?」
シェズも少しは考え直しただろうか。「お前はどう思うんだ。ヘルメス?」というのはまだ疑っている証拠。
「僕?」
「ヘルメスは商売のことなら任せろって言ってたじゃん。剣だってたくさん見て来ただろ。そういう剣見たことある? ヒルデリアの武器屋では見たことないんだよね」
「それはそうだよ。普通の武器屋にそんなの置いてあるわけないよ。ヒルデダイトがイザリースに攻め込んだのも、たぶんそういう剣のせいなんだ。アザゼルって奴がイザリースの太陽の剣を盗んだんだ。そんなのが武器屋においてあったら大変なことになっちゃう」
僕は、咄嗟に太陽の剣や炎の剣を思いだしていた。イザリースの最後の日に見たそれは世界を炎に変える魔法の剣のように思えた。
それを見たからナタは、似たような力を持つ剣を捜してしまうのかもしれない。
僕たちは炎の剣の前では逃げることしかできなかった。もう一度あの日と同じ出来事が起こるとすれば、僕たちはまた逃げるしかないのだろうか。
僕は同時にナタが持つ白い布の棒を見つめていた。サクロー師匠が言う最強の剣。あれは本当に剣だろうか。
「クジャアザゼルが太陽の剣を持ってるはずだよ。シェズさんも実物を見ればわかると思う」
そこまで言って、僕はどうして僕たちが剣に惹かれるのか分かった気がした。
援軍を求めて、ザッハダエルの軍隊と戦うことができたとしても、ヒルデダイトを止めることはできない。いつかアザゼルはイザリースを攻め落としたように、他の国にも来るだろう。
僕たちが本当に備えなきゃいけない相手は——。
「探しに行こうよ。僕達で三種の神器を」
僕にはそれが神様を捜すよりも堅実な対抗手段だと思えた。
だけど僕たちはそれを行動には移せない。
本来は僕たちより行動力のあるはずのリッリ。彼女が首を傾げていたのが全ての始まりだった。
これは神様を捜すとか、神器を捜すとか、そういう話ではない。
「われが一度来たときには、もっと質素な暮らしをしておりや…。何があったりや?」
とリッリは不審に思って大通りを古城へと進んでいた。
街へ入るときの番兵は旅人に厳しい視線を送っていたが、商人たちには一様に笑顔が見られる。一年の内でも稼ぎ時が今なのだと言わんばかりだ。
リッリは、木箱にりんごを詰める露店の商人に声をかけた。
「それに聞いてみたいりやが、こりゃは祭りや?」
祭りとは、季節毎に行われる神に感謝する儀式のようなものだ。四季折々に酒や食べ物を献納し、巫女による祈祷や人々の踊りを奉納とする習慣があった。
「あんたは確か一ヶ月も前にも見たぞ。随分綺麗な肌をしてきらきら光る髪をしているが、まことに不思議だ。どこから来た人なのかね?」
リンゴ売りはリッリを知っていた。知っていたというよりも、髪の色も背丈も衣装も異なる異邦人がやってきた噂は一ヶ月前から彼らの間で持ちきりになっていたのだろう。
「アルフィムから来りりや、今はノウルの王に使いを頼まれて外に出ていたり」
「王様の使いをしている人だったか、それならリンゴ一個もっていけ」
「それより、なんだか街の雰囲気が変わりや?」
「祭りだからよ。遠慮はしなさんな」
リンゴ売りははっきりとそう答えた。
ただリッリは納得できない様子。
「ひと月前まではそんな雰囲気は感じなかりや? 祭りと言えば、皆で数ヶ月前から準備するものだと思わるが、いきなり、何の祭りり?」
旅人が納得できないとわめいたところで、何の意味があっただろう。だが、リッリは赤い外套を纏っていた。これはノウル王が巫女と認めた証なれば、すなわち彼女はイシュタルの代弁者にもなるだろうか。
そんな人物が叱咤するような口調ならば、
リンゴ売りとて弁明が必要だっただろう。
「どうやら近くで戦争が始まったらしくてね」
ふいにリンゴ売りは語る。「西ではたくさんの人が死んでいるらしい。南でもウルハン国が森の民を殺して木を切り始めたという。物騒な世の中だよ」そんな地元の話だった。
「戦争の話は知っておりや。どこも祭りなどしてり雰囲気はなし、なぜにここは良き雰囲気がありやら?」
「王様が言うには、この古城を守るために新しい神を迎え入れるのだとか。強い神なら周りの国が悪さをしても、このノウルの古城は神によって守られるとか。まあ、ありがたい話だよ」
「新しい神?」
この祭りが何かしら周囲の変化に対応したものであるらしいことはわかる。
「ここの神様ってイシュタルやアヌンナキじゃありませんでした?」
僕の質問にはリッリも目の色を変えていた。リッリからすれば、神が代われば巫女たる身分も失われる可能性があるのだから必死だ。
その必死さに押される形で、リンゴ売りは続けて喋った。
「そのイシュタルってのは、ここら辺じゃあみんなが祀ってる神でね。あっちの古城もこっちの古城もイシュタルからしてみれば、みんな兄弟みたいなもんだ。あっちのあいつらが襲って来たとき、じゃあイシュタルはどっちの味方をしてくれるのかってなもんで」
「むしろイシュタルを失えば、平和的に解決する道も見えまいに」
とリッリの顔は蒼白だった。
「じゃあ今日の祭りって神様が交代する儀式みたいなものなんですか?」
僕は頭がこんがらがっていた。「ちなみに、その新しい神様の名前って?」どこの神様がでしゃばってきたのやら。
「なんでもイシュタルに勝った者という意味の名前で……、ありゃあ名前なんて言ったかな」
リンゴ売りはそこまでは興味がないと首を振った。
「イシュタルに勝ったってどういう意味です?」
僕がこれから捜そうと思っていた神様。だけどどうやら最近負けて神様の座を追われることになったらしい。
こうなると神器探しにも暗雲が立ちこめたようなもの。
「直接王に会ってみなければなりぬ。話がまるで見えてこん」
リッリは首を傾げたまま、リンゴ売りへの挨拶も忘れてとぼとぼと歩き始めていた。
僕らが古城への階段を登ったのは、日が暮れてからのことだった。
というのも王様への謁見が禁止されていたことが原因だ。
これについては、
「王も大臣も、ワレが戻りや言うに、誰も顔を見せにこん。待たせるだけ待たせて放置かや?」
不機嫌なリッリの悪態が物語る。
「門番の人、大臣に確認してきますって言ったっきり。おかしいですよね。僕たちというかリッリさんは王様の依頼で動いていたっていうのに」
「うみゅ、ひと月前までは街の人もたくさん王様の元に訪れりや。子供が生まれたら祝福し、老いて無くなれば感謝の言葉を述べておりや。それがいきなり、民を閉め出して顔もださんとは」
「一応、門番さんの話だと、あちこちで戦争が始まって、いろんな国が陰謀を張り巡らせているから、もうこれまでのように気軽に旅人などには会わせられないってことですけど」
「ワレはただの旅人にあらず。ノウルの巫女を兼任しやりや。それを閉め出すなど途方もないバカものの技」
「どうしたんですかねえ」
僕たちは結局、夜を前にして古城の階段をこそこそと登っていく。
時間をかけて門番をすり抜けたわけだ。
「祭りで新しい神を迎えるとは、常識が変わることを意味しやり。古いしきたりから新しいしきたりへと」
リッリは意味深なことを言う。
「祭りと門番の対応が関係あるってことか」
ナタは鋭い。
「祭りをするにも王様の命令とか許可が必要なんじゃないの? あんなにみんな楽しそうなのに、門番の態度だけおかしい気がする」
僕はあくまでそれは門番の問題と思った。
だけど、
「さっき、危険だから王様を会わせられないって言ったか? 危険なのに祭りをやって旅人を呼び込むなんておかしくないか?」
と、ナタ。
「祭りをやってるから、余計に神経質になって警備を強化しているって考えることもできるけど」
「それだと巫女を通さないのがやっぱりおかしいだろ」
「もしかして病気になっていて、誰にも会えないとか?」
「そんな状況で祭りなんてやるか?」
それを指摘されると、
僕には何も言えなくなる。
当然ながら、僕たちが古城の最後の扉の前まで来たことで慌てる兵士たちが槍を構えるのはさっきと一緒。
僕たちは歓迎されないまま、
王城へと足を踏み入れた。
「ワレは王から直接依頼を受けてりや」
最後の門番に閉め出されるところで、リッリは声を荒げた。「この赤い頭巾を見よ。これこそノウルの巫女として使命を授かったことの証あり」と。
補足しておくと、
「すいません。もともとリッリさんを呼んだのは王様なんです。僕たちの行く手を阻むのは、王様の命令を無視するのと一緒だと思うんです。詳しくは言えませんが、僕たちが受けた依頼はノウルの国を左右する重大な案件なんです」
僕は誠意をもって話した。
そうであるから、門番も無下にはできない。
反逆と言われては、門番も平然としてはいられない。
「少し待っていろ。大臣に聞いてこよう」
そういう話にもなる。
そうしてやってきたのは、白い衣装で顔を隠した大臣だった。それが手下をともなって大股で歩く姿は、威風堂々としている。長年官職であった者の空気がある。
「王から特命をうけて旅をしていた巫女とはお前のことか?」
大臣は顔の半分を隠したまま声を出した。
「うみゅ」
リッリは頷いた。だがそれで終わりではない。「お前は誰でありや?」と問いただしてみたのは、以前には見たこともない男だからだ。
「私はノウルの最高顧問、ウイラーケンである」
「なぜ顔を隠してりや? その変な衣装はどうしたことでありん?」
「神の祝福を得るための装いである。仕える神を変えたのだから、衣装が変わるのも当然であろう」
大臣は言った。
そして巫女の質問を遮って、彼は口を開く。
強引な大声だ。
「王からの依頼があると言う話だが、それは何か?」
逆に詰め寄ってきた。
「極秘であるからして、王に直接話さねばなりぬ」
リッリはぷいっとそっぽを向いた。意地でも王様に会ってやるという態度だ。
「もう聞いていると思うが、王は下々の者とは二度とお会いにはなられない。国を守るためだ。我々は王を守らなければならない。我々に話せないというなら、王に会わせることはできないが」
「はて」
リッリは首を傾げた。
「神が変わったということは、お前はもう用済みということだ。察するがいい」
大臣は、「もういい」と手を振る。僕たちを摘まみ出せというサインだ。
彼にとっては僕たちなどどうでも良い存在だっただろう。
だが粘土板解析を目前にして黙っているままのリッリではない。
「ウイラーケンとやらは、いつからそんなに口が大きくなったりや? その顎のでっぱりは、ノウルの民族には見ない特徴ではならんや?」
リッリは口をつい尖らせる。
「どういうことか」
さっと口元を隠して、大臣は小さな妖精をにらみつけた。これが一人であれば、力ずくで排除もできるだろうが、リッリは僕たち三人の護衛をつけているのだから手が出せない。
「少し毛深くなったかや?」
リッリは横から大臣とやらの腕を覗き込んでみた。
「そんなことはない」
大臣は今度は腕を後ろに隠してしまう。
「少し歯もとがったりや?」
「歯とはなんだ?」
「口の中に、こう並んでおる白い歯のことを言うてり。ノウルの人の歯並びと少し違うやうに見やり」
「歯などそう変わるものではない」
口をすぼめて大臣は言った。
「尻尾は隠しりや?」
どうもこの大臣は何かを勝手に勘違いしているようだ。と、リッリはにやにやしながら——。
「ほんとに王はそこに居たり?」
リッリはここに、「重大な不正あり」と断言した。
だがこれが大臣の決断を促すことになる。
「王はどこにも出て行かれない。そこまで言うならば、案内しようではないか」
言うなり、一度建物奥へと引っ込んでから一〇分もしない内に彼は大勢の衛兵たちを連れてきた。
「この者たちが案内する」
番兵には、「これは特例である」とウイラーケンは言い添えた。
「思ったより、悪い人じゃなさそうですね」
僕は一連の騒動が収まったことに安堵した。
ウイラーケンの態度にどのような事情があったかは定かではない。だけど全ては王様から直接聞けばいいだけだった。
「行こうぜ」
シェズはまるで集まった衛兵が自分の手下であるかのような態度。これも僕にとってはいつものことだった。
こうしてリッリと僕たち三人の護衛は、階段を下りていって、ひとつの部屋に案内されることになった。
僕にとっては不思議な部屋だ。
「この古城は崩れかけている。王の間へはこっちから迂回することになっている。狭いから気をつけてくれ」
言われて頭を下げながらトンネルのような廊下を進むと、突き当たりの部屋には小さな窓だけがあった。
僕が振り返ると、扉が閉められて外側から閂だ。
「あれ?」
僕はきょとんとする。
「入れ」と言われて入ったところは——。
つまり、どう見ても、
牢屋だった。
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