第11話 掃除屋の雑談

 悪天候は、きっと夜中まで続くだろう。


 降りしきる雨の中で、僕たちには言葉もない。雨が上がったとしても、手配書やセアルたちの監視の目がある。セアルはきっと部下たちと情報を共有して僕とナタを探すだろう。


 僕たちにはすでに居場所がない。雨が降っている今だけが、安穏でいられる最後の時間なのかもしれない。


 事件が起きたのは、

 そう思っていた矢先だった。


「今日の掃除は大がかりだぞ。気合いをいれろよ」

 そんな風に意気込む集団が馬房に入り込んで来た。

 この雨の中で馬を出すのだからよほどの急用か。


 手勢は五〇人ほどになるだろうか。

「こりゃあ酷い雨ですぜ」

 誰かが言った。


「ゴッサム団長様よ。俺にあいつ、それにあいつまで集めて来て、この雨だ。今日の掃除はどちらで? まともな掃除は期待しちゃあいねえけどよ」

 おおよそ騎士らしからぬ言葉遣いがあった。


「あいつには、ラバシリの教育係をしていた老人と待ち合わせしていると伝えてある。そこを襲わせる算段である」

 ゴッサムと呼ばれた声の太い騎士は、空模様を見ながら答えた。


「いつもと同じ、オーガに殺された無残な死体を処理するだけで?」

「ラバシリ王子を支持していた富裕層はあらかた掃除できた。目処はついている。よって今日は趣向を変えてオーガ狩りである」


「ほう」

「わかるな?」


「もうあの女は用済みってことで」

「相手は生意気なガキだ。今日まで竜翼章を与えて飼ってやっていたが、人間になりたいなんてほざいてきやがるんだ。そろそろオーガだってことを分からせてやれ。エリゴス総団長のお言葉だ」


「女を切り刻むのはひさしぶりだ。だが酷い話だねえ」

「オーガの事件は、オーガを殺すことで終わらせることができるものである。そしてオーガを退治した我々は英雄になる。オーガが暴れれば暴れるほど、その功績は大きい。つまり、オーガはオーガらしくむごたらしく殺してこそのオーガである」


「そうとは知らずに、またあの女、仕事だとはりきりやがって」

「とくに顔だ。元の形がわかるようではまずい。これでもかというくらい叩きつぶせ」


 そんな話を聞く内に、僕は目眩がした。

 何の話だろう。

 仲間割れだろうか。


 あの女と呼ばれるのが、シェズという暗殺者だった場合、彼女はオーガとしてやっぱり騎士団によって排除される予定であるらしい。


 僕たちにとっては、都合の良い話だっただろうか。もしオーガが居なくなれば、彼女が作成した手配書もうやむやの内に消えるだろう。


 今日で最後。

 確かにシェズという暗殺者も同じことを言っていた気がする。


 しかも殺されるのはラバシリ王子と懇意に居ている人物ばかり。今日の夜殺されるのは、ラバシリ王子の教育係だったか。


 僕はナタを見た。

 ナタは騎士たちがどんな相談をしているのかを知らないから雰囲気だけで警戒している。

 だけど僕が言いたいことは、


 そこにチャンスあるってこと。


 ラバシリ王子の教育係と確実に出会える時間と場所がある。暗殺者から彼を助ければ、僕たちがラバシリ王子と合流するのも時間の問題だ。

「最後のチャンスだ」

 僕は壁に張り付いた。


「どうした?」

 ナタはそんな目で僕を見る。

 声に出せたら、僕は叫んでいただろう。


「どうしてこんな単純なことに気がつかなかったんだ。暗殺者は今日も仕事をするって話した。最近暗殺されている人はラバシリ王子と繋がりがある人ばかり。だったら、今日彼女が殺す相手が僕たちが探しているラバシリ王子に続く道しるべだ」


 そして、

 同時に僕には知りたいことがある。


 時間と場所だ。暗殺者が狙う場所さえわかれば、ずっと見張っていればいいのだから、むしろ知るべきは場所。

 思うと、僕は咄嗟に声を出していた。


「ゴッサム団長。ところで現場はどこだ? すまんよく聞いてなかった」

 低い声で唸るような声だ。


 男たちが雑談する中、

 騎士たちのどこかで誰かが答えたのは、

「外苑公園の東だ。覚えとけ」だった。


 それが誰の声に応じたものだったかを男たちが詮索する前に、僕は走り出していた。


 ナタを引っ張って、

 僕は振り返らない。

 激しい雨は僕たちの足音や息遣いも全て消して、ただただ世界を叩いていた。



 外苑公園の東。

 名前さえ分かれば、僕は商店街で情報を集めてその場所を知ることができた。

 だから、


「ここだ。ここだよ」

 僕は大通りが交わる周辺の一角を見渡すに至る。石畳で一面を覆われた広場にはいくつか小屋が見えるだけ。雨はやや小降りになったが、まだ止む気配はない。そのせいで出歩く人もいない。


 屋根のあるアーチが公園の中心にあるが、その下は浮浪者のたまり場だ。彼らも雨のせいで行き場を失っている。


 僕たちがいるのは、公園端の雑貨屋に背を向ける壁際。


「こんなところで待ち合わせ?」

 ナタはびしょ濡れのボロを脱いで雑巾のように絞りながら、疑心暗鬼な顔をしていた。


「暗殺者を手配した騎士団がラバシリ王子の教育係をここに呼び出しているはずなんだ。さっきの騎士団は、掃除屋って呼ばれてて、オーガやオーガに殺された人たちの死体を処理するんだって。あの人たちが準備していたから、間違いなく今日なんだ」


「ヘルメスはよく知ってるな。竜翼章は知らなかったのに」

「僕のは今聞いてきたことだけだよ」


 僕が商店街で聞いただけで、ゴッサムという男の素性も分かった。

 レッドプラエトリウムという騎士団は王都を守護するエリート集団だ。彼らはオーガを退治するという興行によって人気を博していた。つまりレッドプラエトリウムの騎士たちは英雄に等しい。


 人気が出る者もいれば、嫌われ者の名前も民衆のコトの端にならぶ。死体処理専門の騎士なんて嫌われ者の代名詞もいいところだ。


「みんな噂してた。ゴッサムに連れて行かれたら、その先は火葬場だって。ゴッサムを見たら逃げろってさ」

 僕がゴッサムの名前を出したとき、誰もがそんな反応をしていた。


「強いのか、そいつ」

「縁起が悪いってことみたい。他にもオーガ特有の病気が移るとかで嫌がってる人もいた」


「オーガ特有の病気って何だ?」

「知らないけれど、死体処理っていうだけで、そう思う人も大勢いるんだと思う。死体って病気で死んでいる人もいるわけでしょ? 商売人も傭兵も、その手の仕事をやりたがる人って見たことないよ」


「ふーん」

 ナタは警戒心もなく、ボロを乾かそうとする。


 この雨が、多分ナタや僕を世界から隠してくれている。そう思えた。傍目からは僕たちが雨宿りをしている若者に見えていただろう。


 数時間後、


 外苑公園の見える場所には集まってくる騎士たち以外に人影はなかった。

 騎士たちは僕たちには興味を示さない。

 彼らが雨の中で整然と隊列を組むのは、まさに民衆に向けた宣伝のようなものだ。


 何が始まるのかと、野次馬が僕たちの周囲にも集まってくる。そうなれば、僕たちには都合が良かった。騎士たちがこの群衆の中で僕とナタを見分けるのは困難だろう。


「意外に僕って運がいいよね」


 僕はそんなふうに思った。「ラバシリ王子に会う手がかりがないって諦めかけたときに、騎士たちが勝手に呼び出してくれてさ。もう少しってところまで来ているんだ」これは勝利宣言のようなものだったかもしれない。


 僕はこの状況に舞い上がっていた。


 だけど、ナタ曰く、

「ここが待ち合わせの場所か?」


 胡散臭い。


「そうかな? 騎士たちが整列していれば、待ち合わせとしては安心じゃない? ここって普通にオーガとか出そうな雰囲気もあったし」

「でもその騎士は死体処理班だろ? こんなに野次馬が集まって、最初は隠れて近づくのにいいかもって思ったけど、こんなところで待ち合わせなんてするか? 目立つだろ」


「え?」

 そこまで言われると、僕も首を傾げたい気持ちになった。


「騎士団の事務所で待ち合わせで良かったんじゃないか?」

「待ち合わせするほうからすれば、そうかもしれないけどさ。あの人たち今日はオーガを倒すって言ってたよ。たぶん、そのせいでここなんだと思う」


「オーガがこんなところにのこのこやって来るか? 俺たちの前でさえ顔を真っ赤にしてた奴だぞ」

「おいかしい?」


 よね?


 僕はナタに反論することができなかった。

 決定的になったのは、


「行くぞ」とゴッサムが手をあげて大移動を始めた時のこと。

 僕は、そして全てがすでに終わったことを悟った。


「あ」の口を開けたまま、

 僕にはどうすることもできない。


「何だ?」

 ナタは前のめりになるが、僕は知っている。


 知っていたはずだった。


「ごめん」

 そんな言葉しかでなかった。


「何がだ?」

「待ち合わせの場所。ここじゃない」

「ここだろ? あいつらだってちゃんと来ているんだ」


「それだよ。僕が聞いたのは騎士団の待ち合わせの場所で、暗殺者とラバシリ王子の教育係が待ち合わせていた場所じゃなかったかも」


 これを聞いて、ナタはひどく落胆したに違いない。

 僕はナタを見返すことができなかった。


「とにかく、俺たちも行くぞ。まだ終わったと決まったわけじゃない」

 ナタが前に出た。


「でも」

 戸惑う僕は何もできずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る