第二章 城塞の蛇王

第14話 メギドの武器屋

 僕たちは、メギドの街にいた。


 ヒルデダイトの首都ヒルデリアから山を越えて南下すると交易路の要所がある。ヒルデダイトとミツライムの中間地点にあって、古代から栄えてきた商業都市だった。もっとも現在に至っては、交易の中心は海上航路に移っており、メギドに以前の賑わいはないとされていた。


 そんなわけで、メギドの街を歩くとその狭く古い街並みが迷路のようになっていて、僕たちを惑わせる。ひと気のない通路の先にひっそりと店が開いていることも珍しくない。


「武器屋を探しているんです」


 僕は洗濯物を抱えて狭い階段を登ってくる女性に道を尋ねた。「冒険をするにも丸腰じゃ心細くて、なんとか装備を調えたいんです」と説明すれば、気さくなご婦人たちは僕にいろいろと教えてくれる。


「この階段を降りて右にいけば骨董のような武器ばかり置いてる店があるよ」

 といった具合。


「ヘルメス。武器屋よりもまずは、メシ食わせろ。この街にお勧めのグルメとかないのか」


 そんな悪態をつくのは赤い髪の女子。薄汚れたシャツに、どこで拾ったかわからない錆びた銅剣をぶら下げた姿は、追いはぎにでも遭ったかと同情されるところだ。この女子こそ僕の新しい護衛。


「でも、あんたたちお金はあるのかい?」

 そんな心配をされるのも当然だった。


「ありがとうございます。初めてこの街に来たので、品揃えとかを見たいんです」

 僕は礼を言って、ナタを案内する。「この先が武器屋だってさ」と。


 ナタは僕の護衛をしてくれる剣士だ。歳は同じくらいだけど剣の達人。と、言いたいところだけど、イザリースに居た時からの僕の友人だった。

 僕とナタの背後をついてくる赤毛の女子。彼女は僕たちがヒルデリアで助けた戦士。いや、過去に戦士だった女子。


 今はご覧の通りで、

「武器屋よりもメシ屋だろ」

 悪態をつくのが彼女の日常になっていた。名前は、

「シェズ」だ。


「武器屋が先だ。メシはあきらめろ」

 ナタは言った。理由は単純で、「金がない。もともとお前を手当するのに使ったからな」だ。


 僕たちはお金をほとんど持っていなかった。旅のためにと持ち出したお金はここ数ヶ月で消えた。ただそのお陰でシェズの怪我も良くなって、こうして三人で歩くことができるわけだけど——。


 実際には僕も空腹だったので、シェズの気持ちはわかる。

「武器屋でシロまでの案内役を手配してもらったら、すぐにシロです。シロにつけば、お腹いっぱい食べられると思います」


 これが気休めになるかはわからない。だけど上手く行けば、僕たちは近日中にシロという拠点に辿り着けるはずだった。


「シロ?」

 シェズは遠いその場所を空想しただろう。


 そう、僕たちが武器屋を探すのは、武器を揃えるためでも品定めするためでもない。

 メギドの武器屋がシロとの連絡手段になっていた。


 本来シロはイザリースにある軍事拠点を表すが、僕たちがこれから向かうシロはチイ先生たちが移住した場所を指す。隠れ里と言って、エデンが外の世界から認知されないように、シロの場所も特定されないようになっていた。


 僕たちでさえ、シロに向かうには手順をふまなければならない。


 それが、

「こんにちわ」

 武器屋の扉をあける理由だった。


 あるいは、

 それは僕にとっては新しい冒険の扉だったに違いない。


「ところで、お前らはこれからどうするんだ?」

 そんな単純なことを僕は武器屋のカウンター越しに聞かれた。


「僕ですか?」

「ウズメから聞いたんだが、いろいろ面倒なことを頼まれているらしいな。一応、それには興味がある」

「ウズメ姫が僕のこと何か言ってました?」


 正直、僕にとっては突然のことだった。ウズメ姫が僕のことを気に掛けてくれていることが嬉しかった。


 ウズメ姫はイザリースの歌姫で、僕なんかが声をかけられる存在ではなかった。お祭りがあれば、その中心で羨望の眼差しの中で踊る彼女を見ることができただろう。その幻想的な美しさに僕はうっとりしたものだ。その時に彼女が僕と目を合わせたことなど一度だってない。そんな彼女が僕のことを口にするなんて——。


 後で考えてみれば、この話の流れは、武器屋の奥でカウンター越しに話しかける男がナタを気遣ったからこそだ。


 僕たちは、シロへの案内を依頼した。当然ながら男は僕たちがヒルデリアのラバシリ王子を探しにいったことを知っている。逃げ延びた民にとって、ラバシリ王子はヒルデダイトとの問題を解決できる可能性をもった人だった。


 そしてイザリースの巫女達が僕たちをヒルデリアに派遣した理由は、ラバシリ王子と仲が良かったナタを連れていくため。


 ヒルデダイトでの事件の顛末をきかれて、僕もナタもラバシリ王子がすでに殺されて居たことを直接口にすることはできなかった。


 シェズが、

「ああ、ラバシリ王子ならもう死んでる。殺されたんだ。その一派も壊滅だ。エリゴスの命令できれいさっぱりさ」

 と饅頭を頬張るのと同じ勢いで口を開いたのが、僕たちの答えになった。


 その後が今の流れだ。

 男はラバシリ王子に関しての質問を避けた。ナタに話しかけるのを怖がっているようにも思えた。


 だから僕だったんだ。


「ウズメから俺が聞いたのは噂程度のことだ。ただ、お前らが戻ってくるのが遅かったので、みんな心配していた。なんか変な事件に首でもつっこんだのかと思ってな」


 彼のことを僕は知っていた。チイ先生のところにもよく顔を出していたジンというサムライ。もっとも話しかけられるまでは、農夫の服装をしていたので、気がつかなかったけれど。


「遅くなったのは、怪我人がいたからです。最初は骨は折れてて歩けないしで、動くこともできない様子だったので」


 僕が言うと、

「そこの女子をヒルデリアで拾った」

 ナタが付け加えた。


 ここで自己紹介だと意気込んだのか、

「おう、シェズだ。ヘルメスの手伝いをすることになったから、よろしく」

 とシェズは挨拶する。


「拾ったと言うが、誰だ?」


 ジンが警戒するのは当然だった。不審者がシロに到達できないようにこんな武器屋を経由しているのに、「ヒルデダイトの奴か?」そんな人を案内してしてまっては一大事だ。


「ヒルデダイトで将校をしていた。竜翼章を持ってるぜ」

 誰と言われて自慢話をしたくなるのが戦士というものらしい。


「ちょっと待って、ヒルデダイトの人ですけど、殺されかけてたんです。だから怪しい人じゃなくて」

 僕は慌てて彼女の言葉を翻訳した。翻訳にはなってなくて、


「竜翼章?」

 ジンの目つきが変わっていた。ただ、「ラバシリ王子の代わりってことか?」そんな風に理解することもできただろう。


 僕は安堵する。シェズのことをイザリースを襲ったヒルデダイトの戦士だと受け取れば、ジンが豹変してしまいかねなかった。


「そ、そんな感じです」

「それで、怪我はもういいのか?」

「はい。怪我をしていたのは彼女なんですけど、ほら、もうぴんぴんしてます」


 それは僕も驚く回復力だった。本当はまだ痛いところがあってやせ我慢しているだけかもしれないけれど、見た目には元通り。


「いつでも戦えるぜ。勇者の片腕として、一二柱の神を探す冒険の旅だろ? あたしに任せとけって」

 シェズはそんな大口を叩くくらいには元気だった。


「勇者?」

 ジンは、最初にナタを見たが、ナタが僕を見るので……。


 僕はとりあえず目を逸らしておいた。


 まるで親の前で、子供が反抗期の見栄を張っているような気持ち。


「まあ、いいか」

 ジンはため息をついていた。バカ息子でも見るような目だったと思う。だからそれからの会話はジンからすれば、子供の話でもたまには聞いてやるかといったニュアンスだった。


「それで一二柱の神ってのはまだ見つからないのか?」

「今回はヒルデリアに用事があったからで、まだ神様を探すって段階でもないんです」

「ヒルデリアにも神様は祀られていただろう」


「あ」


「まあ、その話に関係ないとは思うが」

「一応見ておいたほうが良かったでしょうか。神殿に御神体があるんでしたっけ」


「あるはずだ。イザリースの傘下に加わったときにイザナミが神をおろしている。神といえば、ここにもあるな」


「ここってメギドにもってことですか?」


「調べてみたらどうだ?」

「でも」

 僕たちはシロへの道を急がなければならなかった。滞在する旅費ももうないのだから。


「神を探しているのに、そこは素通りか?」

「そういうことじゃなくて、シロにいかないといけないかなって」


「シロに連れて行くのは俺だ。だが、俺にも仕事がある。依頼された修理が終わるまで、お前らも適当にその辺ぶらついていてくれると助かる」

「ぶらついてって?」


 僕は神を探すことが、ぶらつくことと同異議だという事実を知った。という冗談はさておき、


「それと——」

 ジンはここからが本題だと切りだした。


「ああ、それならメシを先にしようぜ。あたしもうお腹ぺこぺこ」

 こっちはこっちで話を切り出している奴がいる。


 ただどちらもすぐにまとまる話だ。


「だったら、その辺で旨いものでも食ってろ」

 とジン。


「いや、それがですね。もうお金がなくて」

「だったら、こっから持って行け」


「いいんですか?」

「俺がやっているのは商売じゃない情報収集だ。ここにある金をそういうことのためになら使っていい」


「本当ですか?」

「本当だ。ただ、ひとつ頼みたいことがあるんだがな」

「それ何です? 僕たちにできることなら、猫を探すのだって、薬草の採取だってやってきます」


「頼もしい勇者だ」


「いやぁ。勇者ってほどでもないですけど」


「なにを照れてる。まずはシロに案内したいが、その前に寄り道したいところがある。ここで語るより、お前らが自分の目で見たほうが早い」

 それがジンからの依頼内容だった。


「寄り道くらい付き合いますよ?」

 僕はそれがとんでもない冒険劇になることをまだ知らなかった。

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