ろんだり屋の場合
「痒い所はありませんかぁ?」
「あぁ、ここが」
「はいはい、そこが痒い場合は泌尿科に行って下さいね~」
ここは二百年以上の歴史を持つ老舗ろんだり屋さん。昔は全国津々浦々に店舗を構えていたらしいけど、今やこの一軒だけ。
お店を継いだのは一人娘の
ろんだり屋さんは元々男性の仕事だった。だけど、先代のお父さんが、もうそんな時代じゃないって、跡を継がせてくれたんだって。
お店の設えはそれこそ銭湯みたい。でも、湯船はないし、鏡すらない。洗い場だけの狭い空間で、洗子さんは競泳用水着を着てサービスに当たる。
「その昔は従業員も全裸でした」
――えっ、女性のお客さんの時でも?
「裸一貫の心意気を示す為だったと聞いてますけど、まぁ、水回りの仕事ですから、その方が効率が良かったんだと思います」
――だけど、密室で間違いは起きなかったのかな?
「さぁ、どうだったんでしょうね。元々混浴が当り前の国でしたからねぇ」
お客さんの頭から足の先までを隈なく洗浄するのは中々の重労働らしい。洗子さんはずっと汗だくだ。
――お客さんは一日にどれくらい?
「一人いらっしゃれば良い方ですね。商売柄、宣伝を一切しないので、今でも口コミだけが頼りなんです」
――それでやって行けるの?
「まぁ、単価が高いんで。エヘッ」
具体的な価格設定は秘密なんだって。時価とか言い値なのかなぁ。気になる人は実際に利用してみて欲しい。
ところで、ろんだりってどういう意味なんだろう。
「う~ん、実は私もよく解ってなくて」
洗子さんが見せてくれた『
――じゃあ、元の『ろうだり』って何の事?
「人々に
――そうだったんだぁ。
「知らんけど」
――ちょ(笑)
ろんだり屋さんが最も繁盛していた江戸時代でも、お店は裏路地にひっそりと暖簾を掛けていたんだとか。それでも客足が絶える事はなかったんだそう。
「よく銭湯とか洗濯屋さんとか、中にはエッチなお店と勘違いする人も居るんですけど、昔は誰でも知ってる縁起物の商売だったんです」
そうなんだぁ。そうだ、今日のお客さんに訊いてみようっと。
――ご存知でしたか?
「勿論だよ。俺等の業界じゃ有名だから」
――業界と仰いますと?
「この裸を見れば判るだろぉ?」
綺麗な龍。全身が見事なアート作品だ。
「私が小さい頃からの常連さんなんです。昔はカラフルな方が大勢ご利用になってたんですよぉ」
成程、あの業界の人ならば色々と稼いでそう。単価が高い訳だぁ。
「おい、顔にモザイク掛けておいてくれよな」
――勿論です。
「股間にも掛け忘れんなよ」
――勿論です(笑)
江戸の初期は厄除けとか
「そりゃ最初は抵抗がありましたよ、犯罪者の尻拭いなんて。でも、お客さんを選り好みしてると過当競争に勝てない時代になったんです、残念だけど」
洗子さん、何だか寂しそうだ。
――そもそも、どうして店を継ぐ気になったの?
「常連さんの存在が大きいですね。皆さんが子供だった私を可愛がってくれたから」
「あのちびっ子が俺の(ピー)を洗ってくれる時代が来るなんて、感慨深いねぇ」
「変にそこを強調しないで下さいよぉ」
このやり取りは放送して良いのかなぁ。
沢山の需要があったろんだり屋さんなのに、どうして消えて行ったんだろう。
「戦争が終わって民主主義の国になったでしょ? その時に占領政策の一環で廃業に追い込まれたって聞いてます」
当時の事を調べてみると、命
でも、占領軍は気に食わなかった。誰も彼も罪を洗い流してしまったら、戦争責任を問えなくなる。スケープゴートが欲しかった占領軍は、目障りなろんだり屋さんの一掃に取り掛かった。
「自ら命を断った同業者も沢山居たって……実は私の祖父もその一人です」
やがて占領政策は終了。このお店だけが生き延びる事が出来たのは、伝統を守ろうとする右翼勢力の尽力があったとか。
歴史に埋もれた悲しい真実。戦争はいけない事だ。
ところで、今日のお客さんはどんな理由で来店したんだろう。
「それは知らねぇ方が良いよ。知っちまったら、あんたここから帰れないよ。あんたの始末が付いたたら、直ぐにまたお嬢ちゃんに洗って貰う。それで罪は帳消しになるんだ」
――えぇ……っと。
「それでも知りたい?」
――今回の取材はここまで(苦笑)
制作著作:MHK
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