とある少女の記憶
眩しいほどの月、今日も夜は気持ちが悪いほど静まり帰っている。
街はずれの納屋の中、パチパチと燃える薪。
その火に温まりながら少女と女性が暖をとっていた。
女性は上着をはだけさせ豊満な胸をだし、うすらと笑みをうかべながら少女に授乳をしていた。
まるで飢えた赤子のように死人のような肌だがそれでも頬を紅色に染め、熱心に吸う少女。
メリッタことメリーとエミルのいつもの夜の光景。
いい年した子供が授乳を受けるなどまずありえない光景ではあるが、吸血鬼であるメリッタは機転を利かせた判断で吸血欲を抑えることに成功。
ほぼ体液に近い母乳を飲めば吸血欲が治まることに気が付いたのだ。
その事に快くエミルは承諾し、彼女の食欲を鎮めるために、母親の変わりを打って出たのである。
「ふふ、今日も一生懸命ね。メリー」
「ん、ん、 ぷは・・満足」
メリッタはそっと起き上がると、舌なめずりをする。エミルは口の周りについていた母乳を布でふいて上げる。
「・・ごめん・・」
「いいのよ。お互い様だもの、今日もお仕事頑張ったものねー」
はっとしたメリッタはパタパタとあるいて薪の向かい側に膝を抱えて座る。
「エミル・・お話が・・」
「なーにー?」
「正直、お金が足りない・・」
きょとんとしたエミル。とっさに身を乗り出して大声を上げる。
「え!?なんで?あれだけ依頼がんばったじゃない!!」
表情が豹変したエミルにメリッタは動揺したが話を続けた。
「あ・・あたしの体質上、仕事が朝方か夕方しかできないから・・どうしても日中の大きな仕事いまだにとれてなくて・・」
「・・あー」
メリッタは吸血鬼。直射日光を浴びると皮膚が焼けただれるのだ。なので夜行性ではあるのだが、夜は夜でこの国は非常に危険な為活動は困難極まりない。
ので、日の弱い時間帯に活動し、日中はメリッタは納屋に引きこもって寝ているか研究をしていた。
エミルも冒険者ではあるがひとりで色々こなせるわけではない。やれても雑用程度の依頼のみだ。
「だよねー。メリー日中うごけないから」
「うん・・でね・・」
「なにか案があるの?」
「うん、んと、実は時間限定だけどちょっと大口の仕事こなしてた・・から・・ これ・・」
メリッタは重むろに道具袋から書簡を取り出しエミルに渡す。
「えー、どれどれ。ここの世界の言葉ようやく読めるようになったから・・んーと」
「ご・・あ・・ん・・な・・い・・じょ・・い・・何これ?」
「えと、最近実績がいいからもっと難しい仕事とれるようになったってギルドからの案内・・みて・・ここ・・」
「えー、報酬・・通常の10倍・・!?本当!?これ!!」
「うん・・本当・・らしい・・ただ・・特別条件があるらしいから・・明日・・聞きにいく・・」
書面をみながら顎に手をやり考え込むエミル。
「んー、条件はありえないほどいいけど・・なんか怖いねメリー」
「うん・・でも・・このままじゃ・・いつまでたっても外征にいく旅費がたまらない・・かな・・」
「だけど・・」
「とりあえず・・きいてみる・・それから考えても・・」
「そうだねー。明日しっかり聞いて考えてもいいね。・・さ、おいでメリー」
「うん」
エミルはにっこり微笑んで両手をメリーに向ける。
メリッタはかけよってエミルに抱きつく。
「さ・・今日はあったかくしてねよ・・明日は早くギルドに行かないとね」
近くにあった寝巻を身によせると羽織り、土間に二人で寄り添い横になるのだ。
「・・おやすみ・・メリー」
「ん・・おやすみ・・エミル・・」
***
日が開けてすぐ二人はギルドの入口の前に立つ。扉が職員によって開けられた瞬間に飛び込む二人。
「わ・・お・・おはようございます・・えーと、白兎・赤目の一党のおふたりさんですね!」
エミルはにっこりとあいさつをする。
「おはようざいます!!」
「相変わらず元気がいいですね。エミルさん」
「はい!元気だけが取柄ですので!!」
「・・で、メリーさん・・今日も朝のお仕事ですか?今日は入ってない日のはずですが・・」
「えと・・これ・・」
メリーは書類を職員に渡す。
「はい・・えーと・・!」
急に表情が変わる職員。その様子に不信に思った二人であったが・・。
「はい・・こちらをうけとりますが・・一つご確認を・・」
「・・か・・くにん・・?」
「この封書の印は、国からの案内になります。案内とはいえ取り消しはできませんが・・」
「えーと、それはどうゆう意味?」
エミルが汗をかきながら聞き返す。
「いわば、これは国からの命令書です。命令を拒否する。そのこと自体が死罪に該当しますので・・」
一気に真っ青になるエミル。すくに座り込みメリーの肩をつかんで揺さぶる。
「メリー・・本気でこの仕事に乗る気?危険極まりないような気がする・・いや・・危険だと思うんだけど・・何を依頼されるか・・」
「うん・・たしかにエミルを危険にさらすわけにはいかない・・でも・・旅費を稼ぐにはもっと働かないとだし・・」
「だったらやめよう!うん!」
「いま受付のお姉ちゃん言ったの聞いたかな・・やめられない仕事・・」
「だ・・だよね!!だーかーらー!!にげよぉ!?ねぇ!!」
とやり取りしている間に、ギルドの扉は職員らにしめられる。
「え?」
ギルドの職員もなんとも言えない笑顔でエミルの肩をつかむ。
「私らにも案内する義務がありまして、この仕事上・・ですね!」
「え・・あはは・・」
エミルは何とも言えない笑みで職員に笑い返している。
数人の職員に押され、応接室に押し込まれる二人。
「えー!ちょっと、この展開聞いてないー!!」
***
「・・では、この補助票を・・」
局長から二人に黒い札を渡される。
「いきなり、もう決定なのですね・・」
「えぇ、大変もうしわけないです。どうしても一定数の人数を集めないといけなかったものでして・・」
エミルは肩を下しぐったりさせる。しかしメリッタはまじまじと黒い補助票を手に取って見つめていた。
「これは『特別国家任務許可証』になります。ただ黒い札ですがわかる人にしかこの札の意味はわかりません」
「・・はぁ・・」
「話を続けますが、この許可証を持つ冒険者は国からの依頼の任務も受けることが可能になります。ただいくつかの条件があり、一定の実績をあげ、かつ表立って言えませんが、国の審査が冒険者に行われており、それに合格した人のみが渡される仕組みになっております」
「・・で、私とメリーがその審査に合格したと・・」
「はい、まぁ合格した時点で拒否権はもうありませんが・・これは国で冒険をやる義務でもありますので」
それを聞いて深いため息をつくエミル。
「うん・・じゃあ、もう拒否はできないのはわかった・・仕事の内容は・・」
小さな体をのりだして局長の顔にちかづくメリッタ。
「メリー・・」
焦りが隠せないエミルだったが、メリッタはすでに覚悟の表情だった。
(んー、まぁメリーがやるきなら・・いいかな・・でも仕事の内容が怖いな・・)
局長は手を組んで話を続ける。
「はい、主となるのは一般冒険者がなしえない高難易度の依頼・・」
「つよい・・魔物とか・・かな・・」
「はい・・・ほかには・・『暗殺』」
それを聞いたエミルは身をのりだし、とっさに局長に声を荒らげる。
「メリーに!!メリーに人殺しをやれというのですか!!?」
「・・エ・・エミル・・」
「メリーはやさしい子なんです!私の命を何回も助けてくれた・・子なんです!! その子の手をよごさせるなんて・・!!」
メリッタはエミルの腕をつかんで首を振る。
「メリー・・」
「うん・・実はあたしは、いっぱい人を殺している・・かな・・内緒にしてたけど・・」
「!!」
「だから・・いまさら・・かな・・こうゆう仕事は・・でもエミルにはやらせない・・ただそばにいてくれればいいかな・・殺すのはあたしが・・するから・・」
「メリー!!」
目に涙をいっぱいにためながらエミルはメリーの肩を掴む。
「だ・・大丈夫だから・・エミル・・」
「だって!だからといってもっと手を汚さなくたっていいじゃない!!天国にいけなくなっちゃうよ?」
「あたしは・・無理かな・・天国は・・でも・・あたしは・・絶対やらないといけないことが・・あるから・・」
「なにを!」
「エミルを元の世界に返す・・事・・」
はっとするエミル。息が詰まる。メリッタがこの仕事を受けたのも自分のせいかもしれないと心がやりきれない気持ちに一気になったのだ。
「メリー・・ごめんなさい・・」
「別に謝る必要ない・・かな・・これは・・あたしが生きる覚悟だから・・」
そのままエミルが泣き崩れソファーにもたれかかって泣いている中、メリッタは局長と話を続けた。
「で・・その依頼がすでにきているってことかな・・」
「はい・・初めての仕事で非常に心ぐるしいですが、暗殺です」
「うん・・で・・だれを殺せばいいのかな・・」
局長は封筒から似顔絵と依頼書を出す。
「はい、実は我が国の諜報員の女性なのですが、重大な責任問題・・自国民に手を出したということで・・公には死刑にはできないのであなたに殺害してほしいのです。どのような手段をつかってもかまいません。報酬は・・」
「うん、失敗しても・・いや・・失敗はないかな・・」
「お察しの通りです」
「うん・・わかったかな・・で、どこにいるかわかっているかな」
「先日任務の責任問題を確認した所だそうです。昨夜宿を取り今夜、拠点に戻るため、とある通りを使います」
「そこで殺せばいいのかな・・」
「はい・・失敗はない前提ですので、報酬は今お渡しします」
局長は職員に顎で指示をだすと大きなお金の入った袋をメリッタに手渡す。
「では・・よろしくお願いいたします」
「わかった・・」
メリッタはソファーを立ち上がると、ぐずぐずと泣いているエミルの手を掴んで無理やり立ち上がらせギルドを後にした。
大きな袋を持ったメリッタの後をうなだれるようについていくエミル。二人は拠点に戻るまで終始無言だった。
***
その夜、二人はとある大通りで街灯の影に身を隠す。
ただ、この状態にまだ納得ができないエミル。
「・・ねぇ・やめよう?人殺しなんて・・メリー・・なんなら一緒にこの国から逃げてもいい・・」
「・・うん・・多分、手配が回ってあたしたち殺されちゃうかな・・もう・・無理かな・後戻りはできない・・」
「メリー・・」
またぐずぐずと泣き出すエミルだったが、メリーは頬を寄せて話しかける。
「大丈夫・・絶対にエミルには手を出させないし・・あたしは絶対に守り切る・・から・・」
「メリー・・本当に・・ごめんなさい・・」
「エミルは全然悪くない・・ほら・・おきて・・相手がきた・・かな・・」
誰一人いない通りを小走りで駆けてきた女性。人相書きをみて標的と確認した。
「・・まだ・・若い・・女の人・・でも・・」
・・同類だ・・吸血鬼の鼻はごまかせない・・強い血の匂いを漂わせている・・。
髪を短くきってふわっとさせた美しい女性だが・・人殺しの匂いは消しきれない。
メリッタとエミルは街灯から身を乗り出し、女性の道をふさぐ。
突然あらわれた少女に驚く女性。しかしすぐに察したのか、ナイフを抜く。
「こんばんわ・・女の子が出ていい時間ではないわよ」
「うん・・お気遣い・・ありがとうかな・・んと・・一応決まりだから・・自己紹介・・あたしは、白兎・赤眼のメリー、でうしろの子がエミル・・」
「ご挨拶どうも・・私は仕事がら名前は名乗れないの。ごめんね。で、なんの用事?って聞くのもやぼかな」
笑顔で返す女性だが、殺気は隠せない。メリッタらを暗殺者と察したらしい。
(うん、全力で戦う気まんまん・・かな・・)
メリーは無表情で女性に話を続ける。
「んとね・・大事なお仕事なので断れない・・かな・・だから・・ごめんなさいだけど・・なるべく苦しまないように・・してあげるから・・できれば・・抵抗して・・ほしくないんだけど・・」
「それは無理。私だって死になくないから」
「だよね」
「うん」
「・・じゃ・・ごめんだけど」
まぁ簡単に殺させてくれないとは思った。もちろんだれだって生きることには必死だからだ。
メリッタも負けるわけにはいかない。負けることはエミルの死でもあるからだ。
(ミスリル・・よろしく・・)
影に液体金属を忍ばせ、ゆっくりと近づく。
女性はさらに身を固める。相手も出方を見ているのがわかった・・。
(けど・・こっちは見ているけど意識はさだまってない・・エミルを狙っている・・)
さすがに相手も相当の実力者。たぶんこちらの能力もとっさに理解しているだろう。まず手ががかりやすい弓手のエミルを狙うはず。そしてメリッタに動かさせ自分の手の内をさぐるつもりだと理解した。
女性が飛ぶ。案の定エミルを狙ってだ。
(やっぱり・って・・あ!)
メリッタは1つの失敗をした。相手の事を考えていて、こちらふたりの立ち位置を見誤っていたのだ。
エミルも不慣れで弓手であれば身を隠すなりして交戦にでないといけないが、通りという場所ではそのような場所もなく、だればメリーの背後に立つのが有効な立ち位置だというのに離れた位置にたっていたのだ。
こう距離があれば相手にとっては絶好の攻撃相手。
「!エミル!」
「え!?わわ!!こないで!!」
自分が攻撃相手にされたと気づいたエミルは慌てふためく。弓手には防御の手段がない。
メリッタはとっさに飛ぶ。
─ズヒュ・・
肉を貫かれる音が静かな夜に響く。
「メ・・メリー・・そんな・・」
エミルの目の前で心臓を貫かれるメリッタ。
とっさに飛び、エミルを身を対して庇ったのだ。
肺と心臓を貫かれたため大きく吐血するメリッタ。
「けほ・・こぷ・・」
「こぽ・・う・・うん・・エミル・・無事・・かな・・」
「そ・・そんな!距離はかなりあったはず!!そんな早く動けるはずは!!」
メリッタは口から血を流しながらほぼ無表情な顔で女性を睨みつける。
「エミルを・・狙ってたのは・・最初からわかってた・・かな・・だって・・意識がそっちを向いていたから・・」
一瞬きょとんとした表情を見せる女性だったが、すぐに険しい形相に変わる。
「さすがね・・でも・・これで終わりだよ。お嬢ちゃん。・・はぁぁ!!」
そのままぐりっとメリッタの心臓をえぐった。大量の血がぼたぼたと石畳みを濡らした。
しかし、メリッタは不死の吸血鬼。心臓をえぐられただけでは死なないのだ。
「うそ!あなた・・まさか・・」
「こぷ・・う・・うん・・そのまさかかな・・おねぇちゃん・・もっと・・早く気づけば・・にげれ・・た・・のかも・・しれないけど・・でも・・あたしは・・逃がさないけど・・ね・・」
「ミスリル!!お願い!!」
液体金属が瞬時に輪になって女性の首に巻きつく・・。
そのまま糸のように細くなり、彼女の首を跳ね飛ばした。
まるで毬のように跳ねる女性の首。そのままゴロゴロところがってエミルの目の前に止まる。
エミルはその血にまみれた女性の生首と目が合い、とっさに背を向け嘔吐した。
「う・・うぇぇぇ・・」
液体金属はひゅんと音をたててまたメリッタの影に消える。
涙をながして泣いているエミルになんて声をかけていいかわからくなったメリッタ。
しかし、血まみれのメリッタの肩に手をかけ、心を動かさせたのはエミルだった。
「エミル・・」
「うん・・大丈夫・・ただ・・もうこんなことはさせないから・・」
そのまま抱きつき二人して膝をつく。
エミルは手でメリッタの血を拭う。
「これでお互い様。一緒に血でよごれたから・・でも・・ね・・」
「命を奪うのはもこれっきりにしようね・・私・・もっとお仕事をがんばるから」
「ごめん・・」
エミルは手で涙を拭って女性の遺体に手の平を向ける。
「ディスペル!!!」
エミルの手から魔法陣らしき光が展開し、女性の体が光に包まれるとそのまま光の粉になって消失した。
その光景に驚くメリッタ。
「エミル・・魔法・・使えたの・・」
「えぇ・・ここの世界の魔法じゃないからつかえるか心配だったけど術は展開できたみたい!彼女の体は天に返したわ・・きっと心を改めてまた優しい女性に生まれ変わってきてくれる・・だから!」
「私たちも、生まれ変わったつもりで生きましょう?メリー!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます