MHK総合『定点感測』シリーズ

そうざ

かんばせ屋の場合

「どのようにしましょうか?」

「実は今夜、プロポーズをしようと思ってて」

「あら、素敵っ、おめでとう~っ」

 ここは或る町の老舗かんばせ屋さん。今年で目出度めでたく開業千年を迎えるんだって。店主のおばちゃんは何と四十代目、今日も元気にお店に立つ。

 ――どんな顔が人気なんですか?

「そうねぇ、最近はやっぱり勝負顔ね」

 ――勝負顔?

「ここぞっていう時の顔よぉ」

 国民の意識調査に拠ると、人気顔ナンバーワンは断トツで〔勝負顔〕。確かに流行ってるみたい。どんなシチュエーションにも合うコスパの良い万能な顔として人気なんだってさ。

「流行り廃りがあるのよね。ソース顔とか、下膨しもぶくれとか、しょうゆ顔とか、ガングロとか、小顔とか」

 お客さんにも訊いてみよう。

 ――やっぱり勝負顔ですか?

「いやぁ、僕みたいな安月給じゃ無理ですよ。今日は有り金を全部持って来たけど、それでも全然足りなくて」

 ――じゃあ、どんな顔を?

「それは、まぁ、おばちゃんにお任せで」

 お客さんは皆、おばちゃんに全幅の信頼を寄せてるみたい。

「これでも儲け度返しでやってるんだけどねぇ、ご免ねぇ」


 おばちゃんがお店を継いだのは十八歳の頃。当時のお客さんは今とは全然違ったんだそう。

「玄人の方が多かったわねぇ。水商売とか、芸能界とか、綺麗でナンボの人達。あぁ、政治家さんもお忍びで来られてたわよ」

 ――どうして政治家の方々が?

「政治の世界も顔が物を言うらしいの。人気稼業だもんねぇ」

 ――そうなんだぁ。

「他にも、顔に塗られた泥を取ってくれとか、顔から出てる火を消してくれとか」

 ――ほ、本当ですかっ?!

「でもね、顔をいじれるのは三回までなのよ」

 ――そうなの?

「仏の顔も三度までって言うじゃないっ、あっはははっはっ」

 おばちゃんは冗談好きだ。


 そもそも、かんばせ屋さんは『日本書紀』とか『古事記』とか有名な文献にも登場する有名な仕事だったんだそう。

「これがね、我が家に代々伝わる古い顧客帳」

 おばちゃんが如何にも古そうな本を見せてくれた。

 聖徳太子、小野小町、静御前、武田信玄、鼠小僧治郎吉、坂本龍馬、土方歳三、与謝野晶子、力道山、松本清張、田中角栄、他にも色んな名前が載ってる。おばちゃんのご先祖は誰もが知る人達を顧客にしてたんだ、凄いや。


 数え切れないくらいの顔に携わって彼是かれこれ五十年、一番印象に残ってるお客さんってどんな人なのかなぁ。

「そうねぇ……やっぱりあの人かなぁ」

 今から二十年前、白昼の繁華街で起きた或る事件が世を震撼させた。

 その男は何丁もの改造拳銃を携え、道行く人々に向けて無差別に発砲した。死傷者数十名、犯罪史上に残る凄惨な大量殺人事件だった。

 何処をどう逃げたのか、犯人は人目を掻い潜ってそのまま行方知れずになった。大規模捜査が行われたが、警察は手掛かり一つ掴めず、やがて全国に指名手配された時にはもう世の中は事件への関心を失っていた。

「あれは嵐の夜だったわねぇ。もうお客さんは来ないだろうって早目に店を閉めようとしてたの――」

 それは、事件発生から十年ばかりが経過し、町中に貼られた指名手配のポスターもすっかり色褪せた頃の出来事だった。

「帽子を目深まぶかに被ったずぶ濡れの男がやって来てね、顔を変えたいって――」

 職業柄、顔に敏感なおばちゃんは直ぐにぴんと来たと言う。

「手配写真の何倍も老け込んでたの。逃亡生活に疲れてたのかしらねぇ」

 ――それで、どうしたんですか?

「お客さんをり好みしないのがうちの家訓だから……」

 冷たい雨に打たれて震えていた男に、おばちゃんは先ずお風呂を貸した。

「施術台を水浸しにされちゃ敵わないからよ」

 人心地が付いた様子の男は、おばちゃんが用意した寝巻に着替え、黙って施術台に横たわった。

 ――男はどんな要望を?

「何でも良いから全然違う顔にしてくれって」

 施術を受けた男はちゃんとお代を支払い、雨上がりの闇の中へ足音もさせずに消え去ったと言う。


 男が逮捕されたのはその翌日だった。

『のっぺらぼうの男、実はあの大量殺人犯だった!』

 昼日中の町を堂々と歩くのっぺらぼうは、余りにも目立つ存在だった。直ぐに人々の注目を集め、騒ぎを知って駆け付けた警察に職務質問をされた事で、男の命運は尽きたと言って良い。

 逮捕の決め手になったのは、耳だった。

 街頭カメラに残された犯人の映像と照合したところ、その耳の形が完全に一致した。おばちゃんは敢えて男の耳に手を加えなかったのだ。

「全然違う顔にしたいって言うからその通りにしてあげたけど、耳を変えたいとは言われなかったからね」

 この一件でおばちゃんは一躍有名人になって、お店は益々活気付いたんだって。


 最近のかんばせ屋さんは〔顔型〕を使うのが専らだけど、昔ながらのやり方を続けるおばちゃんの評判はどんどん広がって、今では遠方からも足を運ぶ人が絶えないんだそう。

「〔顔型〕は便利だけど、誰がやっても同じコピーだから個性がないでしょ? 私の手に掛かれば失敗も味になるってもんよぉ」

 お客さんはどう思ってるんだろう。

 ――失敗する事もあるみたいですよ。

「え……あ、大丈夫です、はい。おばちゃんにお任せで」

 ――目が泳いでますけど。

「えっ、大丈夫です……多分」

 のっぺらぼうにされない事を祈ってるよ。プロポーズ、頑張ってねっ!


 制作著作:MHK

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