第3話 バズズが剣を集める

 僕の冒険。


 目的は創造主に会いに行くこと。明日には旅の目的が変わっていることなど、この時の僕には知るよしもない。


 だからラバシリ王子と別れた後、僕たちはイザリースの礼拝神殿を目指して歩いていた。旅の前にすること。ひとつは巫女たちに挨拶をすませること。ふたつめは旅に必要なものを揃えること。


 僕たちはのどかな丘の道を歩きながら、旅の計画を立てる。

「さっきラバシリ王子が話していたけど、イザナミはアースガルドに行ったんだよね? じゃあアースガルドに行けば会えるのかな。僕が最初にイザリースに来たときは、アースガルドから虹の橋を越えてきたんだよ。あの道を逆に辿ればアースガルドだね。迷うことはなさそうだし、すぐに辿りつけるよね」

 この旅は気楽でいい。僕はそう思っていた。


「もうアースガルドの向こうのヴァナヘイムに行ってるんじゃなかったか? お前ヴァナヘイムへの道って知ってたっけ?」

 ナタが言うとおりで、実際のイザナミは彼の地を巡回しているらしい。


「アースガルドから先のヴァナヘイムまでは行ったことないよ」

「じゃあどうするんだ?」

「どうするって、ナタは行ったこと……。その顔はないって感じ?」

「ないぞ」

「じゃあ——」

 僕の旅はいつもこうだ。「アースガルドで聞いてみようよ。僕がイザリースまで旅をしてきたのと比べれば楽勝さ」この自信が僕にはあった。


「アースガルドからの道なんてあるようでないって聞くけど」

「大丈夫」

「アースガルドからアースガハラを越えて、アースガミネの先って聞いたことがあるけど、俺たちにわかるか?」

「イザリースへの道に比べれば全然マシだよ。現地で聞けば教えてもらえると思うし」

「イザリースってなんかヴァナヘイムよりも凄い森の中とか秘境だったか? こっちのほうが酷いってことはないと思うが」


「そうじゃなくて、イザリースは他の人が来られないようになってるじゃん」

 僕は当たり前のことを指摘する。

「え?」

「知らない?」

「……」

「そっか、ナタは最初からイザリースだもんね」

 外の世界から見たエデンにはいろんな噂がある。


「エデンとかイザリースって昔から存在するって言われるんだけど、誰も辿り着けないようになってるんだ。だからみんなエデンって天国のことだって言うよ。地図がでたらめでさ。遠回りさせられて、結局アマリアだったりアースガルドに行くようになってて」

「なんで?」


「盗賊とか悪い国の軍隊が来たとき、それを察知して援軍が間に合うようになってるんだって。そんなふうにチイ先生から聞いたことがあるよ」

「ああ、なんかそうだったかも。昔そんなことを聞いたような聞いてないような」


「そうさ。だからイザリースのことは、アマゾンの秘境だと思われていたりして、みんな勘違いしてる」

「アマゾンの秘境!」

「アマゾンがどう思われているか、ナタは知ってる?」

「アマゾンってアマの国の領域だからアマゾンだ。アースガルドもヴァナヘイムも、今じゃヒルデダイトも全部アマゾンだぞ。イザリースがその中心だけどさ。それ以外に何かあったか?」


「違うよ。少なくても向こう側からはそう見えていないんだ」

 ここでも僕は外で言われるままの当たり前のことを口にした。

「ん?」

「アマゾンは女王が支配する女性だらけの国の名前なんだって」

「え?」


「びっくりでしょ」


「いや、女王なんていないし、女性だらけって……」

「ほら、イザリースには巫女がいるでしょ。あれが女王に見えるらしいんだ。あっちにはそういう文化がないからね。そして外の人が案内されるのはイザリースから遠く離れた地方都市ばっかり。そういうところってオーディンたちがいないから、巫女を守るのに女性の軍隊を作ってるところが多いんだってさ。それを見たら、誰だって女王が統治している女性だらけの国だって思っちゃう。僕も最初はそれで欺されてずっとその辺を徘徊していたよ」


 考えてみれば、

「僕は運が良かったのかも」

 そんなふうに思えた。


「じゃあヘルメスはどうやってイザリースに来たんだ?」

 これを聞かれると、

「運」としか答えられない。


 ナタは気付いていないだろうけれど、外と中を知る僕には次のことが言えた。

「イザリースって凄いんだよ。ここにいれば、ヒルデダイトがどうなっているのかとか、ミツライムのこととか手に取るようにわかるし、行こうと思えばいつでも行けちゃう。でも外の人はイザリースのことは何も知らないし、どこにあるかも未だにわかっていないんだ。招待されない限り辿り着けなくなっていて、千年前から、ずっと前からそうなんだよ」


「そんなもんか?」

「だからさ、こうして歩いていても、襲われないでしょ。普通はお金とかゴールドとか鉄とか持っていたら盗賊に襲われちゃう」

 イザリースに来た時の僕にとっては全てが驚きだった。

 どれくらい驚いたかをナタは理解できるだろうか。


「ナタの練習用の剣って鉄で出来ていたよね? 今持ってる奴」と僕は説明してみる。

「粗悪品だぞ、これ」

「それでも鉄さ。今の鉄の相場は金より高いからね。普通の人ならそれを売ったら一年くらい遊んで暮らせちゃう。そんなもの持ってたら悪い人間がわんさか襲ってくるよ。僕なんかが、ナタと同じ恰好して歩いていたら半日も生きていけないと思う。イザリースの外はそんな世界なんだよ」


「まあ、ここでそんなことする奴がいれば、俺が斬るけどな」

「うん。だからイザリースは特別な場所なんだ。外のみんなが、ここのことをエデンだって話すのもわかる気がする」

 僕は思いあまって、両手を広げていた。


 一人だけ先に未来に来てしまった感覚が強い。


「そうだよ。ヴァナヘイムの地図もここにならあるよね? それを書き写して行こうよ。地図があったら迷わない」

 僕の提案はきっと未来では普通のこと。


 でもこの日だけはいつもとは違っていた。次の瞬間には、目の前の状況に僕は首を傾げた。


「え?」

 声が出てしまうのはあまりにその光景が突飛だったからだ。

 さっき、僕はここがエデンだと言った。

 しかし目の前の景色はエデンの外と変わらない。何日も徘徊し薄汚れて、食事も満足に取れていないと思われる男たちが暴力で全てを奪い取ろうと待ち構えていた。


「盗賊ってあれのことか? 俺も一度だけイザリースを出てメギドのほうに行ったことがあるから、なんとなくわかる。まあ子供の頃の話だけど」

 ナタが立ち止まったのも同じ理由だ。

「たぶん」

 僕は心臓が止まりそうだった。


「あいつら誰だ?」

 とナタは僕に聞いてくるが、僕の脳裏にある盗賊の居る風景は最悪なものだ。僕は頭を抱えたくなる。鳥肌が立つほどに寒さが身にしみる。

 僕の父親は盗賊に襲われた時の傷が元で死去した。その盗賊たちは僕たちが雇った傭兵たちを何人も殺して荷物を奪い去った。この悲惨な結末の前で、僕は怯えただけ。


 思い出すだけでも苦しいのに。


 それなのに、この状況はあの時とまるで一緒で——。


「いいもの持ってるな。命が惜しかったら全部置いて行けよ」

 言ったのは巨大な猿と見分けがつかない顔の男だった。他人を襲うのも手慣れたものという態度は誰が見てもわかるほどの悪党だ。


「ヘルメス、あいつら何て言ってる? かなりひどい鈍りで聞き取れない」

 ナタのひとことで僕は現実に戻れた。

「あいつら、荷物を置いていけって言ってるんだ」

 そんなふうに通訳すると、なぜか落ち着くことができる。状況把握だ。状況がわかると相手が理解できるし、自分が何をすべきか考えるゆとりもできた。


「あいつら剣をいっぱい持ってる。鉄の剣が何本かあるな」

 ナタは剣を見定めだ。剣士だからこそ、剣があれば見てしまうのだろう。

「剣を集めているのかな? 鉄の剣を狙って強盗しているんだよ」


「あの剣、どうやって手に入れたか聞いてくれ」

 ナタは僕の前に出て、わざわざ衣服の中に手を突っ込んでいた。僕を守るようでそうでないようなこの余裕の構えは、

「ちょっとナタ、舐めすぎじゃないの?」

 と僕が心配するほどのゆとり。


「聞こえてないのか?」

 強盗は、「バズズ兄貴」と仲間たちに呼ばれていた。だからこの集団のボスはバズズというこの男だ。

「聞こえてるよ。その前にその剣どうしたの?」

 僕は尋ねた。


 話が出来ると男たちは饒舌になる。武勇伝を語りたがるのは、自慢話も同じ。


「見てわからねえのか。その辺の奴らを殺して奪っているんだ。お前たちもそうなりたくなきゃ、俺の言うことを聞け。お前らは運がいいほうだぜ。今の俺たちは荷物で両手が塞がっているからよ。こんなに優しい言葉をかけてやっている」

 これを僕はそのままナタに教える。


「剣は奪ったんだって。今その剣を持っていて両手が塞がっているから、僕たちのことは見逃してもいいってさ」


 すると、

「あいつら両手塞がってるって、それで戦うつもりだったのか。だったら俺も両手はこのままでいいや」

 ナタは暢気にポケットに手を突っ込んだまま。


「違うってそういう意味じゃなくて」

「あいつら俺たちを襲って剣を奪うって言ってんだろ?」

「そうだけど」

「だったら、俺があいつらに何をやっても一〇の約束には接触しない。ラッキー」


 一〇の約束。それはイザリースの民が守るべき創造主との約束のことだ。僕も同じ約束を神様に誓っている。その中に殺人を禁止する項目があるが、これは約束を守る者同士での話。


 だからこそ勇者が魔王を倒すような話はイザリースの中ではあり得なかった。これまでは——。


「ラッキーって言った? 言ってないよね。僕たち盗賊に襲われているんだよ。剣を置いていこうよ」

 僕はそれが一番安全な選択肢だと思った。


「俺はお前の護衛を頼まれてんだ。ヘルメス、お前は黙ってそこにいろ」

「護衛? わざわざ僕を危険に晒してない?」

「いいじゃん。お前には悪党をいっぱい呼び寄せてもらわないとな」

「なんで?」

「まあ、見てろって」


 僕に護衛がつくなんて初めてのことだった。商人が傭兵を雇うことを当たり前にあるが、オーディンを護衛にするなんて前例があっただろうか。

 怖いと思うと同時に、

 見てみたかった。


 そんな気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。


 だけど右手で左腕を押さえたところで、僕のこの震えはまだ収まらない。


 だって、普通の傭兵なら剣や槍をもって威嚇するところだ。なのに、僕の護衛はポケットに手をつっこんだまま、男五人に囲まれて、「そういう持ち方すんのか。覚えた」とかなんとか呟いている。


 さてしかし、盗賊たちが荷物を地面において剣を振り上げると、そこからは一瞬。

 勝負は一瞬だった。


「危ないってば」

 僕が思わず叫べば、

「剣は友達だって、いつも言ってるだろ」

 ナタはこっちを振り返ったように見えた。


 ナタに叩き込まれる剣の数、一つ目がナタの肩に乗ったとき、ふいに向きを変えて横に滑った。二つ目はナタの背中に吸い付くようにして、男の手から離れて、三つ目は背中の剣に当たって跳ね返る。そこまでは目で追えたが、ここからはナタが飛び上がってわけもわからない。


 ナタが男を飛び越えるようにして地面に立てば、地面に置かれた剣が跳ね起きて、その刃が太陽の下でぎらついた。


「あ」

 僕はその時に見た。盗賊五人が腕や脚に切り傷を負って、戦意を喪失している。あっという間の出来事だ。


「剣を置いていけと伝えてくれ。一度だけ、見逃してやる」

 ナタが勝利を宣言した。これがこの争いの顛末だった。


「ナタってめっちゃくちゃ強い?」

「ヘルメス、なんでお前にやけてるんだ?」

「助かったから安堵しているだけだってば、変な顔なんてしてないから」

 と言われても隠せないほどに、僕は舞い上がっていた。商人としては傭兵を雇うとき、その傭兵の実力を知ることが重要になる。盗賊が出たときにわれ先にと逃げ出す戦士であれば、傭兵を雇う意味がないからだ。強くて頼れる傭兵と巡り会えるかどうかで、商人たちは一喜一憂するもの。


 だから単純に僕は得意げだ。

「だって、ナタが僕の護衛ってさ。本当にそれで良かったのかなって思って。だって最強の護衛じゃん」

「創造主に会いにいくまでだろ。変な命令には従わないからな」

「だけどさ」


 オーディンを連れ歩く男なんて、吟遊詩人の謳う冒険譚にもない設定で、僕は鼻の下を伸ばしたかもしれない。


「それより早くあいつらに言ってくれ。盗んだ剣を置いてさっさと消えろって」

「うん」

 こうなれば、僕と盗賊たちとの向き合い方も変わるってもの。僕はもう盗賊に怯えるような男ではなかった。


 僕は平常心でバズズという男と少し話をすることができた。


「ここイザリースです。歩いていたのがサムライだったら、あなたたちはとっくに殺されてますよ?」

 たぶん、僕の顔はまだにやけていたかもしれない。

 しかし、バズズにとっては僕の事情などどうでもいいところ。


「なんだてめえは。サムライの仲間かよ。ちくしょう、やれると思ったのによ」

「こういうのやめたほうがいいです」

 僕の提案は、何の解決にもならなかった。


「す、すまねえ」

 バズズは一応謝ったふりはするけれど、たぶんナタから逃げたいだけの一心だ。僕たちから離れればまた弱い村人を襲うのかもしれない。だけど、それは今度こそサムライに任せるべき仕事だ。


 むしろ僕は商人だからこそ、次のことが気になっていた。

「この集めた剣をどうするつもりだったんですか?」


 一人が両手に持ちきれないほどの数の剣だ。自分で使うとは考えにくかった。盗賊らしく売って換金するのなら、その売却先に興味があった。盗むだけでは利益にならない。となれば、利益を生む構造が別になければならない。

 そんな構造があったとすれば、そこを押さえなければ第二のバズズがすぐに現れることになる。


 ヒルデダイトかなと、僕は直感したが、

 ことはそう単純な話ではなかった。


「ヒルデダイトの新しい皇帝が剣を集めているって話だ。業物をもっていきゃ、ヒルデダイトの将校にもしてもらえるって触れ込みよ。だから腕っぷしに自信のある輩がこの一帯に群がっている。早い者勝ちなんだよ。こんなことしているのは俺たちだけじゃねえ。そいつらのほうが俺よりよっぽどやばい奴らだ」

 だから、

「俺たちは悪くないって思ってます?」

 僕は呆れた。だけど、それ以上言い返すのはやめ。


 盗賊らしい言い分で、彼らの思考には非の打ちどころもない。まさに盗賊。となれば、イザリースのサムライに通報してこの事件は終わるべきだろう。


 さて、ナタにはどんな風に説明しようか。

 僕が考えていると、その隙にバズズは走り出していた。もともとナタは彼らには興味もないから追いかけることもしない。当然、僕が追いかけるわけもない。


 盗賊との遭遇もそれまでのことだった。


「あいつら何て?」

 むしろナタは直前の会話の内容を知りたがっていた。

「要するにさ、ヒルデダイトの皇帝が剣を集めていて、報酬を出してるって言ってた。その報酬目当てでここまで来たんだって」

「ヒルデダイトの皇帝ってラバシリのお父さんが? イザリースを襲わせて剣を盗むなんて、そんなことあるのか」


「ん?」

 僕はそこで、しまったと思う。

 どうしてこのおかしい内容を確かめなかったのだろうか。


「新しい皇帝って言ってたような気がする……。けど、そんなことあり得っこない……」

 どうせ盗賊の言い訳だと、僕は頭を振った。盗賊が都合の良い話を作っているだけ。そんな話をすぐに信じるほど、僕たちはまだ状況を理解できてはいなかった。


「そう言えばさ」

 僕にはまだナタと共有するべきことがある。「本当かどうかわからないけど、盗賊ってあいつらだけじゃなくて、まだ他にもやばいのがいっぱい居るって言ってた」と、嘘でなければ、こっちも危険な話。


「あいつらみたいなのが? もっと練習相手になる奴らなら大歓迎だけど」

「うん。って違うよ。だから、もし盗賊が出てきたら」

「任せろ」

「うん、その時はよろしくね」


 僕はもう盗賊なんて怖くない。

 なぜなら、僕には最強の護衛がついている。


「ヘルメス、お前、少し元気になったか?」

 ナタにも僕の気持ちは伝わっただろう。

「やることいっぱいだからね。元気ださなきゃ。盗賊の話も急いで巫女たちに報告しないといけないし」

 ナタの手前で、護衛を連れて冒険できるなんてこんなに興奮することがあっただろうかなんて、言えない。


 でも、そんな冒険がこれからって時に——。

「急ぐって言っても。盗賊が置いて行った剣はどうする?」

 ふいにナタが振り返った時、


 僕は異変に気がついた。


「剣って言っても、あんな重い束、僕たちだけじゃ持ち運べないよ。草むらに隠しておいて、後で回収に来よう。そこら辺。どこがいいかな……」


 丘の上には黒い煙が渦巻いていて、何もかもを焦がしていく強烈な匂いがぞわぞわする風に乗ってやってきた。

 僕はあっけにとられていた。

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