第2幕(1)

■神社


       神社の境内。

       遠景にはまだ雪化粧した山。

       上手に鳥居、境内中央で下男が火を焚いている。周りには熊手屋、餅屋、甘酒屋、かんざし屋の屋台。

       盛んに行き交う村人や子供たち。太鼓や笛の音。

       上手の鳥居を潜って、長吉母子とゆき登場。


下男   :「さあさ、新しい年だで、新しい春だで、去年のお札やお守りさ、火にくべてくれろ。」


       村人たち、お札やお飾りを火に投じる。母っちゃもお札を火にくべる。3人で手を合わせる。


母っちゃ :「去年は父っちゃが死んだりして大変だったけど、今年はきっとええ年になるべ。」


       神主が下手より登場。火に向かって祝詞を上げる。


母っちゃ : 懐から財布を出して、

      「正月だし、こねえだはおめ達のお陰で炭が売れたし、小遣いやっから、何でも好きなものを買うて来い。」

長吉   :「ありがと、母っちゃ。おゆき、こっち来。」

      餅屋の前にゆきを導き、

      「ここの餅はうめえんだぞ。どれが喰いてえ?」

ゆき   : 困った様に長吉の顔を見上げる。

長吉   :「おばちゃん、この赤い大福餅を一つくれろ。」

      大福をゆきに食べさせて、

     「どうだ、うめえべ?」

ゆき   :「(うなずいて)長吉ちゃんは、なして食べねんだ?」

長吉   :「おら、ほかに買いてえもんがあんだ。ちょっと、こっちさ来てみ。」

       今度は、ゆきをかんざし屋の前に導き、

      「(ひとつ指差し)おっちゃん、これ。」

       かんざしをゆきの髪に挿して、

      「な、よく似合うべ。」

ゆき   :「ありがと。」


       神社の下男が焚き火の前で子供たちを呼び集める。


下男   :「さあさ、子供たちは火の前さ集まれ。」


       吾助たちが、焚き火の上手に集まる。長吉とゆきも行列に並ぶ。


ゆき   :「何するだ?」

長吉   :「お札さ燃やした火の上さ跳び越えるんだ。そうすっと、今年一年、病気にならねんだ。」

下男   :「長吉は大っきな病気したばかりだで、長吉が一等最初に跳べや。」

吾助   :「まだ火が強えべ?」

長吉   :「これくれえ、何でもねえ。」

       助走をつけて、

      「や!」

       火を飛び越える。

       長吉に続いて、吾助、与一、一松、菊子が跳び越える。最後に末松が、一回火の前まで走って急に跳ぶのを止めて、もう一度後づさりして助走をつけて来て飛び越える。

下男   :「最後は、おゆきだな。」

       ゆきを促す。

長吉   :「おゆき、こっちまで跳んで来い。」

ゆき   :「(首を横に振って)怖い。」

長吉   :「怖かねって。跳んで見れ」

       ゆきのかたわらに戻って来る。

ゆき   :「でも、熱いべ?」

長吉   :「熱くなんかねっから。」

ゆき   :「溶けちまったりしねっかな?」

長吉   :「おめって、時々妙な事を言うだな? 大丈夫だから跳んで見れ。ほら、手ぇつないでやっから。」

       ゆき、おっかなびっくり、それでも長吉に手を引かれて火を跳び越える。

ゆき   :「跳べた!」

長吉   :「平気だべ?」

ゆき   : 軽く小躍りしながら、「おら、火の上さ跳べただな! 溶けなかっただな!」

       鳥居の前の狛犬の前まで来て、それを眺め、

      「ワンワン。」

長吉   :「狛犬は『ワンワン』とは鳴かねえべ?」

ゆき   :「なんていうだ?」

長吉   :「狛犬さん、アン。狛犬さん、ウン。」

ゆき   :「そうか。狛犬さん、アン。狛犬さん、ウン。おら、火の上さ跳べただ。」

       小躍りしながら、鳥居から出て行く。

長吉   :「あ、どこさ行ぐ?」

吾助   :「(焚き火の下手から)おおい、長吉。境内で相撲見に行くべ。」

長吉   :「(振り返って)悪ぃけどまたな。(ゆきを追って)おーい。おゆきー! 一人で遠くさ行くでねえ!」

       鳥居を潜って出て行く。

吾助   :「長吉のやつ、近頃、おゆきばっか構ってるんでねえか?」

与一   :「いけすかね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る