血を求める

 狩人の元を離れ、二人で活動を始めたメリッタとエミル。

 一党から離れたとはいえ分党としての役目はあるため、ギルドや至る所の町や村からの依頼をうけつつ、エミルを元の世界に戻す方法と自分自身の体を元に戻す方法を探す活動をしていた。

 しかし、この二つの方法は早々に解決できる手段ではなかった。

 国の図書館の古書を調べても遺跡を調べても別の世界から来た者を戻す手段など手がかりもなく、かつ化け物になった自分自身のことも何も情報はないのだ。

 しかし古書や遺跡は世界中に数え切れない程ある。それをすべて目を通さないといけないわけだ。膨大な時間は必用。

 幸いなのか不幸なのかメリッタは吸血鬼化し、相方のエミルは上種森人であるため互いに時間がほぼ無限にあるのが救いだった。

 時間はある。いずれエミルを返して上げられる時がくる。そう信じて旅金を溜めつつ、活動範囲を広げていた。


 ──しかし先にあっさり限界を迎えたのはメリッタだった。


 「今日もお疲れメリー! 報酬も沢山もらったし、たまには贅沢できそうね!」

 「うん・・」

 「・・メリー・・やはり最近元気がないね・・何も食べないし・・何か水みたいなの飲んでばかり・・」

 メリッタはれっきとした吸血鬼。血を人間の血を啜り眷属を増やす化け物だ。

 しかしそれはしないとの狩人との約束の為、人を襲ったりはしてない。

 血を飲まなくても自分自身は滅んだりはしない。しかし猛烈は乾きと飢えは死ななくても続く。

 自分の錬金術で作った人工血液をここ数ヶ月飲んで飢えを凌いではいたが、しょせんまがいもの。本物の血には到底かなわないもの。飲んでも飲んでも飢えは収まらない。

 狩人と一緒に活動していたときは彼女から彼女自身の血液の提供を受けていたが、分党となった今、だれからも血を貰えないのだ。

 かといって人を襲ったらその時点でメリッタは正真正銘の化け物。冒険者に狩られる対象になる。

 ・・ふと、もくもくと野菜を食べているエミルの白い首筋に目がいく。

 その絹のような柔肌に食らい付いたらどれだけ美味しい血が体の中にあるのか・・。

 ・・脳裏にエミルを喰らい殺している自分の姿がふと・・浮かぶ・・。

 メリッタはぞくっと鳥肌をたて、蹲る。

 「・・?メリー?」

 様子がおかしいと思ったエミルがメリッタに寄り添う。

 すんと、彼女の体臭・・森の匂いがする。・・そしてかすかに漂う血の臭い・・。

 先ほどの仕事で切り傷を首筋に負っていたらしい・・血が滲んでいる皮膚から目が離せない。

 「エミル・・は・・離れて・・」

 「え・・なんで?様子おかしいよ?最近痩せてきたみたいだし・・やっぱ食べる物食べないとだめだよ・・」

 「・・そ・・それは・・無理・・かな・・普通の・・食べ物は・・胃が・・受けつけない・・あたしは・・吸血鬼だから・・血じゃない・・と・・だめ・・かな・・」

 「血・・?そうかぁ・・その水筒には血が入っていたのね・・って・・血なんて・・どこから・・」

 「・・こ・・これは・・あたしが作った・・人工血液・・出来は・・よくないから・・」

 「そうかぁ・・じゃあ・・私の血を・・」

 っとエミルが言いかけた瞬間、メリッタは思いっきりエミルを突き飛ばす。

 「きゃ!!」

 「!・・ごめん・・怪我して・・ない・・かな・・約束で・・生き血は・・すっちゃ・・いけない・・から・・」

 「う-、でも・・エリーかなり弱っちゃっているよ・・このままじゃ死んじゃうよ?」

 たしかにそうなのだ。理性も押さえきれなくなるのも時間の問題なのかもしれない。衝動的にエミルを襲い、血を吸い尽くして殺してしまうかもしれない。

 そうしたら自分の存在意味がなくなる。メリッタは唇をくいしめながら蹲って我慢するのだ。

 「メリー・・いった・・また切っちゃったかも・・」

 エミルは突き飛ばされた衝撃で草で手を切ってしまった。指を一生懸命に舐めている。

 強い血の臭いが鼻につく。涎がとまらない。

 メリッタ涎を拭うと立ち上がり、バッグから薬瓶を数本出す。

 「・・傷・・すぐ塞がないと・・病気になっちゃうから・・新しい治療薬・・使ってみる・・?」

 「治療薬?前つかってくれた霊薬とは違うの?」

 「あれは・・貴重だから・・材料もなかなか手に入らないし・・軽い傷に効くようにつくった・・かな・・」

 そして水色の液体の入った瓶をもつとふらふらとエミルに歩みよる。

 「!・・あ・・!」

 勢いよくつまずくメリッタ、エミルの胸元に瓶をもったまま飛び込む形になった。

 ─パリーン っと甲高い音とともにエミルの胸元に薬が掛かってしまう。

 「・・まず・・ごめ・・エミル・・怪我してない?」

 「あ・はは・・大丈夫だよ・・お薬だし、体に・・悪影響は・・・って・・」

 っと、エミルは急に顔を赤くして胸元を覆い隠す。

 「え・・?」

 「なにか・・即効性の毒性効果が・・あった・・のかな・・まずい・・調べないと・・」

 いそいで這うように近づくメリー。

 「エミル!!大丈夫・・?」

 「あ・・うん・・なんか、薬が胸にかかったら・・急に・・」

 「急に・・?」

 「おっぱいが・・はってきちゃったの・・」

 「!?」

 急いでメリッタは割れた瓶のラベルを見た。

 農家の依頼で山羊の乳の出が悪いとのことでつくった特注の薬だった。

 (・・治療薬じゃなかった・・というか・・森人も動物だから・・)

 顔を赤くしながら上着を脱ぐエミル。胸があらわになった。

 そしてその乳房は苦しいかのように大きく張っている。

 (そういえば、即効性がある薬・・だった・・)

 「メリー・・・これ・・大丈夫かな・・」

 「う・・うん・・・ただ・・おっぱいが・・出るように調整するだけの・・薬だから・・張りすぎるおっぱいによくないから、こまめに、母乳をしぼらないと・・」

 「そ・・そうなんだ・・」

 エメルが、自分の乳房を手で押さえる。

 たらっと・・母乳が溢れてきた。

 ・・その母乳の匂いが鼻にはいった瞬間・・メリッタは頭が真っ白になる。


 ***


 ──・・メリッタが気がつくと、赤子のようにエミルの乳房に吸い付いている自分に気づく。

 咥えながらそろーっとエミルの顔を見上げる。

 エミルは頬を染めながら笑顔で見下ろしていた。

 「ふふ・・メリーったらまるで赤ちゃんみたいね!」

 「ぷは!!」

 とっさに咥えるのを止め、這うようにエミルから離れるメリッタ。

 「あら、どうしたの?」

 「どうしたの・・って・・あたし・・」

 の瞬間・・昔聞いた知識を頭がよぎる。

 母乳はいわば、赤子に与える栄養・・しかしその成分はほぼ血液。

 母親は血を自分の子供に分け与え育てているのだ。

 ほぼ血液であれば吸血鬼であるメリッタには耐えがたい物。

 (乾きを・・感じない・・母乳を・・エミルから貰えれば・・あたしの・・飢えは・・母乳であれば、だれも傷つけず・・眷属も増やさず・・に・・)


 「・・エミル・・」

 「・・?どした?」

 顔を真っ赤にして俯きながらメリッタは懇願する。

 「おっぱい・・吸わせて・・」

 それを聞いたエミルは満面な笑顔で両手を向ける。

 「はい、どうぞ。いくらでも飲んでいいわよ。大きな『赤ちゃん』?」

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