かたっぽ屋の場合

「昔はって言ったもんだ」

「お義父さん、余計な事言わなくて良いわよ」

 ――ちんば? ちんばって何です?

ちんばは跛だ。差別語って事になって途中からに変えさせられたんだ」

 ――そうなんだぁ。

「普段は無口な癖に、今日はよく喋るわねぇ」


 ここは世にも珍しいお店、かたっぽ屋さん。二つで一組の物だけを買取販売する古物商だ。

 歴史を感じさせる店内は、これまでに買い取った商品で足の踏み場もない。

 箸がこんなに。この一本一本が片一方だけなのかぁ。

 耳栓に、スキー板に、これは竹馬だ。

 靴下や手袋は大人用から子供用まで色取り取り。革靴、長靴、下駄、草履、ハイヒール、スリッパ。履き物の見本市みたい。

 マラカス、ドラムスティック、マレット、オーケストラ用シンバル。楽器にも二つ一組があるんだな。

 ――この古い石像は何だろう。こんな重そうな物をよく運び入れたなぁ。

「狛犬だよ」

 ――神社の入り口に置かれてる奴?

「お寺ではあんまり見掛けんわな」

 ――どうしてこのお店に?

「二つで一つだからに決まってらぁな」

 何処かの神社が事情があって売りに来たらしいけど、店主さんは頑なに一体かたっぽしか買い取らなかったんだそう。

「これは吽形うんぎょうっていう、向かって左側に置かれる狛犬。角があって口を閉じているのが特徴だな。因みに、右側に置かれる角がなくて口が開いてる阿形あぎょうは、狛犬じゃなくて獅子だからね」

 ――そうなんだぁ、勉強になります!

「でも、細かい事を言えば、狛犬は買い取れねぇ代物だ」

 ――どうして?

「狛犬と狛犬じゃなくて、狛犬と獅子だからさ」

 ――?

 よくよく訊くと、詰まりはこういう事。二つで一組と言っても、例えば鍵と錠前とか、ラケットとボールとか、見た目が全然違う組み合わせは取り扱わないんだそう。

 ――どうしてそんな決まりが?

「考えてもみな、離婚するからって亭主や女房を連れて来られたら敵わんだろう?」

 何だか禅問答みたい。謎は深まるばかりだ。

「言っとくけど、双子の片割れも駄目だぞ。勿論、三つ子なんて言語道断、そんな物を取り扱ったらかたっぽ屋の名折れってもんよ」

 素直に人身売買はしないって言えば良いのに。


 ところで、表の看板にある『一律二束三文』ってどういう意味なんだろう。

「どんな品物も同じ値段で安く買取販売するって事さ」

 そっか、買い取りの一方で販売もしているんだった。という訳で、人気商品ベスト3がこちら。


・第三位:ワイヤレスイヤホン

・第二位:イヤリング

・第一位:?


 気になる第一位の発表は番組の最後に発表。お楽しみに。


 あっ、お客さんだ。

 ――今日は何を売りに?

「あ、いえ、売る方じゃなくて買いたい物があって……」

 ――どんな品物を?

「えぇと……あの、店主さん」

 何だか気まずそう。店主さんに小声で何か訊いてる。と思ったら、二人して奥に入って行っちゃった。

 ――店の奥にも品物が?

「そうじゃないけど……色々と訳ありのお客さんも居るから、時には要相談って事になるの」

 娘さんまで言葉を濁して、そわそわしちゃって。一体何なんだろう。


 それはそうと、残念な事にかたっぽ屋さんは今月で店仕舞いなんだって。一人息子さんも継ぐ気がないんだとか。

 娘さんに理由を訊いてみよっと。

「売りに来る人も買いに来る人も減る一方ですからね。今時は何でも直ぐに捨てて買い換えちゃうでしょう」

 ――確かに。耳が痛いや。

「昔はね、失くしたり壊したりしても取り敢えずかたっぽ屋で揃え直すのが当たり前。貧しい時代は皆そうやって遣り繰りしたもんです。それがいつの間にやら自転車操業になっちゃって、それもいよいよ限界なのよ」

 今も不景気が続いてるけど、現代人が昔のようにつましい感覚を取り戻す事はないのかもなぁ。


 あっ、やっと店主さんが戻って来た。お客さんはもう裏口から帰したらしい。

 ――えっ、どうしたんですか?

「これかい?」

 ――奥で怪我でもされたんですか?

「この眼帯の理由をそんなに知りたいかい?」

「お義父さんっ、今度こそお喋りが過ぎるわよっ」

「何を言うか、これはかたっぽ屋の心意気だっ。在庫がないなからって客を追い返す訳には行かねぇ!」

 もう充分に取材したので、それ以上は訊くのをめよう。何だか息子さんがお店を継ぎたくない本当の理由が判った気がしたなぁ。

 そうだ、最後に買い取り品のベスト1を発表しなくちゃ。気になる正解はこちらっ。


・第一位:臓器(腎臓、睾丸、肺、眼球、その他)

 

 制作著作:MHK総合

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MHK総合『定点感測』シリーズ そうざ @so-za

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