第1幕(3)
■街道
舞台は、山あいの雪野原となる。上手から、長吉とゆきが歩いて来る。
長吉 :「道、気ぃつけろよ。脇は雪が深いから。おめ、一人でおらとこ来ただか?」
ゆき :(うなずく)
長吉 :「父っちゃや母っちゃは?」
ゆき :(首を横に振る)
長吉 :「家は?」
ゆき :(首を横に振る)
長吉 :「んだか、困っただなや。(舞台下手を見て)あ、母っちゃだ!(手を振り)母っちゃあ!!」
下手から、炭俵を背負ったままの母っちゃが駆けて来る。
母っちゃ :「長吉! こっただとこで何してるだ? (額を、長吉の額に当てて)こりゃ奇跡だあ! さっきまでの高熱がどうしただ?」
長吉 :「熱なんか、ねえ。それより、母っちゃ、なして炭俵さ背負って帰って来たんだ?」
母っちゃ :「ああ・・・。炭は売れねかったんだ。炭屋さんは、一足違いでよその炭焼きから炭を買った後でな。うちは田んぼも小せえし、おめの薬代や父っちゃの葬式代、どうしたらええだべか・・・。」
長吉 :「(母っちゃの袖をつかみ、引っ張って)母っちゃ! もう一回行くべ!」
母っちゃ :「無駄だ。」
長吉 :「おらのために炭さ売りに行くのが遅れたんだ。おらがもう一回頼んでみる! おゆき、母っちゃの背中を押せ!」
ゆき :(母っちゃの背中を押す)
母っちゃ :「ちょっと、危ねえべ! 長吉、この女の子は誰だ? 危ねえってば、これ!」
■町
家々が建ち並ぶ町の通り。
遠くで蒸気機関車の汽笛が鳴り、舞台奥に白煙が上がって、汽車が走り出す様子。
下手に炭屋の店、上手から、長吉とおゆきが、母っちゃを押したり引いたりしながらやって来る。
長吉 :「ほら、母っちゃ! 早く歩いてけろ!」
母っちゃ :「分かった! 分かったから、引っ張らねえでけろ、袂が切れちまうでねえか。」
炭屋から、店主と番頭が駆け出して来る。
店主 :「これはこれは、長兵衛さんの女将さん!」
母っちゃ :「炭屋さん、実は ----。」
店主 :「いやあ! 先程はわしが居ねかったもんで、とんだ失礼さしたそうで! これ、番頭さん! 女将さんの炭俵さ、早く運ばねかね!」
番頭 :「へーい!(母っちゃの背中から炭俵を下ろして店に運んで行く)」
店主 :「いやあ、全く申し訳ねえこっでした。わしが留守すっと、すぐにこうですから。長兵衛さんが死んだ途端におめ様とこと商売やめたら、うちの暖簾に傷がつきます。」
母っちゃ :「(あっけに取られて)はあ‥‥。」
店主 :「ええ! 長兵衛さんの焼いた炭なら、全部うちで買い取らせてもらいます。これ、番頭さん! 何しとるかね?」
番頭 :「へーい!(封筒を持って走り出て来る)」
店主 :「(封筒を母っちゃに渡しながら)ええと、これが今日の代金、こっちが次の炭の手付け。それから、これは長兵衛さんと長吉ちゃんの見舞金です。女将さんもこれから大変だろっけど、気落ちしねで頑張って下せえ。困った事は、何でも相談に乗りますから。」
母っちゃ :「へえ、ありがてえこってす。」
店主と番頭、店に入って行く。
母っちゃ :「こりゃ一体どうした事だべか?」
長吉 :「無駄でなかったべ。」
母っちゃ :「そっだなや。だけど‥‥。(おゆきを見て)何やら、おめが来た途端に何もかもがうまく行く様になったみてえだなや。」
長吉 :「おゆきは行くところがねえで、うちで引き取ってもええべ?」
母っちゃ :「もちろんだ。家族がまた3人になれば、寂しくなくてええべ。」
第1幕 終
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